[a] セイタカアワダチソウとススキの陣地合戦
038|201912|特集:福島、風景と注釈
福島県東部、いわゆる浜通りと呼ばれる地域あたりを移動していて気付くのは、やたらと背の高い、黄色い花の群生が目立つことである。帰化植物のセイタカアワダチソウ(背高泡立草)である。とくに震災後、人の手が入らなくなった水田に大量に繁殖しているらしい。高さが0.5mから3m程度と文字通り背が高く、また綿毛が泡立っているように見えることからアワダチという名前が来ているのだという。 (編集部 M)
このセイタカアワダチソウこそ、現在の福島の風景を読み解くひとつの鍵である。セイタカアワダチソウ自体は、いまや珍しい植物ではない。日本では、1897年頃に観賞用の花や蜜源植物として北米から輸入され、1940年代には本土全域に広まったという。
セイタカアワダチソウは菌の多い森林以外のあらゆる場所で、とくに空地、荒れ地などでも育つ、繁殖力の強い植物なので、荒れ地の多かったであろう戦中・戦後復興期に生息地を増やしたこととは関連があるかもしれない。セイタカアワダチソウは、さらに1970年代に全国的に大繁殖を遂げた。このころは花粉症の原因と疑われて社会問題とされた。外来種であるが、日本においては完全に帰化植物となった。
セイタカアワダチソウの蔓延は、日本では決して好まれていない。基本的には雑草として扱われている。繁殖力が非常に強く、侵略的外来種ワースト100であり、かつ 生態系被害防止外来種(2015年までは要注意外来生物)でもある。セイタカアワダチソウがこれだけ繁殖力が強く、背が高いのは、「アレロパシー」という特殊な能力を持っているからである。
アレロパシー(邦訳は「他感作用」)とは、放出化学物質で他の植物の成長を抑制する効果のことである。セイタカアワダチソウはcis-DME(シス-デヒドロマトリカリエステル)という化学物質を根から放出する。それによって土壌のcis-DME濃度が一定量を超えると、ススキ、ブタクサ、イネなど他の植物の生育を阻害する。したがって、ススキの群生にセイタカアワダチソウが入り込むと、ススキは次第にその勢力を弱められていく。セイタカアワダチソウは、地表面から数十センチの栄養分を吸い尽くして背を高めていく。
しかし、セイタカアワダチソウのアレロパシーは単純ではない。土壌のcis-DME濃度がさらに高まると、今度は自分自身の「発芽」に阻害作用を与える。しかしながら、他の植物には「生育阻害」を与えても、「発芽阻害」を与えない。そうなると、短期的にはセイタカアワダチソウが他の植物を駆逐して優勢になっていくが、土壌のcis-DME濃度が高くなっていくと、自分自身の発芽に影響が与えられるので、セイタカアワダチソウだけが勢力を弱めていくことになる。
このような植生の遷移は、数年単位で起こっていくという。2011年に東北太平洋沖地震および福島第一原子力発電所事故が起こり、それから数年、水田をはじめ多くの田畑が休耕地となった。セイタカアワダチソウがそこに入り込み、ススキの群落に対して数年をかけて優勢となる。しかし、さらに数年すれば、自身のアレロパシーの作用でセイタカアワダチソウ自身が駆逐されていくはずである。
現在の福島の風景には、このような植生のダイナミックな遷移過程を見ることができる。もちろん、面的なランドスケープの広がりのなかで、セイタカアワダチソウとススキの陣地合戦は、決して単純な遷移過程を経ていくというわけではないだろう。個々の場所に、きっとそれぞれのドラマチックな勢力争いが展開している。われわれが見た風景のなかでも、両者の様々な競合状況を見ることが出来た。
突如、多くの帰還困難区域や居住制限区域が生まれた福島には、人間の手が入らない休耕地や荒れ地が多く生まれた。しかし、このような状況は福島だけの問題ではない。これから急激な人口減少社会を迎える日本にとって、空き地や荒れ地の増加は、至るところで生まれ状況でもある。このような植生の変化は、それを好むか好まざるかに関わらず、未来の日本のある姿を見せているのかもしれない。