イタリアのアール・ヌーヴォー、フィレンツェのリバティ様式建築探訪

Kumiko Nakayama
フレーズクレーズ
7 min readJan 17, 2019

イタリア・トスカーナより、イタリアの裏話やモノづくりの現場などについてレポートしていきます。
1800年代末から1900年代初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した、美術運動「アール・ヌーヴォー」。他のヨーロッパ諸国から比べると規模は小さいものの、イタリアでも「リバティ様式」として数々の作品が残されています。それはルネッサンスの都・フィレンツェにも・・・今回は、これらのリバティ様式建築を実際に周ってみたルポタージュです!

アール・ヌーヴォーは、花や植物などの有機的なモチーフ、自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴の「新芸術」。アール・ヌーヴォーと聞くと、フランス、あるいはスペインのガウディ建築が頭に浮かび、イタリアとは全く結びつかいない人が多いのではないでしょうか?最盛期は1900年のパリ万博とされていますが、イタリアではその2年後、1902年のトリノ 現代芸術装飾展覧会をきっかけにトリノ、ミラノを中心に広まりました。一方ルネサンスの都フィレンツェは、町の景観的になかなか受け入れられなかったためか、他都市より元々数も少なく、戦中に破壊されてしまったものも多いそう。

歴史的地区でのリバティ様式の建築はごくわずかですが、歴史的地区すぐ外の1800年代にできた区画では、今もなお数軒のリバティ様式の館が残っています。その建物の大半が、建築家ジョヴァンニ・ミケラッツィの作品。ミケラッツィはフィレンツェの建築高等学校を卒業した後、1901年から建築家としての活動を始め、当初からその頃に最盛期を迎えたアール・ヌーヴォーに傾倒し、既存の建物にその要素を加えていきます。花や葉、渦巻きなどの装飾、それらの文様を絵付けしたセラミックスや、人工石などさまざまなマテリアルの組み合わせ、そして可憐な文様のロートアイアンのバルコニーや門扉・・・そのほとんどが私邸となっているため、現在は中の様子が見られないのは残念ですが、その外観だけでも十分に楽しめるもの。先日、リバティ建築の建物を訪ねて、フィレンツェ市内を歩いてきましたので、ここで紹介してみたいと思います。

ウツィエッリの館(Piazza d’Azeglio, 39、1902–1906年)

フィレンツェで初のリバティ様式建築とされるのが、このウツィエッリの館。リバティ様式の前のネオルネサンスをベースとしながらも、突き出たバルコニーや、どんぐりや花の文様など、リバティの特徴が随所に見られます。

アゼーリオ広場から歴史的地区と逆方向に10分ほどの住宅街、この地区は小・中規模の建物が多く、1900年代前半はブルジョワ階級にアーティストの住まいが多かったそうです。その中でも異彩を放つのが、このブロッジ・カラチェーニの館。

ブロッジ・カラチェーニの館(Via Scipione Ammirato, 99、1910–11年)

これはフィレンツェ・リバティ様式建築の最高峰とされ、ミケラッツィの代表的な作品の1つ。テラコッタの壁に映える、緑のひだ装飾がとても印象的です。このヒダ装飾や柱頭はセラミックス製で、いずれも彼と並んでフィレンツェ・リバティを支えた、セラミックス職人のガリレオ・キーニの作品。そして、バルコニー、外の柵、軒樋を支えるドラゴンなどは、ロートアイアン製と、それぞれのマテリアル・デザインが調和した唯一無二の建物となっています。

その右隣にあるのが、同じくミケラッツィ設計のラヴァッツィーニの館。

ラヴァッツィー二の館(Via Scipione Ammirato, 101、1907年)

こちらはブロッジ・カラチェーニの館の4年前に完成したからか、それと比べると、まだ全体的に控えめな感じ。しかし、ロートアイアンの門扉や柵、窓周りのセラミックスや点け柱の花装飾が可憐な印象を与えます。

ラヴァッツィー二の館の後に完成したと思われるのが、このジュリオ・ランプレーディの館。歴史的地区・南西側の市外壁を出た住宅街にありますが、何も知らずに前を通ったとしても、はっと足を止めてしまいそうなほどのインパクトがあります。

ジュリオ・ランプレーディの館(Via Giano della Bella, 13、1907–1909年)

パステル調の外観の中央には、羽の生えた2頭のドラゴン。ドラゴンが支えているのはロートアイアンのバルコニーで、2階の窓周りは丸くデザインされ、上部は絵付けセラミックで彩られ、まるでファンタジーの世界に入り込んだようです。この館の左隣も、その後に同じミケラッツィ設計のランプレーディ家の館。こちらも同じような特徴がありますが、色調や装飾も地味な仕上がりとなっています。

ヴィーキ・ギャラリーの館(Borgo Ognissanti 26 、1911年)

ミケラッツィ設計のリバティ建築で、唯一歴史的地区内に残っているのが、このヴィーキ・ギャラリーの館。ルネサンス期の画家・ギルランダイオの「最後の晩餐」でも有名なオンニッサンティ教会の近くにあり、ホテルや商店が並ぶ中に建っています。ブロッジ・カラチェーニの館と並んで、フィレンツェ・リバティの顔となっているこの建物だけあり、照明を持ち上げるような鷲や獣柄の帯状装飾、上部左右のドラゴン、下部両サイドの冠を持つ男性など、細部にも凝った装飾の数々。その他にも、窓周りに多用されたカーブデザインとロートアイアンなど、リバティの要素が縦長のファサードにぎゅっと濃縮されています。現在中に入っているアンティークインテリアショップの雰囲気にも、とても合っていますね。

ガレオッティ・フローリの館(Via XX Settembre 72、1914–1915年)

41才で短い生涯を終えたミケラッツィ晩年の作品が、このガレオッティ・フローリの館。旧市街の北西の川沿いに、ひっそりとたたずんでいます。以前のようなインパクトのある装飾はなく、「ネオ中世様式も感じさせるファサード」、「様式がはっきりしない」と後に批評されるものの、窓周りの花装飾、軒樋のヘビ装飾のロートアイアンなどにリバティが感じられます。

近年は「リバティ建築ツアー」なるものが開催され、再評価されているフィレンツェのアール・ヌーヴォー、リバティ様式の建物たち。建築に興味のある方、またフィレンツェの定番観光に疲れた方は、ぜひこれらの建築を訪問してみて下さいね。

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Kumiko Nakayama
フレーズクレーズ

イタリア・トスカーナ州の田舎在住。イタリア語通訳・翻訳、コーディネイター、リサーチャー、ライター愛するトスカーナの小さな村やお祭り、体験型プログラムなどを紹介するサイトを運営:https://toscanajiyujizai.com。東海教育研究所より「イタリアの美しい村を歩く」出版(イタリアの最も美しい村協会推薦)