私がSFプロトタイピングを始めた理由

社会・生活のモックアップとしてのSF小説

SFプロトタイピングという手法をご存じだろうか。

ここで言う SFとは、いわゆる Sci-Fi(サイエンス・フィクション)のことである。SFといってもタイムトラベルやサイキックなどの荒唐無稽な科学技術や超常現象が登場する訳ではなく、現実の科学技術を題材にするのが特徴だ。創作された小説、映画、コミックなどの物語を SFプロトタイプといい、これを用いて科学技術が未来に及ぼす未知の影響、予期せぬ結末、全く新しい可能性などを考察する手法を SFプロトタイピングという。アーティストで技術研究家のジュリアン・ブリーカーは、著書『Design Fiction: A Short Essay on Design, Science, Fact and Fiction.』(2009) の中で、SFプロトタイプを指して「現実と虚構の間に生産的な中間領域を見出すもの」と述べている。

この手法は、米インテル社のフューチャリスト(未来研究者)であるブライアン・デイビッド・ジョンソンによって導入されたことで知られている。ジョンソンの著書『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』(2013) によると、10年後の未来予測が彼の米インテル社での役割であり、実行可能なビジョンをつくることがゴールだという。

VUCA や COVID-19 が後押ししてか、最近は日本国内でもデザインやテクノロジーの業界で SFプロトタイピングという言葉を見聞きする機会が増えてきているように思う。私自身も、After COVID-19 のモビリティやまちづくりについて深く考えたいという動機で、2020年にSFプロトタイプ(小説)を制作した。以下に掲載している2作品は、SFプロトタイピングの実践者である哲学者・美学者・批評家の難波優輝氏に、検討の手ほどきと執筆を依頼し、日立のデザイナーと研究者を交えてつくりあげたものである。それぞれの表紙イラストと共に概要を記しているので、興味を持たれた方はPDFへのリンクを開いて読んでみてほしい。ただし、上記のSFプロトタイピングの趣旨のとおり、物語にあるのは起こりうる未来、つまり可能性の提示であり、日立としてこのような社会にしたいという意思を示すものではないことは留意いただきたい。

聴かれなかった声

ゲーミングチェアに腰掛けてブラウザのブックマークをクリックすると、浮かび上がる Cyber-PoC の文字。何かを選んだ以上どうしても新しく起こってしまう問題を、どう埋めていけばいいのか?
文:難波優輝
イラスト:華沢寛治
→読む(PDFが開きます)

でまかせディスカッション

新人のミキちゃんが憧れの先輩に連れてこられた先は異様な会議室だった。公共のものをつくる・変えるプロセスをどこまで民主的にできるのか?自分を含む市民のマインドチェンジはできるのか?
文:難波優輝
イラスト:ハルアキ
→ 読む(PDFが開きます)

さて、このような物語をつくってそれからどうするのかというと、社内外の様々なステークホルダーや有識者に共有して、議論するのである。

日立は社会イノベーション事業(モビリティやまちづくりなど様々な分野)を通じて社会・環境・経済価値を提供することを標榜しており、新たな技術・製品・ソリューションの開発にあたっては、提供価値をはじめとする諸要素についての具体的かつ多面的な議論が必要となる。

しかし、開発プロジェクトが対峙する社会課題が巨視的であるほど、それを解決しようとする技術が社会・生活に及ぼす影響が広範多岐にわたる。それゆえ、社内のプロジェクトメンバー間ですら実現を目指す社会・生活の絵姿について具体的な共通認識を持つことが難しく、抽象的あるいは特定の側面に偏った議論に陥りがちである。また、良かれと思って開発している技術・製品・ソリューションが、他の人からはどう見えるのか、誰にとって利益をもたらし、誰にとって不利益をもたらすのかといった、多面的な視点が欠落する恐れもある。特に、AIや個人情報、生体情報、行動変容などがキーワードであるなら注意が必要だ。

具体的・多面的な議論を喚起するには、各人の視点を一旦同じ所に揃える求心力と具体性を備えつつも、各人が主観と客観を行き来しながら思索しやすい議論の土台が必要と考える。多面性という観点では、社内外の様々なステークホルダーや有識者とも議論すべきなので、その議論の土台には、プロでない人や専門知識を持たない人にも積極的に触れてみようと思わせることや、意見を言いやすくなっているということも求められる。

このような課題意識のもと、私は研究開発中の技術が浸透した社会・生活の物語をつくって議論するという、SFプロトタイピングの考え方に辿り着いた。しばしばデザイナーは、アプリケーションなどユーザとのタッチポイントとなる道具のモックアップをつくって、完成形のイメージを確認したりUXの問題点を探ったりするが、道具ではなく、社会・生活のモックアップとしてリアリティのある具体的な物語をつくってみようというわけである。さらに付け加えると、読者に問いかけ、考えずにはいられなくなるような物語である。

以上が、私が日立で取り組んでいるSFプロトタイピングの紹介である。趣旨を理解いただいたうえで、この記事と2本のSFプロトタイプについての感想や意見をいただけるとうれしい。もちろん物語を用いた議論を行なうことも歓迎である。ああでもない、こうでもないとみんなで考えながら、ありたい未来を探し出すきっかけとしたい。

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高見真平 Shinpei Takami
Inside Hitachi Design

株式会社日立製作所 東京社会イノベーション協創センタ シニアデザイナー, 多摩美術大学 情報デザイン学科 非常勤講師