迂回路としての都市空間分析

連載:圧縮された都市をほどく──香港から見る都市空間と社会の連関(その6)

富永秀俊
建築討論
Dec 6, 2022

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空間から考え始めて見えたこと

「香港はこれからどうなるんですか」という風に尋ねられることがあり、その度に回答に迷う。香港に学生として2年近く住んだとはいえ、建築の視点から考察するのは難しく、国際情勢に左右される部分も多い。それでも、都市空間の分析から見えてきた事柄のうち、将来に繋がっていくことはあるだろう。

この連載では、テーマごとに各回を区切っていくことをなるべく避け、平面や断面・時間軸といった切り口を先行させた。社会・政治の理解から都市を説明するというやり方ではなくて、都市空間の分析から話を出発することで、異なる角度から社会の問題を問い直せるのではないかと考えたからだ。特に、私が滞在した時期の香港は、社会や政治については既に情報が溢れていたし立場も二分されていており、都市空間の考察から社会を語るという「迂回路」は建築に関わる身としては最も誠実に感じられた★1。

そのような意図で設定した平面・断面・時間という切り口から私が考察したものを、最終回の今回は、共通したテーマでまとめながら、香港の今後についても書いていきたい。

市民の運動と公共空間の行方

2019年から2020年までの民主化運動を起点にして、公共空間の脆さが露わになり政治的な活動・意思表示は、他の形をとるようになった。香港の立体的な公共空間は肯定的に評価されることも多かったが、民主化運動ではその問題点も露わになったことを、第2回「垂直な公共空間:空中歩廊は市民の活動をささえたのか 」で指摘した。立体的な公共空間は政治的な運動において市民によって様々な目的のために有効に活用される一方で、大規模な集会に適していない側面なども見られた。また、空間的につながっているように見えるものが動線上では分かれていたりと、実際のはたらきが隠蔽されるかのような空間の構成もあった。

公共空間での運動が展開が行き詰まるのと並行して、政治的な活動・意思表示が、オンライン上や民間の店舗へ移行したことを第5回「地図と時間:リアルタイムから日常へ」で指摘した。「Yellow Blue Map」と呼ばれる類の地図にマッピングされた民主派の店舗は、単なる消費空間にはない公共性を持っており、いまだに抗議運動の際の痕跡やグッズが残っている。これは、香港の公共空間においてはグラフィティが消されたりデモが行いにくいように街並みが変わっていったのとは対照的であった。今後の香港においても、民主派の店を応援するような動きはまだ続き、その活動によって、民主化運動の痕跡は街に留まると考える。

連載第2回で紹介した、香港政府が入る建物を大通りからみる。広場は地面より上のレベルにあり、大通りから広場へのアクセスは、この写真では右側にちらりと見えるエスカレーターのみ。[Photo by Cheung Yin on Unsplash
連載第5回で紹介した、民主派の店いわゆる「黄店」におかれた商品。[撮影:筆者]

隔離生活と高密な住環境の行方

上で述べた公共空間はコロナ禍においてより一層利用が難しくなったが、それは、街を歩いているだけでは気づけない住環境の問題点を改めて顕在化させた。第1回 「垂直と隔離:ホテルの一室から都市構造まで」で私自身の体験を紹介したように、高密なビル群での生活は劣悪であった★2。

このような高密で低質な住環境は、開発エリアの境界線に注目することで理解できる。香港では開発可能なエリアが狭く設定されており、それが高密な住環境を招いているからである。この境界線は、中国大陸の影響力が増した結果として変動する可能性が高い。実際に、中心部から離れたエリアにおいて、低所得者向け住宅の開発などが行われる予定である。これによって香港で弱点とされていた低所得者向けの住環境が改善される可能性が高いが、一方で第3回「揺れる境界線:香港と中国大陸の境界線では何が起こっているのか」で描いたように、周縁部にはコミュニティ意識の強い住民が住む村や、環境保全の問題など、複雑な問題が絡んでいる。

連載第1回で紹介した、隔離生活の時に滞在したホテルを通るように、香港島を南北に切断した断面図。[香港政府の公開する都市の3DデータHKMS 2.0のデータを元に筆者作成
連載第3回で紹介した、香港(手前)の環境保存エリアと深圳(奥)の対比

国際都市としての性質と、国境を越えた関係の行方

その連載第3回では、その境界が動的であることと、利用のされ方が国際情勢や中国大陸との関係に大きく左右される様を見てとった。

中国大陸との関係は上記のように香港の周縁において強く見て取れるが、そのほかのアジア周辺国とのつながりは中心地において鮮やかに見て取れた。第4回「境界線を越えて:「トランスローカル」の視点と、私が香港の移民労働者から学んだこと」では、移民労働者が香港の中心街の公共空間で定期的に集まっており、それが公共空間の使われ方に影響を与えていることを紹介した。その上で、その公共空間での集まりがフィリピンの村の建設プロジェクトに影響を与えていることを分析し、離れた二つの空間の密接な繋がりを描き出した。

このように、香港はその中心部と周縁のどちらの空間もが、国際的な状況に強く影響されており、この状況は今後も続くと考えられる。更に言えば、国安法の制定などによって香港を離れる人も多く、そうした人が今後香港とどのような繋がりを作っていくのかという点は、第4回と同様のフレームワークから考察することができるだろう。

連載第4回に掲載した、香港・中心市街とフィリピン・農村をむすぶドローイング。[筆者作成]

むすびに

ここまで、都市空間の分析を起点とし、その社会的な背景を考察してきた。この回では、いままで断面・平面・時間という切り口から断片的に描き出してきたものを、市民の運動と公共空間・隔離生活と高密な住環境・国際都市としての性質といったテーマで横断的に説明し、そこから延長するように今後の香港についても書いていった。

各テーマに共通しているのは、スケールの著しく異なる文脈が共存・拮抗していることだった。香港は、国家間格差や国際情勢、政治問題などの比較的大きな話題が都市空間に見える形で露出してくるような都市であるが、そこに住む人々の細やかな適合と抵抗があり、それは草の根的に発展•更新し都市を塗り替えるような勢いを持っていた。

また、それぞれのテーマは、香港に限った話題ではない。例えば、第2回の連載における立体的な公共空間は近年の日本でも話題になっている他、第4回の移民労働者についても東京を含む国際都市に共通する話題であるはずだ。この連載が、そうした他の都市について考察する際の一助となれば幸いである。

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★1:このように、都市分析をいわば「迂回路」とする方法は、都市を対象にした歴史学の分野でも指摘されていることをこの間知った。たとえば、二宮宏之・樺山紘一『叢書・歴史を拓く 都市空間の解剖』(藤原書店、2011年)など。
★ 2:その状況は都市空間とそれを運用する政策の双方に問題があった。連載
第5回でも指摘した通り、当時のゼロコロナ政策には不満や混乱も多く、それより以前にはデモの状況を伝えていたオンラインマップが、コロナ禍ではロックダウンの状況を伝えていた。現在は中国大陸においても、ゼロコロナ政策に反発する声が上がっており、珍しく抗議運動に発展している。

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謝辞
この連載執筆にあたって、アドバイスをくださった様々な方に感謝申し上げます。全ての方の名前は書ききれませんが、専門分野が異なるのに辛抱強く付き合ってくれた2人の友人についてここで記しておきます。香港のことを書くにあたっては、友人のアンソニーと毎週末のようにランダムに駅を選んで散歩したり話し合った経験なしには書けなかったと思います。また、記事の在り方に関しては、この連載の下敷きになるブログ記事から懇意に校正をしてくれた三軒家君に非常にお世話になりました。

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富永秀俊
建築討論

1996年生まれ。専門: 建築意匠設計。西澤徹夫建築事務所所属。香港大学建築学部修士課程修了、 英国建築協会付属建築学校(AAスクール)学期プログラム修了、東京藝術大学美術学部建築科卒業