061|202111|特集:建築批評 岩崎駿介+美佐子《落日荘》 ──農村から転回する建築 - 今、自ら耕し作ること

Architectural Review : Syunsuke Iwasaki, Misako Iwasaki [The falling sun] — Architecture turning from rural areas-now cultivating and making yourself

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目次

  1. インタビュー|共有する場を自律的につくる社会へ ── 岩崎駿介+岩崎美佐子
  2. 批評|落日荘を夜更に飛び出し、走って帰った ── 佐藤研吾(一般社団法人コロガロウ/佐藤研吾建築設計事務所)
  3. 批評|都市と農村をつなぐ「農村的」実践へ ── 雨宮知彦(ラーバンデザインオフィス)
  4. 批評|道義性と対話から生まれる建築 ── 阿部拓也(筑波大学大学院博士後期課程)
  5. 解説|実践としての継承 - 真木集落に学ぶ ── 両川厚輝(東京大学大学院博士後期課程)

前言

近年、都市での働き方や暮らし方に疑問を持ち、農村のゆとりある土地を購入して、農作物や民家改修に励み、自然と身近な暮らしに求める人たちが増えている。コロナ禍以降、その動きはより加速度を増しているように見受けられる。それは単に豊かな自然環境を求めるという心理的欲求だけではなく、格安な土地価格と相続の分断による空き家化といった既存の所有制度の綻びもその要因として挙げられる。

その環境条件は、里山の多くは人の手が離れて獣害が広がり、田畑も放棄されてはいるものの、人間本来の自然と共に暮らす可能性に満ちている。時間をかけて山や田畑に手を入れれば、環境そのものを再生させ自ら農作物を作ることも、ゆとりのある敷地で豊かな暮らしを獲得し、新たに人々を呼び集めることもできる。

本特集では、以上のような近代以降の暮らしのあり方、働き方を問い直す動きに先駆的に取り組んだ建築作品として、岩崎駿介氏と美佐子氏による《落日荘》を取り上げる。岩崎夫婦は、2000年に茨城県石岡市八郷(やさと)の1200坪の敷地を格安で購入し、8年間に渡って、敷地にビニールハウスを建てて仮住まいをしながら、セルフビルドで工事を行い、自らの住まいを作り上げた。未だに敷地内では建設が行われている。

《落日荘》は、中庭空間を大きくとり、対峙する足尾山への軸線を強く意識したシンメトリーの平面構成である。建築形式は周辺民家を意識した庇を大きく持つ切妻瓦屋根の形状を持つ。建築構法は木造軸組構法を基本として、柱と柱の間に板を落としこむ板倉構法を応用する。そして、世界各地で入手した民芸が内部空間を彩り、それにインスピレーションを受けた装飾が刻まれる。環境設備にはOMソーラーが用いられる。そうした環境と対峙・調和して作られた建築作品として、第12回JIA環境建築賞を受賞した。

本特集では、まず、岩崎夫婦への現地でインタビューを掲載する。建築設計の着想の経緯、自ら建設することの可能性、お二人のアジアでの経験と実践で感じた発展途上国との格差問題、そして共有する場をいかに自律的に作っていくのかをお伺いした。

福島県大玉村を拠点に活動する佐藤研吾氏は、落日荘の現地見学で得た衝撃と自身の活動と応答しながら、岩崎駿介さんの掲げる『新住宅設計7か条・・・』の条文の一つ「人間は『自ら作る』ことによって、空間把握力が増大する。」を引き出して、制作過程の中で得たであろう建築アイデアを推察する。

ラーバンデザインオフィスを主催する雨宮知彦氏は、対立的な構図である「都市」と「農村」、「都市的」と「農村的」というマトリクス図を作成して落日荘を相対化し評価した上で、インドネシア・ジャカルタでのプロジェクト「メガシティの小さな躯体」の最小限の介入や事務所で試みた歩道からセットバックによる贈与空間から、都市におけるささやかな「農村的」実践による展開の可能性を説く。

タイ・バンコクのスラム「チュムチョン・クロントゥーイ」において研究に取り組む阿部拓也氏は、自身の研究で発見した住民間のルールに見られる「道義性」という概念から、落日荘を読み解くことを試みている。さらに道義性だけでは読み解けないものを夫婦間での対話から生まれた判断として考察している。

最後に、長野県小谷村にある真木集落に住む両川厚輝氏は、2018年から通い始めた経緯、真木集落の歴史的経緯を文献資料からその共同体のかつての維持管理体制を解明している。さらに真木集落の水車小屋の建設や自身が住む茅葺民家「中和出の家」の修繕の実践から、人類学者インゴルドを引用して、技術の探究と世界との関係を「応答」することの意義を述べる。

(川井操/建築作品小委員会)

参考資料

『建築討論』「連載:建築と戦後70年 岩崎駿介[1937-]横浜市の都市デザインからセルフビルドの実践へ」2020年11月

岩崎駿介『地球人として生きる ── 市民による海外協力』岩波ジュニア新書、1989

岩崎駿介『NGOは人と地球をむすぶ ── いま国境を越えて、できること、するべきこと』第三書館、1993

岩崎駿介『一語一絵 地球を生きる』上巻・下巻、明石書店、2013

『住む』「特集 小屋の贅沢:ビニール小屋、仮住まいの記」2006年秋号、p44–55

『住宅建築』「女房とふたりで家をつくる」2009年10月号、p80-91

『建築知識 ビルダーズ』「岩崎駿介×堀部安嗣「落日荘」を訪ねて」winter 2018 No35、p22-39

『住宅特集 jt』「落日荘」2016年11月号 p148-153

《落日荘》の母屋外観

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建築作品小委員会
建築討論

建築作品小委員会では、1980年生まれ以降の建築家・研究者によって、具体的な建築物を対象にして、現在における問題意識から多角的に建築「作品」の意義を問うことを試みる。