「ニュートラル」な制作と「ニュートラル」な運営──「コ本や」青柳菜摘氏と考える、“定義付けられない”活動とそのための態度

秋吉成紀
NEW INDEPENDENTS
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14 min readAug 22, 2020
青柳菜摘氏(「コ本や honkbooks」主宰)

これまで議論されてきた「制作と運営の一致」について真っ向から意見が対立したのは、今回がはじめてだった。「コ本や honkbooks」を主宰する青柳菜摘氏が話す「ニュートラル」という作家性について、川崎和也氏との激しい議論が展開された最終回。改めて、一個人による「制作」と「運営」の問題について考えてみてほしい。

社会システムのなかで新しい作家像の確立と、自らの主体性を獲得しうる理論の構築を目指すKOCA連続レクチャーシリーズ「NEW INDEPENDENTS」。

OTON GLASS代表/アーティストの島影圭佑、Synflux主宰のスペキュラティヴ・ファッションデザイナー川崎和也が共同キュレーターを務め、編集者の岡田弘太郎がイベントシリーズの発信を務める本イベントでは、2020年代を生きのびるための新たなる態度〈アティテュード〉とは何かを様々な分野の実践者とともに議論していく。

第5回のレポートはこちら

最終回となる第6回は「アートプロジェクトやメディアを自律して運営するために───コ本やと『コレクティヴ』を考える」と題して、コ本やの青柳菜摘(だつお)氏をゲストに招いた。

コ本やはアーティストの青柳氏、ブック・ディレクターの清水玄氏、メディア・ディレクターの和田信太郎氏の3人が主宰するプラクティショナー・コレクティヴ。メンバーの3人全員がアーティストとして活動しているわけでなく、古書の売買や展覧会のインストール、アートプロジェクトのディレクションなど、メンバーの専門知を活用しながら、活動拠点であるフラッグシップショップ「コ本や honkbooks」の運営と併設するオープン・スペース「theca(テカ)」での展覧会や企画を行っている。

コ本やは青柳氏曰く、「アーティスト・ラン・スペース、コマーシャルギャラリー、行政や企業が運営するアートスペース、インディペンデントキュレーターが企画も行なうオルタナティブスペース……そのどれにも該当せず、『じゃあ何なんだ?』というのを考え続けて、開拓しているスペース」。

コ本やの設立は、青柳氏が地元の王子駅周辺に文化的な土壌があまりないことに問題意識をもったことがきっかけ。当初は各地で行われる国際的な映像祭にインスピレーションを受けたイベント「東十条映像祭」の開催を計画していたが、紆余曲折があり現在の古書店という形態に落ち着いた。新しい芸術的実践のプラットフォームになるような場所づくり、未開拓な王子に着目し、文化のハブになることを考えはじめたという。

2019年11月に池袋に店舗を移転。以前の店舗よりも広いオープン・スペースを設けており、さまざなイベントや展覧会などの企画を展開している。商品もアーティストから直接仕入れたZINEやグッズなどが全体の1〜2割を占めるようになった。

コ本やでは、店舗の運営と共に大規模eコマースを利用した古書の売買、大学から発注された本の納品を行いながら、アートプロジェクトや展覧会の企画運営、映像制作及び書籍の出版など経済活動を回しつつ、スタートアップで資金のない活動も実験的に始められるるようにしていると話した。
コ本やの解説ののち、島影、川崎、岡田の3人を交えたトークセッションが行われた。これまでの議論で重視されてきた「制作と運営の一致」に対する否定から始まった同セッション。青柳氏の制作と運営に対する考え方や、アーティストの作家性にまで発展した議論の様子をレポートする。

「制作と運営は全く関係していません」

島影:青柳さんは「だつお」という名前でも活動されていますが、意図的に役割を明確化させている印象を受けました。どのように名前を切り替えているのですか?

青柳:青柳菜摘としては基本的に個人で映像作品を発表しています。だつおとしては、いろんなコレクティブに混ざって制作してみたり、企画展に参加したりと、他の人たちとの間の様々な関係を保ちながら活動してきました。

島影:コ本やのなかではどのような役割で活動されているのですか?

青柳:コ本やでは主に企画立案と、実現のための細かいやりとりや広報、お金の処理、法人化したことで発生する作業などの雑多な仕事を一通りやっている感じです。なので私にとって作品制作と運営は全く関係していません。

島影:「全く関係していません」と断言されましたが、その意図をもう少し詳しく聞きたいです。

青柳:みんな関係するものなんですかね? コ本やをやる前に、展覧会をいくつか企画していたんですが、そのときに、企画側の強い意志が作用して、見に来た人がその考え方に誘導されるように作品を見る状況をつくりたくなかったんです。でも、どうしても意図は入ってしまう。展覧会というのはそうやってつくっていくものだとは思うのですが、もし展覧会が開ける場所をつくるなら、もう少しニュートラルに作品を見られる場所であればいい、と考えました。こういうスペースがあればいいなと考えて場所をつくることと、作品制作は、全く違う。方法論は活動する上で重なっている部分もあるけれど、目的となってるところが違う。だから、全く違うと断言できます。

(写真左から)島影圭佑(アーティスト|OTON GLASS/FabBiotope主宰)、川崎和也(スペキュラティヴ・ファッションデザイナー/Synflux主宰)

島影:コ本やを運営する中で、あればいいなという場所をつくっているだつおさんの役割はどういうものだと捉えていますか?

青柳:例えば、清水は古書の売買やセレクトをしていたり、展覧会のインストールができたりと、個人のもっている方法や知識、技術をここで使っている。自分も作家として作品をつくる心づもりではなく、これまで参加してきた展覧会でみてきてことや、作品制作をしている中で得た映像制作の技術とか、こういう考え方でコンセプトをつくれるなど、創作というより技能的な部分を駆使しています。

定義付けられたものは自分たちがやらなくてもいい

島影:話せば話すほど、だつおさんの中で言葉の定義が厳格に定まっているように感じます。コ本やの活動は「これではないこれです。」とまだ言語化されていない領域に進み続けている印象を受けるのですが、なぜその定義がされえない領域を対象として活動し続けられるのですか?

青柳:この活動自体にはっきりと同定できる単語がなくて、プラクティショナー・コレクティブという肩書き自体も以前はメディア・コレクティヴであったりと、変化しています。すでに定義付けられていること──プロジェクト、スペース、コレクティブなどは’これまでの各所での動向から、どういうものかはわかる。わかるならば別に自分たちがやらなくてもいいんじゃない?と思うんです。既存のものを知った上で次に何を生み出せるのか。3人で常に意見を合致させるのではなく、それぞれがいろんなリサーチを欠かさず常にそのことを考えて実践しています。3人が全然違うことを考えているから、今までにないかたちになっているのかもしれません。

「ニュートラル」という作家性

川崎:青柳さんはコ本やのことを「ニュートラル」と形容していましたが、僕はそれに凄いひっかかりを覚えています。空間のしつらえや本のセレクション、本棚の設計やさまざまな意匠、あるいはそこで行われる青柳さんがマネジメントした企画・プロジェクト……全くニュートラルじゃないと思います。無印のことを「シンプル」と言っているようなもので、むしろ強烈に作家性が溢れていると思うんですね。コ本やの空間やプロジェクトは青柳さんの選んだものの集合体なので、青柳さんの作家性がにじみ出ていると思ったんです。なぜ「ニュートラル」と仰ったのかについて、改めてご意見を伺いたいです。

青柳:まず作家性という話が出たので、制作の話をすると、わたしは自分の作品ではすべてを平等に、中立的に扱うという意味で「ニュートラル」につくっていると思っています。わたしがつくった作品「孵化日記」は当初ドキュメンタリーの体裁で撮っていたのですが、制作の上でメタドキュメンタリーと新しく定義づけました。自分が撮影した映像に、その時のことを日記としてナレーションする。それからまた同じ場所に赴き自分の姿を撮影して再び作品にする。これは「ニュートラル」な仕事だと自分では思っています。作品を発表する場所として「ニュートラル」なスペースってなんだろうと考えると、ホワイトキューブで、入り口がスケルトンになっていて入り易くて、監視員の人もあんまり目立たなくて、というところなのか。壁が灰色で暗幕で仕切られていて、真っ暗になってて、椅子がぽんぽんと置いてあるだけの状態を言うのか。何もない空間が果たして中立的であるのか。では逆に、本をたくさん置いてある状態はどうだろうと考えました。本がたくさんある中に入ることで、ノイズとなって、本について考えてしまう、本を眺めてから本がないスペースに入って作品を見たり、書架の間に作品があるということが「ニュートラル」と考えたいのです。

川崎:いま返答いただいて、僕は「メタ」と言うポジションを作家としても運営者としても保ちたいという、ある種の強烈な意図を受け取りました。ニュートラルではないと思ってしまいます。ファッションの領域で話すと2000年代初頭に現れたデザイナー、マルタン・マルジェラは、洋服をつくってランウェイでショーをやる既存のファッションシステムをある種をおちょくった洋服をつくることを実践したんですよ。つまり、作家性を自分で消去することを意図した作家として振る舞うという作家像を築きました。皆さんがご存知のように、今ではマルジェラはスターです。メタポジションという作家像を使ってスターになったわけです。彼が意図していないにしろメタという作家性を押し出さない作家性は、ファッションにおいて2000年代くらいから確立してる話なんですね。それに近いものを感じました。

青柳:そんな感じで「ニュートラル」にやってます。

コ本やがもつ公共性

岡田:王子のお店は文化的なインフラをつくるのが意図として存在し、そこに公共性が生まれていた思います。当初期待してた王子における機能として、どのような成果がありましたか?

青柳:ずっと近所には住んでいましたが、今まで見えていなかったことが徐々に見えてきました。たとえば、王子を盛り上げたい!と意気込む喫茶店のオーナーと知り合ったり、劇場が点在していて、劇団が借りられる廃校となった校舎の施設を知ったり。王子を盛り上げて行くという目的ではないけれど、街の人たちと良い関係を保ちつつ、自分たちが実践していくべきことをやっていくのがいいんじゃないかと考えています。池袋に来てからも、もちろん街の人たちとの関係を続いていて、今は池袋エリアの人たちとも知り合ってきたりと、関係性が広がってきています。

岡田:移転前後でこの場所が担っている公共性に対する考え方に変化はありましたか?

青柳:前のお店は一階のガラス張りだったのでふらっと寄ってくる近所の方が外に置いてある100円の本を買っていくことが多かったのですが、今のお店はアクセスしずらいためふらっと入る人はほとんどいません。このアクセスのしづらさはわりと不本意ではあるのですが、池袋という立地から、ネットの「公共空間」で知った人がふらっと来てくれるようにはなりました。街の人だけではない公共性ができているのかなと思っています。

島影:コ本やは一つの思想によって閉じて固まっている感じではなく、新しい公共や新しい透明性のようなものが実現しているように思えます。それは、だつおさん自身の姿勢が透明だからこそできてると今日聞いていて感じました。

「ニュートラル」を維持するための運営

会場1:定義されえない活動を継続していくために、ある程度は市場とのつながりをもつ必要があると思うんです。マーケットに依存しようと思うと、それに受け入れられる定義の仕方が必要になると思います。コ本やという定義しえない、定義したくもない活動を続けていくために、どういった努力をされているのですか。

青柳:コ本やは本屋でもあるため、コマーシャルギャラリーのように作品を売って商売をしているわけではありません。スペースの運営費は本の流通で賄われています。展覧会やイベントを開催する時も、そこで得る収入だけでなるべくイベント自体や制作費を補えるよう、体制を整えてつつあります。そういうことを続けるために、助成金や企業の支援なしに活動できるように考えています。移転する際も事業規模拡大に関する資料をつくり銀行へ行って融資の面談をしたり、創業アシスタントと話をしながら地道に運営しています。

(写真左から)岡田弘太郎(編集者)、青柳菜摘氏

会場2:共同体でもあり古本屋でもあり、ギャラリーでもありながら、インディペンデントなキュレーターがいるオルタナティブスペースでもなくて、従来の古本屋でもないコ本やという場所では、なにが生まれていると思われているのですか?

青柳:何が生まれるだろう?と思ってます。ぜひ何が起こっているか見にきてください。

川崎:「ニュートラル」であることが重要なのではなく、「ニュートラル」であるために何をしてるんだということに自覚的になるべきというのが重要だと思っています。「ニュートラル」であるために青柳さんはちゃんと本の卸しなどをしている訳ですよね。そこでの収益を上げるためにご自身で言われている通り事務方の業務もしているわけです。会社的なものを運営するのは大変じゃないですか。メタ的な意図で運営されているスペースを持続させるのが一番難しいに決まってるんですよ。「ニュートラル」であることよりも、それを持続させるための裏側の努力こそが重要であると僕は感じています。

今回で全6回のトークセッションが終了した。各方面で活躍するプレイヤーを招いて模索してきた「2020年代を生きのびるための新たなる態度〈アティテュード〉」の輪郭が掴めたのではないだろうか。

(テキスト=秋吉成紀、編集=岡田弘太郎)

KOCAは、あらゆるクリエイションの実験をサポートするコワーキングであり、工房であり、インキュベーションスペースです。京急線高架下に2019年4月に新しく誕生しました。都内で最も町工場の多い大田区で、新しい出会いやコラボレーションから魅力的なサービス、プロダクト、プロジェクトが創出されるプラットフォーム/コミュニティを目指しています。株式会社@カマタが運営。

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秋吉成紀
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「ファッション」嫌い/フリーランスライター/RTF/元『WWDジャパン』アルバイト/94年生まれ/ハバネロ胡椒/ドーゾ/