064| 202204 | 特集:わたしの街のワークスペース

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建築討論
Published in
Apr 21, 2022

064| 202204 | Feature: Workspace in my town

目次

1.あたらしい地方のワークスペース
インタビュー|指出一正(ソトコト編集長)

2.地方から考える共創とイノベーション — NICCA INNOVATION CENTER
論考|小堀哲夫(小堀哲夫建築設計事務所代表 法政大学教授)

3.防府の住居と事務所
論考|島田陽(タトアーキテクツ 京都市立芸術大学)

4.まちと人をつなぐ、インキュベーションスペース
インタビュー|今泉 大哲・德田琴絵・沼俊之

「地元型」労働を再起動する場

「地元型」とは、歴史社会学者の小熊英二による、現代日本での生き方の3つの類型「大企業型」「地元型」「残余型」の一つである。地方の自営業者や一次産業従事者で、所得は比較的少ないが、コミュニティなどの社会的資産や、家や畑などを持ち、それらの資産を活用することで、少ない所得でもある程度の生活を持続させることが可能である。

一方で、社会的資産などを持たず、かつ非正規雇用などの不安定な雇用形態にある「残余型」は、長期間での生活の維持が難しく、その増加が社会問題となっている。小熊氏によると、「残余型」は、一見して終身雇用・年功序列の「大企業型」に組み込まれなかった人々であるかのように見えているが、統計的に見ると、「大企業型」の割合には変動がなく、「地元型」が減っていることが分かる。実は、「残余型」は疲弊した地方の「地元型」で吸収できなくなった人々であるという(★1)。

この特集の目的は、そういった「地元型」労働を再起動するような場所を見ていくことで、「地元型」労働の新しい形と、そのための場所はどのようにデザインされるべきか、を考えることである。

「地元型」ワークスペースの日常と試み

さて、地方都市の既存のワークスペースとはどのようなものだろうか。私のオフィスはと言うと、地方都市の商店街の中にある。元々は1棟丸ごと呉服店だったのが、1階は呉服店、2階~4階までをレンタルスペースやオフィスとして借りることができるようになっている。大きな和室や茶室もあり、我々が借りている4階は、従業員さんの食堂だった場所で、面白いビルだ(★2)。使い方は現代的になっているが、各階に外から直接アクセスするための共用部が無く、呉服店やレンタルスペースを通り抜けないと縦動線にアクセスできない、典型的な「一棟型オフィスビル」とも言える。

そのため、食事に出かける時などはレンタルスペースを通り抜けることになるが、時々、他会社の社員のお子さんが、そこで宿題や楽器の練習をしている。きちんとした大人として認知されたい下心があり、通り抜ける際には意識して挨拶を交わす。しかし、彼らに宿題を教えたり、人生の訓戒を垂れようとは思わないし、彼らもそんなことは望まないだろう。そんな距離感で、違う世代同士が同じスペースを共有することが心地よく、たっぷりとした商店街の空きスペースの恩恵を受けているような気持ちになる。これが住宅街だったり、あるいは交流センターであったら、こんな距離感は生まれないだろう。交流や休息、または消費をするための専用の場所ではなく、働く場所という、ハレにもケにもなり得る空間であることが重要かもしれない。また、これが、指出一正氏の言う「半開き」(★3)の状態かもしれないとも思う。

同じ商店街に、特集で取り上げた、創業支援施設「HATCH」がある(★4)。2015年頃から加速的に整備されつつある「コワーキングスペース/創業支援施設」である。地方都市の創業支援施設というと、主にUターン、Iターンなどの元気な移住者に対する創業支援が思い浮かび、その反面、コミュニティは内に閉じているのではないかと思ってしまうが、コワーキングスペースが担っているのは、もはや単なる作業スペースのシェアリングや、コミュニティを醸成する役割に留まらない。指出一正氏が「関係案内所」と呼ぶように(★3)、一時的な訪問者が、ガイドブックには載っていない情報を得たり、地元の人と出会ったりするような、地域を発信するオルタナティブな場所になっており、ワークスペースの次のステージを予感させる。
「HATCH」では、まさにその「関係案内所」が機能している様子を伺うことができた。外部からの訪問者だけでなく、元から地元に住んでいる人たちも「関係案内所」によって、地域の新しい一面を発見したり、何かしたいという思いを顕在化させる場所が実現していた。建築家はそれに寄り添い、マイナーチェンジに丁寧に対応しながら、共に場を作っている。

「防府の住居と事務所」(★5)は、防府市郊外にある住居を兼ねたショールームと事務所である。既存建築物の屋根の下に挿入された斜めの壁は、住居・事務所・ショールームのそれぞれの領域の大きさや位置関係を曖昧にし、そのことによって、内と外、住と職、ハレとケ、の領域が「対流」しているように感じられる。単に近接しているのではなく、完全に混ざり合ってしまう訳でもない対流する関係である。また、異なる機能が必要に応じて完璧にゾーニングされているにもかかわらず、曖昧さを与えてくれる斜めの壁は、ここでの生活や労働に対して、ドラマチックな形態操作以上の意味がある。角度を持った壁が生み出すゆらぎが、住み、働き、多くの時間を過ごすことを可能にしている。自身も地方都市を拠点としている設計者により、緻密に考え抜かれた、実感を伴った空間的解法なのである。

「防府の住居と事務所」のように平屋建て、あるいは住居併設のオフィスは、潜在的に地方都市に存在している。私は「ロードサイドのフラットオフィス」と呼んでいるが、郊外で車のアクセスが良い場所にある1~2階建てのオフィスだ。それは、量販店の立ち並ぶ1角などにひっそりと建ち、顧客と従業員のための広い駐車場を持つ。車に乗らないとランチに出られないのは私にとっては難しいが、車利用によって住む場所や、アフターファイブの使い方は面的に広がる。また、低層であることや敷地が広いことは、オフィス街では望めないものであり、「防府」の事例に並ぶのは難しいかもしれないが、少し工夫するだけで働く場所に住宅のような良好な環境を手に入れることができるのではないだろうか。

オフィスランドスケープのその外に

今回の特集の編纂を通じて感じたのは、働く場所を、住宅と同じように生きる場所として改善していきたい、という熱量である。冒頭で紹介した3類型のうち、「大企業型」は全体の3割に満たないが、今後、終身雇用や年功序列を維持していけるのはその内の一握りだろう。会社も社員も企業体を客観的に見なければならない時代である。

「NICCA INNOVATION CENTER」では、設計にあたり、「働くこと」そのものを問うワークショップを実施したという。「社員がオフィスにいる時間はとても長く、オフィスでどれだけ主体的に仕事に取り組めるかがクリエティビティの鍵を握る」(★6)。長時間労働をあげつらうだけでは、本当の意味での働き方改革ができないことに、みんなが気づきつつあるのではないか。「ワークライフバランス」という言葉に替えて、「ウェルビーイング」という言葉が使われるようになってきた。ワークだってライフであり、長時間過ごす人もいる仕事場の改善に向き合わない限り、仕事も生活も充実できない。「NICCA INNOVATION CENTER」では、地域を含めた外部に開かれた公共的なスペースを作り、「他者を受け入れる」ことによってその解答を見出した。民間企業のオフィスを開くことは様々な困難があると思われるが、それを越えてのチャレンジには、それだけの切実さが感じられる。(★7)

今のオフィスデザインのトレンドは「オフィスランドスケープ」だという。オフィスの中に、様々な環境を持つ場所があり、状況に応じて使い分けることができる、というコンセプトである。働き方が多様化する現代にふさわしい考え方であるが、今回見てきた地方のワークスペースは、さらにその一歩外に出ているように思われる。街に開き、街全体を働く場として捉えることで、ランドスケープ、もとい多様な「外部」と触れ合い、主体的に働くことや、自分ごととして仕事場の環境について考えること、地域活動や遊びなどと労働を連続させること、を可能にしているのではないだろうか。

特集担当=本瀬あゆみ



★1-小熊英二「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」2019講談社新書
★2-富山市中央通りにあるシェアスペース「マチノス」 ヨガや英会話教室などのカルチャーサロンやセミナーなどを行うレンタルスペース、シェアオフィスがある。 http://machinosu.jp/#salon
★3-本特集インタビュー:あたらしい地方のワークスペース
★4-本特集インタビュー:まちと人をつなぐ、インキュベーションスペース
★5-本特集論考:防府の住居と事務所
★6-本特集論考:地方から考える共創とイノベーション — NICCA INNOVATION CENTER
★7-本特集で取り上げた事例の他に、「ZOZO本社屋」(設計:NAP建築設計事務所 竹中工務店)は建築の際に地域を巻き込み、敷地向かい側に広場を設けている。「牛窓の食堂「いこい処笑食亭」」(デザイン監修:レインボーアーキテクツ)は、社員食堂を地域に開放している。

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。