地図と時間:リアルタイムから日常へ

連載:圧縮された都市をほどく──香港から見る都市空間と社会の連関(その5)

富永秀俊
建築討論
Sep 30, 2022

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香港で生活するあいだ、2つの性質の異なる地図プラットフォームが誕生し、使われていくのをみた。

片方はオンラインでめまぐるしく更新されていく動的なもので、もう一方は実空間から消えていく政治活動やその痕跡をとどめるような静的な地図だった。そのどちらもが、政治的・社会的に不安定な状況下で、都市の変化を市民が少しでもコントロールする手段になっていた。香港の都市空間がどのように捉えられ使われたのかということを理解するとき、こうした地図について知ることは欠かせないように思う。

動的な地図

多くの地図において、1時間前に表示されていた情報が大きく変わることはない。しかし、香港にいたときは、刻刻と地図に書かれている情報が変わっていた。

「HKmap.live(即時地圖)」は民主化運動が激化する2019年夏に始まった、ウェブ上やアプリ上で見ることができる地図サービスである。この地図には、大規模デモが多く行われていた際には、日々都市のなかのどこかで衝突が起こることが地図上に詳細に書かれていた。デモの参加者にとっては催涙ガスや取り締まりの場所を知ることで、そうした状況から逃げるようにするという意図があったが、もう一方ではデモに参加しない人が衝突を避けて安全に暮らしを送れるための配慮であった。香港のデモは、その抗議運動の場所が、週末ごとに変わったり同時に複数の場所でデモが発生する特徴があったが、そうした側面を支えていたのはこの地図だった。

2019年10月頃のスクリーンショット (HKmap.live)

HKmap.liveは、デモが落ち着いたコロナ禍においても活用された。香港政府による突然ある街区をロックダウンするという特殊な政策の中で、ロックダウンのための封鎖の活動をいち早く伝えた。このように、都市の地名に詳しくない人でもわかる形でこうしたリアルタイムの情報を伝えたことと、それがデモとコロナ禍の異なる状況下で活用された点は興味深い。また、香港の高い人口密度が、こうしたリアルタイム地図を運営するために十分な情報提供を可能にしたことも推測できる。

2020年ごろのスクリーンショット (HKmap.live)

リアルタイムに更新される地図を市民が作り、運用できることの技術的な背景はなにか。この地図からはインターネット上のコピーレフト・共同編集といった文化による情報・技術の蓄積が見える。この地図は、Wikipediaにインスパイアされて作られた、Open Street Mapという自由に使える地理データをベースにしている。その上で、オープンソースのLeafletなどのサービスが使われ、HKmap.liveは描かれているのだ。

リアルタイムの情報を地図に反映するシステム図のスクリーンショット。ランナーと呼ばれる調査班や、メッセージアプリのテレグラム(TG)における報告、そしてメディア等によるライブ配信を統合し、それらの地名をGoogle Geolocation API を使って座標データ化し、それを地図に投影している。(HKmap.live)

しかしHKmap.liveは持続的には運営されず、現在ではウェブ上で見えなくなっている。これについてはいくつかの理由が考えられるが、ひとつには地図アプリがAppleにより、配信を停止されてしまったことがあげられる★1。また、HKmap.liveは上図のような組織化されたグループが管理することが不可欠であり、そのような管理運営方法が国安法後には徐々に困難になっていったことが推測される。

静的な地図

もうひとつの地図はYellow Blue Map (黃藍地圖)などの呼ばれ方をするもので、様々なバージョンのアプリがある。これもまた民主化運動に際して市民が作ったものだが、その使われ方はHKmap.liveとは対照的に、静的で持続的なものとなっている。

このような地図アプリでは、下図のとおり、「民主的」な店が黄色(「黄店」と呼ばれる)、「体制寄り」の店が青色で表示される。これを見て市民が自分が賛同する政治的立場の店での食事やショッピングを行う、というわけだ。香港では、国安法制定とコロナ禍を理由として、政治的立場を表明したり集会を開くことが法律的にかなり限定された。「黄店」で買い物や食事することは、現在の香港に残る数少ない政治的立場を表明する手段の一つになっている★2。

政治的スタンスを示す地図の操作画面。Wolipayのスクリーンショット。

ここでマッピングされる「黄店」とは実際にどういう空間なのか。多くの場合は、民主化運動に賛同するポスターやステッカーが貼ってあったり、利用者が自由に書き込めるポストイットが貼られていた。国安法制定後に、直接的に民主化運動を賛同することが難しくなってからも、何も書かれていないポストイットを貼ったりと、手段を変えて政治的なスタンスを表明している★2。

更に空間の働きをみていくと、「黄店」はある種の「公共性」を帯びているように私は思う。例えば小さなカフェでも、キーホルダーから冊子・地図・新聞などを置いてあることがあり、小さなインフォメーションセンターのような役割を果たしているように見える。また、私の知人から「黄店」について聞いた際も、デモに参加した際の体験を「黄店」で語ったことや、催涙弾の健康への影響を抑えるとされる漢方を店主に貰ったことなどの気遣いについて強調して語っていた。情報やモノの結節地点になっていたのである。

いわゆる「黄店」におかれた商品、特にエリアの地図や民主派の新聞がおかれている点などが興味深い。また、キーホルダーなどは購入者が自由に値段を設定できるようになっていたりする。(撮影:筆者)

この地図の技術的な構成を見ると、いくつかのサービスが停止されても、データが残るようなステップが踏まれていることがわかる。いくつかあるバージョンによってデータの作りが違うことがあるが、一般的なものでは、まず、google my map上にプロットしたデータをギットハブでストックしたものがベースになっている。このデータをもとに、グーグルが提供するサービスを使ってアプリ上に店舗を表示している。アプリ上では投票や口コミによって情報が足されるが、たとえアプリが停止されててもgoogle my mapやギットハブ上の情報は残る。こうした仕組みもあり、国安法以降も継続的に利用をされている。

むすびに

2つの地図を紹介した。どちらも民主化運動を背景にして政治的な意図で作られ、都市空間へ影響をもたらした。リアルタイムで更新される地図は今までにないようなスピードで展開するデモを支えた。もう一方の地図でマッピングされた店舗は、単なる消費空間にはない公共性を持っていることや、地図の持続的な利用が確認できた。

近年、デジタルテクノロジーが民主的活動を支えるのか抑圧するのかという論点においては、楽観論から悲観論へと転換してきている印象がある。都市論においても、デジタルテクノロジーをもとに作られる都市が民主的であるか懐疑的な論が目立つようになってきた。そうした視点からも、今回取り上げた草の根的に発達した2つのオンラインマップは示唆的ではないだろうか。

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★1 Nicas, Jack. “Apple Removes App That Helps Hong Kong Protesters Track the Police.” The New York Times. The New York Times, October 10, 2019. https://www.nytimes.com/2019/10/09/technology/apple-hong-kong-app.html.
★2 Chan, Debby Sze Wan. “The Consumption Power of the Politically Powerless: The Yellow Economy in Hong Kong.” Journal of civil society 18, no. 1 (2022): 69–86.
★3 字数の関係で「青店」については割愛したが、政治に関心が薄く青店のレッテルを貼られてしまった人から個人的に経営上の悩みを聞いたこともあったし、この地図や活動には賞賛だけでなく様々な意見があることは留意したい。

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富永秀俊
建築討論

1996年生まれ。専門: 建築意匠設計。西澤徹夫建築事務所所属。香港大学建築学部修士課程修了、 英国建築協会付属建築学校(AAスクール)学期プログラム修了、東京藝術大学美術学部建築科卒業