現代美術家・ 林ナツミさんインタビュー
セルフポートレート日記プロジェクト『本日の浮遊』などで話題の現代美術家、林ナツミさん。彼女に、まるで重力から解放されて浮遊しているような写真撮影に取り組むようになったきっかけや撮影の裏側についてうかがった。 (学芸カフェ2012年9月号 より再構成/掲載)
— — — -セルフポートレート日記プロジェクトは『本日の浮遊 Today’s Levitation』(青幻舎)として書籍化されています。まずは、このプロジェクトをスタートされた経緯を教えていただけますか。
林: わたしは大学やそれ以外の学校でも写真の勉強をしたことがなく、アーティスト原久路氏のアシスタントをしながらカメラについて勉強をしています。そのなかで、自分自身の内面を表現する作品をつくってみたいな、とおもうようになりました。小さい頃から落ちつきがなくて、「地に足をつけた子になりなさい」と言われていたんですが、大学院まで出てもそういう大人にはなれなかったというコンプレックスもあったんです。だから、そういう自分をポジティブにとらえられるようなものをつくっていきたいとおもっていました。
もともと写真が好きで小学校からカメラに触ったりしていました。写真の技術、たとえばシャッタースピード、露出、ホワイトバランス、なんかはアシスタントをしながら覚えました。ウェブサイト用にデジカメ一眼でスナップを撮っていたんですが、あるとき、原久路氏の写真を撮ろうとしたら、撮りづらくするために彼がわざとジャンプしたんです。それが、たまたまうまく撮れました。ジャンプしているのではなく、まるで無重力の状態みたいに写っていたのが面白くて。そんなふうにして、技術的なものと、コンセプトがつながりました。
— — — 今回のプロジェクトでは、東京を中心に、都市のさまざまなシーンで撮影されています。撮影場所を決める際に、どんなことを意識していますか?
林: 光を一番意識しています。浮遊写真のためにどこかへ出かけるということはほとんどありません。打合せにいく途中の道や、近所の散歩コースだったり。常に機材を持ち歩いていて、光がきれいなところを見つけたら撮影をしています。
— — — 『本日の浮遊』には、二重露光やシルエット、作中作のような構図などの写真もありますね。
林: 日記形式のプロジェクトなので、気になったことも試しています。常に新しいことを入れたいですね。二重露光に見えるのは実は長時間露光とストロボ発光を組み合わせた「スローシンクロ」という撮影方法です。作中作の構図のものは、友達が遊びにくる予定があって、「じゃあ出てもらおう」と(笑)。
後半の方では、3Dに取り組んでいます。裸眼立体視、つまり横にならんだ2枚の写真を寄り目などをして見るもので、交差法と平行法という二つの見方があります。撮影機材が倍になって大変ですが、そんなふうに、まったく違うこともやっていきたいな、と。
— — — ひとがたくさんいる場所などでは、撮影がとくに大変そうです。
林: 駅などはひとが多いですが、目的をもって移動している人がほとんどなので、一瞥はするけれどそのまま移動していくという感じですね。逆に店先などだと、店員さんはずっとその場にいます。望遠のカメラが離れたところにあってわたししか見えなかったりすると、かなりヘンですよね。ずっと同じ場所で跳んでいて、警察に電話されそうになったこともあります(笑)。ちゃんと事情を説明して写真を見せれば理解してもらえますが、最初から言ってしまうと日常風景が変わってしまうので、できれば何も言わずにやりたいんですよね。
— — — 『本日の浮遊』を拝見していると、ものすごい跳躍やバランス感覚の写真もありますね。尋常ではないというか(笑)。
林: ありがとうございます(笑)。子どもの頃にモダンバレエをしていたので、そのときの経験がすこしは活きているかもしれないですね。自分の感覚とカメラに写っているものは違うので、カメラからどう見えているかをモニターで確認して、角度を微妙に変えながら撮影をしています。1/500秒のシャッタースピードなど、撮影の方法はよく聞かれるのでウェブサイトに掲載しています。
そんなふうにして100回から150回跳んで撮影をして、そのなかで一番いいものを選んでいます。きちんと着地をしていても体にずれが生じてくるみたいで、整体をしてもらってるんです。アスリートではないんですが、やはり体のメンテナンスは大事だと実感します。
— — — 今回のプロジェクトに対しては、まず海外で大きな反響がありました。また、ブログ、ツイッター、フェイスブックなどで、ダイレクトに反応も届くようになりました。海外と日本で、反応が違ったり、あるいは共通する部分はありますか?
林: 『本日の浮遊』への感想は、国に関係なくて、それで逆にビックリしました。アフリカ、ヨーロッパ、北欧、南米、アジア、など、さまざまな地域から感想をいただきますが、「すごく癒された」「元気がでた」といった感想は共通でした。『本日の浮遊』では「地に足がついていない自分」、つまり「重力からの解放」を表現していますが、重力は万国共通だからかな、という気がしています。着実であることを「地に足がついている」というイディオムも、日本語だけでなく、英語、中国語にもあるようで、それにも驚きました。
— — — 子どもの頃から写真が好きだったということですが、きっかけは?
林: ボタンを押すのが好きだったんです。押し心地がしっかりしていてカチャカチャと押すもの。たとえば、昔の郵便局のATMのボタンや、エレベーターのボタン。その延長線上にカメラがあったんです。わたしが小学校低学年くらいのときに、父がニコンF-501っていうカメラを買ってきたのですが、そのボタンがすごく魅力的で。そのボタンを押したいがためにカメラを触るようになったんです(笑)。
— — — ウェブサイトの名前は『よわよわカメラウーマン』ですが、由来は?
林: 学生の頃に趣味で写真を撮ったりはしていましたが、きちんとした写真の勉強をしてこなかったので、アシスタントをはじめた頃でもカメラのちゃんとした構え方を知らなかったんです。好きで撮っていたら、腰がひけていて構え方が弱々しいということで、よわよわカメラウーマンというニックネームがついて(笑)。それがそのままサイト名になりました。
— — — 今後の作品づくりのビジョンを教えていただけますか。
林: この『本日の浮遊』プロジェクトで一年間分の撮影を終えることが最優先で、次の作品も、インターネット上で発表するものになることは決まっています。わたしにとっては国などの境界を越えていくツールとして、インターネットはとても大切だと感じています。
(学芸カフェ2012年9月号 より再構成/掲載)
(聞き手/牧尾晴喜)
林ナツミ
現代美術家。1982年埼玉県生まれ。大分県在住。ウェブサイト「よわよわカメラウーマン日記 http://yowayowacamera.com/ 」にて、写真シリーズ『本日の浮遊』を更新中。2012年、写真集『本日の浮遊』(青幻舎)刊行、東京のMEMにて個展。2013年、青山スパイラルガーデンにて個展、東京都写真美術館「日本の新進作家vol.12 路上から世界を変えていく」展に参加。2014年、フランスのメイマック現代美術館での「JAPON」展に参加、さがみはら写真新人奨励賞受賞。同年9月、東京都から大分県へ生活と制作の拠点を移し現在に至る。
2016年より、現代美術家の原久路とユニット活動を開始。
[Hisaji Hara & Natsumi Hayashi]
http://hisajihara-and-natsumihayashi.com
[Facebook]
http://www.facebook.com/hisajihara.and.natsumihayashi
(*プロフィールはインタビュー再構成・掲載時のものです。)
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