ベイエリアに進出する日本企業 (2) -startupの行動原理編-

Daisuke Minamide(南出 大介)
The Sun Also Rises
Published in
11 min readNov 24, 2015

前回はベイエリアに進出している日本企業が増え、進出社数が過去最高を記録した話しや進出している企業層が過去のブームと比較し変化している事、そして進出数増大の背景にあるベイエリアの好調な経済、それを支えるstartupのマクロの概況について話しをした。今回はstartupの行動原理や取り巻く環境、日本企業に対する認識などについて書いていきたい。

ゾウの時間、ネズミの時間

かなり昔に読んだ本で内容はうろ覚えだが、生物は体重によって時間(の感覚、スピード感)が異なるという内容があったのだけ覚えている。調べてみると、時間は体重の1/4乗に比例すると紹介されているようだ。心臓がうつ間隔、息をする間隔、血液が体内を一巡する時間も同じ公式が当てはまる。身体が小さくなればなるほど自分の周りの相対的な時間がゆっくりに感じ(自分が早く動ける)、大きくなればその逆となる。サイズによって時間的生息域が異なるというアナロジーはstartupと大企業にも適用できると思う。

人間を1としたときの各動物の時間の流れ方(source: DailyMail.co.uk)

ネズミであるstartupはとにかく行動が早い。絶えず動き回っている。0から1を産み出す為にscrap & buildで考えられるあらゆる事を行動に移す。planやstrategyはあっても行動しながら随時調整・変更するし、時にはプロダクトやサービスそのものを大きくpivotする事もある。大きなdecision makeも即決に近い。こうした中からlean startupやagile開発が産み出されたのも頷ける。アドレナリン出っぱなしで、24/7で働き続ける彼らは同じ24時間でも時間の長さ(の感覚)が異なるのである。ここでの話しも含め、startupとの違いを認識せずにうまくつき合う事は不可能だろう。

日本企業の常識はstartupの非常識

こちらにいると私もたまにお願いされるし、特にネットワークを広く深くお持ちの方は、Mark Zackerburgに会わせろとまではいわないものの超有名なStartupの社長に会いたいとか、著名VCのパートナーに話しを聞きたいという日本企業の(偉い)方からの要望を受ける事がある。よくあるのが「ご挨拶したい」、「表敬訪問で」、「勉強させてもらいたい」という理由。日本ではごく普通に行われており、日本企業同士では違和感なく受入れられている。通常は、裏側には相談事があったり、あるプランについて議論したいという本当の目的があるが、こちらに来るときは文字通りの意味になってしまっている事の方が多いように感じる。恐らく、出張でアメリカに来る事になったが、本来の出張目的だけではスケジュール的に「余裕」ができてしまうので、その穴埋め的にstartupに会って時間を「有効活用」したいと言う事なのだろうと邪推する。

これ、お願いされる側は結構困る。相談相手が偉い人、decision makeできるポジションにいると”思われる”タイトルをお持ちの方(CxOとかVP、Board of Directorなど)からのお願いは特に困る。理由は簡単で、startupにとって目の前のプロダクトやサービスに費やすべき時間を差しおいても、それ以上の価値があると思うからだ。その面会においてstartupにとって有益な取引やパートナーシップ、投資などに直結するものと期待しているからである。

ところがいざ蓋を開けてみると、本当にただ挨拶にきただけだったり、その会社の情報をただもらって帰るだけであったりと、startup側のROIはゼロ、give & takeが成り立たないことが多々起こる。しかもこちらの感覚的には、相手のタイトルのレベル/ランクが高いので決断をその場でしてもらえるだろうと期待して臨むが、打合せの場でstartup側から何らかの提案をしても「持ち帰って検討させる」という答えにがっかりするのである。

日本ではきちんと裏側に意図を持って「表敬訪問」や「ご挨拶」をするのに、何故こちらでも同じようにちゃんと目的を持ってできないのか、というだけの話しである。なので私の場合は、上記のようなお願いをされた場合、きちんと面会の目的を聞くようにするのだが、そうすると大抵社内で確認して後日連絡しますといってそのまま無しの礫となるケースがままある(多分面倒なやつだと思われていると思うが)。

タイトルに紐づく権限(or タイトルに紐づかない権限)

startupではタイトルに対し権限委譲がきちんとなされている。へたをしたら末端の1エンジニアであっても、大企業では考えられない権限が与えられている。以前EtsyのCTOの話しを聞いた際、同社のエンジニアが新しい機能やプロダクトを開発した際、そのテストを商用のユーザーの1%に対しては自分の判断でdeployできるというもの。そうやって実際にユーザーの反応を見ながら、成果が上がるようであれば更に多くのユーザーに対して利用可能となるような仕組みになっている。当然DirectorやVPとタイトルのランクが上がれば、それ相応の権限が与えられるのである。

一方で日本では、数百億、数千億円の売上を上げる事業を担当する事業部長クラスであっても数千万円の広宣費でも広報部長と合議で決定する必要があったり、数兆円の売上を上げる企業の社長であっても取締役会での承認を経ないと数億円程度の支出を伴うビジネス協業/パートナーシップの決裁ができなかったりとタイトルに付随する権限が異常に小さかったり、決裁権者が細分化されていて単独で判断できない場合が多い。

そんな状況であり、きちんと目的をもって議論をすることは前述の事例からも明らかで大前提とはなるのだが、オーナー企業のオーナー社長が対峙しない限り、どんなレベルの方が出たとしてもstartup側から出てくる人間がVPクラスやdirectorクラスであったとしても、startup側が満足の行く打合せにはならない可能性ある。

会社のポリシー設計の違いや、そもそも社会構造の違い、思想の違いなどバックグラウンドでの違いがあるのは当たり前の事だが、現実問題としてその違いを事前に認識しておく事で、過剰な期待や余計な問題を引き起こす原因を排除でき、むしろ前向きな議論ができるようになるはずである。最近ではこちらのstartupも日本企業とのやり取りを経験したことのある人が増えており、日本企業側のメンタリティーや行動様式を理解している会社も増えつつも、大半のstartupは知らない事の方が多いので、日本企業がアプローチする場合は、startup側の考えを理解しておいた方が懸命だろう。

日本企業は「遅い」という共通認識

日本企業を知る人が増えたという事は、様々な企業がこちらのstartupと何らかの付合いを持ったという事で良い傾向であるとは思うが、残念ながら一様に日本企業のスピードは遅いという共通認識を持っている。もちろんアメリカの大企業もスピードは遅い。B2B向けSaaSを提供しているポートフォリオの1社から、とある米国の大手企業との事業進捗を聞くと、PoCの社内承認を取るのに半年かかったり、共同マーケティングキャンペーンを実施するのに3ヶ月以上準備が必要だったりと、十分時間がかかっているのだが、日本企業はそれ以上に動きが緩慢だという印象をもたれている。

実際にこちらのスタンダードに比べ動きが遅い部分は確かにある。例えば私の本業である投資に関して、こちらのVCは通常案件が入ってきてから1ヶ月もかからず投資決定/送金まで完了するが、日本から又は現地のCVC子会社からに関わらず2〜3ヶ月かかるところはざらである(もちろんそうじゃないところもあるが)。特に最近は投資家側もアクセラレーターやMicroVCが台頭しpartnerが1–2人でやっているところが増え、投資期間も会ったその日にチェックを書くようなところが出てきており、投資実行までの期待日数が非常に短くなっている。

ウチはある程度の金額までは投資委員会に権限委譲されているので、最短だと1週間(7営業日)で送金処理まで完了させた事がある。この話しをするとどのstartupも大抵驚く。日本企業なのにそんなに早くできるのかと。他の会社が何故そこまで時間がかかるのか分からないが、恐らく投資委員会のメンバーが複数の役員/事業部長で構成されており、投資委員会の前に「事前」の内容説明の為のスケジュール取りで1ヶ月、本番のスケジュールで皆のアンドが取れるところが2ヶ月先だったりすることは普通に思い浮かぶ。

ビズデブにしても同様である。会議の為の会議が多数あり、関係しそうな部署に協力依頼したり、事業ドメインが少しでも重なりそうな部署に仁義を切ったり、バジェット承認のために財務部門に調整したり、と甲子園で優勝する為に何試合もこなさなければならない。冒頭に述べた通り根本的に生息時間域が違う事や、取り巻く環境自体のスピードが上がっている事(特に投資)が相まって、今までと変らない日本企業のスピードが相対的に遅く感じるのだと思う。日本企業は状況に併せた変化が必要な段階になっていると感じる。

シリコンバレーは小さな村

良くいわれる話しだが改めて認識しておくべき事実として、シリコンバレー/ベイエリアは小さな村だということ。村人はstartupであり投資家であり、弁護士や会計士など生態系を構成するメンバーである。日本にも各業界に業界村のようなものがあるが、こちらでは業界に限らず、シリコンバレー/ベイエリアでstartupに関わる人たちが業界横断的に構成メンバーとなっている。

村社会で気をつけなければならない事は日本のそれと同じであるが、やはりreputation riskはきちんと認識しておく必要がある。悪い噂であればある程あっという間に広がるので、常に立ち居振る舞いについては気をつけておくべきである。

ここ数年、韓国の某大手電気メーカーSの評判が極めて悪い。モバイルでNo.1メーカーになった会社だが、5、6年前からその兆候はあった。シェアNo.1を背景に高圧的な態度や取引条件を押し付けてきたり、いきなり契約内容の変更を申し出たりするので、付合いをやめたいと言うアプリベンダーは結構いた。(もちろん当時はできるはずもないのだが)。ここ最近では売上に陰りも見え、彼らとして焦りもあるのか、startupとの協業を前提としたinnovation programを開始しstartupとのパートナーシップに力を入れている。

ところが最近良く聞くのはS社はstartupのアイデアを盗んでいると言う話しである。打合せに何人も人がきて、根掘り葉掘り話しを聞くがその後音信不通になる。ある時、気がつくとS社のサービスとして、話しを聞いたstartupのサービスと全く同じようなものがローンチされたりするらしい。事の真偽は分からないが、startup界隈ではS社はそのようなタブーを犯している(NDAを結ばないベイエリアではアイデアの盗用は信義則に反する御法度)という話しが極めて短時間で広がった。

これ以外にも会社としては危機的な状況になかったにも関わらずVCが自己都合で強制的にportfolioに対して売却を迫った話しが広がったせいで、そのVCのbrand価値を毀損し、他のVCファンドと合併するはめになったなど、いろいろな話しが出てくる。特に最近はSNSが発展したおかげでどんな小さな内容であっても、ひとたびviral loopに入れば加速度的に情報が広がっていく世の中になったため、以前よりreputation riskに対し敏感にならざるを得ない状況になったと言える。

違いや状況を理解した上で

当たり前の話しであるが、企業が違えば考え方は異なるし、ましてや国が違えば文化も思想も異なるので、きちんと理解した上で正しく行動すべきである。特に今回は日本企業がネガティブに捉えられている部分に触れたが、ベースとして理解してもらえればと思う。

続く

--

--

Daisuke Minamide(南出 大介)
The Sun Also Rises

a Venture Capitalist based in the Bay Area. ex Marketer, BD, and Engineer. Love gadgets and technologies.