翻訳家・柴田元幸さんインタビュー

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フレーズクレーズ
13 min readMay 11, 2016
失踪者たちの画家、ポール・ラファージ (著)、柴田 元幸(翻訳)、中央公論新社(2013/7/9)

ポール・オースターをはじめとする現代アメリカ文学の名訳で知られる翻訳家、柴田元幸さん。彼に、翻訳を手がけた書籍『失踪者たちの画家』を中心に、原書との出会い方など翻訳にまつわる話をうかがった。 (学芸カフェ2013年8月号 より再構成/掲載)

— — — -まずは、柴田さんが翻訳を手がけられた書籍『失踪者たちの画家』について。ポール・ラファージのデビュー作で、あらすじを紹介するのが難しい本ですね。読みどころというか、どんなお話なのかについてうかがいます。
柴田: じつは一時期、この話を新聞での連載小説にしないかという話があったんです。明治以来、翻訳の新聞小説はなくて、それを100年ぶりくらいにやろうかと。結局、事情があって新聞小説の話は立ち消えになったんですが、この本が新聞小説に向いていると思ったのは、1ページに必ずひとつ、変なこと、つまり奇譚が書いてあるからです。
小説全体も奇譚なのだけれど、ひとつひとつのエピソードもミニチュアの奇譚になっています。話のなかに店がでてくれば、店の描写に変なところがあるし、山に行けば山も変なんです。反射神経的に変なことを考える作家なんでしょうが、それが面白い。柴崎友香さんが推薦文を書いてくれたんですが、『一行読み進めるごとに、この「都市」は姿を変えていく!』というのは、まさにその通りです。もちろん、それだけで300ページの小説にはならないので、恋人がいなくなったりするような、大きな話もあります。妙に説明しようとしないで、不思議な雰囲気をどこまでもリアルに追求していく小説です。
たぶん日本のほうが、アメリカよりもこの作品を分かってもらえると思います。アメリカって、小説にはすごくリアリティを求めるんですよね。日本では、幻想的な部分がない小説のほうが珍しいくらいで、リアリティから外れてしまうことに寛容です。

— — — 舞台となる街、建物の描写も印象的です。柴田さんご自身もあとがきで『「都市」こそがこの小説の主人公だという評もある』と触れられています。
柴田: 見事にどこの街でもないですね。死者が生者の街にやってくるわけですが、何世紀か、どこの場所かも分からない。そういう枠組みで考えるので、具体的な街のイメージと結びつかない。アジアじゃないだろうが、とくに欧米っぽいかというところもないです。

— — — 運河をはさんで向かいあっている博物館など、アメリカよりはヨーロッパっぽいイメージなのかな、と何となくおもうシーンもありました。
柴田: たしかに、あえていえば、ヨーロッパっぽいかもしれません。この作家の3作目はフランス語を英語に翻訳した対訳形式になっていたりするし、ヨーロッパびいきという感じはあります。アメリカという感じは少ない。ぼくはやっぱり、ポール・オースターのように、ヨーロッパ志向のアメリカの作家が好きですね。

オラクル・ナイト[単行本]、ポール オースター (著), 柴田 元幸 (翻訳)
新潮社 (2010/09)

— — — この作家(ポール・ラファージ)は、プロフィールをみても、ずいぶんと遊び心がある方のようですね。「学校で花火のデザインを教えている」とか。
柴田: そんなことあるわけないだろ、みたいな(笑)。
「フランス語を翻訳した英語版」という形の3作目は、ポール・ポワセルというフランス人が著者ということになっています。きちんと確認はしていませんが、もとのフランス語版というのはおそらく存在しないでしょう。こういうのは、本を売ろうと思ったら損をする遊び心でもあります。フランス語からの訳書ということで、本屋ではフランス語の作者の名前に入ってしまいますから。まあ、ポール・ラファージの本がもっと売れたら、状況は変わるでしょうけど。ポール・オースターにもポール・ベンジャミンという別のペンネームで出していた本がありますが、いまはオースターのファンなら知っていることだし、本屋でもオースターの本として並べていたりしますから。

— — — 表紙や挿絵にある、スティーヴン・アルコーンの版画も魅力的です。植物画だけでなく、ジャック・ロンドンなど作家のポートレイトも描かれているようですね。
柴田: ミュージシャンのポートレイトもやっていて面白い方ですよね。この小説では画家の話が出ているので、こういう小説の絵って案外描きにくいと思うんですが、魅力的になっています。

— — — 柴田さんは、翻訳の技術はもちろん、その選書眼でも有名です。今回のポール・ラファージという作家も、日本ではほとんど知名度がありませんでした。
柴田: ポール・オースターみたいに有名になっている作家の本をどんどん出せるのも嬉しいですが、日本で知名度ゼロの作家の本を出せるのもうれしいです。

— — — 日本にまだ紹介されていないような作家や作品は、どのように発掘されるんでしょうか?
柴田: ひとつには、海外の書評をみるとか、知り合いの作家、たとえばポール・オースターから「この本が面白かったよ」といった情報の届き方もあります。でも、一番いいのは本屋に行って、ぜんぜん知らない作家や作品を手にとってみて、面白そうだ、というパターン。こういう出会い方、案外多いんです。
レベッカ・ブラウンなんかは、本屋で見つけなければいまだに知らなかったです。バリー・ユアグロー、ノーマン・ロック、なんかもそう。ほぼ間違いなく。もとの本も、Amazonでも扱っていないくらいの小規模な出版社から出ていたりしますから。

ナイフ投げ師 (白水Uブックス179)、スティーブン ミルハウザー (著), 柴田 元幸 (翻訳)
白水社 (2012/6/9)

— — — 柴田さんの翻訳がきっかけとなって注目を集めたので、レベッカ・ブラウンなどは本国アメリカよりも日本でのほうが人気があると言われていますね。
柴田: 彼女の本のときは、いろいろな意味でほんとにラッキーでした。好きな小説だけど日本で翻訳を出すのは難しいかなあと思っていました。エイズ患者の介護の話で、地味なんです。大学の授業で扱って学生は気にいってくれてたりはしたんだけど、社会性だけでとらえられるのは嫌だし、と。
それが、雑誌『オリーブ』の400号記念のとき、いくつか出した翻訳の企画が却下されて、困ったなあと(笑)。他の本命とあわせてついでみたいな感じで出したら、そのレベッカ・ブラウンが通ったんです。担当の編集者たちが粘り強かったのがよかったんでしょう。いわゆるオリーブ少女たちが読んでくれました。「わたしは小説なんて読まないけれど、これはよかった」といった反響もあって、それで担当者たちも力を入れて、単行本にしよう、と。そういう編集者たちの熱心さがはたらきました。
レベッカ・ブラウンの本を見つけたのはイギリスの本屋でした。当時はアメリカではまだぜんぜん認められていなくて、イギリスでは本はいちおう出た、という感じでした。やはり本屋に行くのは大事です。

犬たち、レベッカ・ブラウン (著), 柴田 元幸 (翻訳)
マガジンハウス (2009/4/23)

— — — 原書との出会いのほかに、編集者や出版社とのタイミングも重要ですね。今回の『失踪者たちの画家』ではいかがでしたか。
柴田: 今回の本は中央公論新社から出ているんですが、村上春樹さんがレイモンド・カーヴァーやフィッツジェラルドの翻訳を出されたときの編集者で、ぼくも村上さんの翻訳本では英語のチェックでお手伝いをしているので長い付き合いがあります。「一冊、柴田さん自身の本を」と言ってもらって始めたのがこれなんです。関係者みんなが盛り上がってくれました。どの編集者も熱心だし、どの本でもある程度は盛りあがるんだけれど、この本のときはいろいろなできごとが特にいい感じで作用しました。

— — — 柴田さんが翻訳された本は、ほぼ毎年、数冊のペースで刊行されています。ものすごいスピードです。
柴田: 基本的に大学の夏休みに翻訳をすることが多いです。
仕事にかける時間と出来高のことを考えると、時間をかければとてもいい仕事ができるという人もいて、それが一番いいんだろうけれど、ぼくは短期的にいっぱい仕事ができるほうなんです。そのあとはあまり考えても仕方がない。もちろん推敲はしますが、ある編集者からは、「柴田さんあんまり直さないでください、最初の勢いがなくなりますから」と言われたりもします(笑)。最初のが一番いい、というのは結構あります。生まれつき足が速いというのと一緒で、ぼくの場合は偶然に翻訳をするのが速いんです。物を書くのも、本を読むのも人並み以下だと思うけれど、とにかく訳すのは速い。

翻訳夜話 (文春新書)、村上 春樹 (著), 柴田 元幸 (著)
文藝春秋 (2000/10)

— — — 翻訳のお仕事は、少しずつコツコツとされるのか、あるいは一気に仕上げるのか、どちらでしょうか。
柴田: 基本的に、毎日ちょっとずつよりも、一日中やれるのだったら、そっちのほうがいいです。スイッチをいれてすぐに100%の能率、とはなかなかいかないので。30分、1時間とやってるとちょっとノッてきます。半日もやっていれば、あとはずっとオートマティックで動く、という感じです。

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)、村上 春樹 (著), 柴田 元幸 (著)
文藝春秋 (2003/7/19)

— — — 直訳、意訳、などのバランスで心がけておられることはありますか?
柴田: 原則、直訳です。直訳調で変な感じになるようであれば、最低限はしぶしぶ変えるという感じですね。バランスというよりは、できるだけ何もしない、ということです。建築での比喩は分からないけれど、料理でいえば、なるべく日本料理のような(笑)。

— — — どのような子どもだったかについてお聞きします。昔から本や英語がお好きでしたか?
柴田: 子どもの頃は漫画しか読んでなくて、本とかは全然読んでなかったですね。読書量とかは、本当に少ない。何をすればいいか分からない子どもでした。小学生や中学生の頃は、アメリカのポピュラーソング、ビートルズ解散のちょっと前あたりから聴きはじめました。そういうのが好きで、英語にはなんとなく親しみはあったんです。中学校では勉強はわりと得意で、とくに英語は好きでした。学校の試験なんかの英語は得意で、何を本当にやりたいのか分からないまま、大学まで来ちゃいました。

— — — そしてアメリカ文学や英語のほうへ進まれるわけですね。
柴田: 大学ではありがたいことに、英文や仏文といった進学先(専攻)を3年生にあがるときに決めるシステムでした。英語が得意だからとりあえず英文に進んだわけです。でも英文に行ってみたら、とにかく文学について語りあうところで、全然駄目だったんですけれど、大橋健三郎先生というすばらしい先生がいて、こんな先生みたいになりたいな、と。企業に勤めるという気もなかったので、そのまま英文の大学院に進みました。大学院でも翻訳は意識してなかったです。機会があればやりたいけれど、それを仕事にできるとは思ってなくて。あんまり向いてる気はしませんでしたが、アメリカ文学を教える文学兼英語教師でいこう、と考えました。
大学で教える仕事をしているうちに、翻訳の仕事はアルバイト的に何かとまわってきました。それを一つずつこなしているうちに、編集者や出版社とのコネクションもできてきて、だんだん好きなことができるようになってきたんです。「自分でぜひこれをやりたいと思って、あてはないけどコツコツ訳していた」といったカッコいい話ではないです。
当時のぼくがいかに翻訳に興味がなかったかということで言えば、たとえば、1987年か88年くらいに、ポール・オースターを発見しました。まあ、発見と言っても、丸善で勝手に見つけて読んだだけなんですが。こんな面白いものは当然日本語に訳されているだろうと思って、翻訳されているかどうかについて、確認もしていなかったんです。アメリカ文学の研究者になろうということだけを考えていたので、翻訳の棚なんて見もしなかった。ところが、いざ見てみたら、何も訳されていなかったんです。オースターもミルハウザーも。

— — — これからどんな翻訳を手がけられたいなどのビジョンはありますか?
柴田: 目標というのはないです。トップダウン的に、大きなビジョンがあって仕事をしたことはないんです。いつもボトムアップ的にひとつひとつを手がけています。
そういう意味では、『モンキービジネス』みたいな雑誌をするのはよかったです。まあ、雑誌も本当はトップダウン的にやってもいいのかもしれませんが。ぼくの場合は行き当たりばったりで一冊一冊、やっていきます。また2013年秋から『モンキービジネス』も『Monkey』と名を変えて再開しました。

(学芸カフェ2013年8月号 より再構成/掲載)

(聞き手/牧尾晴喜)

柴田 元幸(しばた もとゆき)
1954年東京生まれ。アメリカ文学研究者、翻訳者、 東京大学文学部特任教授。
ポール・オースター、スティーブン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウンなど、現代アメリカ小説の多数の名訳で知られる。
著書に『ケンブリッジ・サーカス』、『翻訳教室』、『アメリカン・ナルシス』、村上春樹氏との共著に『翻訳夜話』、『翻訳夜話2 -サリンジャー戦記-』など。
2005年、『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)で、サントリー学芸賞を受賞。2006年、2010年、『メイスン&ディクスン』(上・下)で第47回日本翻訳文化賞を受賞。

(*プロフィールはインタビュー再掲載時のものです。)

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