職能の再編と教育の変化 はどう進むか

連載:情報技術による建築生産の職能再編──発注、設計、施工、維持管理を俯瞰して──(その3)

石原隆裕
建築討論
Dec 14, 2023

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この連載ではBIMを切り口に建築生産に関わる多様な主体のそれぞれの立場を俯瞰して、全体として効率化された建築生産のあり方を考えてきた。最終回は、これまで取り上げてきた議論に合わせて職能再編がどう進むかと、大学を中心とした専門教育のあり方の今後について考える。

分化と高度化

前々回は設計者と施工者のあり方の変化、前回は発注者や維持管理者のあり方の変化について書いた。設計者と施工者に関して言えば、現状の区分からは境目が動いて基本設計者と詳細設計者のようになるのではないかという指摘をした。

基本設計者が旧来の設計から専門分化して高度化していく方向性なのに対して、詳細設計者は実施設計と生産設計という別業務の融合なので、需要が存在するだけでは職能として確立されないだろう。ゼネコンの中で設計部と生産設計部を統合するような動きがあれば変わるだろうが、これは各社の経営方針次第だ。

発注者に関して言えば、職能が再編されつつあるというより、期待される職責を発注者が担うことが難しいがゆえにCMrが起用されている。そのCMrの職能にデータマネジメントの要素が増えるのではないかというのが前回の内容の要旨になる。

現状でも発注者の役割を自前で担うことができずにCMrに外注していることを考えれば、前回書いた内容も、実際には自社でまかなうというよりも外部委託されることが多いであろう。 受託する側が専業のBIMマネジメントの職能になるのだとしたら、新しい職能の誕生になる。あるいはCMrの内部でデータマネジメント担当者が置かれることになるかもしれない。

どのような形であれ、経営層の意思決定の迅速化のために、建設事業に限らず業務のビジネスインテリジェンスの需要は高まっており、要望が高度化すれば専門人材の必要性も連動する。

高度化を可能にする要素としての建築情報

建設プロジェクトに関わる業務の高度化はプロジェクトの巨大化や複雑化に起因する。物品の倉庫に比べてデータの倉庫であるデータセンターは複雑であるとか、オフィスビルであっても設備が増えていることは感覚的にも異論はないだろう。

高度化や複雑化の原因は社会的要因にあるのだろうが、それらを可能にする背景には情報技術があると見受けられる★1。

大規模オフィスの先駆けとなった霞が関ビルでも工程管理には計算機が利用され、現場作業の平準化には情報技術が活用されている★2。日建連の『フロントローディングの手引き2019』ではBIMがなくとも生産情報を設計図書に反映することができるとしているが、第一回で実施設計を基本設計にフロントローディングすることが効果のない取り組みだと指摘したのと同様に、施工図作業を実施設計に合わせただけでは効果が少ないのではなかろうか。

もの決めを急かすのではなく、決めずに先の工程を進めることは可能だろうか? 作業順序を変更することを可能にする一つの方法として、作業の機械化がある。

筆者の実体験として、金属パネルの工事で、詳細の仕様決定と並行して数量表のフォーマットや単品図の書き出しツールを開発し、製作工場に事前協議をしつつ設計の変更に対応するというようなことをしたことがある。これは人力で詳細図を作図してしまうと単純な手戻りだが、作図する方法をプログラムで作成する場合、一定の範囲で寸法が変わっても再作図の手間が少ないので、もの決めはむしろ遅らせることができる。

もの決めを遅らせるフロントローディング

もの決めの時間を確保できるのに加えて、一定の範囲で設計変更に追随して再作図することが容易になる柔軟性もメリットだ。これは計算機の利用、機械化があって初めて可能なことだろう。

作図に限らず、数量の把握や、干渉チェックや与件の整合性確認などの検証作業も、機械が認知できる形式で表現できれば反復作業が高速化できる。仕様の決定に先んじて、情報伝達の労務をフロントローディングしているといえるだろう。

反復作業が機械化によって高速化できるメリットは、繰り返しによる改善や変化への柔軟性の他に規模への対応力もある。例えば、パネル材で構成される天井を考えてみよう。

曲線を含む天井

矩形のパネルは共通の仕様になるのでとくに気をもむところはないが、曲線部の役物パネルは個別に図示が必要そうだ。前述のように作図を人力でやるのではなく作図ツールを開発して機械化に成功していれば、変更に対応しながら製作図作業が進められるが、これに加えて、同じような天井が何層にもわたって繰り返し存在すると、機械の方がスケールメリットが出てくる。

10枚程度の作図であれば、形状を個別にオペレータが描くのと何らかのプログラムを開発するのでは、オペレータの方が優位である。しかし、オペレータの作業量は線形的に増加するのに対して、機械化はプログラムを一度作成すると急激に成果を出しつつ、作業量は減る。

ボタンを押せば成果が出てくる状態になれば、労力はボタンを押して確認するだけになるためだ。

人海戦術vs機械化

かつては、巨大化に対応する方法は設計の共通化(規格化)しかなかった。現在は規格化に加えて計算機による機械化が選択肢にあるため、巨大でありかつ複雑なものがつくられるようになっている。

作図作業の機械化のほかにも、紙焼きの製作図ではなくCADでの加工機の指示が可能になったこと、工程管理で計算機を活用する手法(PERT法)など複数の要因があるが、巨大化や複雑化を可能としている一因は、計算機の力だということをまずは確認しておく。

建築情報の人材

高度化を可能とする背景に情報技術がある以上、とくに詳細設計者や発注(支援)者の一部には建築情報の人材が不可欠になる。

発注者側の人材として、業務のデータマネジメントを担う存在は、

  1. 会社全体のデータマネジメントを行う立場から建設プロジェクトも見る
  2. 建築プロジェクトを見る立場からデータマネジメントを行う

という2つのスタートがあり得る。

経営を軸足にデータマネジメントのスペシャリストの観点から建設プロジェクトを見るにせよ、建築を軸足に建設プロジェクトマネジメントの手段としてデータマネジメントを行うにしろ、経営や建築職との兼務は早晩破綻するだろう。単純な業務量の問題と、高度化する専門性を一人の人間では担いきれないからだ。

一級建築士の資格学校に行けば設計実務ができるわけではないように、Revitの講習会に参加してもすぐにBIMマネージャーになれるわけではない。単純なソフトウェアの操作方法はデータマネジメントの専門知識のごく一部で、言語化できない経験則的なものも含めると習得の労力は膨大である。

ここで、建築関連の職能の確立という類似例として、設備設計者という立場を比較してみよう。

筆者は歴史も設備も専門外なので、設備設計者の成立経緯をつまびらかには知らないが、明治初期に建築家という存在が日本に生まれてから、設備士という資格の議論がなされるまでに100年弱の時間が経過している。 この間に、最初期には建築家と設備機器のメーカーが担っていた役割が高度化し、それにつれて建築設備についての専門職として確立していったのではないだろうか。

建築情報の職能も建築設計(意匠あるいは構造・設備)と情報との間に成立すると考えると、設備設計者の生成過程は参考になるかもしれない。これまでは設計者が片手間にソフトウェアの開発会社や販売代理店のサポートでなんとか間に合わせてきた業務が、次第に担いきれなくなっている。機器メーカーだけで設備設計が成立しないように、ソフトウェアメーカーだけでは建築情報の取り扱いができない日が近づいているというのが筆者の私見である。

情報を扱う視点

職能が分化して新しく生まれるなら、呼応して専門教育も変わるだろうか?

大学院を中心とした専門教育は職能訓練ではないので、一対一には対応しない。 一方で、専門教育でも、計算機と協働するために、計算量とアルゴリズムなど、計算機の基礎的理解を身につける必要はあると思う。

こういった視点の獲得は、実務の中では意外なほど難しい。「なぜか仕事が苦しいが、なぜなのかはわからない」という形でものの見方の欠如は現れる。理解を深めるために実践的演習も必要ではあるが、ボゴソート★3のようなアルゴリズムを馬鹿らしいと思える視点を持つことが大切だ。さもないと、ボゴソートがなかなか収束しないことを愚痴て仕事をする結末になる。

この情報の規範は、建築の規範とは別のものだ。

先に挙げた人海戦術ではなく機械化で大規模プロジェクトを実現する際に、最も重要な能力はコードを書く能力ではない。情報の規範に基づいて見る能力だ。計算機に作業させるには、どのようなデータの作り方、どのような作業手順が良いかを考える力だ。2023年現在で、人間がやっている作業を置き換える事ができる汎用的な機械はない。機械が得意な作業を切り出して、仕事を作り変える必要がある。

先に挙げたパネルの例を再び出そう。人間が作業する際、図のように一つのファイルに複数のパネルを並べて作図することが一般的だ。

1ファイルに複数のパネル

しかし、機械に作業をさせることを考えると、このデータの作り方はよろしくない。一枚ずつのパネルを認知させるコストが高いからだ。1パネル1ファイルとすると、パネルの範囲を認知するコストは大きく下がる。

1ファイルに1パネル

実務的な話になるが、計算機のRAMの消費も抑えられるので、数千のオーダーで作業する場合に計算資源の節約にもなる(要するに弱いパソコンでもプログラムが動く)。

人間が作業する場合は一覧性が優先されるため、ファイルを分割すると不便のほうが多い(1,000ファイルで線の太さを変えることを想像してほしい)。しかし計算機にとっては作業対象の範囲を明確にしたほうが、処理を簡潔に定義しやすい。これは一つの例で、機械に物事をどうやって認識させるかという視点は、様々なところで実際にコードを書く作業以上に効率決める。

具体的なコードを書く能力が注目されてしまいがちだが、情報を扱うときの視点こそ教育で培われるべきものだと考える。現状でも構造解析・環境シミュレーション・パラメトリックモデリングなど、話の流れの中で計算機に関する話題が少しばかりでてくるだろう。近年では建築情報という看板を掲げる研究室も現れており、おまけの話題ではなく主たるテーマとしての建築情報という存在感が少しずつ増している★4。

詳細設計者や発注支援での建築情報の人材を生む研究室はどこか

既存の職能も新卒時は素人であって、意匠系の研究室で大学院を修了してすぐに意匠設計者になるわけでもない。構造や環境も同様だ。大学院を中心とした高等教育では、職能と完全に対応した形で講座や研究室が編成されて職業訓練をしているわけではないからだ。 意匠系でアトリエ、組織設計、ゼネコン、ハウスメーカーと研究室は別れていないが、実務はかなり違う。それぞれの実務に応じた能力は学校教育ではなく、経験学習で取得される。しかし、いくつかの職種や職能に共通して応用可能なものの見方や規範が、大学・大学院教育において形作られる。

その意味において、基本設計者は従来の意匠系や計画系の研究室で人材が輩出されるかもしれないが、詳細設計者や発注者の出身研究室はどうだろうか? 現状、筆者やその周辺の詳細設計者に似た業務を担う人たちは、構法や生産系の研究室や組織と交流が多い。また、建築生産のサブカテゴリとしてBIMの話題が出ることが多く、学会の生産シンポジウムでもBIMをテーマとした発表がある。

しかし、建築を見る視点としてもちろん構法は有効ではあるものの、よって立つ基礎として情報の視点の重要度も増してくるのではないだろうか。施工者と設計者の境界をまたいで、詳細設計者の職能が確立されるのであれば、教育においても材料、構法と意匠、計画との学際的領域にもう一つ学術領域が生まれるかもしれない。それらをまとめる要素は情報ではないだろうか?

今後、実務上の職能の再編と完全には連動しないものの、呼応する形で教育も少しずつ変化し、同時に、建築情報を研究主題に掲げる研究室から人材が輩出されることで、実務が変化するという相互作用が進むのではないだろうか。

今回まで3回で論じてきたことをまとめると、

・現状の分担で建設プロジェクトの効率化を試みても、体制上の制約でうまくいかないことが多い
・プロジェクトの予算や体制を組み替えられる発注者、CMrの役割が重要である
・効率化された業務に従事するために情報技術が必要で、教育も呼応して変わるのではないか

書ききれなかった話題や、思考の浅い部分もあったかもしれないが、読みにくい文章を読んでくださった皆様に感謝を記して、結びとしたい。■

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★1:日建連『フロントローディングの手引き2019』でも3DCADの登場で、整合性確認などが容易になったことがフロントローディングのきっかけになったことが指摘されている。
★2:いくつか研究論文もあるが簡単に読めるものとしてはこの記事が参考になる。https://note.com/gonlab1/n/n0770af154c3a
★3:ボゴソートというのはランダムにシャッフルすることで整列するというアルゴリズムだ。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%B4%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%88
★4:東京大学の池田靖史研(https://arch.t.u-tokyo.ac.jp/lab/ikedalab/)、立命館大学の山田悟史研(http://satoshi-bon.jp/)など

石原隆裕「情報技術による建築生産の職能再編──発注、設計、施工、維持管理を俯瞰して」 (全3回)
その1|フロントローディングの(不)可能性
その2|建設プロジェクトのビジネスインテリジェンス
その3|職能の再編と教育の変化 はどう進むか

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石原隆裕
建築討論

一級建築士、認定コンストラクションマネジャー。株式会社Vicc所属。組織事務所での意匠設計者を経てBIMや3Dモデルに関する仕事を生業とする。2014年東京大学大学院建築学専攻修了。1988年山梨県出身。