とにかく雑に作れ

学生たちを見ていると、きちんと議論して、きちんと設計して、きちんと何かを作ろうとするみたいです。ときには副作用を考慮して、やっぱり作るのやめようかという話になり、再び議論に戻ることもあります。

ああ、もったいない、もったいない。私は適当な人間なので「なんてマジメなんだ、とりあえず何か作ればいいのに」と思います。デザイン思考ではそのことを「クイック&ダーティプロトタイプ」と呼んだりしますが、それだとなんだかカッコよすぎるので、私は「雑に作れ」と言ってます。

でも、言葉だけでうまく伝わるはずもなく、「どうすれば雑に作れるのか?」と再び議論を始めたりするので、なかなか難しいところです。

それでも「締め切り」というのは効果的なもので、次回までに何かを発表しなければいけないとなると、「議論してばかりじゃ話が進まない!」となり、ある種の覚悟を決めて雑に作ってくれるようになります。

私が印象的だったのは「工場労働者の職場環境を改善するプロダクト」を作っていたチームです。授業が終わって立ち話をしていたときに「そんなに悩んでないで、もっと雑に作ってみたら?」と伝えたところ、次回の授業で本当に雑なプロトタイプを作ってきてくれました。

本当に雑なプロトタイプ
【図の解説】①は、工場勤務がつらいので、強制的に笑顔を作らせるというプロダクト。脳科学的には、楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるそうですね。本体はレゴで作ってますが、当然ながら動きません。②は、ストレス解消のために、筒状の何かに大声を出すというもの。単なる筒ですね。筒以外の何ものでもありません。③は、疲れをセンシングして、可視化するもの。当然、動きません。④は、①と同じですが、表情筋を振動させるというもの。小さなマッサージ器をガムテープで貼り付けています。

なんというか……素晴らしいじゃないですか!! これを見たときに「ああ、伝わってよかった」と思いました。個人的には①のアイデアが本当に大好きだったので、最終プロダクト候補が③になったときには心底ガッカリしましたが、それでも雑に作ってくれたこと自体がうれしかったです。

ふりかえってみると、私が考えていた以上に、「雑に作る」ことのハードルが高いようです。雑でいいなら簡単じゃないか!と思われるかもしれませんが、学生のみなさんは根がマジメなので、自分が十分に納得できたものじゃないと作り始めたくないのでしょう。でも、そこそこ方針が決まったら、雑でもいいからすぐに作り始めたほうが効果的なのです。そのことを「構築主義(コンストラクショニズム)」と呼びます。実際に手を動かしながら何かを作ることで、答えが浮かび上がってくるのです。この考え方は、昨今のメイカームーブメントの礎にもなっています。

では、どうすれば「雑に作る」ことが可能となるのでしょうか。私にはまだ明確な答えはありませんが、それらしきものを最後に列挙しておきたいと思います。他にいい方法があれば、ぜひ教えてください。

  • 雑に作れる素材を用意する(いろんなサイズの紙、段ボール、粘土、ガムテープ、レゴ、サインペン、グルーガン等)
    特にガムテープは重要。ガムテープがあれば何でもできる。
  • 雑に作れる環境を用意する
    汚してもいい、散らかしてもいい場所があると便利。
  • 雑に作れる雰囲気を用意する
    雑に作ることが素晴らしいという風潮を作る。笑いながらやるのはいいけど、嘲笑してはダメ。
  • 雑に作れる時間を用意する
    それでもまだ心理的ハードルが高いときは、ある一定の時間だけは雑に作ることを自分で認める。
  • 雑に作ったものをテストできる相手を見つける
    雑に作ったものを想像力で補完しながら、きちんとテストに付き合ってくれる人は貴重。末永くお付き合いしましょう。

追記:雑にものを作ることを「雑っぴんぐ」と呼びたいと思いました。

追記2:自明かと思っていましたが、そうではないみたいなので補足しますと、これはプロトタイピングの話であって、最終成果の話ではありません(プロトタイピングについてはこちらの記事もご覧ください)。

また、たとえプロトタイプであっても、ユーザーテストを実施するときには、安全性に十分に配慮してもらっています(ダンボールとガムテープで作ったプロトタイプでケガすることはないと思いたい……)。

「素早く作ることは大切ですね」というご指摘もありましたが、実はそこはあまり重視していません。素早く作ってはいけないというわけではありませんが、次の授業までに何かカタチのあるものを持ってきてもらえればOKです。それよりもむしろ「雑であること」のほうが重要で、たとえば「まだ完成品でないことが相手に伝わる」「未練なく捨てられる」「厳しいフィードバックを受けても心理的に平気(だってまだ雑なやつだから)」あたりがメリットかなあと思います。なので、むしろ「丁寧に作ってはいけない」わけです(もちろん異論はいろいろあると思います)。

また何か気づきがありましたら、追記したいと思います。

追記3:強制笑顔の装置について「パワハラのようで不謹慎だ。倫理観に欠ける」というようなご指摘をいただきまして、こちらについても補足しておきます。

まず、本講義は複数の企業との連携を特徴としており、テーマの提供についても、ユーザーテストについても、プロダクトの製作についても、企業の協力の下に行なわれております。したがって、単にふざけて作っているわけではないことをご了承ください。

そして、労働環境がそれほどよいわけではなく、給料や労働時間を変えることはできないという条件のなかで、今回のテーマに取り組んでいたのが上記のチームでした。正直なところ「会社を辞めたほうが幸せでは?」という意見も出ていました。そのことが議論を長引かせていた原因のひとつでもあります。決して「労働者をだまして笑わせて、無理に働かせればいい」などと、倫理観の欠けた議論をしていたわけではありません。

とはいえ、講義中に何らかのソリューションを提示しなければいけないこと、今回は複数の協力企業から支援いただけること、最終的なユーザーは「工場の労働者」であり、彼らに受け入れてもらえるものであればOKとすること、そのためのプロトタイプは「雑でいいこと」など、いくつかの条件がそろったことをきっかけにして、上記の4つのプロトタイプが「ある種の覚悟の下に」作成されました。

研究の分野であれビジネスの分野であれ、人を対象にした調査は慎重に行わなければいけません。本件については、このようなユーザーテストに快く応じていただいた社員のみなさまの懐の深さに寄るところが大きかったと思います。実際、上記の写真は某工場内で撮影されたものですが、対象ユーザーである労働者の方々に評価していただき、いずれも好評だったと聞いています。それによって「この方向でいいんだ」という自信がつき、その後のプロダクト製作が順調に進むようになりました。

これがベストの結果だったとは思いませんが、あくまでも特定のケーススタディとして読んでもらえればと思います。他に詳しい情報が必要でしたら、是非お問い合せください。

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角 征典 (@kdmsnr)
東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト

ワイクル株式会社 代表取締役 / 東京工業大学 特任講師 / 翻訳『リーダブルコード』『Running Lean』『Team Geek』『エクストリームプログラミング』他多数