アーティストと同じ目線で最前線に立つ──CANTEENのてぃーやま氏とtomad氏と考えるクリエイティブとお金の新しい関係性

秋吉成紀
NEW INDEPENDENTS
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19 min readMar 17, 2020

クリエイティブと経済活動のバランス、常につきまとう「制作と運営の一致」という課題。CANTEENの活動を見ていると、ある種の答えが見つかるように思えた。アーティストと経営者、その中間に立つエージェントの新しいあり方がいま求められているのかもしれない。

社会システムのなかで新しい作家像の確立と、自らの主体性を獲得しうる理論の構築を目指すKOCA連続レクチャーシリーズ「NEW INDEPENDENTS」。

OTON GLASS代表/アーティストの島影圭佑、Synflux主宰のスペキュラティヴ・ファッションデザイナー川崎和也が共同キュレーターを務め、編集者の岡田弘太郎がイベントシリーズの発信を務める本イベントでは、2020年代を生きのびるための新たなる態度〈アティテュード〉とは何かを様々な分野の実践者とともに議論していく。

第4回のレポートはこちら

第5回は「2020年代のカルチャーを耕すための、新たな『食堂』───CANTEENと『広告と音楽シーン』」と題して、CANTEENの遠山啓一(てぃーやま)氏、tomad氏をゲストに招いた。

遠山啓一氏(CANTEEN代表)とtomad氏(Maltine Records主宰)

遠山氏は慶應義塾大学経済学部卒業後、ロンドンの東洋アフリカ研究学院に進学。メディア・スタディーズ修士号を取得後は日本で外資系広告代理店に勤務する傍、領域横断的に批評活動を展開するメディア・プロジェクトRhetoricaの運営に携わってきた。またMaltine RecordsのUSツアーや国際交流基金アジアセンターのリサーチプロジェクトにリサーチャーとして参加するなど、CANTEEN設立以前から積極的に活動を展開してきた。

tomad氏は2005年にインターネット・レーベルMaltine Records(マルチネ・レコーズ)を設立。同レーベルは、tofubeatsやokadadaなど数多くのアーティストを輩出している。

2015年、ロンドンでのイベントをきっかけに出会った2人は、アーティストらをゲストに招いてトークするインターネットラジオ「ポコラジ」を月一回配信している。

遠山氏は広告代理店を退職後、「ポコラジ」にゲストとして招いたラッパーのTohjiとの出会いをきっかけに2019年秋にCANTEENを立ち上げている。

島影、川崎、岡田の3人を交えて行われたトークセッションでは、CANTEENの活動から、遠山氏のパーソナルな話題にまで発展。当日の様子をレポートする。

“クライアント”と同じ目線に立つ

島影:改めてCANTEENとはどのような会社なのですか?

遠山:抽象的な言い方をすれば、クライアントのやりたいことや個性を100%発揮できるようにサポートするのが、我々CANTEENです。CANTEENでは、個人、企業を問わず協業相手をすべて「クライアント」または「パートナー」と呼んでいます。これまでのクリエイティブ産業ではざっくり言えば、一番上にいわゆるクライアントがいて、次に広告代理店、その下にプロダクションがいて最後にデザイナーやアーティストがいるという構造になっていますが、CANTEENを始める前からこの構造がクリエイティビティを殺している実感がありました。もっとクリエイター個人と企業が直接つながり、お互いに意見を出しあえる関係性があるべきだと考え、その双方を意識的に平行に扱うことでフラットな構造をつくろうとしています。

島影:CANTEENではどのような業務を行なっているのでしょう?

遠山:遠山:会社という形態ですが、登記上の社員は代表の自分のみの組織です。マネージメントしているアーティストやtomadを含めた数多くのパートナーとプロジェクトベースで協業しています。業務内容としてはTohji、gummyboyらアーティストのマネジメントなど音楽関係業務を中心としていますが、他にもデザインコンサルに近いようなプロジェクトを行なっています。昨年12月にはhey株式会社(スモールビジネス向けEC・決済サービスを運営するスタートアップ)との合同イベント「UNTOUCHED──お金(の未来)を手さぐる」を企画、運営しましたし、来年度からはPARCOで行われるGAKUという教育プログラムに参加しています。hey株式会社とのイベントは、彼らの事業や「お金」に対する新しいパースペクティブが欲しいという依頼を受けて始まりました。SF作家やアーティストを含むチームを立ち上げ、彼らと作品を制作しながら「お金の未来を考える」。スペキュラティブ・デザインのアプローチに近い取り組みだっだと捉えています。また個人的には、このイベントのプロジェクトデザインそのものが、クリエイティブ産業における「お金」に対するCANTEENとしての態度でもあったので、内容や運営に課題が残ったのも事実ですが、一定の成果を残せたのではないかと考えています。ちなみに川崎和也さんにも実際に作品を展示してもらいました。

SCOPE 「UNTOUCHED──お金(の未来)を手さぐる」

川崎:CANTEENの企画に作家として参加させていただいたとき、コミッションフィーの額が想定以上に大きくてびっくりしました。アーティストの自律性を考えて作品制作に投資してくれていたので一緒にやれてよかったと思っています。また大手代理店とやった時は作品制作の内容に干渉してくるケースもあったのですが、CANTEENはそのバランスがちょうどよく設計されていたと思います。

岡田:自分も2日間のイベントのトークセッションをお手伝いさせていただきましたが、SF作家の津久井五月さんがギャラリートークにて「SF作家はインサイト販売業になりやすい」と言っていたことが印象的でした。企業の(ありえそうな)未来を代わりに考える部分はお金になりやすい一方で、それを諸手を挙げて称賛するべきかどうかは難しい側面があります。今回のheyとのプロジェクトを通して、どういう気づきがありましたか?

遠山:アーティストと経営者は共通言語が少ないため、普段通りのコミュニケーションやプロセスを適用しようとしても、プロジェクトをうまく進行させることはできません。津久井さんの仰っていた「インサイト販売業」という言葉も、現在考えることができる作家と企業の関係性だと、作家が企業から買われる構造を許容するしかないということを表していると思いました。しかしこれは、より作家やアーティストに近いエージェントや翻訳者の存在がまだまだ必要だということだと思いますし、同時に作家やアーティストの経済的自律性の確保がいかに重要かということが再認識されたトークだったと思います。

相手に合わせてフレームワークを変えていくメソッド

(写真左から)島影圭佑(アーティスト|OTON GLASS/FabBiotope主宰)、岡田弘太郎(編集者)、川崎和也(スペキュラティヴ・ファッションデザイナー/Synflux主宰)

川崎:今後はheyとの協業のようなやり方をメソッド化していく予定ですか?

遠山:もちろん会社経営やビジネスの視点から考えると、メソッドの再現性やそれをどうスケールするかという話が重要ですが、厳格にメソッドやフレームワークを決めてそれを誰かに売るというよりは、協業する相手によって座組みやメソッドを変えていくほうが自然だと思っています。CANTEENの仕事はアーティストのクリエイティブや考え方を正しく価値付けし、彼らが彼らの活動に主体性を持っている状態を支援することだと考えています。そのためにはそれぞれの状況やスタイルに合わせた支援が必要だと考えているので、今のところ何かをメソッド化して横展開していくようなことは考えていません。例えば音楽のアーティストマネージメントをしていても、当然ですが一人一人が違った個性と制作の「クセ」を持っていて、そこに定式化したメソッドやビジネススキームを当てこもうとすることで死んでいくクリエイティブがある。それは企業が持っている課題にとっても同じだと思っています。

岡田:エージェントという役割として、デザイナーやアーティストがもつ価値に値段をつけていく行為と、それをクライアント企業にとって価値があるとプレゼンテーションする行為、そのバランスをどのように見ていますか?

遠山:常に対比的な構図に当てはめ、ポジションをつくっていく姿勢は面白くないと考えています。音楽だとわかりやすいですが、「アンダーグラウンドはカッコよくて、メジャーはダサい」という考え方が存在していることは否定できないと思うのですが、実際には売れててカッコイイものは沢山あると思っています。両極端の結論から導き出されたグラデーションの中で、どこにポジショニングをするかと考えると、すごく具体的な判断をしやすいのでそのような思考に陥りがちだと思いますが、その考え方だと「仕事を受ける/受けない」という2軸での判断しかできなくなります。それってはっきり言って貧しいですよね。良いクリエイティブやアートは、複数の力学を調停する時に生まれると考えているので、カッコイイこととお金になることを対比ではなく別個のゲージのように捉え、両方の値を上げるように意識しています。具体的に言えば仕事やプロジェクトのオファーが来た時に、それを外部にあるものとして捉えるのではなく自分たちのものとして引きつけて考え、こちらからもなんらかの逆提案をするように心がけています。

つながりをつくる場の提供

島影:ここからはTohji、gummyboyらアーティストのマネジメントについてお伺いします。どのようなことを意識してアーティストのマネジメントをしているのですか?

遠山:先ほども言ったように、アーティストはそれぞれ「クセ」があると思っています。できるだけそれを殺さずに、本人達にとってベストな環境を作り出し、やりたいことを具体化するためのパートナーだと自分を捉え、いわゆる音楽プロデューサーのように前面に出て指揮をとるというよりは、クリエイティブの面でもビジネスの面でも最終的な判断は必ず本人達にさせるようにしています。

Tohji — Snowboarding (dir. Anton Reva)

岡田:Tohjiのマネジメントをするなかで、特にこだわっている部分はどこなんでしょう?

遠山:本人がコンフォータブルな状態で考え、制作できることを常に意識しています。生活の変化やそこから生まれる感覚が、アートを生み出す最も大きなインスピレーションになると考えているので、一見音楽に直結しないような部分のデザインを事細かくしているように思います。運営チームの構成やマネージメント契約のデザインはもちろんですが、Mall Boyzの子達と一緒にいる時間や共用しているオフィスの使用方法、毎日の生活や健康に関することまで、できるだけサポートするようにしています。クリエイティブに関わる部分だけでなく生活全体を包括的にサポートすることによって、マネージメント業務を外部として捉えるのではなく、自分にとっても生活の中で考えることがいまは重要な気がしています。

島影:tomadさんはMaltine Recordsを15年ほど運営しているわけですが、今後のCANTEENに対するアドバイスや、実践してほしいことなどはありますか?

tomad:Maltine Recordsは無数のアーティストが関わっていますが、企業体ではありません。現在はこれをアーティストが集まる仮想の地域のようなものと捉えています。ただ、これだけあってもお金にならないので、そこにクライアントを道案内する一つの窓口としてCANTEENがあるといいのではないかなとは思っています。例えばアーティストに楽曲制作を依頼したい企業がいた時、CANTEENがマッチするアーティストと企業を繋いでセッティングできるというように、お互いに有効活用できるようになったら発展性があるのではないかと考えています。

場所に残る「跡」、大学の食堂

川崎:Tohjiのマネジメントを始めたきっかけを教えてください。

遠山:Tohjiとは2年ほど前から知り合いだったのですが、Tohjiが「ポコラジ」に遊びに来てくれたのが一番のきっかけです。いま彼の活動にコミットしないと人生で重要な何かを逃すなと思って、昨年の春からサポートを始め、1st Mixtapeの「angel」をリリースするタイミングで会社を辞めてCANTEENを設立しました。

tomad:「ポコラジ」を続けたことは遠山さんにとってかなり重要だったと思います。遠山さんの憤りがゲストたちによって徐々に言語化されてやるべき事のフォーカスが定まっていき、それがCANTEEN設立につながった部分があるので。

遠山:「ポコラジ」をやっていた場所も自分たちにとってすごく重要でした。大学院を卒業して帰国したタイミングでRhetoricaの基地という意味で「レトベース」を外苑前に2年、そのあとにもう少し開かれたスタジオとして「リアルハウス」を駒場東大前に2年借りていました。「ポコラヂ」がソフトの部分で自分の問題意識を言語化してくれたとすれば、「レトベース」や「リアルハウス」はハードの部分でそれを支えてくれました。例えばフリーランスだとカフェとかでミーティングするわけですけど、カフェでは自分たちがいた痕跡、記憶の「跡」が残らない。だけど自分の家に人を呼んでミーティングすると、相手がいた「跡」は残るし、来た人も相手の陣地に入ったような感じがある。それってすごく大事な感覚だと思っています。ロンドンに留学していた頃に、Simon Whybrayという友人のデザイナーがイベントを企画する度に自宅にゲストを招いて、お手製のクソまずいパスタを振る舞っていたんですけど、それをやるやらないでゲストのイベントに対する姿勢が全く違くて。みんなで食卓を囲ってパスタを食べるということをイベントの前に挟むことで、一気になにかを一緒につくり上げる意識が生まれる瞬間を見てきました。それ以降、何かを制作する時のコミットメントと、その意識を共有する条件としてフィジカルな場所が必要であると考えるようになり、常に自分の場所を持つようにしています。

RhetoBase (2015–2017)
REALHOUSE (2017–2019)

川崎:CANTEENの名前の由来など、場所や空間への思い入れが強いように思えます。

遠山:大学の食堂が好きなんですよね。飯を食いに来た人がいて、作業してる人もいて、だべってるだけの人もいるわけですけど、暇な時間に「じゃあ、行くか」となれる場所があるのが大事だと思います。自分の会社やオフィスがそういう場所になったらいいなという思いを込めて、「食堂」を意味するCANTEENという名前をつけました。いまのオフィスはマンションの2つの部屋が一緒になっている変わった物件で、隣をMall Boyzのスタジオとして使用しています。CANTEENのオフィスで打ち合わせしているとMall Boyzのメンバーがこっちに来てソファーでお菓子を食べ始めたりする変なオフィスなんですよ。でもその生活と制作が物理的に隣り合わせになっている状態が、自分たちのノリを作る上で大事だと思っています。

tomad:いまの場所は制作と生活の絶妙なバランスが成り立っていて、まさにCANTEENのテンション、大学の食堂のような特定の目的を持って集まるわけではないけれど、友達の友達のようなほど良い距離感の人と接しやすい空間になっていると思いますね。

CANTEENのオフィス

踏みはずしてみて生まれる自らの価値観

会場:「貧しい」や「面白い」など、自分の中の基準や価値観みたいなものが確立されている印象を受けました。その自分の中の価値観みたいなものはどのように醸成されたのですか?

遠山:RhetoricaもCANTEENもMall Boyzそうですが、自分が「価値がある」と思っていることに正直でいることが、今の自分に自信を与えてくれていると思います。自分のこれまでの短い人生を振り返ると、社会的に「良い」とか「普通」と言われてることから勇気を出して違う方向に進むと、そこには必ず自分を勇気付けてくれる人が現れて、自分の価値を信じさせてくれた経験があります。自分が勇気を出すと必ず誰かが助けてくれる。そしてそれを繰り返していくと、なんとなく自分のセンスや判断を信じる力が備わっていくという過程をひたすら繰り返すのがこれまでだった気がします。人生意外と時間はあるので、ちょっとでも感覚的に「?」と気になったことがあれば、その方向に走り出さなくとも、とりあえず一歩くらいなら踏みはずしてみるのが大事かなと振り返って思いました。生活の中の些細な判断からでも自分の人生を自分の手に取り戻すことはできると思うので、いきなり有給とって旅行行ってみるとか、仕事放って定時に帰って友達と遊んでみるとか、そういう自分の感覚とか幸せに正直でいると、自然といい感じになる気がします。

これまでの回でも度々話題に上がってきたクリエイティブと経済の関係について発展した議論が展開された第5回。ほかにも、個別具体的にメソッドを変化させるというメタメソッドについてはSAMPOの塩浦氏、MAJの近藤氏の議論と、スケールするタイミングについてはPlacyの鈴木氏の「マス化」にまつわる議論とそれぞれ連動するポイントもあり、「NEW INDEPENDENTS」の議論がブラッシュアップされていく印象を受けた。最終回となる第6回では、これまでの議論で引き継いできた論点がさらに整理されることを期待したい。

(テキスト=秋吉成紀、編集=岡田弘太郎)

KOCAは、あらゆるクリエイションの実験をサポートするコワーキングであり、工房であり、インキュベーションスペースです。京急線高架下に2019年4月に新しく誕生しました。都内で最も町工場の多い大田区で、新しい出会いやコラボレーションから魅力的なサービス、プロダクト、プロジェクトが創出されるプラットフォーム/コミュニティを目指しています。株式会社@カマタが運営。

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秋吉成紀
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「ファッション」嫌い/フリーランスライター/RTF/元『WWDジャパン』アルバイト/94年生まれ/ハバネロ胡椒/ドーゾ/