Ramen Heroの6年とこれから
はじめに
みなさまこんにちは。米国ラーメンキットオンライン販売事業 Ramen Hero 創業者の長谷川浩之と申します。
いきなり本題から入りますが、今年2023年2月に、約6年取り組んだ事業を閉じました。
お客様各位、これまでRamen Heroにチームメンバーやビジネスパートナーとして関わって下さった方々、投資家、そして温かくご支援くださったすべての方に心より感謝申し上げます。
会社としては公式にメールやソーシャルメディアで発表していたものの私個人としてはまだ半年経っても報告できておらず「最近どうしてるの?」と近況を気にかけて頂くことが何度かありました。
昔話もあまり良くないと思うのですが「成功はどれもユニークだけど失敗には共通点がある」というように、ある程度われわれの辿った道を共有することで今後特にフード、日本食関連で米国で取り組む人にとってなにかしら活かせるものが一個でもあればと思い、この文章を書くことにしました。
伝えたいメッセージはシンプルで、以下の3つです。
- 米国においてチャレンジをしたことをとても良かったと感じていること(めちゃくちゃ大変だがそれを上回る楽しさがある!)
- 米国でのチャンスは大きい。自分のまわりで米国で起業した仲間たちもどんどん成長している。
- 今後も事業作りやプロジェクトに取り組んでいきたいと思っているということ。
Ramen Heroの振り返り
まずは簡単にRamen Heroのことを振り返ってみたいと思います。
米国で事業を作ってみたいという思いから2014年に渡米し色々なアイデアを模索する中で、
- 学生時代、週7日食べ歩くほどラーメンが好きだったということ
- アメリカで生活をする中でラーメン屋さんが増えていると実感した事
- その一方で(主観的な話ではありますが)美味しいと感じられるラーメンがまだまだ少なく、美味しいと思えるお店は遠かったり1、2時間の行列だったりと気軽に食べるのが難しかったこと
これらの理由から、「アメリカのどこに住んでいても美味しいラーメンを食べられるようにする」をコンセプトとして、2017年3月にラーメンミールキット宅配の事業を立ち上げました。
当時は “ラーメンミールキット” というコンセプト自体アメリカに存在せず、「そもそも売れるんかい」ということを試すためにKickstarterで目標額数千ドル規模のキャンペーンをカリフォルニア限定で実施しました。これが幸いにもうまくいき48時間以内に目標額を達成、アメリカでも興味を持ってくれる人、お金を払ってくれる人は居るのだと確かめることができました。こうして本格的に事業化することを決めました。
全米に届く何かを作ってみたい!という思いがあったものの、この広いアメリカで食品を安定した美味しさで大規模生産し、衛生的にも安全に届けるための製造・梱包・配送の体制をつくることは思っていた5倍、いや10倍大変でした。とりわけ配送はトライアンドエラーの連続。というのも「お店レベルのクオリティ」にこだわりたかったので、生麺、ストレートスープ、チャーシューなど定番のトッピングのフルセットを冷凍して届けるという形を選んだからです。
スタートアップにおいては、新しいプロダクトを出す際には地域や顧客を限定してスタートすべしという鉄則があります。それにくわえ加工食品を米国で展開することは自分にとって初の試みだったので、まずはカリフォルニア1州に絞り事業を始めました。余談ですがカリフォルニアだけでも面積は日本の国土とほぼ同じ、人口は3,900万人ほど。GDPは3.6 Trillion と直近のドル円換算では約470兆円で、それだけでひとつの国くらい大きい州です。仮にカリフォルニアを国と仮定すると、2022年時点で世界の国家別GDPでドイツの次、5番目の経済規模となります。
スタートから2年後、2019年半ばに食品の梱包や配送の勝手がわかってきたので配送エリアをカリフォルニア1州から全米に広げました。それからも試行錯誤の連続、課題も山積みではあったものの、全米のお客様たちに支えられて大いに成長することができました。この頃から売上が増えレンタルキッチンが手狭になってきたこともあり、より品質面・供給面で安定した製造体制を作るために外部の製造工場(米国では Co-manufacturer などと呼ばれます)を見つけ、2020年4月よりそちらでの製造に移行しました。
奇しくもこの移行タイミングがコロナウイルスの世界的な拡大と重なり、ロックダウン中に自宅での食事の新しい選択肢を求めていた人々の間で話題に。Ramen Heroの名前が広まるきっかけになり最終的には全米48州15,000都市にラーメンを届けたブランドとなりました。一方で2020年以降はパンデミック下でのサプライチェーンにおける大きな不確実性と向き合わざるを得ない状況に直面し、最高と最悪が交互にガンガンやってくるジェットコースターのような3年間でした。
シャットダウンの経緯
今回のシャットダウンの理由ですが、端的には弊社の商品に含まれるスープとトッピングを製造していたCo-manufacturer(大きな工場をもつ製造パートナーのことです)が昨年夏にchapter11、日本では民事再生法にあたるものを申請しました。平たく言えば倒産です。
製造パートナーは当時米国5箇所に工場をもち、米国ヘルスケア機関最大手であるKaiser Permanente の食事なども手掛けていて、かなりの事業規模がありました。彼らのシャットダウンはまさに寝耳に水で、日本出張から帰る空港で搭乗待ちをしている時にいきなり「今日以降プロダクトを作れなくなるらしい」という知らせをチームメンバーから受けました。後日いくつかの記事を見たところ、倒産の理由としてパンデミック下のサプライチェーンの問題や人員不足があがっていました。
これによって私たちは直近の商品製造能力を失いました。もちろん次のパートナーを見つけて再開すれば良いという話ではあります。なので、当時のチームで全力を上げて新しいパートナー探しに奔走しました。
ところが候補であったいくつかの他の工場もパンデミックの打撃を受け閉鎖していました。またその一方で米国ではコロナが落ち着いたことで食品ブランド側からの食品製造工場への需要は復活し始め、生き残った工場では需給が逼迫しており、「今はキャパシティがいっぱいなので13ヶ月後にまた声をかけてくれ」という回答も何度かもらいました。
そもそも食品製造のオペレーションを構築することは相当な時間を要します。弊社が製造パートナーとラーメン商品製造のオペレーションをゼロから作った時、はじめましての顔合わせから商品の製造、販売、発送できる状態になるまでに足掛け8–9ヶ月はかかりました。予定通りに進まないことも多々。このような事情もあり、自分の中での期待値コントロールのためにも「13ヶ月かかる」と言われたものは最悪それ以上かかることも想定しておく必要がありました。
なので新規のパートナー探しだけに賭けるよりも、それと並行して当時のプロダクトや事業になるべく関連があり超短期で立ち上げられ利益を上げ始められる内容への転換を試みたり、追加の資金を集めてどうにか繋ぐことやその他にも出来る限りの選択肢を検討しました。
その中で見えてきたのは、手元の資金が与えてくれる制限時間内にあらたなパートナーを見つけ製造オペレーション再開まで漕ぎ着けることが現実的ではないということでした。また、会社や外部環境などの多くの要素を考慮した上で、12ヶ月超をあの手この手で繋ぎ同じオペレーションを再開することが正しい意思決定だと思えるところまで、自分の中で落とし込むことはできませんでした。
6年間、準備期間も入れれば7年取り組んだ事業にはもちろん多くの想いがありましたし、大変なときこそ踏ん張ることが重要だという考えも頭にありましたが、最終的に事業をシャットダウンすることを決めました。
達成できたこと
このような結果にはなってしまいましたが、クリアにしておきたいことがあります。
それは自分としてはチャレンジした甲斐があったと心から感じているということ。そして、米国における日本食関連のプロダクトや事業はいまだ黎明期で、成功のチャンスが大いにあるということです。和食がブームと言われて久しいと思いますが、まだまだこれからです。
Ramen Heroを通じてできたこと・できなかったことがあり、ここではまず達成出来たことをまとめてみました。
多くの人に愛されるものを作れた
まずは多くのカスタマーたちに愛され るプロダクトを作れたこと。シャットダウンの告知をメールで送った際にも300件以上の心温まる返信をもらいました。
せっかくなのでどういう声があったか一部ご紹介させてください。
こういう「家族で楽しんだ!」という声はたくさん聞きました。面白かった事実として、Ramen Heroの顧客は7–8割が家族層でした。単身の方が自宅にいながら美味しいものを手軽に食べるというユースケースを個人的には当初想定していたので、興味深い誤算でした。
“Happy ramen nights” って楽しそう。
ちょっとおもしろ系。旅行中にお母さんが全部しれっと食べてしまった。
残念と惜しんでもらえるのもありがたいが、こういう時にあえて “Congrats” と言ってくれるのはすごく素敵だなと感じた。
産後の方にも喜んでいただいた。周りの出産直後のママ友たちにもギフトとして送ってくれていたらしい。
“essential service” を提供していたと言ってもらえたのは印象的だった。どちらかと言えばグルメ食品へのアクセスを提供する、エンタメ色の強いプロダクトを提供しているという認識を持っていた自分にとっては意外でやけにうれしく感じられました。
食って大変な時を支える生活の大きな一部ですよね。
“Make restaurant quality ramen accessible to everyone” (レストランクオリティのラーメンを誰でも手軽に楽しめるようにする。)ということをスローガンに事業をつくり続けていたので、その目標は果たせました。
Ramen Hero以前には米国においてラーメンキットはなかったので、ラーメン屋がないエリアに住んでいる人たちにもラーメン体験を届けらることができ、また「自宅でラーメンを食べるのって結構ありだな」というアイデアを米国でも広める事ができたことには達成感を感じています。
また、自分たちよりもずっと前に日本から米国にラーメン店を展開してきた先人たちの存在はとても大きかった。彼らが、即席麺とはまた違う、お店で食べるラーメンの素晴らしさを先に広めてくれていたことはとても大きく、我々も助けられました。食文化の普及と浸透は、それに携わる人達の真摯な積み重ねの上に成り立っています。
米国大手メディアに載る
メディアに載ったからどうという訳ではないのですが、どこもスポンサードではない形で連絡をくれたことは嬉しかったです。きっと米国におけるラーメンや日本食に対する関心や期待の高さを反映しているのでしょう。
3つほどメディア掲載頂いた実績をご紹介します。
People Magazineで食品プロダクト top50に選出
インターネット界のアカデミー賞「ウェビー賞」にノミネート
ハリウッドセレブのメディアに載る
B2Bからのラーメンニーズ
全米に展開しているレストラン、高級ホテル、米国各地の大学の学食のメニューを管理する会社などから、Ramen Heroのスープやトッピングを大きい規模で卸してもらえないかという要望を数多く頂きました。また食料品スーパーでも大手含むいくつかのお店で展開をする話が進んでいました。商品供給の体制を整えている間に今回の製造パートナーのシャットダウンが起こってしまい残念ではありましたが、ラーメン商材における今後のさらなる市場の広まりと将来性を感じられる場面は多々ありました。
なぜ我々のような大手食品メーカーでもない弊社に、このような様々な引き合いがあったのか?詳細は省きますが簡単に言えば、以下の理由でしょう。
- ラーメンは着実に人気になっているので提供したい事業者は増えている。ただし自前で作ることは時間もかかればコストも掛かり大変すぎる。
- 一方で、ラーメン商材をUSDAのような食品基準にしたがった形で、商業規模で生産をしている/したことのある食品メーカーが米国にはまだ数えるほどしかない。
1)のような状況で幸いにもRamen Heroが 2)のポジションを獲得していたので、結果としてたくさんのお問い合わせを頂きました。
大学の学食にラーメンを展開したいという事業者との話でなるほどな〜と思った話として、「アジア系の留学生含む学生達がどんどん増えている一方で、学内には彼ら向けのまともな食事の選択肢がまだ著しく少ない。ラーメンは誰もが好きなので、導入をしたい」というのがありました。
食料品スーパーについても似たような話で、昨今はアジア系アメリカ人によるフード・飲料系のプロダクトが注目され多くのサポートを集めています。これは単にアジア系の人たち向けのプロダクトを増やせばビジネス的にgoodというだけでなく、これまでアメリカにおいてマイノリティであったAAPI(Asian-American & Pacific Islanders — アジア系アメリカ人・太平洋諸島民たち)の representation 向上という文脈が強くあります。もっとも自分はアジア系ではあってもアメリカ人ではありませんが、このアジア系のエンパワーメントという大きな流れの中で追い風を得ていたということは間違いありません。
いずれにせよ、アジア系の食品プロダクトにはまだまだ大きなチャンスがあり、もちろんその一つである日本食関連のプロダクトに事業機会が多く眠っています。自分が直接知っている在米ファウンダーで日本食関連のプロダクトに取り組んでいる仲間たちもいて、彼らのことを心から応援していますしこれからも一緒に頑張っていきたいと思っています。そして同時に、今後もアメリカで生活し続けるアジア系移民のひとりとしてよりアジア系アメリカ人の歴史についても知り、2世3世のファウンダーたちを応援していきます。
できなかったこと、やり残したこと
一方で達成できなかったことや、やり残したこともあります。以下に学びや気付きとともにまとめてみます。
「ハイクオリティな商品」だけでは不十分
Ramen Heroのキットは冷凍食品でした。冷凍というフォーマットは、お店と同等のクオリティのものを提供するという目的のために選択しました。この冷凍食品を宅配するという点でコロナ以降大きく苦労しました。
コロナ中には、食品のオンライン販売のほか、医療品や医薬品などの冷蔵・冷凍輸送ニーズの高まりでアイスパックやドライアイスなどの保冷剤、また断熱包装材などの価格が高騰。また、トラック運転手不足により配送にかかる日数も伸び、保冷状態を通常よりも長く保てるようにより多くのドライアイスが必要に。箱は重く大きくなり、結果的に配送料が上がりコスト構造へのインパクトが非常に大きくなりました。ちなみに米国には日本のクール宅急便のように安価に冷蔵、冷凍商品を配送するサービスは現時点ではありません。
食料品スーパーやB2Bへの展開を進めていた理由の一つは、商品をまとめて配送できることで一食あたりにかかるこれら配送コストを大きく下げる狙いがありました。が、すでに読んでいただいたように残念ながら一歩間に合わずでした。
今回の学びは、
- 商品のクオリティと同じかそれ以上にディストリビューション(流通)が重要。特に食品のような物理的なプロダクトは、ソフトウェアなどデジタルプロダクトやサービスとは異なりそれを移動させることにもコストがかかる。なので、どういう経路であればそれを欲しがる全ての人々にコスト効率的に届けられるか?に対する答えを見つける努力をし続けなければならない。
- 商品とディストリビューションの最適な組み合わせは day 1からセットで深く考えておく必要がある。もちろん、一発目から正しい組み合わせを見つけることは難しい。複数の流通経路の候補を短期間・低コストで小さくテストする方法を考える工夫が必須。そして、この組み合わせに応じたGo to market strategy を準備する。
- プロダクトの提供する価値やコンセプトに応じてディストリビューション方法を継続的に改善し見直す。そして必要があれば時にはドラスティックに変える。
冷凍食品が厳しい、DTCが厳しいというわけではありません。それらで成功している企業やブランドも数多くあります。あくまでも今回は冷凍ラーメンキットという固有のプロダクトとフォーマット、宅配という流通経路にコロナ中の各種コストの高騰という要素がかけ合わった結果、利益を出すことに苦労したということです。
VCやファウンダーの書いた記事でこのディストリビューションの重要さについては散々読んできたのですが、結局実践して初めて深く学ぶことになりました。
クオリティとスケールのジレンマ
やり残したこととして、プロダクト体験を理想としていたレベルにまで高めきれなかったということがあります。
“高品質” とスケールの両立のはざまで常に揺れ動いていました。「良いもの」を「大勢の人に届ける」時に当然両方とも追求していくのですが、どちらを優先するかを決めなければならない時があります。
チームに入ってくれた素晴らしいシェフのおかげもあり「良いもの」はキッチンレベルでは担保できそうだったので、弊社としてのチャレンジは「大勢の人に届ける」ところにありました。つまり、より多くの人に提供出来るよう大規模で生産し、配送範囲を広げるということです。
品質を保ちながらもスケールをする時に、お店でシェフがラーメンを一杯ずつ仕上げるのとは全くことなるプロセスで生産をする必要がありました。食品は生ものが原料ですので、プロセスが違えばやはりどうしても完成品に違いが出てきます。それが無視できるほど小さいときもありますが無視できないほど大きくなってしまう時もあります。この品質の「ぶれ」には悩まされました。
チームの努力のお陰でクオリティは継続的に改善、お客様には喜んでもらえていましたが、正直なところ自分の理想からはまだまだ遠い。創業からそんな状況が続いていました。もっとも、品質勝負のフードビジネスをする人たちの多くが遅かれ早かれ直面するジレンマなのだろうとは想像しています。ビジネス的に規模の大きいものを作りたいのか、それともまず提供した製品や体験があるのか。このプロダクトや体験にとって、いまのフェーズで適切な規模やディストリビューション方法、ビジネスモデルとはなんなのか。食品スタートアップに関わらず新しい物事に取り組むということは、それらの解があるかどうかわからない連立方程式を解きにかかるようなものなのでしょう。
経営とは無数のトレードオフ、葛藤の中で最適解を見出し、それを実現化していく厳しい仕事である。その矛盾、葛藤を最終的に背負い込み、自社にとっての固有の最適解を選び、その結果について全責任を負うのは経営者以外にはいない。(冨山和彦著「会社は頭から腐る」 より)
まさにこういうことだなぁと思いました。
クオリティとスケールの絶妙なバランスを見つけるまで粘り、事業を継続し大きく成長している食品系の会社も世の中にはたくさんあります。以前は恥ずかしながら大手食品企業の作る商品を「全然本格的じゃないな」など斜に構えてみていたイタい時期もありましたが、今ではそういった会社やその創業者たちのことを心から尊敬しています。今見えている会社やブランドの姿の背後に無数の試行錯誤、矛盾、妥協、調整などがあったのだろうなと考えます。その中でベストを尽くし市場に支持されるものを作り続けて、長年存続しているという事実にはリスペクトしかありません。
余談ですがクオリティについてはもう一点。日本食関連のプロダクトを米国で売るということにおいては、日本人が訴求すべきだと思っている(思い込んでいる)価値は、米国においてはずれていることが多いという実感を深めました。このトピックについても死ぬほど学びはあるのですが、量が多くなってしまうのでここでは書きません。気が向いたらいつか書いてみるかもしれませんが、気が向かないかも知れないのでもしご関心がある方は個別でお声がけ頂ければ幸いです。
使い古された言い回しではありますが、やはり郷に入っては郷に従え。アメリカにおいて日本食プロダクトを売るときには、そこに暮らす人達が何を求め、何を喜ぶのかを見て聞いて学び続けることは必須でしょう。
エコフレンドリーで当たり前
もう一つ心残りだったことは環境負荷軽減。
顧客からは長らく「梱包材をもっと減らしてほしいんだけど」という要望がありました。何人かのリピートカスタマーたちが「プロダクトはすごく好きだけど、もう少しパッケージの量が減らないと心から応援し続けることは難しいかも…」という率直なフィードバックをくれていました。何も言わずに去る人がほとんどだろうに、こうして伝えてくれることは本当にありがたいこと。
たとえば、ラーメンキットではトッピングを大体4–5種類いれていました。超初期は味が混ざらないようにと一種類ずつ別々の小袋に包装していたのだが、これに対してプラスチックが多すぎるというフィードバックが殺到。最終的には海苔を除いてチャーシュー、メンマ、肉味噌などのトッピングは全てひとつのパウチにまとめるという形に落ち着きました。
こうしてプラスチックの量はできるだけ減らし、その後ダンボールや断熱材もすべてCompostable(堆肥化できる素材)に変えました。それでもこの広いアメリカでクール宅急便のようなリーズナブルな選択肢なくして冷凍食品を流通させるためには、ドライアイスなどの十分な保冷剤と分厚い断熱材を入れ、大きなダンボール箱を使う必要がありました。プロダクトのサイズに対して「なんでこんなに大きいの?」と驚くほどのサイズの箱が届きました。
プロダクトの体験を確かめるために定期的に自宅にも届くようにしていたのですが、自分の中でも顧客のフィードバックや気候変動によるさまざまな変化を身近に体験し環境意識が高まるにつれ、デリバリーの箱が届く度に自分の中で起こる葛藤が大きくなっていました。(これを解決するためにも上で書いたようにディストリビューションの方法を変えたかった。)この点を最後まで解消しきれなかったことは、心残りなことの一つでした。
新しい消費財を作って売る事は当然ながら、食品原材料や梱包材といった資源をインプットとして消費する事を伴います。善悪はさておき今日の消費者は常にあたらしい選択肢や刺激を求めているしそういうサイクルになっています。なんなら自分もそんな消費スタイルから日々の楽しみやわくわくを得ている超平凡な消費者の一人です。
今後新しいプロダクトを生み出す人たちは、それを生み出し提供する時にどんな資源やエネルギーをインプットしているのかということにはもう少し意識的になっていく必要があるのかもしれません。少なくとも自分はそうしたいと思っています。
米国と言っても広すぎますが、すくなくとも自分の住むサンフランシスコ・ベイエリアでは、エコフレンドリーはもはや大前提、それが本当に環境負荷軽減にどのくらい貢献しているのか?が科学的にも定量的にも厳しくみられる時代に突入しはじめていることを感じます。今後日本から米国に渡ってコンシューマー向けの商品を展開するという方たちにはこの点を強く意識しておくことをおすすめします。
まとめ
振り返って今思うことは、やはり経営の結果は当然ながら経営者の責任だということです。顧客や売上がついてきていたC向け宅配を思い切って切り、B向けの最速での立ち上げに全リソースを当てるということが筋だったのかもしれないと今では考えますが、当時の自分にはそういった優先順位付けや選択が出来なかったというのが変わらない事実であり結果です。
それ以外にも製造パートナーとの生産 vs 完全自社製造の選択、特定の地域、州 vs 全米という販売展開エリアの選択、プロダクトSKU数の最適化や、そもそものプロダクトのフォーマット(冷凍 vs 冷蔵 vs 常温)の選択など、数えればきりのない意思決定を重ねてきました。その選択の積み重ねが経営の結果でしょう。
やったほうが良いと信じて、自ら実行する。それでうまくいってもいかなくても、自分がやりたくてやったことなので誰かや何かのせいにはできない。これについては、朝倉祐介さんの言っているアントレプレナーの定義がしっくりきていていつも頭に置いています。
成功も失敗も含めて、米国において事業をゼロから作ること、また食品・消費財を広く全米に届けることにチャレンジし自分の言葉で伝えられる知見や経験が増えたことは自分にとってかけがえのないものです。このチャンスを与えてくれたお客様、投資家各位、その他応援くださった方々には心から感謝しています。
得た知見を自分の今後のチャレンジに活かすのはもちろんのこと、同じく米国で取り組んでいる仲間たちやこれから取り組む将来の仲間たちの成功確率を上げることに少しでも役立てられたらと思っています。
これから
今後何をするかは未定ですが、幸いにもグリーンカードを取れたので引き続き米国にいます。
5年前に書いたブログは拙筆で読み返すのも恥ずかしいのですが「挑戦を通して、その差分をいい形で世に残したい」という思いは変わっていません。起業家の価値は、自分がいる世界といない世界の差分。これは渡米以来お世話になっているKiyo Kobayashiさんとの会話の中から得て、自分が一貫して最も大切にしている考え方の一つです。
そしてもう一つ、今後より大切にしていきたい観点はその”価値”が誰のためであり、何のためなのかです。これまでは自分の好奇心、どこまでいけるかというワクワク感、何かでNo.1になりたい、というようなものがメインの原動力でした。
それから数年が経って、自分を取り巻く環境や自分自身も少しずつ変わりました。米国で暮らして9年になりますが、その中で人種の問題、ジェンダー、貧富の格差、気候変動などが日常に目に見える形で、時には人の命に関わる形であらわれているのをニュースや記事、そして周りや自分の実体験を通して知りました。
資本主義の本丸であるSFベイエリアのテックシーンに長らく身を置いていた人間が今更こんなことを言うのもお門違いかもしれませんが、自分もそれらの社会課題を生むシステムの一部になっているという自覚を持った日から、これらの問題を無視することはできなくなりました。
コロナが世界的なパンデミックになって間もない頃2020年中頃に、2019年の東大入学式で話題になっていた上野先生の祝辞のスピーチが少し遅れてたまたま自分のtwitterフィードに流れてきてそれを聴きました。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。
自分も全く聖人君子からはほど遠い人間だが、こういう人でありたいと強く思わされました。
もちろんスタートアップに関わる人たちのバックグラウンドは千差万別ですし、考えもそれぞれです。自分は少なくとも大きな不自由もなく勉強する環境や支援を与えてもらい大学まで行かせてもらい、今はリスクをとって事業作りにチャレンジできる状態をもらっています。このような幸運を既に多くを持っている人や会社がさらに持てるようになることではなく、自分が関心のある社会課題に取り組んで世の中を良くすることに少しでも貢献できれば個人的に納得感がありハッピーだなと思っています。
ゼロから何かを作ることが純粋に好きなのでいずれまた自分で何かしらのプロジェクト・事業に取り組むときが来るかもしれませんが、しばらくは今世の中にある社会課題を見て学び、自分がどう貢献できるかを考えたいと思っています。とくにこの10年、食と農業の領域で事業にトライし続けてきたこともあり、この領域の面白さといい意味でも悪い意味でも環境や社会へのインパクトの大きさを感じています。関心のあるキーワードとしてフードシステム、生物多様性、気候変動、ローカルコミュニティ、あたりでしょうか。どれもビッグワードすぎますが相互に繋がってるので広く興味もっています。
自分の関心ど真ん中でパッションを持って取り組めると思えたお仕事は既にいくつかご一緒させてもらっていますが、もし何かあれば是非お声がけ下さい。それとこれから米国で起業される方も自分で何か力になれそうなことがあればお気軽にご連絡ください。
あらためて米国においてこのチャレンジをしたことをとても良かったと感じています。また、自分と同じように米国で起業した仲間たちがどんどん成長しています。これからも良い社会をつくるアントレプレナーの仲間が増えていけば嬉しいです。
Ramen Heroを応援くださった皆さま本当にありがとうございました。だいぶ長くなってしまいましたが、読んで頂きありがとうございました!
Hiro Hasegawa
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