『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』に見る、自分らしさを引き出す方法 〜エクスナレッジ〜

連載「素敵な本が生まれる時」Vol.4 その3

ウェブマガジン『フレーズクレーズ』の連載「素敵な本が生まれる時」では、海外の建築・デザインを日本に伝えたり、日本の建築・デザインを海外に発信している出版社さんで素敵な本が生まれる瞬間のストーリーを、“建てたがらない建築士”いしまるあきこが伝えます。

建築を軸に視覚に強く訴えるビジュアル本を多く扱うエクスナレッジでは、どのように企画がされ、本が生まれているのでしょうか。3回に分けてお送りする最終回は、目をひく建築で有名な『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』や、その他の翻訳本について伺いました。

文・写真:いしまるあきこ

前回の「『世界の最も美しい大学』から知る多文化 〜エクスナレッジ〜」から読む方はこちら

『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』より。上:ゲーリーの事務所「ゲーリー・パートナーズ」の様子。下:事務所内のゲーリーの執務スペース。

いしまる:2015年12月にでた『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』ですが、原書が2010年に出版されています。原題が『Conversations with Frank Gehry』の通り、著者バーバラ・アイゼンバーグさんとフランク・ゲーリーさんとの会話、インタビューです。ゲーリーさんがどうやって建築家になっていったとか、仕事の取り組み方について具体的に書かれています。

2016年2月まで、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTでは「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」が開催されていたり、フランク・ゲーリーに関する様々な展示が開催されていました。

展示に合わせてこの本を出版しようという話だったのですか?

関根:全くの偶然です。これは本当にラッキーとしかいいようがないのですが。こうした展覧会がなければ、売上にも大きく影響したのではと思います。

1年半ほど前に企画をあげて、本の権利を買って、翻訳して出しました。

いしまる: 2013年頃から準備をされていたのですね。それにしても、すごく良いタイミングでしたね。

この本は、インタビューなのでゲーリーさんの人柄とか考え方がよく伝わってくると感じました。ゲーリーさんのことは作品でしか知らないですから、作品とは印象が違ったというか。

関根:すごく、ざっくばらんにお話しされていますよね。

いしまる:そうですよね。学校卒業後に軍隊に入って、そこでインテリアの仕事をすることになったといった紆余曲折ですとか。

左:「ゲーリー上等兵」と呼ばれていた頃のゲーリー。右:軍用にデザインした屋外用トイレのスケッチ。

関根:社内の者に聞くと、日本の建築家ではなかなかここまで話してくれないそうです。いろいろしがらみもあるでしょうし、翻訳本だから可能という面もあるかもしれません。普通はコンペの裏話などなかなか表には出せないのではないでしょうか。

スペインの「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」
「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の夜景。
設計を担当することが決まっていない段階で、「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の予定敷地や既存の建物を使うのではなく、別の敷地に新しく建てた方が良いと提案したと語られている。地図上の矢印で、まちの中の美術館にふさわしい敷地に対する「視覚的存在感」について説明している。

いしまる:神戸の「フィッシュダンス」のコンペの裏話も出ていましたね。レストランで紙ナプキンに書いたスケッチで決まったという話には驚きました。

神戸にある「フィッシュダンス」のスケッチ、模型、写真。

こういう話もでていました。1970年代、当時多くの仕事をもらっていたクライアントから、自邸のデザインとクライアントのために設計したショッピング・モールのデザインがあまりにも違うと指摘を受けて、設計したモールのデザインを実は「あんまり好きじゃありません」と言ってしまったり、設計していた理由も「生活費を稼がなきゃならないからです」と正直に話したところ、クライアントと「それはお互いのためにならない」という話になり、仕事を受けることをやめた。次の日にはそのクライアント関係の建物の設計に携わる50人くらいのスタッフを解雇することになったそうです。

ゲーリーさん自身も、自分らしい表現について強く意識することになった話なのではと思いました。

アメリカ・サンタモニカにある、ゲーリーの自邸。上:模型写真。中・下:実際の様子。

それに、それ以来、ひとつのクライアントからの仕事は全体の35%くらいにおさえるようになったといった具体的な事務所運営も話されていて。華やかに活躍されている方がそういう細かいことも気にされてきたことが意外でもありました。

関根:ビジネス、実務的な話も多いですよね。建築家自身が語る本というと、哲学的な話や、理念を語ることが多いと思うのですが、割と率直に語っていて。

いしまる:ざっくばらんに、いわゆる建築論ではなくて、考え方とか、交流があるアーティストの方とか影響を受けたアートの名前とか具体的な話がたくさんでてきますね。

関根:インタビューワーの方が上手だったのでしょうね。バリバリの建築の人ではなく、美術系の記者の方だったので、一般の人として話を引き出すのが上手だなと思いましたね。

アメリカ・ロサンゼルスの「ウォールト・ディズニー・コンサート・ホール」
「ウォールト・ディズニー・コンサート・ホール」のホール形状を検討した複数の模型。
左:「ウォールト・ディズニー・コンサート・ホール」の模型。上は石を使った場合、下は金属を使った場合。石を使うことをクライアントに勧めていたという話がでている。右上:実現しなかったニューヨーク・ダウンタウンの「グッゲンハイム美術館」の模型。右下:実現しなかったワシントン「コーコラン美術館の拡張計画」の模型。

いしまる:この本は、どういう方に読んでもらいたいと思いますか?

関根:ちょっと建築に興味がある方にもおもしろいと思いますね。建築家は何をしている人なのかとか、80代(本の取材当時は70代)の今も現役で仕事をしている人の話はおもしろいので。

ものをつくっていることに関わっている方であれば、おもしろいのではないかなと思いますね。

いしまる:学生に対して「自分らしくあれ」と話をしていると出てきたり、「自分らしい」表現をどうやって実現してきたのかといった具体的な話が多くて、建築の人に限らず、いろいろなジャンルのクリエイターにとって参考になるのではと思いました。

実際に見に行ったことがある建物がいくつもでてきますが、本を拝見して、つくるまでに考えていたこととか、建物ができた経緯とかがわかっておもしろかったです。

関根:見る目が違ってきますよね。

ドイツのヴァイル・アム・ラインの「ヴィトラ・デザイン・ミュージアム」のスケッチ、模型、外観写真。
左:実現しなかった「ピーター・B・ルイス邸」の模型写真。右:ドイツ・ベルリン「DZ銀行」のスケッチ、左下:模型写真、右下:内観写真。「DZ銀行」に見られる銀色の「馬の頭部」の形状は、もとは「ピーター・B・ルイス邸」のためのアイデアであったという話もでている。
アメリカ、シカゴ大学の「スミス図書館」スケッチ、模型、外観写真。

いしまる:海外の方のインタビューの翻訳本ですけれども、翻訳者の方に何かお伝えしたことってありますか?

関根:会話なので、やわらかい感じにしてくださいとはお願いしましたね。

それと、専門用語のチェックが難しいですね。専門分野が違う翻訳者さんだと、建築業界ならカタカナで通じる専門用語でも苦労して日本語に訳してしまったり。よほど建築に詳しくないと、そのあたりの判断はつきにくいと思います。

注釈もどこまで付けるかは悩むところですね。付けすぎると読みにくいですし。

裏表紙はアメリカ、マサチューセッツ工科大学(MIT)の「ステイタ・センター」。本書の中では、MITの科学者たちとのやりとりが細やかに描かれている。

いしまる:エクスナレッジさんはビジュアルが充実した書籍が多いなと感じるのですが、何か意識しているのですか?

関根:ビジュアルが充実した本の企画が通りやすい傾向にはありますね。

建築の本も図面とか見せたり説明したり、生活実用の本でも器とかビジュアル書なので。書店さんにも見せれば、こういう本だって分かってもらいやすいので、売りやすいです。

いしまる:たしかに、雑誌『建築知識』や『世界で一番やさしい』シリーズも図解が多くて、とてもわかりやすいなと感じます。

最近、建築以外の本も充実されているようですが、どういうものを展開されていますか?

左から、『フランス式整理術 』、『BROOKLYN MAKERS ブルックリンに住む職人・クリエイターたちの手仕事と暮らし』、『アンティークは語る』、『不思議の国のアリス原書ぬり絵』、『じいちゃんが語るワインの話 ブドウの年代記』、『食べる世界地図』、『老人と猫』、『テレンス・コンラン流 インテリアの基本』。下段:『オオカミたちの隠された生活』

関根:最近だと、翻訳書では『食べる世界地図』、『オオカミたちの隠された生活』が重版して売れています。

変わり種ですと、『じいちゃんが語るワインの話 ブドウの年代記』は、フランスのコミック、バンド・デシネです。著者の祖父がブルゴーニュのワイン農家で、ワイン作りにまつわるあれこれを語るエッセイなのですが、ワイン販売の「エノテカ」に取り上げて頂いたり、ワイン好きの人には大変好評です。

あとは、猫の本が多いですね。ロングセラーの『世界で一番美しい猫の図鑑』のほか、最近ではスウェーデンのエッセイ『老人と猫』なども地味ながら売れています。

いしまる:それはいいですね。うちも猫が5匹いますし、猫好きなので。

幅広い分野の本がありますけれども、書籍の企画はどのようにして生まれるのでしょうか。

関根:編集者単位でやっていますね。

翻訳書に関しては、ビジネス書や小説は扱いませんが、それ以外は比較的自由にやっています。先ほど申し上げたフランスのコミックのように、時々変わった企画も通ったりするので。

いしまる:今後の展開はどのようなことをお考えですか?

関根: 建築の本はもちろんですが、それ以外にもいろんなジャンルの本を手掛けていければと思っています。

いしまる:さらに印象深い本が生まれるのを楽しみにしています。本日はありがとうございました。

2016年3月4日、エクスナレッジにて。

株式会社エクスナレッジ http://www.xknowledge.co.jp

ご取材ご協力頂いた、

編集部 関根千秋さん、
ありがとうございました。

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いしまるあきこ / Akiko Ishimaru
フレーズクレーズ

2018年より、猫シッター「ねこのいえ」始めています。→ http://nekonoie.tokyo **古い建築が好きな「建てたがらない建築士」です。セルフリノベ(設計+施工)・ワークショップ・企画・映像・文・編集等を通じて建築的“きっかけ”づくりをしています。http://ishimaruakiko.com