1.セーヌ川のロマンチックをどう測る?
専門的な教育を受けた知識の蓄積がない限り、人は都市という空間をまずもって生身の身体で経験する。用途・機能・性能・意匠・色彩・素材・採光・通風・動線…。都市計画・建築設計が図面と模型で心を砕いた寸法のすべては、生身の人間の五感によって知覚される。そして、知覚された刺激を統合した感情が、ある種のアクティビティを促す。
人とおしゃべりをしたくなる場所、座ってくつろぎたくなる場所、恋人と手をつなぎたくなる場所、タバコを吸いたくなる場所、ランニングをしたくなる場所などなど、無意識にもなんらかの行為を促される空間が、確かにまちには存在する。
たとえばパリのセーヌ川に架かる橋。日が落ちる頃にでもなれば、欄干にもたれて、時折キスをしながら川を見ているカップルがよくいて、それがパリの風景として実に絵になる。
考えてみると、その風景を可能にする環境要素はとても複雑だ。橋の長さ、高さ、広さ、欄干の高さや材質、形状などの、交通路としての橋梁設計の要素だけに還元することは、とうてい不可能に思える。橋の上で開ける風景、通り抜ける風、暖かな街灯、サン=ルイ島の岸の建物と緑、セーヌ川のカーブ、煌めきだした対岸のまちなみ、小さな灯りをともして走るボートのエンジン音、適度な雑踏などなど。多数の要素と人々のアクティビティの複雑な結びつきによって、あのロマンチックな都市風景は実現する。
それはどういうことかと言えば、セーヌ川のロマンチックを工学的なアプローチで測定することは、ほぼ不可能だということである。
2.官能という問題提議
パリやローマ、あるいは京都のように景観を売りにする観光地でなくても、私たちは仕事や遊びで訪れたごく普通のまちを「なんかいいよね」と感じることがある(時にはその逆も)。あるいは自分が住んでいるまちが利便性や不動産価値では平凡な場合でも、「なんか居心地がいい」と曖昧に擁護する。
この「なんかいいよね」といった曖昧な感情で表現される都市の魅力は、いったいどのように測られるのか。適切に(ある程度は客観的に)測定することができなければ、その魅力や価値を社会と共有できず、「なんかいいよね」は工学や経済や金融の“冷たい”ものさしによって蹂躙されてしまう。その結果出現する象徴的な風景が、路地裏の横丁を一切合切クリアランスした後に出来上がるタワーマンション街である。今やそのようなまちは東京中に、いや日本中に広がり、全国的に都市の均質化が進行しているように思う。
デンマークの都市デザイナーのヤン・ゲールは、都市の魅力について「街は、人びとが歩き、立ち止まり、座り、眺め、聞き、話すのに適した条件を備えていなければならない」、「これらの基本的活動は、人間の感覚器官や運動器官と密接に結びついている」(★1)と、アクティビティ(活動)とその身体性の重要性を強調する。ヤン・ゲールの言葉に従えば、都市の本当の魅力を測るには、建築物や経済など固く冷たいものさしではなく、日常的で感覚的な、人間らしい柔らかな手触りのあるものさしが必要なのではないかと思われる。
都市に住み暮らす人が、どのように都市を感じているのか。マーケティングの分野で「体験」と呼ばれている概念を用い、リアルな納得感とともに都市の魅力を可視化するものさしを提案したい。それが『Sensuous City [官能都市] 』と題したレポート(図1)(★2)をまとめた問題意識である。
「Sensuous=官能的」という言葉には、感覚の・五感の/五感に訴える・感覚を楽しませる、などの意味がある。
3.センシュアス・シティ調査とは
『Sensuous City [官能都市] 』のもっともユニークな点は、動詞で都市を評価したところにある。調査票の設計にあたって、まず想定できる都市住人のアクティビティを「関係性」と「身体性」という2軸で分類し、関係性について〈共同体に帰属している〉〈匿名性がある〉〈ロマンスがある〉〈機会(チャンス)がある〉の4指標、身体性について〈食文化が豊か〉〈街を感じる〉〈自然を感じる〉〈歩ける〉の4指標を設定した(★3)。
そしてそれぞれの指標について、例えば〈共同体に帰属している〉では「神社やお寺にお参りをした」、〈ロマンスがある〉では「素敵な異性に見とれた」、〈食文化が豊か〉では「地酒、地ビールなど地元で作られる酒を飲んだ」、〈歩ける〉では「遠回り、寄り道していつもは歩かない道を歩いた」など、リアルな日常生活のシーンを切り取るようなワーディングで、各指標につき4つ、合計32項目の質問(図2)を用意し、134に区分した全国の主要都市を対象に、自分が住んでいるまちでの過去1年間の経験頻度を尋ねた(★4)。
そうして得られたアンケート調査結果をもとに、8指標をそれぞれ偏差値化した合計からなる総合スコアによって、より豊かなアクティビティが観測された都市を、より官能的な都市であるとして、センシュアス・シティ・ランキングを作成した。
動詞で評価をしたことで得られた利点は3つある。
まず1つ目は、主語が「私」であるということ。アンケートでは「あなたは自分が住むまちで✕✕をしたか?」と尋ねているので、回答は「はい、私は✕✕をしました/いいえ、私は✕✕をしていません」となる。これにより、都市の主役は「人」であるという立場を明確に表明することができる。もう1つのメリットは、「した/しなかった」と経験の有無を尋ねているので、主観的な自己申告でありながらも実態としての客観性を持つことである(★5)。3つめは、「どう感じるか/どう思うか」といった形容詞で感情を尋ねるよりも、その時の気分によってブレたりすることなく、安定した回答が得られることである。
そしてもう1つ。これは実務を知らない私には自信はないが、アクティビティからアフォーダンスの概念で逆算することで、主観的データでありながら計画への示唆が得やすいことも、利点として追加できるのではないか。センシュアス・シティ調査は、ヤン・ゲールの言葉、「アクティビティ、空間、建築。この順序で」を比較的簡便に実用化するものである。
4.センシュアス・シティ(官能都市)とは、どんなまちか?
動詞で都市を評価するという、知る限り前例のないやり方を試みた今回の調査で得られたセンシュアス・シティ・ランキングのトップ20の顔ぶれを見ながら(図3)、官能的な都市の条件について考えてみたい。
総合ランキングの上位には、東京都文京区の1位を筆頭に、「住みたい街ランキング」では不動の1位の吉祥寺駅を擁する武蔵野市が3位に入り、目黒区、台東区、品川区、港区の東京都の6都市がランクインした。大阪市は北区の総合2位を筆頭に、西区と中央区もトップ10内に顔を並べる。地方都市では、8位に食い込んだ金沢市をはじめ、静岡市(12位)、盛岡市(14位)、福岡市(17位)、仙台市(18位)、那覇市(19位)が健闘した。
都会的な立地で上位にランクされた都市は共通して、〈匿名性がある〉〈ロマンスがある〉のような、公的な都市計画の場面では話題にすらできない価値が得点を稼いだ。一方、ベッドタウンエリアに位置する郊外都市は、全般にアクティビティが少なくランキングは低い位置に集中したのだが、特に〈共同体に帰属している〉が大きく凹む傾向がみられる。
地方都市でランキング上位に入った都市は、単純に人口規模に左右されているわけではなく、全体的にバランスよくスコアを稼ぎながら、その上で〈食文化が豊か〉に強みを見せたのが大きな特徴となっている。クルマ依存度の高い地方都市では、〈歩ける〉のほか〈街を感じる〉が大きく凹む傾向があり、全体的にランキングは振るわなかった。
では、センシュアス・シティとは実際のところどのような都市だろうか。ランキングの上位25%、中位50%、下位25%で分類し、各都市群をクロス集計で比較分析した結果浮かび上がったセンシュアス・シティ(官能都市)の特徴を簡単に整理しておく。(図4)
第1に、センシュアス・シティは、住む人の居住満足度・幸福実感度が高い都市である。8指標の偏差値合計点と10点満点でたずねた居住満足度と幸福実感度は、相関係数にして0.5近くの相関がみられ、センシュアス度が高ければ高いほど、住人の満足度・幸福度が高まることが確認された。
第2の特徴として、都市を構成するエレメントの多様性・雑多性があげられる。具体的には、商業・飲食施設でいえば、大手チェーン店もあれば個人経営のお店も元気で、それらが集積した商店街や横丁が残る。住人構成も多様で、外国人やLGBTなど少数派に対する寛容度も高い。
第3に、空間的な特徴として混在というキーワードがあがる。ランキング上位の都市群では、用途の混在、古い建物と新しい建物の混在、小さな街区など、ジェイン・ジェイコブズが提唱した都市の多様性をうみだす4原則が確認できた。
5.最後に ―ポストコロナの官能都市
『Sensuous City [官能都市] 』を発表したのは2015年。今から6年前になる。その間、多くの方から続編は出さないのかとお問い合わせをいただいてきた。しかし、もともと『Sensuous City [官能都市] 』の目的は都市の序列化(ランキング)ではなく、ものさしの提案だったので、ランキングの上下しか話題にならない調査を重ねるつもりはなかった。もし続編をつくるとすれば、指標のアップデートの必要性が出たときだろうと考えてきた。
ところが、予想よりも早くアップデートの必要が出てくるかもしれない、と思わせる事態が起こった。そう、コロナ禍である。
1年半もの間続いているコロナ禍は確かに、私たちの住生活を変える圧力になっている。郊外化やアドレスホッパーなど住む場所の選択肢の広がり、快適さや心地よさなど住空間の質への関心の高まり、人と人のリアルな交流の再評価など、まだ予兆や可能性に過ぎないことも含めて、コロナ禍がもたらした生活意識の変化は小さくない。
確認しておきたいのは、これらの変化や変化の予感はすべて、コロナ禍で急速に導入が進んだテレワークがきっかけになったものだ、ということだ。テレワークがもたらした暮らしの変化は、やがて大都市圏のまちの姿に変化を迫る可能性がある、と私はみている。
なぜなら在宅勤務の広がりは都心の昼間人口を減少させるからである。
複数の機関が実施した各種調査によれば、テレワークの実施率は、緊急自体宣言や蔓延防止措置の有無に関わらず、全国平均で20%前後、一都三県では30%超、23区に限ると50%を超える水準で推移している。少なくとも大都市圏においては一定程度のテレワーク/在宅勤務はほぼ定常化したとみることができる。都心勤務のホワイトカラーほどテレワーク実施率は高いはずだから、仮に彼らの50%がアフターコロナでも平均で週2.5日の在宅勤務を継続するとすれば、ホワイトカラー人口の25%が平日の都心のオフィス街から消えることを意味する。
都心の昼間人口の減少は、定住人口よりもはるかに都心一極集中している「住む」以外の空間需要を住宅地へ分散させる圧力として働く。これまで都心で調達されていた労働、消費、娯楽、人と人との交流の場は居住地域にも求められるようになり、総じて寝るための街だった住宅地において、「働く」と「遊ぶ」と「住む」の空間的近接ないし融合のニーズが生まれる。
オフィスや飲食店や商業の床は、都心のオフィス街やターミナル駅からローカルな住宅地へ小分けにして分散される。特に注目したいのは郊外住宅地でのオフィスのニーズである。家の近くにサテライトオフィスが出来れば、自宅に良質な労働環境を確保できないホワイトカラーの需要が見込めるはずだ。地域で働く人が増えれば、カフェや飲食店、飲み屋やバーなど、アメニティ要素も必要になる。国土交通省が道路専用許可基準を緩和し飲食店に路上営業を呼びかけているように、オープンエアの公共的空間にも商業的可能性が生まれる。
逆に、余剰感が出てくる都心の床は、広範囲の地域から人が集まりやすいという特性をいかして、人々が出会う・集まることの意義を強調する転換が求められる。働く・物を買う・飲食するといった単一の目的・機能だけではなく、複合的な用途と曖昧さを持ったエンターテイメント性を重視した空間づくりが模索されるのではないか。
ポストコロナにも一定程度のテレワークが定着するとすれば、『Sensuous City [官能都市] 』のアップデートも必要になってくるかもしれない。まだ漠然としたイメージすらないが、おそらく今回の特集のテーマである「感情」は重要な論点になるかもしれない。都市生活を記述するアクティビティがどのように書き換えられるか、そんな視線でポストコロナの都市を注視しておきたい。
註
★1:『人間の街:公共空間のデザイン』(ヤン・ゲール、2014、鹿島出版会)
★2: LIFULL HOME’S総研のホームページで、全文PDFが無料でダウンロード可能である。http://www.homes.co.jp/souken/report/201509/
★3:実際の手順としては、まず約60項目のアクティビティ項目を予備調査にかけ、回答を因子分析によって意味のまとまりで8つの指標に集約し、ワーディングを追加・修正しながら取捨選択した32項目を最終版として設定した。
★4:調査は、インターネット・アンケートを使い、全国の県庁所在地および政令市、東京・横浜・大阪については区ごとに分けた134都市に住む、20〜64歳の18.300サンプルの男女を対象に実施した。
★5:マーケティングでは、このような質問形式(経験の有無や頻度、所有の有無など)による定量調査を、意識調査(世論調査など意見を尋ねるもの)に対する手法として実態調査と呼んでいる。
057|202107|特集:感情都市
1|京都市K地区の集会所における高齢者の「仲良し」はいかに建築的に実現可能であったか〜言語による説得でも、規律訓練でもない「ナッジのまちづくり」から考える|谷亮治(京都市まちづくりアドバイザー)
2|パンデミック下の感情都市 — 生/死政治の時代に広場に現れる身体とデモクラシーの行方|清水知子(筑波大学人文社会系准教授)
3|都市の魅力を測る新しい物差し『Sensuous City[官能都市]』|島原万丈(株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研 所長)
4|場所と幸福感についての文化心理学的考察|内田由紀子(京都大学こころの未来研究センター教授)