kokoima実践レポート ―精神看護と居場所づくりのハザマで― / 第二回:ナラティブ写真展という取り組み

アサダワタル
フレーズクレーズ
11 min readJun 12, 2016
2015年6月に開催されたココ今ニティー写真展@浅香山病院のサロンスペース。メンバーにとっての原点の会場では、2012年からこれまで度々開催されてきた。

■被写体のナラティブ(語り)が魅了する。「ココ今ニティー写真展」とは!?

小川さんが昨年まで勤めていた浅香山病院では、精神科病棟に長期入院する患者さんたちが被写体となる写真展が度々開催されてきた。きっかけは、2012年に写真家の大西暢夫さんが『精神科看護』という雑誌のグラビア連載の撮影のために浅香山病院に訪れたこと。患者さん個々人と撮影を通じて関係性を築きあげていくなかで、連載では掲載しきれないほどたくさんの魅力的な写真が誕生し、患者さんや看護師たちからも「写真展をして観てもらおう」という意見が自然に生まれたという。これが「ココ今ニティー写真展」のはじまりだ。ちなみに、ココ今ニティーの「ココ」はここの場やここに居る人達、「今」は病院のある地名・堺市今池町の今と現在の今、「ニティー」はコミュニティーの語呂あわせだ。
まずは浅香山病院の院内でスタートしたこの取り組みは、姉妹系列の茨木病院や森ノ宮医療大学のオープンキャンパスでの開催へと広がり、2015年秋にはグランキューブ大阪で開催された日本看護学会内・精神看護学術集会(日本看護協会)でも展示されるなど、全国の精神看護の専門家から注目される存在となる。
改めてこの取り組みが注目されるポイントを述べよう。まず第一に、患者さんたちが被写体であるに留まらず、展示会場において個々人自らが写真の横に座り、撮影時の思いや半生、そして夢について語り出す、「ナラティブ(語り)写真展」であるという点だ。そして第二に、この展覧会の企画自体に患者さんたちが主体的に関わり、名刺まで制作し「営業」している、という点である。つまり、看護師と患者と写真家という関係性が、この写真展を通じて同じ志 ―写真をもっと多くの人に観てもらいたい、院内に留まらないあり方で様々な人と出会いたい― のもとで「メンバー」として編み直される、ということである。「写真」そのものは、ぜひ会場現地に足を運んでご覧いただきたいが、ここではいくつかメンバーのナラティブの様子を紹介しよう。

2015年7月、森ノ宮医療大学にて開催された写真展での、田村正敏さん(左二番目)による語りの風景。キャプションには以下のように書かれていた。

(田村さんにとっての楽しみは?)
やっぱり、ローソンやな。
おやつ買うのが楽しみ。 タバコ以外で買うもの。
(田村さんが一番大切なものは?)
やっぱりバックやな。 3,000円から5,000円したから。
(田村さんの好きな人は?)
やっぱり自分の母親やな。
その次は大西さんやな。 (*大西さんはプロのカメラマン)
そして次は師長、永江師長さん。
(田村さんにとってココ今ニティは何ですか?)
くつろぎです。

2015年7月 森ノ宮医療大学(写真左)と2015年9月 グランキューブ大阪(写真右)にて開催された写真展での、益田敏子さん(共に中央)による語りの風景。以下、キャプション。

お部屋から出てきたところを待ち構えていて、撮ったのかな?
大股に歩いているね。
女の子だから もう少し 小股で歩くようにしないと 恥ずかしいでしょう。

いろんな写真を一枚一枚見て歩くのも エンジョイではないでしょうか?

2014年6月の茨木病院にて開催された写真展での、東武司さん(右)による解説風景。この日はラジオの取材が。以下、キャプション。

ちゃんと正装して 身なりを整えるだけじゃなく
もっと社会の一般教養と常識を身につけて
一日も早く
社会に貢献したい。

自分は一人じゃないと感じている。

夢は 恋人の一人でもつくりたい。

2015年9月、グランキューブ大阪にて開催された写真展での、治村正信さん(左)による解説風景。以下キャプション。

楽しんでできること それは自分の得意な
趣味、仕事、その他 できること

人間一人では生きて ゆけない
だから対立する
だから友達になる

そして、何か 楽しむことを
さがす・・・ でも
たいていが
しれていることだ・・・?!!

■各々の立場から語る「ココ今ニティー写真展」の大切さ

さて、ちょっとここでそもそも筆者がなぜCafeここいまの運営を始めとしたNPO法人kokoimaに関わっているのかを書いておきたい。筆者は以前から主に知的に、あるいは精神に障がいがある方々が行う創作活動(美術や音楽やダンスなど)に様々な立場で関わってきた。時に創作現場にて作り手や支援者に取材しそれらを本に執筆したり、またある時はミュージシャンとして現場で音楽ワークショップを行ったり。そんななかで、以前からアール・ブリュット(※1)の創作現場を撮影してきた大西暢夫さんと出会ったのはなかば必然だったのかもしれない。そしてこの数年、大西さんから事ある度に「大阪の浅香山病院で面白い写真展をやっているから遊びにきて」と声をかけてもらっていたのだ。
ようやくココ今ニティー写真展に直接参加できたのは、2014年6月に開催された茨木病院での展示だった。ちょうど、パーソナリティを担当している福祉とアートにまつわるラジオ番組(※2)の取材も兼ねて行ってみることにしたのだ。そこで、メンバーの方々が写真を前に語る独特な姿勢 ―どこか恥ずかしそうだけど確実に何か伝えたいことがあり、それらを言語化しようと努める真摯さ― に直接触れ、そしてその場づくりを共に支える小川貞子さん ―当時はまだ浅香山病院の副院長兼看護部著だった― とも出会ったのだった。

小川貞子さん(写真中央)にラジオにてインタビュー中

以下、2014年のラジオ取材時に小川さんと大西さんが発した思いを少し拾っておこう。まず写真展立ち上げ時について誰もが容易に思い浮かべそうな課題、メンバーのプライバシーの問題はどうだったのだろうか。小川さんはこう話す。

「病院内では課題にはならなかったです。シンプルな話ですが、この写真を出す際に、ご本人たちが実名でお出しになるのかどうかということを含めて同意をいただく。そのプロセスさえきちんと行えれば、ご本人たちが“誰が見てもいい”、あるいは“院内だけであればいい”などとおっしゃってくださるので、その上で同意が取れた方だけに出展していただいています。」

なるほど。では、患者さんが「メンバー」として一から写真展の運営自体に関わって行くことがなぜ可能だったのか。この質問に対しては

「ご本人たちも自分たちの名刺をつくって自分の名前を紹介したりして、それで“なんでこんなことをしているのか”ということを観に来てくれた人たちに語りたいという思いが段々と沸いてこられたようです。だからこそ、いまそういうナラティブを伴う活動の域に達しているんです。」

最初は、小川さんたち看護師が中心になって仕掛けたことかもしれない。しかし、その熱意に巻き込まれた患者さんたちが「次こうしたらいいんじゃないか?」「もっとこんな風に話してみたい」とか、様々なアイデアや意見が生まれるなかで、いつしか「メンバー」としての主体性が育まれていったということだろう。だからこそ小川さんは「あくまで、ご本人たちが望まないことはできない」ことも強調する。

大西暢夫さん(写真左)にラジオにてインタビュー中

一方、その大元のきっかけを作った大西さんはどのような思いを持っているのだろうか。大西さんはこう話す。

「写真が何かの効果になったかどうかというのはあくまで後付けではあるけど、でも明らかに患者さんたちが一枚の写真で相当変わった感じがしますね。
いまみんな僕の名前を呼んでくれていますよね。患者さんたちが覚えてくれて名前で呼び合うまでってなかなか時間がかかるんですよ。それはまあ病院に限らずですけど、そういう関係にまで行き、被写体とカメラマンなんですけどどっかでその域を超えたところで、“またご飯たべにきたで”ってね、そういう呼吸を受け入れてくれている感じがします。
また、写真展を通じてこうやって外部と接触して名刺つくって営業に行ったりね、そういうアクションっていうのが、僕たちの生活とほとんど同じようになってきたってことも大きな変化のひとつだと思う。この取り組みが、もう一息外にでるべき。この写真の存在が珍しくない時代を僕も病院側も求めているはず。僕らは忘れているんです。彼らの存在をほんとうに忘れているので、もっと地域に出て行く意味があるだろうと模索しています。」

大西さんのこの発言から一年半程のち、ココ今ニティー写真展を経た上でのより日常的な地域活動の在り方としてCafeここいまが開店したと言えるだろう。そして現在はこの写真展も浅香山エリアの地域の催しにも出張展示するなど、メンバーさんと地域住民との交流もより深まりつつある。

最後に、メンバーのうち益田敏子さんと治村正信さんの写真展を重ねてきた感想(2015年6月時の手書き感想用紙より原文のまま書き起し。但し個人名の箇所は○○として表記)を紹介しておきたい。

益田敏子

看護学生さんと話す機会を得ました
説明をしながら写真も見てもらいました
奥様でこの写真は覚えていますよとやさしく云って下さった方もいらっしゃいました
よく写真が撮れているねと写真をほめて下さった方もいました
全体的には好評だったように思いました
ご来場のみなさま方も今回は多かったように思いました
精神科のイメージが変わってくれたらいいなと思いました

治村正信

写真展にこられた方が、写真や詩に見つめられ、うれしかったです。
僕の写真はいちばんエレベーターの前だったので、少しさみしかったです。
だけど見にきてくれた方々に名刺交換をしたりしてほんとうにたのしかったです。
アイスミルクティーや、アイスコーヒーもでてよかったです。
昔おられた○○さんや○○さんにも出会えてよかったです。このココ今ニティ写真展が日本中に届くとよいと思います!!

次回第三回は、この「ココ今ニティー写真展」の開催から「Cafeここいま」の開店へと繋がる橋渡しとしての機能を果たした、浅香山病院の院内に短期的に設けられたメンバー拠点「ココ今サロン」での活動を紹介しよう。

※1 アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術を指すフランス語。フランスの画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901–1985)によって考案されたことばとして一般に知られている。

※2 KBS京都ラジオ「Glow 生きることが光になる」(毎週金曜21時半〜21時55分放送。翌週にポッドキャストも配信中。)
https://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/glow/

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