電力システムの非中央集権DX

非中央集権DXシリーズ 第三回

「エネルギー・ブロックチェーン入門」の5回の記事では、グローバルなコンソーシアムであるEnergy Web Foundationが開発中の電力・エネルギー分野に特化したデジタルインフラストラクチャー「EW-DOS(Energy Web Decentralized Operating System)」の主要な機能や事例について説明しました。本記事では、今までの電力システムのDXを俯瞰的に振り返り、2000年代と2010年代に起こったDXの特徴について解説します。そして、今後電力システムの中で非中央集権DXがどのようなポテンシャルを持つかを議論します。

著者は2006年から2010年までカナダ・ブリティッシュコロンビア州の電力会社に在籍しており、当時北米で推進されていたスマートグリッドの情報を基にしています。当時の日本の事情とは事情が異なる部分があることをお断りしておきます。

********** 目次 ***************
【3】電力システムの非中央集権DX
【3.1】2000年代に始まったデジタル化とスマートグリッド
【3.2】電力システムの運用はネットワークの協調運用
【3.3】電力システムの非中央集権DX
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【3】電力システムの非中央集権DX

【3.1】2000年代に始まったデジタル化とスマートグリッド

電力業界は、電力事業のすべての側面を「デジタル社会」のニーズに対応させるために、ふたたび革命的な変遷の間際にある。
(The electric power industry is once again on the verge of a revolutionary transformation as it endeavors to transition all aspects of the electrical enterprise to meet the needs of the ‘Digital Society’.)

これはあまり古さを感じない文章ですが、今から18年前、2002年に米国EPRI(Electric Power Research Institute)が発行した「インテリグリッド・アーキテクチャー・レポート」のサマリーからの引用です。(注:電球が商用化された1882年からの道筋を第一の革命的な変遷と位置づけ、以後起こる革命的な変遷を「ふたたび」としています。)すでに、21世紀のはじまりには、言葉は違えど本格的なDXが電力業界に到来することが予見されていました。

「インテリグリッド(Intelligrid)」とは、EPRIが提唱した概念で、複数年にわたる同名の研究プロジェクトもありました。インテリグリッドは後のスマートグリッドの基になる概念と言われていました。

その後、遅くとも2006年には、すでにスマートグリッドという概念が形成されていました。日本では、スマートグリッドは、主に2009年頃にオバマ政権の景気刺激策として知られ、供給・需要の両側から制御を行い、最適化が行われる送電網と紹介されたようですが、北米のスマートグリッドは、むしろ送配電網の近代化・自動化・高度情報化という側面が強調されています。それには、過去数十年に渡って投資が不十分であり、電力システムの近代化が遅れていたという背景があります。

スマートグリッドの基礎は通信インフラ、ITインフラでありますし、物理的な送配電網そのものの構成と設計(トポロジー)です。これらに現場のセンサーや計測器(今で言うところのIoTデバイス)が加わり、電力システムの高度情報化が行われるということであり、今で言うデジタル・トランスフォーメーションに通じるところが大きいです。

スマートグリッドの目的や効果は単一のものがあるわけではなく、国や地域によって異なります。各地域によって電力システムの特徴や課題が異なるためです。ただし、スマートグリッドには複数の便益を期待していることがほとんどの場合ではないかと考えます。

たとえば、著者が当時勤務していた電力会社(カナダ・ブリティッシュコロンビア州)のスマートグリッドでは以下の便益を想定し、スマートグリッドをその目標を最小コストで達成するための手段と位置づけていました。

  1. 信頼性の向上(年間の一顧客あたり平均停電時間は当時120分を超えていたが、これを短縮すること[日本では東京電力エリアを例にとると、大規模災害があった年を除き、概ね2-20分となっている]、品質の向上)
  2. 作業員および公衆の安全性の向上(例えば、人力で行う作業量の低減、送配電機器の故障の低減)
  3. 節電と効率化(電力消費量およびピーク需要の減少、送配電の効率化、盗電検知と防止[盗電した電気で住宅の地下室を高温多湿に保ち、大麻を栽培するケースがあるため])
  4. 顧客サービス向上(電力会社側での停電検知、顧客に選択肢を提供することなど)
  5. 運用の最適化および効率向上
  6. セキュリティー向上

なお、信頼性の向上に関しては北米の電力会社に共通する課題で、スマートグリッドと言えば2003年に起こったアメリカ・カナダ東部・中西部で起こった大停電がたびたび参照されます。この停電では送電線の情報をうまく検知・連携できなかったことが停電被害の拡大につながったと考えられています。

【3.2】電力システムの運用はネットワークの協調運用

電力システムとは発電した電気を需要家まで届けるシステムです。しかし、変電所や電線など電力流通に関わる設備以外にも、上記スマートグリッドの概念が示すように、電力市場や送配電網の運用を行うITインフラなどを含み、それらは密接にネットワーク化され運用されています。

米国のNIST (National Institute of Standards and Technology)が発行するNIST Framework and Roadmap for Smart Grid Interoperability Standardsは、スマートグリッドに含まれる機器やシステム間の相互運用性(interoperability)の標準およびプロトコルを提示する資料です。本資料は、異なる領域間のやりとりがあり全体が運営されるという電力システムの特徴を的確に表現していると考え、ここで取り上げます。本資料ではスマートグリッドの各領域とその間のやり取りは次の図「スマートグリッド概念モデル」の通り表現されています。

出典:https://www.nist.gov/system/files/documents/2020/07/24/Smart%20Grid%20Draft%20Framework.pdf に日本語注釈を追記

本図では、電力システムを7つの領域に分けています。そのうち、「発電」「送電」「配電」「需要家」は実際に電力流通が起こる領域、残りの「電力市場」「運用」電力システムの運用に関わる領域、「サービスプロバイダー」は電力システムの運用と関連し、需要家にサービスを提供する領域となっています(小売電気事業者はこの領域に入ると考えます)。

相互運用性(インターオペラビリティ、interoperability)とは、2つ以上のネットワーク、システム、アプリケーション、デバイス、コンポーネントが連携して動作する能力と定義されています。上図の各領域に含まれる過去に構築された(レガシーな)ものも含むサブネットワークやサブシステムをさらに詳細に示したものが以下の図となります。(「サブ」とはネットワーク全体、システム全体の構成要素となっているネットワークやシステムです。)(注:下図は米国の制度が基になっており、日本とは異なる点があります。)

2010年以前では、スマートグリッドの重要要素の一つは、スマートメータのインフラ(SMI, Smart Metering InfrastructureまたはAMI Advancing Metering Infrastructure)であり、スマートメータインフラ構築がスマートグリッドの話題の中心でした。スマートメータとは、通信機能を備えた電力量計で、検針員によって検針されていたそれまでのアナログの電力量計に替わって各需要家宅に設置されるものです。スマートメータインフラとは、各戸に設置されるメータの他、通信インフラ(Field Area Network, Wide Area Networkなど)、ITインフラ(Enterprise Service Bus, Meter Data Management Systemなど)が含まれます。

スマートメータのインフラは、検針を自動化するだけでなく、配電運用関連および顧客サービス関連の多くの応用を可能とします。たとえば、停電発生時には停電箇所を素早く隔離するなど配電回路の切替を行うことが必要となりますが、スマートメータなしでは正確な停電の範囲を把握することさえできません。スマートメータの情報を基に、適切な配電網の運用が可能となります。(注:日本ではスマートメータ以前から停電管理の技術は進んでおり、この目的ではスマートメータは必須ではなかったと聞いております。著者が勤務していた電力会社では、スマートメータ設置以前は、幹線以外の停電は、需要家からの連絡以外に知る方法がありませんでした)

2010年以降は、分散型エネルギーリソース(DER, Distributed Energy Resources)、特に太陽光発電と風力発電の変動再エネ(VRE, Variable Renewable Energy)が急速に普及し、これらをシステムに統合することが大きな課題となりました。上記NIST資料の2つの図(2018年発行の第4版ドラフト)でも、2010年に発行された初版には含まれていなかった「DER」「Distributed Energy Resources」が加えられました。

DERは上図2つ目の図では「需要家(Customer)」「配電(Distribution)」の領域に含まれていますが、DERを「市場(Market)」を介しながら「送電網の運用(Transmission Operation)」(米国ではRTO/ISOの運用も含む)「配電網の運用(Distribution Operation)」に利活用することが全世界的に課題となっています。(第二回エネルギー・ブロックチェーン入門で書いた通り、EW-DOSのターゲット領域の一つとなっています。)

【3.3】電力システムの非中央集権DX

非中央集権インフラが、上記で特徴づけた電力システムにどう導入されるかを考えてみます。現在のところ、非中央集権インフラの電力システムへの導入は限定的と言えます。

電力システムは、多くのサブシステムやサブネットワークが相互に接続し、複雑なネットワークであることは上記NIST作成の図を使って示しました。アーキテクチャー(物理的システム)に関しては「発電」「送電」「配電」「需要家」「電力市場」「運用」「サービス・プロバイダー」の各領域に分かれており、その中でも異なるサブネットワーク・サブシステムが機能するという特徴があります。また、前述の通り、2010年以降は、太陽光発電、蓄電池、電気自動車などのDERが急増しており、物理的システムという観点では分散の傾向にあります。

電力システムの制御に関しては、一箇所でシステム全体を制御する中央管理式の仕組みはありません。電力システムの末端では需要家は自分たちの都合に合わせて電気を使い、それが可能となるように、各領域やサブシステム同士の連携、サブシステムや機器ごとの制御が行われています。その結果、システム全体が運用されます。たとえば、エネルギー・ブロックチェーン入門の第二回で取り上げた需給運用ですが、送電網の運用を行う送配電事業者(米国ではISO/RTO)が各種電力市場と連携しながら制御を行います。

近年、太陽光発電など発電設備を持つ需要家が別の需要家と直接電力取引を行うP2P電力取引という概念が広まり、2017年頃にはP2P電力取引を手掛けるスタートアップ企業が世界中で急増しました。しかし、電力システム全体の仕組みを考慮することなしにP2P電力取引を行うことは現実的ではありません。すなわち、NISTの二枚目の図で表現されている複雑な領域同士、システム同士のやり取りを考慮せず、電力取引のみを切り出してP2P電力取引を成立させることは困難であるということです。実際、当時立ち上がった多くのスタートアップ企業は事業展開に至っておりません。

論理(データ)に関しては、サブシステムごとに集められ、必要な用途に使われています。例えば、電力消費量データであれば、送配電事業者に集められ、精算を行う小売電気事業者(上記NIST2枚目の図では「Service Providers」に相当)が精算のために利用します。

エネルギー・ブロックチェーン入門で取り上げたEW-DOS(Energy Web Decentralized Operating System)のターゲットの領域や、その他EWF以外の主要な電力分野におけるブロックチェーン技術の応用を以下のように上記NISTの2枚目の図にマッピングしてみます。

ここから分かることは、サブシステムレベル(上図の黒枠の四角)で導入がほとんどであり、非中央集権インフラが領域同士の接続・連携方法を大きく変えたり、電力システム全体の構造を変えるところまでは至ってない(少なくとも実運用の事例はまだない)と言えます。

「DERを活用した需給運用」は「市場」と「DER」の連携方法を変えようとしていますが、このような価値の実証はまだ途上にあります。非中央集権インフラが電力システム全体の構造を大きく変えるだけの便益をもたらすかどうかはまだ未知数と言えるでしょう。

可能性としては、現在の、主にサブシステムレベルで導入された非中央集権インフラが十分に価値を発揮したと考えられるようになった後に全体の構造を変えうる大規模な導入が検討されると考えます。

最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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■EWF, EW-DOS, EW Chainの最新の詳細については、以下のサイトをご参照ください。
Energy Web Foundation
EW-DOS White Paper Part 1, Vision & Purpose
EW-DOS White Paper Part 2, Technology Details
EW Chain White Paper

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