デザイン思考の講義を作るとしたら
大学でデザイン思考を教えているというのは、今どきはぜんぜんめずらしいことではなく、世界中にデザイン思考の授業があるそうです。ただ、同じ「デザイン思考の授業」といっても、たとえば機械系と経営系と情報系では、それぞれ重視する部分がまったく違っています。
せっかくなので、それらのシラバスを見比べてみて、似ているところと違っているところを見つけてみてはどうか? そしたらデザイン思考の本質がつかめるんじゃないの? 理想的なデザイン思考の授業が作れるとよくない?……という感じの論文(プロシーディング)がありました。
Wiesche et al., “Teaching Innovation in Interdisciplinary Environments: Toward a Design Thinking Syllabus.”
https://scholar.google.co.jp/scholar?cluster=6329497326857230509
ここでは、典型的なデザイン思考の授業が時系列に「8つのフェーズ」として設定されています(下図参照)。
基礎知識の習得やチームビルディングを目的とした「Formation」から始まって、プロジェクト全体で「Design Space Exploration(デザイン領域の探索)」を行いながら、あとはひたすらプロトタイピングをしていく感じです。プロトタイピングの部分については、以前書いた「プロトタイプであそぼう」の内容と一致しています。
では、それぞれのフェーズにおける「似ているところ」を見ていきましょう(詳しい内容については、元の論文を参照してください)。
1. Formation
- デザイン思考基礎:最初にデザイン思考の基礎知識を習得します。
- ペーパーバイクチャレンジ:チームビルディングの一環として、紙のバイクをみんなで作り、実際に走らせてみるアクティビティです。でも、これってスタンフォードのME310でしか聞かないけどなあ……。経営系のデザイン思考の講義でこんなことはやらないと思います。
2. Design Space Exploration
- デスクリサーチ:デザイン思考の講義では「リアルな課題」を扱うために、企業などからテーマ(デザインプロンプト)が与えられることが一般的です。まずはそのテーマについて調べてみましょう、というのがこれですね。とはいえ、何も知らない状態で、まずはユーザーリサーチしてみたほうが「デザイン思考っぽい」なあと思います。
- インタビューリサーチ:普通ですね。
- ペルソナ:まあ、普通ですね。でも、EDPではジョブ理論のほうがよいと思っているので、この時点でペルソナは使わないようにしています。
- ステークホルダーマップ:テーマが難しいときや関係者がたくさんいるときは最初に使ったほうがいいですね。
- ベンチマーキング:これは市場調査なのかな?と思いきや、他の分野や業界からアイデアを転用する、みたいな説明が書いてありますね。類推思考は非常に強力なので、ぜひやったほうがいいと思います。
- アイデアナプキン:アイデアを殴り書きするのかと思いましたが、そういうわけではなく、テンプレートを用意してそれに記入していく方式らしいです。検索するとこういうページが見つかりました。特に学生が相手だと、テンプレートを用意したほうが授業がスムーズに進みます。
- ストーリーボード:アイデアによってユーザーの行動がどう変わるのか?というのを物語にするものです。まあ、普通に使いますね。EDPだと、Story Spineを物語のテンプレートに使っています。
3. Critical Function
- 低解像度のプロトタイプ:局所最適化しないように、かんたんなプロトタイプをたくさん作る感じです。ここはデザイン思考の最も大きな特徴かもしれませんね。
- テスト:プロトタイプを作ったら当然のようにテストします。
4. Dark Horse
- ソリューション空間の探索:何らかのプロトタイプを作った時点で、自分たちが勝手に想定していた「思い込み」を特定していきます。
- 思い込みを捨てる:思い込みが特定できたら、それを捨て去るような斬新なアイデアを考えて、そのプロトタイプを作ります。これが「ダークホースプロトタイピング」を実施する狙いです。
5. Funky
- ビジネスモデリング:プロトタイピングであれば、これまで作ったものを統合すべきところですが……ここではビジネスモデルキャンバスなどを作り、経済性を評価するといいのでは?と提案されています。
6. Functional
- ペルソナとインサイトを再構築する:ここから重要なユーザーのためにプロダクトを洗練させていくことになるため、その「重要なユーザー」をペルソナとして改めて設定します。
7. X-is Finished
- ユーザーエクスペリエンス:最も重要な機能をきちんと動くように作るところです。この段階になると、使い勝手や意匠にも気を配る必要がでてきます。それらをまとめて「UX」としているのでしょう。
8. Final Prototype
- ビジネスモデル、ストーリー、ドキュメントのレビュー:これまで獲得・作成した情報を整理して、最終的なプロトタイプを洗練させていきます。
授業としてはこれで終わりです。その後、発表会やピッチコンテストなどを実施するところもあるでしょう。スポンサー企業がいる場合は、企業向けのプレゼンをすることもあると思います。
上記の「似ているところ」には登場していませんが、もうひとつ重要なポイントとして「チームの自律性を重視するのか、それとも計画的に授業を進めるのか」があります。学生のモチベーションが高ければ前者が好ましいわけですが、そうとも限らないのが大学の授業です。宿題として「これをやってきてください」と明確に指示を出すこともときには必要になってくるでしょう。デザイン思考が扱う「Wicked Problem(厄介な問題)」は計画どおりに進まないことが特徴なのですが……まあ、仕方ありません。
身も蓋もない結論としては「両者のバランスをうまくとりましょう」になっちゃうんですけども、その手段としてここでは「マイクロサイクル」が提唱されています。巷でよく見るデザイン思考の「5ステップ」とほとんど同じですね。
この短期的な「5つのステップ」と、先ほどの長期的な「8つのフェーズ」を組み合わせることで、自律性を損なうことなく、授業を計画的に進めていきましょう、という主張がされています。
ちなみにEDPは隔週の授業になっているため、2週間ほど自由にやってもらい、その成果を授業の前半でレビューして、OKだったら次のフェーズに進んでもらうようになっています。偶然ではありますが、両者のバランスがうまくとれているんじゃないでしょーか!(学生からは「そんなことねーよ!」と言われそうですけども……)。