愚直な行動が、いい会社をつくる

ただいま勉強中 VOL.17 PARADE 代表取締役社長/中川政七商店 代表取締役会長 中川 淳さん

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ファーメンステーションは今年の3月に、当社として2本目のインパクトレポートを発行しました。インパクトレポートとは、企業や団体による社会課題の解決に取り組み、そのための仕組みの構築やアクション、成果などを可視化するもの。ファーメンステーションでも、自分たちが掲げる理想の会社や社会のあり方に対して実際に何ができたのかや、目標に対して、いま会社がどのあたりにいるのかを、定点観測的に記録し、みなさまに公開にしています。

今回は、シリーズ「ただいま勉強中」の特別版として、2023年度のレポートに掲載しているスペシャル対談を、ロングバージョンでお届けします。お話を伺ったのは、中川政七商店の代表取締役会長であり、「これからの時代のいい会社」を考え実践する企業の共同体・PARaDEを運営する中川淳さん。前回伺った、いい会社の条件の続編にはじまり、インパクトレポートの意義についても、伺っています。

聞き手:ファーメンステーション代表・PUKUPUKU POTAPOTA発起人 酒井里奈

酒井(以下、S) 中川さんのいい会社のあり方についてのお話しは、いつもとても興味深いです。改めて伺いますが、どんな会社がいい会社で、どんな会社がそうでないのかというのは、定義できるものなのでしょうか。

中川(以下、N) まず、社会一般でいい会社と言われている会社の話をしましょう。そのあり方は、時代によってもかわりますよね。ひと昔前は、売上を伸ばして利益を最大化するというのが、いい会社の一番大切な条件だったと思います。そもそも、株式会社という仕組みはそのような思想の上で生まれたものですしね。

S:事業性をいかに最大化するか、ということですよね。

N:そう。でもその認識が、ここ10から20年の間に大きく変わりました。環境や人権など、社会全体のあり方へ配慮するということが、ビジネスの前提になりつつあります。「いい会社」の例として多くの人が挙げるパタゴニアなどは、その先駆者と言えると思います。

S:ビジネスで環境問題を解決するという考え方は、ファーメンステーションが目指している事業性と社会性の両立と通ずるものがあると思っています。

N:そうですね。それから特定の社会課題の解決を目指す「ソーシャルビジネス」と呼ばれるような事業も一般的になりつつあります。きちんと利益をだしながら社会によいインパクトをもたらすというのがいい会社の要件として認識されるようになっている。この流れに僕は、基本的に賛成です。

S:「基本的に」ということは、何か引っかかることもあるということでしょうか?

N: 引っかかる、というほどではないかもしれないですが、いい会社とは何かということをテーマとして掲げていながら、僕にとって、いわゆる“ソーシャルビジネス”は少し遠い存在だったんです。

S:そうなんですか?

N:“あなたの会社のCO2の排出量は?”と詰め寄られるのではないか、とか。そうしたらきっと僕はしゅんとしてしまうんだろうな、などというイメージがあって(笑)それが、ファーメンステーションという会社や酒井さんとの出会いの中で、少しづつ変わってきました。

S:私自身が、自分の事業がソーシャルビジネスだと思っていないからでしょうか。社会性というのはどんな事業でも持っていることなのではないか、と思うんですよね。

N:賛成です。ビジネスというのは利益が出る過程で、かならず世の中の役に立っているはず。金儲けオンリーで立ち上がる会社なんてないはずだというのが、僕の基本的な考え方です。その意味では、そもそもソーシャルビジネスという呼び方が二重表現なのかもしれません。

いろいろな“善”があったほうがいい

S:程度の差はあれど、社会課題と向き合っている企業はたくさんありますよね。そのような会社と中川さんがおっしゃるいい会社というのは何が違うんでしょう。

N:一つには、何を“善”とするかという領域の問題があります。人権や地球環境への配慮など、多くの人が社会課題としての共通認識をもっているトピックがありますよね。これらを僕は、社会共通善と呼んでいます。向き合い方の程度の違いはありますが、ソーシャルビジネスと呼ばれる企業が向きあっている課題は、おおよそこれに当てはまると思っています。

S:SDGsの17項目のようなイメージでしょうか。

N:そうですね。ファーメンステーションは、未利用資源の活用や循環型の社会を実現する会社ですから、社会共通善を目指しているといえると思います。さきほど例にあげたパタゴニアも、まさにドンピシャです。

S:そういう会社が増えてきているということですよね。

N:そう。先ほども言いましたが、そのこと自体は歓迎すべきことだと思います。その一方で、“良いこと”というのは他にもあるのではないかとも思うのです。つまり、SDGsの項目にはないけれども、社会を豊かにする物事や事業があるのではないか、と。

S:さきほどの引っ掛かりの理由はこの辺りにもあるのでしょうか。

N:まさにそう。例えば、中川政七商店では2007年に“日本の工芸を元気にする!”というビジョンを掲げ、その達成ために愚直にアクションを起こしてきたという自負があります。でも、私たちが掲げていることって、社会共通善としては認識されないんですよね。少し抽象化して“地域性の保全”と定義したとしても、SDGsの項目には当てはまらない。つまり世間一般的な、いい会社の定義には当てはまりづらいんです。

S:なるほど。

N:そこで考えたのが、社会共通善とは別の種類の“善”もあるのではないか、ということ。100人いれば全員が支持するような社会共通認識としての“善”ではないけれども、追い求めることで確かに社会が良くなることがある。僕はこれを“個別善”と呼んでいて、いい会社の条件のひとつだと思っているんです。そして“日本の工芸を元気にする!”というのも、僕の考え方でいうと個別善です。

S:“善”にも、もっと多様性があって良いのではないか、ということですね。

N:もちろん、社会の共通認識としての善悪というのは、時代や地域によって違います。例えば明らかな女性差別や身体的障害を持った人への差別だって、時代が違えば容認されていましたよね。同じ時代に、特定の社会における多くの人が何を“善”と判断するのか。そこから外れるものをどう捉えるのか。いい会社について考える時には、その両方を考えた方が良いのではないかと思っています。

愚直な行動こそが大切

S:こうして“いいこと”の範囲をひろげると、あらゆる企業がいい会社として説明できてしまうような気もします。

N:何をもって善とするかには、絶対的な基準はありませんし、先ほど言ったように、時代や文化によっても変わります。ただ、いい会社かどうかには、その領域とは別にもうひとつ軸があると考えています。それが、掲げた“善”に対してどの程度、実際の行動を起こしているか。言い換えると、ビジョンに対する愚直さです。

S:すごくいい言葉ですね。ただ、社会の認識が変化しているとはいえ、“善”の部分で企業が評価されるのはなかなか大変だというのが私の肌感覚です。社会共通善的“ど真ん中”の領域を対象にしている私たちですら、そう感じます。

N:社会共通善は問題意識が理解されやすいですから、掲げる企業が多い。でも現実には掲げているだけで実態が伴っていない事業、つまり“SDGsウォッシュ”も多いわけです。

S:だからこそ、本質的なことをやっているかどうかの見極めが難しいのではないかと感じることも多いです。

N:その通りで、理解されやすいからこその難しさがあると思います。他方の個別善のほうは、ビジョンを実現するための手段や道筋を、ゼロから考えなければいけないというハードルがあります。たとえば、環境問題という社会共通善であれば、CO2削減が効果的だという手段が示されている状態。あとは事業を通じて実現すればいいわけです。でも、個別善にはそのロードマップが用意されていませんから、自分達で考え出さないといけない。

S:指標を立てるところから始める必要がある、と。

N:はい。僕は、“ビジョンからはじまる競争戦略が必要だ”と、口を酸っぱくして言っているのですが、ひとつの会社が掲げられるインパクトって、究極的には一つなのではないかと思っています。ビジョンやインパクトの実現に向けて、ロードマップを描いていくのが、経営者の役割なのではないでしょうか。

S:ファーメンステーションの事業はマルチなインパクトを出すことができるのが強みだと思っているのですが、確かにビジョンと直結させると、謳えることは絞られてくるのかもしれません。

N:もちろん実際には、ひとつの企業が社会に与えられる社会共通善的なインパクトは、事業と直結していないことを含めてたくさんあると思います。それらの多くは、今の時代にビジネスを行ううえでの“礼儀作法”のようなもの。絶対に取り組んだ方がよいけれども、逆にいえば、程度に差はあれど“やっていて当たり前”と認識されている部分もあると思います。

S:なるほど。インパクトレポートを書くにあたっても、どこまでが当社が対外的に打ち出すべきインパクトの範囲なのか、ということはかなり議論しました。

N:会社の強みや、実現したい未来像を生かしたインパクトを出せるというのが、一番いいじゃないですか。植林したりゴミ拾いをしたりするのも良いことだと思いますが、誰もがみな同じことをする必要はないと思う。事業と直結しないことは、やはり長続きしづらいですしね。

S:前回の対談では、中川さんが掲げられているライフスタンスという考え方についてもお話しいただきました。表層的な“ライフスタイル”に対して、根っこにある価値観を指す概念として使われています。このあたりも、愚直さと通じるところがありますよね。

N:ライフスタンスというのは、長年の行動を通じてでしか伝わりません。愚直さというのは本質的に外から見えにくいんですよね。“これだけやっています!”と言葉にすることはできますが、言ってしまったらおしまい、と言う世界もあります。たとえば中川政七商店は、小売の会社ですが、楽しいお買い物の場であるお店でそんなことを掲げられたら気分が台無しです(笑)

S:私はすぐに言いたくなってしまうので、耳が痛いです。

インパクトレポートは絶好の“土俵”

N:その意味では、インパクトレポートというのは“いいことしていますよ!”と堂々といえる場所。その土俵が与えられるというのは、とてもいい仕組みですよね。

S:まさに! 普段なかなか伝えづらいことを堂々と主張できるので嬉しくなってしまいます。

N:このような枠がないと、“おいおい、突然何を言い出した”となってしまいますからね(笑) B Corpのような認証制度も同様だと思います。あれこそ、長年の行動でしか評価してくれませんよね。

S:そうですよね。B Corpは中川政七商店さんも申請されたそうですね。

N:はい。まさに今、審査を受けているところです。僕たちは、個別善に対しては愚直に行動してきた自負があるのですが、環境問題をはじめとする社会共通善に対しては、まだ足りていないという自覚があります。そういった部分と向き合うのにとてもいい認証だと思います。

S:ファーメンステーションも、来年が更新のタイミングで準備をはじめています。実は初回のスコアがあまりよくなかったので、次は上げていきたいと思っています。

N:インパクトレポートにも同様に言えることですが、進捗が目に見えるというのが大切だと思います。大きな目標ほど、前に進んでいる実感がもちにくい。そうすると、だんだん辛くなってきてしまいますからね。

S:いい会社についてみんなで考え続けながら、一緒に仲間を増やしていきましょう!

中川 淳

PARADE株式会社 代表取締役社長。株式会社中川政七商店 代表取締役会長。1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業や教育事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や、「これからの時代のいい会社」を考え実践する企業の共同体「PARaDE」を発足。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス®」と提唱し、新しい経済の形を生み出している。

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