デザイナーが地域の中で実践と対話から見つけた「関与」の可能性 / Designship 2022

金田麻衣子
Inside Hitachi Design
Mar 31, 2023

期間が空いてしまいましたが、2022年11月11.12日に、有明にあるパナソニックセンター 東京で開催されたデザインカンファレンス「Designship」の公募スピーカーに採択され、普段はやりとりをすることが少ない、多様なデザイナーの皆さんと共に発信できる貴重な機会を頂きました。

「Designship」は登壇の事前や事後のスライドやスクリプト公開歓迎とのことですので、ちょっと長くなりますが、せっかくの貴重な機会、当日の登壇内容を残しておこうと思います。時間の関係で難しかった紹介事例などはリンク等を追加し、緊張してうまく話せなかったところは、お伝えしたかった内容を加えて記載しています。

またこちらのInside Hitachi Designでは、今回、発表した内容に関係する記事を何本か載せており、重複する部分はありますが、こちらは「Designship」登壇内容として、まとめて書いています。

私は、日立製作所入社後、ユーザインタフェース、ユーザエクスペリエンスデザインの担当者として、電子カルテや読影システム等の医療機器、銀行の端末など、医療や金融分野のプロユースの製品を設計していました。

その後、サービスデザイナーとして、ワークショップを活用し、幹部・営業・設計・エンドユーザなど、異なる立場の協創による新サービス創出に携わったのち、今はビジョンデザインのチームに所属し、将来の生活者の価値観変化を探索しています。

近年、色々なところでビジョンデザインという言葉をよく聞くようになりましたが、ここで日立製作所が挑戦しているビジョンデザインについて少しお話します。

日立のビジョンデザインでは、“Don’t just be smart, go beyond smart.”というコンセプトをかかげています。スマートな先進技術だけでは解決できない生活者の切実な問題や、スマートな先進技術が人びとにもたらしてしまうかもしれない新たな問題について示し、人間だけではできない、技術ならではの人への寄り添い方を考えるという意図を込めています。

世の中のビジョンデザインには、未来の商品像を提案する活動がありますが、日立のビジョンデザインはそれらの活動とは少し違います。社会を支えるシステムの運営には複雑に問題が絡み合っていて、ひとつの会社があるべき姿を示せるものではなくなってきています。そこで、社会を支えるシステムのあるべき姿やその中での日立の役割を探っていくために、議論のたたき台としての将来像を示す活動を進めています。

議論のたたき台としての将来像の一例として、下記の “Sharing Trust in the Community - Cycle of Change” の動画を作成しました。「顔の見える経済」を取り戻すためのアイデアです。小さな商店が立ち並ぶ街で、お客さんが買い物をするときに生じるおつりを、お店が地域の活性化に寄与するための資金とすることで、市民とお店が支えあいながら街の活気を取り戻すためのしくみを描いています。

人々の間の信頼感を生み出しながら、地域の衰退という課題に挑戦することをテーマとしたひとつのたたき台として、ワークショップなどで、多様な関係者の対話に活用しています。

そしてこれらの活動の延長として、Future Living Lab(フューチャー・リビング・ラボ)という、地域の方と共に、街を支える新しい仕組みのあり方を実践を通じて考える活動、「効率」や「快適性」だけではなく、豊かな地域生活のために不可欠な力、たとえば、地域を支える「信頼」や「創造性」をどのように育むことができるのかについて探索する活動を開始しました。

インハウスデザイナーの私がぶつかった壁

ここまで、少し会社の話をしましたが、ここから、ひとりのインハウスデザイナーである私におこった変化をお伝えします。

冒頭でお伝えした通り、医療や金融製品の画面を対象とした、ユーザインタフェースやユーザエクスペリエンスのデザインでは、現場のリサーチに出向くことがあっても、基本的には、社内の技術者と共にデザイン作業を進めていました。

次に、サービスデザイナーとして、立場が異なるステークホルダーをまきこんだ協創活動に挑戦すると、多様な立場や属性の方たちとワークショップをすることが増えました。場所や自社だったりクライアント先だったりしますが、活動する際には、社外の方と対話する時間が、圧倒的に増えました。

そして本日ご紹介する地域での活動では、社内、社外のクライアントをとびこえ、直接、デザイナーが地域の方との対話や、共に活動することが求められました。そこで私がぶつかった大きな壁があります。

当然ですが、地域の方との活動には、社内やクライアント先とは事前に合意されていた契約も、共通のゴールも、お互いの責任も分担もない、今まで会社を基本として活動してきたインハウスデザイナーの自分は「どうやってプロジェクトを推進していけばいいのかわからない」という初歩的な壁にぶつかりました。そんな初歩的な壁にぶつかりながら始まったリアルな活動をお伝えします。

神奈川県三浦地域での挑戦

ご紹介する神奈川県三浦地域での活動は、フィールドワークの際に見つけた、熱量を感じた直売所を運営されているおひとりの農家さんを、ドアノックで訪ねたことから始まり、しばらくのあいだ、インハウスデザイナーと地域のおひとりの農家さんというアンバランスな組み合わせで推進しました。

あまりに突然お邪魔してしまったので、農家さんを驚かせてしまい、私たちが挨拶して帰ったあと、日立に本当にビジョンデザインというチームがあるのか検索したよと後日笑いながらお話してくれたことを思い出します。

農家さんに出会ったあと、農業や農家さん、三浦地域について何も知らなかった私たちは、お邪魔するたびに畑や出荷するための現場を見させてもらい、少しずつ少しずつ、地域の方が何を見て、何を大事にして何をしているのかを理解していきました。完全に足手まといではありましたが、農家さんにお願いして、野菜の収穫、洗浄、仕分け、パッキング、出荷をお手伝いさせてもらったりもしました。

住んでいるところも職業も異なる農家さんとデザイナーという2者にとって、デザイナー自身が身体を使った体験をすることは、共通理解・共通言語を持つための必要なプロセスであると痛感したことを覚えています。さらに、農家さんが新しい直売所を海沿いに建てるというお話を聞き、その組立にも参加させてもらいました。地域の方の挑戦に参加させてもらうことは、地域の方が何を思って、その挑戦を地域で進められようとしているのかをデザイナーが理解していくために必要でした。

そして、繰り返しお話をしていくうちに、農家さんは横浜ご出身で、三浦地域に移住された背景から、他地域に比べ、三浦地域の急速な人口減少や高齢化が進んでいる地域の現状とこれからに危機感を持たれており、高齢の方が運ぶことが大変な三浦大根の知見を活用したカブの開発に挑戦されるなど、私たちの「地域のこれからを、地域の中で考えてみたい」という思いと、農家さんの地域への思いの共通項が見えてきたことで、一緒に何かやってみようという動きに繋がっていったように思います。

プロトタイプ1:スローペイメント決済

農家さんとの対話から生まれたひとつのプロトタイプを紹介します。

スローペイメント決済とよんでいます。来店客から農家さんに対する質問が書かれた吹きだし型のオブジェを1つ選んで置くと、上から葉が生え、吹きだしはカブに変わります。すると質問への答えが現れ、少しだけ安くしてくれたり、客からの応援の気持ちで少し多く払ったり、これを繰り返すことで2者の間で会話が行われます。

手続きが簡略化されていく社会の中で、生産者が抱える地域や将来への思いを知るために、時間と手間がかかるやりとりは受け入れられるのだろうか、という問いに向き合った挑戦でもありました。

街と街の人が変わっていくことを支える「関与」の可能性

この活動以外にも、地域の中でのプロトタイプを活用したいくつかの活動を通して、地域の方の思いを表出させる価値に気づいた私たちは、これからの地域について大切なのは、市民に「利用」してもらうのではなく、市民が「関与」できることなのではという思いを持つようになりました。

今までの活動は、地域に積極的に関わっていこうという意思のある市民のみなさんや、参加してくださる方も、その活動の思いを知った方々に限定されていた活動だったこともあり、地域と関わることに、プロアクティブではない市民を巻き込む「関与」に挑戦したいと考え始めたのです。

プロトタイプ2:みんなでつくる三浦海岸の地図

市民を巻き込む「関与」に対し、京浜急行電鉄さんと一緒に挑戦したプロトタイプを紹介します。

地域のパブリックスペースにおいて、誰もが関わることのできる公共財を生みだすことができるのか?という問いからスタートし、三浦海岸駅前に、幅9m×高さ2.4mの大きな白地図を設置しました。地域のみなさんそれぞれの”わたし”の三浦海岸の過ごしかたを教えてもらいたいと考えました。

当初、プロトタイプを、駅を利用する人の目につきやすいように改札の目の前に設置しようと考えたのですが、十分なスペースを確保することが難しく、悩んで最終的に選んだ場所は改札口からは一切見えない、駅の利用者が通行することが少ない高架線下で、これまでに三浦海岸駅に何度も足を運んでいる私たちも、一度も見た記憶のない死角とも言える場所で、実施することが決定しました。

大きな白地図に、「スマホの写真を印刷して貼る」「手書きのメッセージをステッカーに書いて貼る」「ジェスチャーでいいねを送る」という3つの異なる参加方法を用意し、自分に合った方法を選び楽しみながら参加してもらいました。

これまでいくつかの取組みを三浦地域でやらせてもらう中で、そのコンセプトについて「いいね」と言っていただくことはできても、行動を起こして参加をしていただくことが如何に難しいかを痛感していたので、今回は死角の設置場所のこともあり、準備を進めていたメンバーは、うまくいく自信が持てず、大きな不安の中、設置当日を迎えることになりました。

2021年9月11日、いよいよ設置開始。

私たちは、次々と平日、昼夜構わず、増え続けるステッカーと、そこに集う地域のみなさんを見て、目を疑いました。この驚きは3週間絶えることはないまま、最終的に3週間の設置期間で、500件以上のステッカーが貼られました。

無人で説明員が立っているわけではないのに、駅前に地図が設置されているだけで、想像をはるかに超える数の人がステッカーに文字を書き、自身のスマホから写真を選び、印刷して地図に貼ってくれたのです。この様子を連日見るうちに「連鎖しながらステッカーが増えていく様子が生き物のよう」というプロジェクトメンバーもいました。

参加してくださっている皆さんの様子です。連日、下校途中にお互いのステッカーの情報を直しあったり、追加してくれた小学生、サイクリングやジョギングしながら参加してくれる会社員の方、おばあちゃん同士で、この地図はみんなで作るらしいよ、と説明をし合う方など。通りかかる多くの人が足を止め、ステッカーを貼らない方も、貼られたステッカーを読みこんでくださる様子をよく目にしました。なかには30分近く読んでいる人も多くいらしたのが、印象に残っています。

「みんな地域のことが好きなんだってことがわかりました。」

最終日に地図の前で地域の方がお話してくれました。地域の中でそんな思いが共有されるような、薄く広い「関与」を一瞬でもつくれたのかもしれないという感覚と、街の真ん中にある駅には、そんな小さな役割を担う大きな可能性があるのだと感じました。

街と街の人が変わっていくことを支える3つの「関与」の型

これまでの活動から、私たちは、街と街の人が変わっていくことを支える4つの「関与」の姿を見出しました。これらは、企業が地域の活動を進める上で、市民の「関与」を引き出す可能性を高めることができると考えています。

  1. 市民の地域への意識のベースアップを行う「街の人を感じる関与」
  2. ひとりの市民のやってみたい気持ちに寄り添い、その活動と地域の関りしろをつくる「1人で小さく試してみる関与」
  3. 複数の活動をつなげて新しい意味を生み出す「誰かと何かをくっつける関与」
  4. 市民自らが街や自身の思いを語りはじめる「街の外へ街を広げる関与」

これからの地域のインフラとは

最後に、私が考えるインフラと市民、「利用」と「関与」の関係をお伝えします。

地域のインフラを「利用」する状態は、インフラを使う生活者にとって、利便性や効率性を高め、いかに利便を享受するかに意識が向きがちであり、利用者にとって、自身がどう関わるかはあまり意識されません。利用方法もインフラ側が決めたルールにのっとり、利用をすることが基本になります。

地域のインフラに利用者が「関与」することは、利用者が、自身とインフラの関係を考え、自分の関わり方を変化させる可能性を含んでいます。もしかしたら利用者の変化を捉え、インフラ自体も変化することに繋がるかもしれません。

これからのインフラに関わるデザイナーの姿勢と責任

各地域で、様々な実証実験が推進されていますが、技術的な機能ばかりに着目をすると、実証実験はできても、長期的に地域の生活に定着させていくことが難しいのが大きな課題です。そこで、これからの地域のインフラには、地域の人々を受け身にさせずに、人々によってしくみが活用される状態をつくることが求められます。

私は、地域の皆さんとの一連の活動を通じ、自分たちだけで考えたものに地域や地域の皆さんを巻き込むのではなく、地域の皆さんから生まれるものに参画していくという姿勢が大切と理解するとともに、私たちのようなインフラに関わるデザイナーは、地域の人々を受け身にさせずに、”人々の「関与」によってしくみが活用される状態までデザインする責任”を、これからもデザイナーとして追及していきたいと思います。聞いて(読んで)頂き、ありがとうございました。

金田麻衣子

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金田麻衣子
Inside Hitachi Design

株式会社 日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 デザイナー/Design Lead