境界線を越えて:「トランスローカル」の視点と、私が香港の移民労働者から学んだこと

連載:圧縮された都市をほどく──香港から見る都市空間と社会の連関(その4)

富永秀俊
建築討論
Jul 22, 2022

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建設プロジェクトにおいて、空間が変貌するのは果たして、そのプロジェクト敷地だけなのだろうか?

香港というグローバル都市で生活をして、一つの建築プロジェクトにまつわる物事が世界中のあちこちの場所に点在しているということを体感した。一番わかりやすい例は、設計事務所が建設現場と違う都市にいることだろうか。OMAをはじめとして香港には世界的な設計事務所が拠点を置いているが、そのプロジェクト敷地が香港にあるということは少なく、多くのプロジェクトが東アジア全体に広がっている。建物のクライアントが香港にいることもある。香港で働いている人が日本にセカンドハウスを持つというケースをよく聞いた。

こうした気づきの中でも、このエッセイでは、私が実際に見聞きしたこととして、フィリピンから香港に働きに来ていた人達の集まりについて書いてみたい。彼らは、香港の中心街での集まりを通じて、協力して出身地での建築プロジェクトを進める一方で、彼らの活動が香港の中心街の使われ方を変えているということが分かったからだ。

香港の中心街とフィリピンのとある農村という遠く離れた二つの場所を記述したドローイング(作成:筆者)

その前に、補助線として「トランスローカル」という語を紹介したい。

「トランスローカル」とは、離れた場所の間における国境に影響を受けない関係を示す語である。1990年代以降、加速するグローバル化を背景に移民研究を中心として使用が広がったようであるが、建築の分野においても近年になって同様の視点が注目を集めている。例えば、Jane Huttonは『Reciprocal Landscapes:Stories of Material Movements』でニューヨークの公共空間とその建築素材の採集場所との関係を描き出し、最近AAスクールで講演会をした際にも2つの敷地について考えることについて言及していた★1。Sarah Lynn Lopezによる『The Remittance Landscape : Spaces of Migration in Rural Mexico and Urban USA』は、アメリカにおけるメキシコからの移民労働者が、アメリカで働きながらメキシコで独特な外観の住宅を作ることを分析している★2。また、「Who Builds Your Architecture? 」プロジェクトでは建設現場における外国人労働者の境遇が様々なスケールで分析されている。このように、建築の分野でも離れた場所間の社会的・空間的な影響が注目されていることが分かる。

Reciprocal Landscapes: Stories of Material Movements — Jane Hutton
The Remittance Landscape : Spaces of Migration in Rural Mexico and Urban USA』は、アメリカにおけるメキシコからの移民労働者が、アメリカで働きながらメキシコで独特な外観の住宅を作ることを分析している。
Who Builds Your Architecture? 」プロジェクトでは建設現場における外国人労働者の境遇が様々なスケールで分析されている。この図では、中央に建設現場を、左側に設計者が育つ都市環境を、右側に労働者が来る農村の環境を書いている。

建築のための資金を送る場所

まず私が特に注目したのは、外国人家事労働者のグループの活動が香港の都市空間にどのような影響があったのかということだった。ここで家事労働者というのは、いわゆる「お手伝いさん」「ヘルパーさん」と呼ばれる職業であるが、香港ではその労働人口が非常に多い。現在40万人ほどの外国人家事労働者がおり、特に子供をもつ家庭のうち約3分の1程度で働いているらしい。家事労働者の呼び方にはいろいろあるが、このエッセイでは「ヘルパーさん」と呼ぶことにする★3。ヘルパーさんの受け入れというのは香港では政策として進められているので、ビザやIDカードの仕組みであったり、労働時間や賃金のことであったり、その多くについて政府定めた方針がある。そのルールの一つに、住み込みで働くことが決まっている。したがって、ヘルパーさん達はその家で働いて生活することになり、休みの日曜日だけは親しいヘルパーさんと外で集まるということになる。

この日曜日の集まりが、香港の街なかでも独特な景観をつくりだす。平日にはオフィスビルや高級ショッピングモールを利用する人々でごった返す香港の中心街が、日曜日だけはヘルパーさんによって埋め尽くされるのである。そこには、その日だけの露天商が並んだり、運送業者が道で作業したりする。

香港大学のGeo Huaer, Sun Yutong , Yang Meiらによるドローイングは、セントラル地区の歩行者天国において、ヘルパーさんたちがどのようにグループで集まり、出身地に向けた荷物のパッキングを行っているかを記述している。

ほとんどカオティックに見える光景も、よく観察すればルールがある。例えばフィリピン系のヘルパーさんは金融街を中心に、インドネシア系はやや離れた公園を中心に、というような分布がある。人種的なマイノリティが集まるハブのような場所がいくつかあり、そこを中心としてヘルパーさんが集まる。セントラル地区をより細かくみると、2つのハブがあることがみてとれた。香港−フィリピン間に特化した送金所や国際宅配便が無数に集まるエリアと、そして教会と連携したNGO/NPO団体による拠点の2つである。その2つを拠点として、集会に必要な食事はワールドワイドハウスから、仮設の机やいすはNPOのオフィスからというように、様々な活動が展開していた。

セントラル地区における集会の拠点 A :ワールドワイドハウス B:聖ヨハネ座堂 C:香港上海銀行のピロティ空間 D:歩行者天国(香港上海銀行のピロティ空間はかつてはヘルパーさん達が集まる場所の中心のひとつであったが、いまでは「展示物」が置かれ、集まって座りこむことができなくなっている)。ちなみに、図で左下の建物は香港のトップ(行政長官)が住む場所であり、この地区の政治的な重要性もうかがえる。(作成:筆者)

興味深いのが、そのどちらのハブも土地/建物の所有上の特徴があることであった。ワールドワイドハウスは、店ごとに家主が異なり、その結果として、大規模な改修工事ができないということであった。香港では重慶マンションでも似たような理由からエスニックマイノリティが集まる場所になった。聖ヨハネ座堂は、土地が全て政府所有である香港において唯一の私有地である。それはつまり、中国全土においても、唯一の私有地であるのではないかと推測される。こうした特有の事情から、再開発やビル立て替えからによって金融街の他のビルのような海外ブランドの店舗などが並ぶことから回避したというわけである。

こうしたハブに加えて、香港特有の立体的な公共空間や、ヘルパーさん達の活動によって、セントラル地区のパブリックスペースはフィリピン人系のヘルパーさん達の領域のようになっている。立体的公共空間については、この連載の2回目「垂直な公共空間」で紹介したように、立体的で重複の多い公共空間が、多様な活動を許容するという指摘がある。ヘルパーさん達の活動というのは、主には政府に対して、公共空間をより自由に使えるように、という主張である。例えば、セントラル地区の週末の歩行者天国をヘルパーさんたちが集会に使うことは、ショッピングモール側の当初の想定通りの利用ではなかったため、地主は一度歩行者天国を解除しようと働きかけたが、ヘルパーさんたちの反発もあり、歩行者天国のまま維持されることになった。更に、香港の民主化運動において抗議運動者がセントラル地区の一部で座り込みを行った際には、その座り込みの場所についてヘルパーさん達が抗議し、ヘルパーさん達の毎週の集会に影響が少ない形に落ち着いたのであった。

送金の話から話がそれたようであるが、しかし実際のところフィリピンへ荷物を送ったり送金をするというのは、この地区での集会によって行われる。集会は、いわゆる「県民会」のように、同郷の者が基本的には集まっていてその行政区分 (「地方」「州」「群」といったようなくくり)にしたがって大きな集まりから小さな集まりまでがあった。私が何度かにわたって聞き込みをしたグループは、毎週のように歩行者天国の一角に集まり、年に数回のイベントを企画しながら、今まで何回にわたってグループでの寄付をフィリピンの出身地に対して行っていた。細かいイベントや寄付の場所の分散は下の図に示した。

私が聞き込みを行ったグループの活動の分布 1: 毎週行われる集まり 2: イベント時の什器の保管場所 3:グループの会長の選定など中規模イベントが行われる階段 4: 年に一度のイベントを行う場所 5:出身地への募金箱を設置した場所 6:グループで送金を行う際の送金所(作成:筆者)

送られた先の地形

ここで、送られた側の地形について紹介したい。先ほどは香港がヘルパーさんを受け入れるための制度を作っていると書いたが、フィリピンもまた、海外への出稼ぎ労働者を送り出すシステムを持っている。実際のところGDPの10%程度が海外からの仕送りなのである。香港をはじめとする出稼ぎ先から送られる荷物に対しての税を免除したりと、いくつかの優遇制度がある。

香港のヘルパーさんによる出身地でのランドスケープの変化は、今までも何回か論文や本のなかで紹介されている。まず、インドネシアのジャワ島のある村では、出身の村で牛を買う資金を送ることで牛のための草を栽培する世帯が増え、結果として森の風景が変わったというレポートがある★4。フィリピンでも農業形態の変化があるほか、送られた荷物を換金できるようなショップがあるとレポートされている。私が注目した村は、以前から社会学者によって研究されていて、そこではバスケットボールコートがどうやら香港のヘルパーさんたちの団体の寄付で建てられたという一文があった★5。

このような先行した断片的な記述を元にして、私は、フィリピンに81ある州のうちの1つであるイフガオ州の出身者からなる団体に、今までどれくらい集団で寄付を行ったのかを聞いてみた。ヘルパーさん達の多くは数年で香港を離れてしまうため、その履歴をたどるのは難しかったが、それでも過去10年間に少なくとも4回の寄付を行っていたことがわかった。イフガオ州のうち、アシプロ群では、前述したバスケットボールコートだけでなく、橋を直したり、小学校の塀を修復したりといくつかのプロジェクトが行われていた。それらの寄付の特徴としては、災害に対する援助か、公共施設の補修、とくに教育施設の補修に集中していた。

アシプロ群出身のグループのリーダーに、過去行った寄付について聞いた際の写真 (撮影:筆者)
聞きこみから分かったことの重ね書き、左下はイフガオ州の地図、右側に香港とアシプロ群の同縮尺での地図。(作成:筆者)

コロナ禍ということもあり、現地での確認を行うことは難しかったが、SNSを使うことで現地にいる人からの情報を得ることができた。イフガオ州のアシプロ群はいくつかの農村から成るが、ヘルパーさんとして出稼ぎにいく人が多く、その主要な行先の一つが香港であることがわかった。更にこうした集団での寄付の受け取りを行った役所の方にも、台風被害への寄付や、橋の改修の件について現地での確認をとってもらうことができた。また、現地にいる人から、家具を寄贈する場合に、香港でのグループ名が書かれているという例など、現地での認知度についても確認することができた。

寄付によって補修された橋の位置(図中央)。図左下の学校の通学路として重要な橋であったが、更に調べると、この地域で害虫を追い出すための儀式Danglaの終着点であることもわかった。(作成:筆者)
2013年に行われた橋の改修。主構造である鉄のフレームではなく、床面にあたる木のパネル部分を変え、更に中央部に柵を設けたことが分かった。(作成:筆者)

送る−送られるという関係の再考

私が香港大学で行った制作は、上に書いたような調査をもとにして、渡航制限のある中でヘルパーさん達がどのように寄付やイベントを行うのかという視点から進められた。そこでは、前段階の調査から分かった香港からフィリピンへの素材や資金の動きとは逆の、フィリピンから香港に向かった素材や文化の流れを作り出すことを意識した。特に、ヘルパーさんのグループがかねてより現地から取り寄せていた織物を使って、伝統行事を香港で再演するための舞台セットを提案した。そこでは、イフガオ州の地形・風景・建築様式と、香港の都市環境を重ね合わせることによって、イフガオ州とセントラル地区という遠く離れた場所のトランスローカルな関係を描きだすことを試みた。

毎年行われるイベントの再構成としての提案(赤い部分)(作成:筆者)
提案した舞台装置の一部(作成:筆者)
提案した舞台装置の詳細部分についてのメモ (作成:筆者)

むすび

以上、香港で感じたことのひとつである、「ひとつの建築プロジェクトの断片が世界中に点在する」という感覚について書いた。香港においては外国人の家事労働者が、その限られた賃金のなかで個人だけでなく集団でも送金などを通じて建設プロジェクトにかかわっているということを確認できた。そして、集団で遠隔でプロジェクトにかかわるという性質上、香港の中心街の公共空間を積極的に使っており、それが公共空間の使われ方に影響を与えていることが見て取れた。こうした2つの空間の関係が、低賃金の労働などグローバル資本主義に基づいた搾取の構図とならずに、少しでも互恵的であるためにどうするのかという想像についてはこれからも広げる必要があるのではないかと思っている。

今回は連載の四回目であった。この連載では、断面・平面・時間というように注目する切断面を変えながら香港の都市空間と社会の関係を記述している。今回は「平面」方向の2回目ということで、前回の境界線の話からの発展として「越境性」に注目して話を進めてみた。次回からは、時間という切り口から見るが、民主化運動の際のバリケードやリアルタイムのマップに見られた都市を短期間改変することについて書いてみたい。(続く)

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★1: Hutton, Jane Elizabeth. Reciprocal Landscapes : Stories in Material Movements. London: Routledge, 2020.
★2: Lopez, Sarah Lynn. The Remittance Landscape : Spaces of Migration in Rural Mexico and Urban USA. 1 Edition. Chicago ;: University of Chicago Press, 2014.
★3 :このエッセイでは平易に「ヘルパーさん」と書くことにするが、その労働環境が軽んじられてしまうこともあることから「ワーカー」(=労働者)であることを意識すべきだという声もあることは紹介したい。
★4 : Peluso, Nancy Lee, and Agus Budi Purwanto. “The Remittance Forest: Turning Mobile Labor into Agrarian Capital.” Singapore journal of tropical geography 39, no. 1 (2018): 6–36.
★5 : McKay, Deirdre. Global Filipinos Migrants’ Lives in the Virtual Village. Bloomington: Indiana University Press, 2012.

富永秀俊 連載「圧縮された都市をほどく──香港から見る都市空間と社会の連関」
・その1 垂直と隔離:ホテルの一室から都市構造まで
・その2 垂直な公共空間:空中歩廊は市民の活動をささえたのか
・その3 揺れる境界線:香港と中国大陸の境界線では何が起こっているのか
・その4 境界線を越えて:「トランスローカル」の視点と、私が香港の移民労働者から学んだこと

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富永秀俊
建築討論

1996年生まれ。専門: 建築意匠設計。西澤徹夫建築事務所所属。香港大学建築学部修士課程修了、 英国建築協会付属建築学校(AAスクール)学期プログラム修了、東京藝術大学美術学部建築科卒業