経済的に自立し、共生・発展していく姿勢──Mission ARM Japan理事の近藤玄大氏と考える新しい職業像、Fab、シビックエコノミー

秋吉成紀
NEW INDEPENDENTS
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15 min readFeb 19, 2020

医療福祉領域における支援技術領域は課題の個別具体性が高く、いわゆるマスなものづくりでは対応が難しい。しかしその当事者自身がものづくりに取り組めるようにすることで、解決の糸口が見つかるかもしれない──。「つくるという体験の共有」を重視する近藤氏と、同じく医療福祉領域における支援技術の領域で活動するキュレーターの島影圭佑の議論には、これからの自立共生社会を考えるためのヒントが散りばめられているように思えた。

社会システムのなかで新しい作家像の確立と、自らの主体性を獲得しうる理論の構築を目指すKOCA連続レクチャーシリーズ「NEW INDEPENDENTS」。

OTON GLASS/FabBiotope主宰のアーティスト島影圭佑、Synflux主宰のスペキュラティヴ・ファッションデザイナー川崎和也が共同キュレーターを務め、編集者の岡田弘太郎がイベントシリーズの発信を務める本イベントでは、2020年代を生きのびるための新たなる態度〈アティテュード〉とは何かを様々な分野の実践者とともに議論していく。

第3回のレポートはこちら

第4回は「ポスト・ファブ時代の『自立共生』のための共同体づくり───Mission ARM Japanと『ものづくり』を考える」と題して、Mission ARM Japan(以下、MAJ)理事・カタリストの近藤玄大氏をゲストに招いた。

近藤玄大氏(Mission ARM Japan理事・カタリスト)

1986年生まれの近藤氏はピアノを弾きこなす義手を夢見て、当時の東京大学教授・横井浩史(現電気通信大学教授)のもとでブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を研究。2011年に新卒でソニーに入社したのちに、2013年にエンジニアの山浦博志氏、デザイナーの小西哲哉氏と共に代表取締役としてexiiiを立ち上げた。2013年にデジタルファブリケーション技術を前提とした義手「handiii(ハンディー)」を開発、2015年にはDIYを前提としたオープンソースハードウエア「HACKberry(ハックベリー)」を公開した。

HACKberry

HACKberryは発表直後から複数のデザインアワードを受賞、当時多くのメディアで取り上げられ話題になった。現在も公開されたデータから世界各地で様々な事例が生み出されている。

近藤氏はマズローの欲求五段階説を引いて、従来の義手は就学就労のハンデを解消する生理的欲求、安全欲求に対応するものであり、HACKberryは自己実現欲求などの高次の欲求に対応する義手だと説明する。本来義手を必要としない生まれながらに腕のない女性が歌手として活動する際のパフォーマンス用にHACKberryを使用するなど、これまでの義手とは異なる用途で使われているという。

2017年から近藤氏はプロダクトの開発から一度離れ、上肢障害者のためのNPO団体Mission ARM Japanに理事・カタリストとして参加するなどコミュニティ領域に活動の場を移行している。

Mission ARM Japanに参加してから、身体的な問題だけではないそれぞれが抱えるトラウマなどの心理的な問題にアプローチする重要性に気づいたという近藤氏。今後はMission ARM Japanでの活動をふまえて、今一度プロダクト開発に関わっていく方向性を探っている。

近藤氏によるプレゼンテーションの後、今回は島影と岡田の2人を交えたトークセッションが行われ、近藤氏の経歴や彼が提唱するシビックエコノミーなどについての議論が繰り広げられた。当日の様子をレポートする。

FAB的実践を通じて障がい者が自ら義手をつくる世界を描く

(写真右から)岡田弘太郎(編集者)、島影圭佑(アーティスト|OTON GLASS/FabBiotope主宰)

島影:当事者の方も、彼・彼女らを取り囲む医療福祉関係者の方々も、義手に対して「能力を戻す」という段階までしか夢を描けていないように思えます。当事者や医療福祉関係者がリアリスティックな問題に過度に焦点を当ててしまう状態から、夢を描けるようにするにはどんなことが必要だと思いますか?

近藤:環境の影響が多分にあると思いますが、障がい者の方は「できない」と思い込む習慣がついてしまっているように感じています。義手の機能以前にまずは自己肯定感をもってもらうことが大事だと思うんです。MAJのコミュニティは急性期の人にとっては多くの情報を共有できるし、ピアサポーターも見つけられる素晴らしい場なんですが、そこに居心地よく居続けても障がいを乗り越えていけない。なので、MAJを前向きに卒業していくようなロールモデルが現れてくるといいなと感じています。当事者自ら義手をつくれるようになれば、それぞれが抱える個別具体的な課題を解決できる可能性が生まれてくるはず。現実問題として、僕自身が直接関われる人数には限界があるので、FAB的実践に基づいてHACKberryのつくり方を広めていきたい。ゆくゆくは、障がい者が自分で義手をつくってないことが不自然なくらいの世界になるのではないかと思っています。

「一緒につくろう」というFABの精神に立ち返る

岡田:近藤さんの実践は一般的なエンジニア像から逸脱しているように思えます。自らの職業的アイデンティティをどのように定義していますか?

近藤:プロダクト自体よりも障がいの当事者の方にフォーカスをあてて活動しているため、いわゆるエンジニアの方とは考え方が違うかもしれませんね。幼い頃に帰国子女として日本に帰ってきたとき、世の中で当たり前となっている慣習や仕組み、そして、その枠の中で何も疑わずに発言したり行動したりする人たちに対する違和感を強く感じ、それ以来、人間観察をする癖がつき、人にフォーカスする部分が養われたのかもしれません。

肩書は相対的な部分もあるため、MAJのなかにいるときはエンジニアと名乗っていますが、ソニーでトップクラスのエンジニアたちを見てきているので、エンジニアと名乗るのは申し訳ない気もしています。言葉から固定観念が生まれてしまうため、何かしら新しい役割を名乗るほうがよいと考え、「カタリスト」と名乗るようにしています。これも暫定的なものなんですけれどね。

岡田:では、近藤さんは自身の実践のなかで、何を本質的な価値として定義しているのでしょうか? 障がい者の方が義手を使うことなのか、それを自らつくれる環境をつくることなのか、それともHACKberryを通じた新しい関係性が生まれることなのか。

近藤:はじめは義手を使えること自体が価値だと思っていました。exiiiにいた頃は、大型の投資や寄付を受けていたこともあり、ソーシャルグッド的ないい話を作らなきゃっていうプレッシャーを抱えていたのですが、つくることを通して得る気づきや楽しさの重要性を恩師の小林茂先生に説かれたのをきっかけに考え方を改めまして……(笑)。「一緒につくろうよ」というFABの精神をないがしろにしすぎていた部分があったんですね。

今はつくるという行為こそが本質的な価値だと感じています。部分的でもいいので障がい者の方に義手をつくってもらうことが重要だと思っているんです。島影さんは、OTON GLASSの本質的価値をどのように捉えていますか?

島影:プロダクト自体に価値を置いてしまうと、これまでの近代的かつ権威的なものづくりと変わらないので、僕はエクストリームシチズン(※自身の身体や認知の高い多様性を生かして、近代的に健常な身体では発見できることが難しかった価値を見つけ、人々を多様性時代に牽引していく極端に秀でた市民のことを指す)を生むことをベースに考えています。つくることを通じて生まれる他者との協働や関係性、自ら道具をつくる際に自己言及し理想の生き方を想像することに価値がある。

僕は「ウェラブルテクノロジーアズファッション」という概念が近い将来立ち現れるのではないかと考えています。これは共同キュレーターでスペキュラティブ・ファッションデザイナーの川崎くんに教えてもらったのですが、ファッションには「ファッショニング」という動詞があると。ファッショニングは「わたしはこう生きたい」という、いわゆる服の概念を超えた意味があると教えてくれました。そしてモバイルなテクノロジーがわたしたちの生活を埋め尽くしている。次のテクノロジーの在り方として「着るテクノロジー/衣としてのテクノロジー」としてウェアラブルテクノロジーの時代が来ることは想像に難くありません。

しかしモバイルテクノロジーとウェアラブルテクノロジーの決定的な違いは、テクノロジーそのものが着るもの/衣になるという点です。わたしたちは他者と同じiPhoneを持っていたとしても、他者と全く同じ服は着ない。なぜ今これだけ高度に技術が発達している時代においてウェアラブルテクノロジーが当たり前にならないのかは、それが文化やファッションと接続しきれずにいるからなのではないかと考えています。

自らが望む社会、自らのファッショニングの根源にあたるその想像力をベースに人々は技術を着るようになるのではないか。そのウェアラブルテクノロジーアズファッションを最初に実体化するのが身体や認知の多様性が高く、自らの望む身体や知覚の拡張を実現するためにテクノロジーを着る人々、あえて言うながら障がいを持っている当事者なのではないかと思っています。彼・彼女らがその牽引者となってわたしたちにテクノロジーの身に付け方を教えてくれるのではないかと考えています。近藤さんの義手それ自体をファッションにしたいという気持ち、とても共感しています。

岡田:近藤さんはソニーでの勤務経験もあり、大企業の技術開発を間近で見てきた方だと捉えています。大企業のものづくりと、FABによって生まれるものの違いはどのようなものでしたか?

近藤:ソニーの従来の考え方だと「1億円はないと何もできないでしょ」「1000億円規模の売り上げを目指しなさい」というスタンスです。時代錯誤かなと思いつつも、それだけ投資すれば高いクオリティのプロダクトが生まれますよね。一方、FABの思想は「お金は使わない」が大前提になっており、お金を使うという発想がそもそも存在しないじゃないですか。その両方の思想が交錯すれば面白いものがつくれるのかなとは思います。

共感と同時に進化するシビックエコノミー

島影:近藤さんはつくることをコミュニケーションとして捉えているように見えます。つまり、つくり、それが完成して何か商品になるという視点ではなく、つくるというコミュニケーションの在り方の可能性を信じているように伺えます。なので、ユーザーやカスタマーという言葉を使わずに、近藤さんは「シビックエコノミー」という言葉を使っていますよね。「市民」と「経済」という言葉をかけあわせた意図を改めてお伺いしたいです。

近藤:そうですね。つくって終わりでは、その最高点が更新されていかないと思うんです。一緒につくるなかで、つくり手と使い手が共感すると同時に共進化していくと考えています。HACKberryをオープンソース化することで様々な実践が生まれましたが、成功例が出てきたとは言いきれない状況です。

もっと自発的に開発する当事者が増え、市民が経済的主体として自らの活動の価値を訴えてくるような世界を期待していたのですが、その点に関しては課題だと考えています。障害分野は寄付金や助成などに頼ることで成り立つものと考えられていますが、経済的に自立して共生・発展していく姿勢をもってほしかったため「シビックエコノミー」と表現することにしました。

島影:当事者自身がある種の依存から自立して共生していくイメージを抱いているのだと思いますが、それを実現するために意識して活動されていることはありますか?

近藤:1年前から個人事業主として基盤など必要な部品をセットにしたHACKberryのキットを売っています。これを始めてから海外で85件ほど販売していて今年の売り上げは300万円くらい。手元には100万円ほど残ります。開発資金も必要ですし、すべて無償だとやる気も続かないので、100万円ほど稼げるならもっと頑張ろうかなと思えます。

儲からなければ続きませんし、次の世代も自分のような生き方をキャリアの選択肢として想像しにくくなってしまう。決してこれだけで食っていけているわけではありませんが、儲けられることを自ら示していきたいと思っています。

島影:ツールキットを販売することで、どのような変化が起き始めていますか。

近藤:国内大手メーカーのエンジニアの方が親指だけ残っている障がい者の方用にHACKberryをカスタマイズしたり、アメリカの企業がディスプレイ付きのHACKberryを制作したりと、HACKberryを進化させたような事例が最近になっていくつか出てきました。ほかにもフランスのNPO団体がHACKberryの組み立てマニュアルをフランス語に訳して公開したことで、フランスでも広まりつつあります。2019年は作業療法士の方がHACKberry制作にチャレンジしてくれたりと医療関係者からのアクションもみられたので、2020年はコミュニティからプロダクトにウェイトを戻すタイミングかなと思っています。

島影:近藤さんは今後活動していく上で、どういう方向性を理想として考えていますか?

近藤:今は義手や義足をつけなくても心理的に自立できていることが大事だと思っていますが、この領域に足を踏み入れたときにはピアノを弾きこなすような高度な義手の実現を夢見ていたので、生きてるうちにそういう義手が見れたらいいなと思います。そのレベルの義手が実現するにはまだ50年近くかかると思いますが、島影くんが言っていたように義手がファッションの文脈で語られるようになる頃までは義手開発に関わっていたいなと思っています。

これまでとは異なる世代、領域のゲストを招いて開催された「NEW INDEPENDENTS」第4回。大手メーカーからスタートアップの創業、そしてNPOとさまざまなフィールドで活躍してきた近藤氏のキャリアから、「NEW INDEPENDENTS」の定義が単なる起業による独立を意味するものではないないことが明らかになった。近藤が唱えるシビックエコノミーという概念や使い手との関係性のつくり方は、今後の議論でも参照すべき点かもしれない。

(テキスト=秋吉成紀、編集=岡田弘太郎)

KOCAは、あらゆるクリエイションの実験をサポートするコワーキングであり、工房であり、インキュベーションスペースです。京急線高架下に2019年4月に新しく誕生しました。都内で最も町工場の多い大田区で、新しい出会いやコラボレーションから魅力的なサービス、プロダクト、プロジェクトが創出されるプラットフォーム/コミュニティを目指しています。株式会社@カマタが運営。

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秋吉成紀
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「ファッション」嫌い/フリーランスライター/RTF/元『WWDジャパン』アルバイト/94年生まれ/ハバネロ胡椒/ドーゾ/