ベイエリアに進出する日本企業 (3)-大企業の行動原理編-

Daisuke Minamide(南出 大介)
The Sun Also Rises
Published in
9 min readFeb 2, 2017

前回からあっという間に一年近くも経ってしまったのは自分でも驚いているが、これからも続きを書こうと思う。ドラフトは実は半年前に書いてあったので若干今とずれているところもあるかもしれないが、今の状況に合わせて読み替えてもらえれば。

さて前回まではstartupの行動原理を含め、ベイエリア・シリコンバレーの概況的な話しをしてきたが、今回からは具体的に日本企業が陥りがちなpitfallについて書いていければ。日経ビジネスオンラインでもスタンフォードにいる日本人の先生が同じようなテーマで書かれているが、政策提言的なスタンスなので、ここでの内容は異なると思う。具体的に過去の自分の経験を含め「失敗例」を上げていくことで、進出に向けた実務レベルの教科書的な情報になればと思う。

猫も杓子もシリコンバレー

今回のブームに限らず、2007年”リーマンショック”(因にこちらでは一般的に”financial crisis of 2007–2008”と呼ぶ。”リーマンショック”は日本でしか通用しない)までの長期の景気拡大時期や1990年代後半のドットコムバブル時もそうだったと思うが、今回で3度目の盛り上がりを見せるベイエリアに、どっと押し寄せる日本企業の参入に関する意思決定の仕方に問題がある場合が多い。今回は前2回のブーム時と若干状況が変わり、日本国内のマーケットそのものが縮退する事がより明確に見えてきたり、中国企業などの台頭により日本企業が持つアドバンテージや技術優位性が陳腐化してきている中で、業績的に好調で資本体力があるうちに次のビジネスの芽を探したいという背景があるにせよ、恐らく同じ過ちを繰り返す企業が中にはあると見ている。

手段と目的が入れ替わる日常茶飯事

連日紙面に取り上げられたり、政府主導でのシリコンバレーに関するプログラムが発足したりシリコンバレーネタを見聞きしない日がなくなってくると、今まで興味すら持っていなかった役員レベル、とりわけ社長とかが俄にシリコンバレー熱を患う。そして突発的に自社も人を送れとか拠点を作れというオーダーが飛んできたりする。もうこの時点でシリコンバレーに行く事が「目的」となってしまうのだが、まじめで優秀な部下達はその「目的」を果たす為のロジック・ストーリーを実に見事に作ってしまう。

特に最近は、新規事業開発に特化した専門部署や、既存のビジネスユニットとは別にビジネスデベロップメント(ビジデブ)部隊が新設され、この手の話しを受ける事が多くより事態をややこしくさせることになる。なぜならこの部署のraison d’etreが新規事業のネタや既存ビジネスへの付加価値のネタを「探す」だけにとどまるからだ。幸運にも新規事業ネタが見つかったとしても、この部署だけでを実行・完結できる権限もリソースが与えられていない。また既存ビジネスネタとなると、プロジェクトを進める為には「必ず」他のビジネスユニットや開発部隊との共同作業となる。そしていずれのケースも実行となると役員会含めた社内会議などでの合議が必要になるからだ。

シリコンバレーは手段でしかない。実現すべきは新規ビジネスの立ち上げであり、既存ビジネスの拡大がゴールなのだ。それらを実現する為にstartupと協業する事、とりわけ年間1万社以上もの新しいアイデアを持ったstartupが生まれてくるシリコンバレーが、”たまたま”ピタリとはまる相手を探すに世界で最も適した場所だった、という結果論になるべきである(ひょっとしたら業界によってはシリコンバレーがその場所ですらない可能性もある)。

そこから考えれば、誰が、どんな権限を持って、どのようなstartupと会って話しをすべきかというのが明確になるはずである。にも関わらず現実は異なる。こうして手段が目的化したまま人が送られる事になる。

構造的に疲弊する駐在員

大抵駐在員として送られてくる人員は、優秀で実績もあり社内にも顔が広く、やる気に溢れた人が多い。にも関わらずこちらに来ると今まで以上に社内の調整に苦労し日に日に疲弊していく。出先機関として来たはいいが、現実には部署としては本社組織とは分断されており、自分たちで新規アイデアや協業を実行できる権限もバジェットもリソースもない。生い立ちを考えると、行く事が目的なので最短で組織を作って活動を開始する為にはそうなってしまうのかもしれない。そうやって、手枷・足枷をはめられた活動を強いられる事になる。そうなると大過なく過ごし、日本への帰任を待つという状況になってしまうのも無理もない話かもしれない。

20:80の法則

前職時代、自分の仕事は季節労働的な面もあって、たまたまディールが立て込んで連日日付が変わってから帰宅する時があったが、前を通ると必ず煌々と電気が付いている日本の会社があった。たまたま後輩がそこの会社にいたので、「いつも夜遅くまで電気ついてるね」と会った時に聞くと「本社に合わせて電話会議が入っていて、ほぼ定常的に午前様になっている」との答えに唖然としたことがある。

自分の経験も含め色々な会社のビズデブ担当の方に聞いた感じだと、だいたい”20:80の法則”が成り立つ。20%が現地向け、80%が本社向けに時間を割かれるという具合。Startup側は判断できる人間が対応するので、アイデアを議論しやるべきことを明確にするのにさほど時間がかからない。一方そのプランを実行するにあたり本社向けに、資料を山ほど作り、説明の時間をとり、社内調整を行うのに大変な労力を必要とする。何故ならカウンターパートとなる部署が自部署に不利益の無いよう目を皿のようにして内容をチェックしているからだ。また、費用面でもプロジェクトにかかる費用が会社全体の売り上げからすると端数の端数のような支出であろうと、社内規定に則ってきっちり吟味される。

Open Innovation v.s. カニバリズム

会社の規模が大きければ大きい程、open innovation v.s. カニバリズムの構図が大きくなる。社員数が増えれば増える程、仕事が細分化され大抵の事は社内でも検討されていたり、プランに入っていたりする。そして日本企業には「自前主義」、「独自主義」という考え方が長い年月をかけてDNAレベルに刷り込まれている。

「自前主義・独自主義」の固い岩盤に対し、ポッと出の新設部署の、ましてや自組織の人間ではない者が、「外部」のアイデアを持っていったところではなから相手にされる訳もない。大抵、既に検討に着手しているから「競合する」という理由で断られるだろう。大体それらの検討は恐ろしく先までスケジュールが引かれていて、その案件に携わる社員がしばらく仕事に困る事がないようになっている。仮に長い月日を経て無事launchされたとしてもマーケットからは置いてきぼりにされているのだが。前回話し、「ゾウの時間、ネズミの時間」ではないが、大企業内の時計の針の進み方は周囲に比べて非常に遅い事の典型である。

ここ数年、open innovationを推進し、startupとの協業をを実施するためのプログラムを開始すると宣言した日本企業が数多く出てきた。内部構造的に大企業とopen innovationは対極にあると思うのだが、実際うまくやれている会社はまだ聞こえてこない(あったら是非話を聞かせてもらいたい。どう実現したのか非常に興味がある)。現在実施されているこの手のプログラムは、本丸のコアビジネスではなく、法人営業向けのメニューひとつであったりと周辺の細かな領域でお茶を濁しているだけではないかと思う。

勘違いしている人はいないと思うが、startupが狙う領域の多くは既存の大手企業などが提供しているサービスや仕組みをより使いやすく、安く、もしくは全く新しいものとして提供する為に、既存の枠組みを壊す(Disruptする)事を目的としている。すでにあるサービスの周辺を掘り下げたところで大きく跳ねる可能性が少ないのはstartup自身がよくわかっている。startupを血眼になって探しにきている日本企業にとって、Disruptされる相手は自分である事を改めて認識しておくべきだろう。

Disruptという言葉の意味

Disruptとは、個人的には「今あるプロダクトやサービスを一切の制約のない状態で、本来あるべき姿に創造し直すこと」だと解釈している。今あるプロダクトやサービスすら制約という言葉の定義に入ると考える。となると、本当の意味でdisruptiveなstartupと組むという事は、本丸の既存ビジネスに手をつけるという事に他ならない。ところがそうなった瞬間に、使い古された言葉だが、イノベーションのジレンマが顔を出す。既存の価値基準、判断指標、過去の成功体験全てが邪魔をすることになる。

もう6年も経ってるから書いても時効ということで勘弁してもらいたいが、当時OTTの代表であるfacebookやtwitterが日本でも台頭し始め、勤めていたドコモではスマートフォン時代のモバイルキャリアによるサービスのあり方を模索していた。すでに世界中で億単位のユーザーを抱えているOTTはキャリアが独自のサービスを提供するにも大きな壁となると見ていたが、メッセージや通話といったもっとprimitiveなサービス部分でも脅威になると感じていた。当時はまだLineはなかったと思うが、skypeやViber、hangout(google talk)などの無料通話アプリもそれなりの規模で使われていた(facebook messengerも通話機能を提供する話もあった。のちに実装)。

このまま放置しておくと、音声収入に大きく影響する可能性があり何らかの手立てを施す必要があるのでは、という議論が起こった。ただ、これらの無料通話アプリと組むことでキャリアがマーケティングの後押すると想定以上のスピードで普及してしまい、逆に減収のタイミングを早めるだけという結論に至り、何もしない方がTop lineの売上を維持するには良い、ということになってしまった。

結果論からいうと、現時点でもskypeもLineも音声収入に対しそれほどの驚異とはなっていないし、副産物として音声定額という新しいプランにより減収に対するキャップをはめることに成功したが、音声収入に代わる新たなレベニュードライバーを手に入れ損ねたかもしれない。特にLineとは、初期の段階でパートナーとなる可能性があったのだが、前述の理由と社内検討に時間がかかりすぎたことでその目がなくなってしまった。一方Lineの快進撃は周知の通りだが、結局プラットフォーマーとしての不動の地位を手に入れた。当時ドコモでは”総合サービス企業化”という目標を掲げていたが、現時点でどちらがその姿に近いだろうか?

ちょっと長くなったので一旦ここで。続きは近いうちに。

続く

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Daisuke Minamide(南出 大介)
The Sun Also Rises

a Venture Capitalist based in the Bay Area. ex Marketer, BD, and Engineer. Love gadgets and technologies.