057|202107|特集:感情都市

Emotion Oriented City

KT editorial board
建築討論
Jul 1, 2021

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目次

1|京都市K地区の集会所における高齢者の「仲良し」はいかに建築的に実現可能であったか〜言語による説得でも、規律訓練でもない「ナッジのまちづくり」から考える|谷亮治(京都市まちづくりアドバイザー)

2|パンデミック下の感情都市 —生/死政治の時代に広場に現れる身体とデモクラシーの行方|清水知子(筑波大学人文社会系准教授)

3|都市の魅力を測る新しい物差し『Sensuous City[官能都市]』|島原万丈(株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長)

4|場所と幸福感についての文化心理学的考察|内田由紀子(京都大学こころの未来研究センター教授)

前言

人間を対象にするすべての分野で研究されているという感情★1。その研究が各分野で進んでいます。感情をめぐる社会構築主義と普遍主義を架橋する「感情史」は歴史学を変えると言われています。 現実の経済は合理性よりも感情で動いていると考える「行動経済学」は設計とともに、私達の行動に影響を与え始めているようです。セキュリティ分野では、公共空間を歩く人々の表情から《怒り》を感知し、犯罪の 抑止を行うシステムも開発されています★2。

本特集では都市の理解や都市への参加がいかに感情と関わるかを考察します。近代の都市がハードウェア化からソフトウェア化を経ながら、感情化する状況、すなわち都市の感情的転回とも言える兆候を探る試みです。

社会が感情化していると言われています。感情化する社会について大塚英志は「理性や合理ではなく」感情を表出すること、「感情の交換が社会を動かす唯一のエンジン」となっていると指摘しました★3。宮台真司は「感情を制御できずに〈表現〉よりも〈表出〉に固着した状態」を「感情の劣化」と呼んで問題としています★4。社会的に生産された空間としての側面を持つ都市も、その物質性から歩みは遅いものの、感情化していると言えるのではないでしょうか。

いくつかの例を上げてみましょう。安全よりも《安心》を求め禁止事項だらけになる公共空間。《苛立ち》をもとにしたクレーム。《喜び》が暴走するハロウィンのスクランブル交差点★5。《不安》が生み出す《退屈》な都市開発。私たちの感情はなかなか厄介なようです。都市や建築の設計に関わるものは、感情化といかに付き合うのでしょうか?

さらには感情を利用した都市の設計・制御の可能性は?その時の倫理はどのようなものでしょう? 行動経済学におけるナッジのような社会設計は、人々に対して無意識な制御を行う権力とも言えるでしょう。感情を考えることは統治とも関係が少なくないようです。

一方で感情と都市の関係は負の側面だけではないと考えられます。宮台は都市から「微熱感」が失われたとも言います。感情を用いた都市の読み替えや理解によって、都市が再び熱を帯びることは可能なのでしょうか?公共空間に身体を集合し感情を現すことは、社会を変容させるうるものとして現在も有効でしょうか?感情のような内的なものが豊かで、幸福な都市は可能なのでしょうか?

担当:笠置秀紀(建築討論委員会|mi-ri meter・小さな都市計画)

★1:源河 亨『感情の哲学入門講義』(2021)
★2:一例として「DEFENDER-X」というシステムがある。人間を含む動物の精神状態(感情)を身体全体の振動及び膨大な基礎データによって解析し不審者と思われる者を事前に検知するシステム。
★3:大塚英志『感情化する社会』(2016)P8
★4:蓑原 敬, 宮台真司, 代官山ステキなまちづくり協議会『まちづくりの哲学 都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』(2016)P58
★5:関連した建築討論の特集に2019年9月号「都市と政治──「壁」と「広場」から見えるもの」がある。

参考文献
・富永茂樹『都市の憂鬱 感情の社会学のために』(1996)
・ヤン・プランパー『感情史の始まり』(2020)
・バーバラ・H.ローゼンワイン, リッカルド・クリスティアーニ『感情史とは何か』(2021)
アントニオ・R・ダマシオ『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』(2005)
・友野 典男『行動経済学 経済は「感情」で動いている』(2006)
・ドナルド・A. ノーマン『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』(2004)

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。