翻訳絵本の企画と広報から知る、女性に響くデザイン。~千倉書房~
連載「素敵な本が生まれる時」Vol.1 後編
ウェブマガジン『フレーズクレーズ』の連載「素敵な本が生まれる時」では、海外の建築・デザインを日本に伝えたり、日本の建築・デザインを海外に発信している出版社さんで素敵な本が生まれる瞬間のストーリーを、“建てたがらない建築士”いしまるあきこが伝えます。
はじめて取り組んだ翻訳絵本『まってる。』が大ヒット。その後、『ママのスカート』や『パリのおばあさんの物語』で多くの読者の心をつかんで離さない千倉書房の千倉真理さん。千倉さんの高いコミュニケーション能力・行動力が生み出した絵本のその後の物語をお楽しみください。
文・写真:いしまるあきこ
前編から読む方はこちら → 「夢がかなうコミュニケーション。人と人がつながる絵本づくり。」
いしまるあきこ(以後、いしまる):『まってる。』とは絵柄が少し違う『ママのスカート』とは、どういう出会い方をされたんですか?
千倉真理さん(以後、千倉):『ママのスカート』は、『まってる。』と同じフランスの出版社の作品でした。
仕掛け絵本で、お母さんのスカートをめくると、男の子がそこに住んでる!なんていう発想は、保守的な版元だとやらないと思いました。「マリ、こういうの好きでしょ?」と真っ先に見せてもらって、それこそ「わお!」って感じですよね。「好き!好き!」ということで、即決でした。
私にも20歳の息子がいるんですけど、小さい頃はこんな風にかわいかったなぁという想いもあって、そういった、息子のかわいかった頃を思い出すお母さん達に届けたいと思いました。
イラストはドロテ・ドモンフレッドさんっていうかわいい方で、すでに日本でも何冊か彼女の絵本はでています。アトリエにもうかがって、作家のキャロルも来てくれて、コーヒーを飲んでチョコレートを食べておしゃべりして……。こういう交流も本作りの醍醐味です。
『ママのスカート』に関しては、どういう方に訳してもらったらいいかなと思った時に、絵本の「ママ」の髪型といいファッションといい木村カエラさんが目に浮かんで。ご本人に絵本を見ていただいて、やっていただけるということが決まったときは、また、飛び上がるほどの嬉しさ。ああ、お話しながら思うのですが、ほんとに、楽しい仕事をさせてもらってる、と思います。
実際の製作ですが、これは、スカートをめくる仕掛け絵本なので、全部手作りなんですよ。
フランスの版元も製作をお願いしていた、マレーシアの工場で作ることにしました。これはコープロ(注)といって、日本語データを送って、印刷、製本、日本への郵送までをフランスの原作出版社との契約でやるんです。
今回、初めてだったし、ちょっと心配だったので、マレーシアまで行きました。工場ではベルトコンベアで絵本が送られてきて、職人さん達がそこに1ページ、1ページ、スカートを貼っていくんですよ。
私は、貼ってくれてる皆さんの応援です。でも、そうやって出向いていったほうが、丁寧に作ってもらえるって話だったので。そこは、世界中の複雑な仕掛け絵本を受注して製作している大きな工場で、その規模にびっくりしていました。
(注:コープロは、co-production 共同製作のこと。原書のレイアウトなどを踏襲してテキスト部分を翻訳して、様々な言語版の印刷を1箇所で行うやり方。各国語版でも品質を一定に保つために行われる。)
いしまる:千倉書房で扱っているのはフランスの絵本が多いのですね。
千倉:そうですね。意識していないのですが、結局、最初の出会いがフランスの絵本だったし、メッセージの入っている作品が好きなので。
『パリのおばあさんの物語』は20年前の本ですけれども、日本でフランス本を集めている読者から「こんな本もあるので復刊しませんか?」と送られたものの中から発掘しました。
おばあさんのひとり語りの素敵な絵本を見つけて、イラストレーターの名前が“セルジュ・ブロック”。『まってる。』とはイラストの雰囲気がずいぶん違うので、同姓同名なのかなと思って調べてみたら、なんとこのイラストレーターのデビュー作でした!運命的なものを感じて、これも即決でした。
この絵本の主人公の心境を一番わかってくれるのは、どなたかしらと考え、岸惠子さんが思い浮かんできました。またまた、インターネットで調べて、事務所に本をお送りした数日後、岸惠子さんから直接お電話をいただき、お受けいただけました。原作の魅力が伝わったことに、この時も天にのぼるようにうれしかったのを覚えています。
『パリのおばあさんの物語』は、フランスでは子ども向けに作られていたんですよ。日本では、大人に読んでもらえるようにデザインを変えました。元の絵本の見返しの水彩画が好きだったので、表紙に持ってきて、オレンジの帯を巻いて。“フランス表紙”って言う表紙が折り込まれるタイプのものにして、印刷製本代は、高かったのですが挑戦してみました。今では、シニアの読者の方達が持ち歩くのに「これくらいの軽さがありがたい」と言って喜んでくださってます。
良い作品、新しい作品を見つけなければいけないけれども、一方で、こういった世の中には忘れられている名作と出会うこともあるし、それを蘇らせることもできるんです。本当に素晴らしい仕事だと思っています。こういう仕事をきっかけに、セルジュから「僕の日本エージェントやっていいよ」って言われて、今は、マリ・エージェンシーという、セルジュの日本代理店もやっています。
いしまる:夢がどんどんかなっていると思うのですが、何かコツはあるのですか?
千倉:いや、私は運に助けられてばかりいるので、毎回、神様に感謝しています。コツとか方法もありません。
『パリのおばあさんの物語』ができた時も、たまたま「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングで岸さんが、鳥越俊太郎さんからご指名を受けて出演されたのです。印刷所から本が刷り上がってきたタイミングで、テレビでもこの本のことを紹介してもらえました。他の出版社の知り合いから「どうやってブッキングしたの?」とか聞かれましたが、もう、本当に偶然のタイミングでした。
今年は、またうれしいことがあったんです。松尾スズキさんのオリジナル絵本『気づかいルーシー』を2年前に出版したんですね。これは、フランス本などとは全く違う路線で、ユーモア、ブラックで、かわいくて怖い物語なんですが、今年の夏に東京芸術劇場で素敵な音楽劇になりました。
本を出したときには、まさかルーシーがお芝居になるとは、思いもしていませんでした。とってもいい作品に仕上がって、評判も良くて、最後は立ち見席もとれないほど。私もほとんど毎日、会場で本やルーシーのマグカップやトートバックを売ってたんですが、幸せな時間でした。
いしまる:次はどういうものを世に送り出すのですか?
千倉:次はカンガルー夫婦のお話です。奥さんカンガルーが認知症になってしまうのだけど、だんなさんカンガルーがその奥さんを支え、ラブレターを書き続けるお話です。お孫さんやお子さんにアルツハイマーの説明をしたり、実際にシニアの方たちにも手にとってもらいたいファンタジー絵本です。
『パリのおばあさんの物語』がシニアの方達に受け入れられているから、大人向けの絵本が随分と広がっているなという実感はあります。うちに直接お客さまから電話がかかってきて、60代とか70代の方が「友達からもらって良かったから、自分も友達にあげたいから10冊送って下さい」っていう注文がくるんですよ。そういう意味でも絵本のコミュニケーションの広がりはすごく感じています。
いしまる:他の国の絵本というのはまだ?
千倉:今のところ、フランスだけになってしまってますね。意図しているわけではなく、結果的にそうなっているだけの話です。韓国など、おもしろいなと思って見たこともあるんだけれども。やりたい本はたくさんあるのだけれども、なかなか出版までたどりつけないものもあります。
いしまる:「国立国会図書館 国際子ども図書館」というのが上野にあるんですが、絵本がいっぱいあるんですよ。児童書を専門とする図書館で、各国の絵本もずらっと並んでいて、アジアのものもたくさんあって、眺めているだけでもおもしろいです。
千倉:そうなんですか。行かれたりしてるんだ。
いしまる:数回ですけれども。明治時代の建物を建築家の安藤忠雄さんがリノベーションした図書館なので、そういう意味でも見に行ったり。絵を描く友人がそこによく絵本を見に行っていると聞いていたので、知ったのですが。ここに隠れた名作が眠っているかもしれませんね。
千倉:そうですよね。今度行ってみます。今日は、いしまるさんに聞いてもらえて良かった。
いしまる:本当におひさしぶりでしたけれど、素敵なお話しをありがとうございました。
2015年10月30日、千倉書房にて。
株式会社千倉書房
(千倉書房の絵本のページ)
ご取材にご協力頂いた、株式会社千倉書房 取締役 千倉真理さん ありがとうございました。