This Week’s Insight: FATF勧告15の規制スコープと事業者にかかる負担とは

Satoshi Miyazaki
Ginco Research
Published in
17 min readJun 27, 2019

先週のWeekly News紹介

Ginco Researchチームです!Ginco Researchでは、今週も引き続き、話題になっているテーマを深掘りする記事を出していきたいと思います。
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今週注目のトピック

2019年6月21日、金融活動作業部会(Financial Action Task Force;以下、FATF)が、暗号資産関連事業者に対する、具体的な規制方針を示した解釈ノート(ガイドライン)を発表し、国内外で大きなニュースになりました。

今後、こちらの解釈ノートを参考に、FATF加盟国の間で、法整備が進められていく見通しとなっています。

本記事は、今後の規制の動向を理解していただくため、FATFの概要について簡単にご紹介した後、今回発表された解釈ノートの中でも、特に注目すべきポイント、そしてそれに対する事業者目線でのリアクションをご紹介していきたいと思います。

記事の目次

  • FATFとは何か
    ・国際金融犯罪の実情
    ・金融犯罪に対抗するための国際システムの全容
    ・FATFの方針に従って、各国で法規制が作られる
    ・FATF勧告とは? :各国が従う規制の方針
  • ブロックチェーン産業に影響を及ぼす、FATF勧告15とは?
    ・送金技術の進化に寄り添う、FATF 勧告15
    ・勧告15の具体的な規制内容が明らかに
    ・今回注目すべきトピック
    ・規制対象となる事業者の一覧
    ・暗号資産特有のリスクへの対処
    ・送金時の顧客情報の取扱について
  • 勧告が及ぼす影響
    ・インフルエンサーの反応
    ・今後の業界展望

FATFとはなにか

はじめに、あまり聞き馴染みのない「FATF」とは、一体どのような組織なのかについて、簡単にご紹介していきます。

国際金融犯罪の実情

皆さんもニュース等で、マネーロンダリングという言葉を 一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。犯罪組織などが不正にあげた収益は、国際送金を繰り返したりすることで、その資金の出所や所有者をわかりにくくすることができます。

こうした事象を見過ごすと、国内外の犯罪組織やテロ組織の活動資金流通を助長することになり、世界平和が脅かされることになります。

金融犯罪に対抗するための国際システムの全容

このような犯罪組織による資金洗浄(マネーロンダリング)や、テロ組織や制裁国をはじめとする反体制派組織への資金供与などの問題に対して、下図のように国際組織が一丸となって、組織的に防止を図っています。

ここで、国際金融システムの安全性に対して、リスクとなるような不正な経済活動を未然に防ぐための法規制や対策指針について中心に立って議論を進めているのが、FATFという国際組織です。

引用元:How does the FATF work?

FATFの方針に従って、各国で法規制が作られる

FATFは、上図のように、国連やIMF、世界銀行を始めとする国際組織に見守られる中、マネーロンダリング対策について議論を進めます。ここで決められた内容は、加盟国メンバー(上図の赤い部分)に通達され、各国の行政機関が自国の法律と照らし合わせながら、実際の法施行が進められていきます。

FATF勧告とは? :各国が従う規制の方針

ここで、FATFは、Recommendation(勧告)という形で規制の全体方針を示し、その後加盟国が実際に規制に向けたアクションをとれているかどうか、遵守状況を相互に評価しあう形で、規制が進められていきます。

実は、今年2019年は、日本がどれぐらい勧告の遵守できているかを確認する「第4次相互審査」が行われる年にあたります。そのため、各金融機関と当局は、FATFの厳しい審査に備えるため、AML/CFTの体制構築の強化を進めているようです。

ブロックチェーン産業に影響を及ぼす、FATF勧告15とは?

ここでは、暗号資産を扱う事業者にとって直接的に関係してくる可能性のある、FATF勧告 15とは何かについて、ご紹介していきます。

送金技術の進化に寄り添う、FATF 勧告15

1989年のFATF結成から現在にいたるまで、世界では電子マネーや、スマートフォンを用いた送金が普及し、経済活動そのものに大きな変化が起きています。

FATF 勧告15「New Technologies」の項目では、こうした送金技術の進化に対応した規制方針を示されています。

ブロックチェーンの登場と、FATF 勧告15

さて、皆様もご存知の通り、2009年にビットコインが登場して以降、様々な暗号資産が世の中に誕生し、ブロックチェーンを用いた送金技術は目覚ましい発展を遂げています。

国内だけでみても、2022年にその市場規模はおよそ1235億円相当のものになると見られており、既に巨大な市場を築き上げています。

しかしその一方で、暗号資産の中には、高速決済が実現可能なものや、匿名性の高い送金をできるものもあり、マネーロンダリングに悪用されるリスクがあります。

そのため、2018年10月に「暗号資産サービスを提供する事業者(Virtual Asset Service Providers、以下VASP)」をFATF規制対象に含むよう、文言の改訂が行われました。その後、政府や関連事業者とのディスカッションを通して、具体的な規制の対象となる事業者や、規制の内容について、議論が進められてきました。

勧告15の具体的な規制内容が明らかに

そして今回、2019年6月21日、FATF 勧告15の解釈ノートが発表され、FATF勧告15の具体的な規制スコープと、その規制の対策方針が明らかになりました。

ここで発表された解釈ノートは、加盟国で法規制を進める上で参照されるため、重要度の高いものとなります。以下では、この解釈ノート上で、事業者にとって特にインパクトがあると思われる点について発表していきます。

今回注目すべきトピック

2018年10月時点では、VASPとはどのような主体を指し示すのか、曖昧な状態に留まっていました。しかし、今回の解釈ノートでは、VA(暗号資産)とは何か、そしてVASPの該当要件判断に用いる、5つの基準が明確になりました。

下記は、解釈ノートの第33項以降のセクションで説明されている、VASPの定義になります。

「暗号資産サービスの提供者(Virtual Asset Service Providers)」 とは、勧告の対象となっていない自然人又は法人であって、事業として、他の自然人又は法人のために又はその代理として、次の活動又は業務の1つ又は2つ以上を行うものをいう。

i. 暗号資産と法定通貨の交換
ii. 1つ以上の種類の、暗号資産と暗号資産の交換
iii. 暗号資産の送金
iv. 暗号資産、あるいは暗号資産のコントロールを可能にする手段の管理や保管
v. 発行者による暗号資産の提供および/または販売に関連する、金融サービスの提供、および、それへの参加

交換業者、カストディ事業者、ICO、仮想通貨ATM、DEXが規制対象に

上記ⅰ~ⅴの基準に照らし合わせると、

- 仮想通貨の交換業者(暗号資産と法定通貨、暗号資産と暗号資産の交換を行う行為)

- カストディ事業者(他の人や会社に変わって、暗号資産や暗号資産の秘密鍵を管理する行為)

- ICO等(暗号資産の募集、新規発行、販売に該当する行為)

のような行為を事業として行っている主体(人や会社)は、マネーロンダリング対策を行う必要のある事業者として、規制の対象に該当します。

また、続く第37項と第40項では、いわゆるBitcoinのATMや仮想通貨の店頭での販売や、手数料収益をあげているDEX(分散型取引所)のようなDapp(分散型アプリケーション)の所有者/運営者も、VASPとして、規制対象に該当することが記されています。

暗号資産特有のリスクへ対処する必要がある

FATFでは、従来よりマネーロンダリング対策の実施において、リスクベースアプローチ(Risk Based Approach、RBA)の考え方を重用しています。

AML/CFTの対策においては、マネーロンダリングやテロ資金供与の可能性がある「疑わしい取引」を速やかに特定し、必要に応じて当局に通報を行ったり、即座に口座を凍結するなどの措置を取れる体制を構築する必要があります。

今回発表された解釈ノートの第114項では、暗号資産の送受金における規制に関しても、法定通貨と同様のアプローチをとることが記されており、暗号資産関連の事業者の間で、大きな注目を集めています。

送金時に、取引所の間で、相互に顧客情報を送りあう

解釈ノートでは、VASPは、送金元、ないし送金先の口座の持ち主に関する情報を入手し、それを保管し、事業者間で送金できる状態にすべきである、という旨の内容が記されています。

ここで、送受金時にVASP間で、相互に送信する情報として、下記の内容があげられています。

1. 送金者の名前作成者の名前(すなわち、送信側の顧客);トランザクションの処理に使用される
2. 送金者の口座番号(暗号資産ウォレットのアドレス等)
3. 送金者を一意に特定できる情報(住所、社会保障番号、生年月日など)
4. 受け取り手の氏名
5. 当該取引の処理に用いる受け取り手の口座番号(暗号資産ウォレットのアドレス等)

続く、第115項では、これら情報の送受信は、「送金後、”直ちに”(ただし暗号資産の送金の高速性を鑑みると、”同時に”)」に行われることが望ましい、と記されており、こちらをどのような体制で実現するかが課題になりそうです。

勧告の及ぼす影響とは

解釈ノートと実際の法規制はかなり近いものになる可能性があります。発表後、上記規制の実現方法や、その実現に際して発生するリスクについて、いくつか指摘されていた点についてご紹介します。

VASP間で連携できるのか?

まず第一に、顧客情報をVASP間で相互に送信する体制について、どのように実現するか、という点です。もちろん、パブリックブロックチェーン上に、顧客の個人情報をそのまま乗せるわけにはいかないため、現実的には、暗号資産の高速送金の処理に耐えうるオフチェーンの決済ネットワーク、ないしはコンソーシアム型チェーンのようなもので相互に情報を送信できる体制をつくる必要があるものと思われます。ただし、VASPは世界中に点在しており、各国で法制度も異なります。また、どのアドレスがVASPのもので、どのアドレスがそうでないのか、判別する手段は現時点では存在していないため、ここに関しても規格などで統一していく必要があるでしょう。

個人情報を送信することの懸念

また、オペレーションに顧客情報の送受信が含まれるようになったため、プライバシー管理の面で、さらなるリスクが見込まれます。事業者には高度なセキュリティを保ちながら、上記の体制と構築する必要があるため、大きな負担がかかることが見込まれます。

規制されていないVASPに、人々が移動するリスク

最後に、懸念として、上記のような顧客情報を管理するVASPが登場した暁に、ユーザーがそれをむしろ積極的に避けてしまい、別の国や地域のVASPに移動してしまっては、本末転倒ではないか、という指摘もありました。FATF加盟国以外でどのような体制が構築されていくかについても、ウォッチしていく必要があるでしょう。

参考:アメリカの規制機関 FinCENの下した判断について

FinCEN(Financial Crime Enforcement Network)とは、米国財務省直下で、マネロン対策を進めている法執行機関です。2018年10月のFATF勧告改定後である、2019年5月9日には、FinCENより、法解釈に基づく、暗号資産関連事業者に対する規制ガイダンスが発表されました。

ここでは、CVC(交換可能な仮想通貨)を扱う事業者のうち、顧客の秘密鍵を預かる事業者や、法定通貨と仮想通貨の交換を行う事業者、および一部Dappsの提供者は、送金事業者に該当するため、BSA(銀行秘密法)を始めとする法に準拠し、AML/KYCを実施する必要があるとの判断が下され、話題となりました。

上述のように、FinCENの想定している規制範囲と、今回発表された勧告15の解釈ノートで示されている規制範囲には、ほとんど相違が見られませんでした。このように法整備が進んでいる国では、今回の解釈ノートがあとから追いつく形となったようです。

解釈ノートに対する、インフルエンサーの反応

上記の解釈ノートへのリアクションとして、業界内でポジティブなものとネガティブなものがあったので、紹介します。

ポジティブ

Compoundの理事、Jake Chervinsky氏は、アメリカのAML/CFTの規制当局であるFinCENの、過去のFATF対応を取り上げつつ、今回の解釈ノートをポジティブに捉えている旨について、連続でツイートを行っています。

こちらを要約すると、

  • 必ずしも全部の項目に関して、法規制が行われることはないので、FATFをそこまで絶対視しすぎるべきではない。
  • FinCENとFATFの方針に大きく相違はなく、特段規制の見通しが厳しくなった訳ではない。業界関係者は、これを悲観的に捉える必要はない。
  • FATFは経済のイノベーションには前向きである。この解釈ノートをきっかけに、政府で暗号資産が前向きに受け入れられるかもしれない。

という風に、適切な規制を歓迎するような反応となっていました。

ネガティブ

一方、ネガティブな反応として、Coin Centerの記事で紹介されていたオピニオンを紹介します。

Coin Centerは、英国が、ノンカストディアルなサービスを提供する事業者やエンジニアまでもを規制のスコープに含めようとしていることに対し、行き過ぎているだけでなく、欧州人権条約に違反する可能性があると批判を行っています。FATFの解釈ノートが規制範囲の拡大解釈を後押しする結果とならないか、懸念しているようです。

英国では現在、EUで進められている第5次マネーロンダリング対策の草案を、英国内でどのように適用していくべきかについて、見通しを立てています。その内容は、英国政府が公開しているこちらの書類より、ご確認いただけます。

上記の第2章38項には、AML/CFTの規制対象となる行為として、

オープンソースソフトウェアの公開(ノンカストディアルなウォレットのソフトウェアや、その他暗号資産関連のソフトウェアを含み、かつそれに限定しない

という記載があり、FATFの規制スコープよりも広い範囲の事業者が対象になっていることが、懸念されています。

今後の展望

以上、今回解釈ノートの公開から明らかになった、規制の概要について、ご紹介いたしました。FATFは、2020年6月より、各国の対応状況について審査を開始する予定となっています。

法整備は、日本が世界最先端

先月、日本でも、改正資金決済法が成立したことにより、他国に先駆けて暗号資産を扱う事業者に関する法整備が進められています。

金融庁事務ガイドラインでは、ICOに関する定義も明確化も進められており、今回の解釈ノートと違わない形で、適切な形で規制が進められているようです。

一方で、今後は世界中の取引所と足並みを揃えて、取引と一緒に顧客情報を送受信するような体制の構築が必要になると見られ、事業者側への負担は増していく見込みです。

上記は各国法だけでなく、P2P送金が可能なブロックチェーンならではの問題も多数関係してくるとみられるため、実際の運用オペレーション構築にかかるコストや時間は計り知れません。

体制構築にかかる費用は、ユーザーの負担になるか?

例えば、解釈ノートでは、1000米ドル/ユーロ相当を超えるような暗号資産の送受金(両替)に対しては、「疑わしい取引」として顧客のデューデリジェンスとして本人確認等を実施することを求めていますが、ボラティリティの高い暗号資産において、法定通貨とまったく同じような基準を用いて運用することは、難しい可能性があります。

このようなオペレーションの構築と運用にかかるコストは、手数料の形でユーザーから回収する必要があるでしょう。長期的にみたときに、翻って、FATFの規制が及んでいない地域の暗号資産サービスが、安い手数料などを謳うようになり、人気が出る可能性もあり得るかもしれません。

ブログを移転しました!(2019/08/15追記)

最後までお読みいただきありがとうございます。Ginco Researchはブログを以下に移転しております。引き続きブロックチェーン業界の動向や週次・四半期ごとのレポートを公開しておりますので、ぜひこちらもご覧ください!

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