047 | 202009 | 特集:感染症と都市地理学 ──コロナ危機以降の「再-距離化世界」
Infectious disease and urban geography — “Re-metrization world” after COVID-19 crisis
目次
- 地理から考える:居場所と逃げ場 ── 地理学から見た新型コロナウイルス/大城直樹(文化地理学・地理思想史)
- 社会から考える:感染症リスクが縁どる社会 ── 都市と距離をめぐるジレンマをめぐって/田中大介(社会学:都市論・メディア論・モビリティ論)
- 文化から考える:惑星都市彷徨 ── ウィルスの蔓延する街路を踏査することは可能か/仙波希望(都市研究、カルチュラル・スタディーズ)
- 都市から考える:感染症と「都市の離陸」のゆくえ ── コロナ危機後の都市地理空間を考える/吉江俊(都市論・都市計画論)
特集前言
コロナ危機は、インターネットの普及によって世界が忘れかけていた「距離」の概念を、再び我々に強く思い起こさせている。国々の隣接関係、都市の位置関係、業種の分布構造、公共空間における対人距離、私的空間における対人距離、飛沫の拡散距離など、マクロからミクロにいたるあらゆるスケールにおいて、物理的距離のあり方が検討され始めている。このことは、必然的に都市空間の考え方を変えることになるだろう。あらゆる場所において距離が意識されてくれば、都市空間における「地理」的概念が重要となってくるであろう。
「地理学」はもともと「都市計画」と密接な関係を持っていた。フランス語における都市計画であるurbanisme(ユルバニスム)という語は、そもそも1910年のヌシャテル地理学会の会報誌において地理学者ピエール・クレルジェがはじめて用いた。フランスにおいては、地理学は都市計画を構成するいくつかの基盤となる学問のひとつとされる。一方、日本においては、都市計画は「工学」の一部とされたことから、人文学の傾向の強い地理学とは学問分野としてほとんど接続されてこなかった。しかし、コロナ危機は、都市や建築における地理学的思考の再検討を必要としているのではないだろうか。
これまでの都心は、東京のように極端な高密度空間が中心に形成され、周辺都市は中心部から切れ目なく連続的に発展し、一体的な都市圏を形成してきた。基本は一極集中であり、分散化された都市圏の形成は、つねに大きな流れによって阻まれてきた。しかしながら、コロナ危機以後の世界においては、このような連続的で高密な都市空間のあり方に、疑問符が付けられるだろう。よりミクロな側面でも、空間に変化が訪れる可能性は高い。これまでの都市や建築は、当然ながら室外空間も室内空間も、一定の対人距離を取ることを前提には出来ていなかった。しかし、今後の都市空間では「距離」の考え方がより重要になる可能性は高い。
これまで都市空間は有機的に「接続」されていることが当たり前のように重要視されてきたが、今後は必要に応じて「分断」することが重要になるかも知れない。地方移住が増加し、分散型の都市ネットワークが現実化してくるかも知れない。建築空間の原則にも、人が離れつつ空間を共有することを成立させるような計画が、一般化してくるかも知れない。このように「地理」や「距離」を意識した計画が重要になってくる可能性を、われわれは考えておくべきではないだろうか。グローバル化とインターネットによる情報化が克服したはずの距離のない世界は、再び距離を取り戻す「再-距離化世界」に変化しつつあるといえるかも知れない。
そこで本特集では「感染症と都市地理学」をテーマとし、コロナ危機以後の距離感覚が、都市空間をどのように変える可能性があるのか、多面的に検討を加える。なお、ここでの「都市地理学」は、必ずしも狭義の都市地理学という学問に留まらず、複数の専門性を持つ論者らが議論を展開するうえでの、議論の交差点のひとつとして、特集タイトルに用いていることをご理解いただければ幸いである。本特集は、大きく「地理」「社会」「文化」「都市」という4つの側面から都市を議論する。(松田達)
追記:本特集は、2020年現在、刻々と変化する新型コロナウイルス感染症に関する状況を扱っているが、各著者の原稿は2020年7月から8月に執筆されていることをご理解頂ければ幸いである。