「地域社会協同組合」で資産を守り発展する、トスカーナ地方集落の挑戦

Kumiko Nakayama
フレーズクレーズ
7 min readAug 24, 2020

イタリア・トスカーナより、イタリアの裏話やモノづくりの現場などについてレポートしていきます。
主人母方の田舎は、トスカーナ南部の集落ヴィーヴォ・ドルチャ。近年は過疎化が進み、集落に残る主人の幼馴染たちから憂いの声を聞き続けてきました。しかし、そんな彼らから「新しいプロジェクトを始動した」と連絡が……トスカーナ州の資金提供を受け、「地域社会協同組合」を設立したというのです。地域社会協同組合とは? そして、彼らのプロジェクトとは? 小さな集落の存続に情熱を傾ける、彼らの姿をレポートします。

「Cooperativa di Comunita’=地域社会協同組合」は、地域社会の住民自らがその地の問題や必要性から活動を行い、その利益を住民自らが享受する社会改革モデル。国レベルの法的定義はないものの、イタリア各地に存在します。集落それぞれに歴史や在り方があるように、地域社会協同組合もさまざまで、活動の内容や組織についての定型はありません。共通点は、その地域の資産、特にマンパワーを生かした相互扶助が最も大事なことであり、地域社会の質を上げていく、ということ。ほとんどが小さな市や集落ですが、都市のいち区画がプロジェクトを立ち上げて結成するケースもあるそうです。

トスカーナ州担当と、2018年の公示でプロジェクトが採用された地域社会の人たちの紹介動画

このモデルに注目したのが、トスカーナ州。2016年に協調的ガバナンスという州政策を打ち出しますが、それをベースとし、2018年には「地域社会協同組合のプロジェクトに120万ユーロの資金提供をする」公示を出します。その条件は「人口流出による過疎化、また地域社会放棄に歯止めをかける」プロジェクトであること。最終的に24の新規プロジェクトが採用され、既存または新規の地域社会協同組合が結成されました。その内訳は小さな市が8つ、残り16つは、前述のヴィーヴォ・ドルチャを始めとした分離集落です。

トスカーナ州第二の山、1738mのアミアータ山。その中腹にヴィーヴォ・ドルチャがあります。

ヴィーヴォ・ドルチャは、トスカーナ南部・アミアータ山の標高870mにある小さな集落です。行政的には世界遺産・オルチャ渓谷に位置し、数年前までは避暑地として活気がありましたが、現在は2つあったホテルも閉鎖。人口も約500人のうち半分が60歳以上と、典型的な過疎の村となってしまいました。そんな状況を打開するために、中年層の住民グループが結成したのが「PARCO VIVO =ヴィーヴォの公園」。大いなる資産は、集落を囲む雄大な自然、そしてそこに湧き出す豊富な水です。

森の中にひっそりと佇む源泉所は、鉄筋コンクリート製。建設当初のまま残っています。

プロジェクトは、1900年代初頭に建設され、現在でもシエナ県の大半に水を供給する源泉所のガイド付きツアー、それに伴うトレッキングなどのネイチャー・ツーリズムの創出。さらにそれを補完するため、ピクニックゾーンの整備、廃校になった校舎を利用した宿泊所の創設、地産食材をつかった食事サービスなどを計画していますが、いま実際に行えているのは、源泉所ガイド付きツアー、トレッキングツアー、ピクニックゾーンの整備の3つです。コロナ禍のロックダウン中は活動できず、学校遠足など団体予約はキャンセルが続きましたが、6月以降は順調に見学者が増加。協会が設定した見学日に予約するのが基本ですが、希望者が2人いれば設定日以外でも受け付けているので、他に本業のある会員たちは両立に大忙しです。私は過去に2回、特別見学で源泉所を訪問していますが、先日、協同組合になってからのガイドツアーに初めて参加してみました。

駐車場から源泉所までは、直通のトレッキングコースで20分ほど。
到着後ヘルメットが配布され、まずは源泉所や近くにある教会などの解説を聞いてから、中へ。
気温18度の冷えた内部は70mの通路となっており、奥に2つの源泉があります。
ロゴを使ったガジェット販売も開始しました。

源泉所やトレッキングのガイドツアーだけでなく、柵のペンキ塗りやエリア内の清掃……休日を返上してまで活動に打ち込めるモチベーションは何なのか? 会長のディエゴに尋ねると、「それはやはり故郷への愛でしょう。それしかない」と言いきりました。しかしその横で、「利益を上げること、雇用を創出することがないとダメ」と付け足したのは、副会長のファビオ。彼はトスカーナで一番古く有名な近郊の地域社会協同組合の会長でもあり、プロジェクト遂行中に直面する問題に精通しているため、この活動が愛情だけでは続かないことをよく知っているのです。

ヴィーヴォ生まれのヴィーヴォ育ちの会長・ディエゴと奥さんのキアーラ。

一番苦労するのは、会員の中での意見交換。会員はこの集落の5組の夫婦で、みながみな幼馴染の親友ばかり。意見は違っても夫婦関係や友情があるだけに、討論した後の気持ちの整理が大変だそうです。いっぽう実作業的に大変なのは、管理責任のある行政や団体をつきとめたり、法規を調べたり、書類を出したり、というお役所仕事。前述の廃校になった校舎は、今まで放置だったのにもかかわらず、彼らが使用申請すると突然対抗企画が次々と出される。森の中にある古の栗の乾燥庫は、ミュージアムやワークショップに使用したいものの、管轄事務所が分からず右往左往。「こんな状態で、プロジェクト完了予定はあるんでしょうか?」と聞いたところ、「期限はありません。たとえ今あるプロジェクトが終わっても、集落で必要なものはいくらでも出てきます。時間が経ち、また若い世代が入ると、既存のプロジェクトも合わせて進化することが大事。それこそが、集落が生きている証拠になるのです」。

PARCO VIVO組合員と、トスカーナ州担当、ヴィーヴォ・ドルチャを管轄するカスティリオーネ・ドルチャ市長、源泉所の所有者であるフィオーラ送水路会長など(写真提供:PARCO VIVO

資金提供を受けても、さまざまな障壁で活動が止まっている組合もある中、模索しながら歩みを続ける PARCO VIVO地域社会協同組合。ヴィーヴォ・ドルチャには数か月に1回は行くのですが、これからも集落の変化を楽しみに見守りたいと思います。

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Kumiko Nakayama
フレーズクレーズ

イタリア・トスカーナ州の田舎在住。イタリア語通訳・翻訳、コーディネイター、リサーチャー、ライター愛するトスカーナの小さな村やお祭り、体験型プログラムなどを紹介するサイトを運営:https://toscanajiyujizai.com。東海教育研究所より「イタリアの美しい村を歩く」出版(イタリアの最も美しい村協会推薦)