広告は一切ださない。中川政七商店のWebマーケティング戦略とは?

Asami Saisho
TO NINE BLOG
Published in
10 min readJul 31, 2017

7/14(金)にTO NINEが開催したトークイベント「「らしさ」をWebで伝えるには?中川政七商店のデジタルマーケティング戦略」。

今回は、イベントで語られた中川政七商店のブランディング戦略についてレポート形式でご紹介します。

>>前編はこちら

「建て付け」と「組み立て」は予算不要!社内で徹底的に議論すべし。

中川政七商店CDOの緒方氏(左)とTO NINE 吉岡氏

後半では、前半の内容をふまえて、主催者であるTO NINEの吉岡氏から公開質問のかたちでトークを展開しました。

吉岡氏:では、ここからは質問というかたちでトークを進めさせていただければと思うんですけれども。

先ほどのお話では、まずは自分たちのビジョンを明文化することが重要だというお話だったと思います。

そのために、ブランドは何から着手すべきなのでしょうか?

緒方氏:まずは徹底的に自社のことを理解することだと思いますね。

初期の段階では、市場調査は不要です。

吉岡氏:たしかに、まず自分たちのことを理解することが重要というのは、僕たちがコンサルティングをする際にも伝えていることですね。

答えは中にある」と考えて、まるで問診のようにひとつひとつそのブランドのよさや強みを引き出すことを意識しています。

緒方氏:まさにそうで、長く会社にいると自社の立ち位置がわからなくなってしまうんですよね。

ブランディングをしようと思ったら、まずは自分自身をよく理解してから、外を見る。この順番が大切だと思います。

その際に重要なのは、先ほどもお話ししましたが、顧客の時間とお金を投下する先がどこかをあぶり出すことです。

例えば中川政七商店が扱っているのは日本の工芸品が中心ですが、「ギフト」というくくりで見れば、競合はさらに増えます。

商材ではなく、ユーザーの動向から考察することが重要ですね。

吉岡氏:先ほどのトークで「差」の話がでましたが、自分たちの強みを誤って認識しているところもありませんか?

特に弊社がお仕事をしているアパレル業界は、世界観を作ることにこだわりすぎて「差」の意識が薄かったり…。

緒方氏:それはあると思いますね。

上位10%に入らなければ強みにはならないので、自分たちが上位10%に入れるところはどこかを探さなければなりません。

例えば先ほどご紹介した「HASAMI」は、商品そのものではなく波佐見という産地自体をブランド化した例なのですが、このように強みを見つけるためにレイヤーを変えて考えるというのもひとつの手法です。

吉岡氏:こうしたベースの部分に時間をかけず、先ほどの「建て付け」「組み立て」「仕上げ」の中で言う「仕上げ」にばかり予算と時間を使ってしまうブランドも多いですよね。

緒方氏:「建て付け」と「組み立て」は予算のいらない工程なので、社内で真剣に考え抜くべきだと思いますね。

突然「仕上げ」の工程から入って、デザイナーに漠然と「かっこいいものを出して」とオファーしても、なにが「かっこいいもの」なのかデザイナーに伝わりませんから。

自分たちの想いを伝えないと何も作れませんし、逆に、立ち返る明確なビジョンさえあれば、「らしさ」は勝手に出来上がるものだと思います。

吉岡氏:「仕上げ」の工程でデザインを感覚的に悩んでしまう時は、ビジョンが明確になっていないということですよね。

緒方氏:そうですね。「らしさ」が固まれば、自然とどちらのデザインがいいか選べるようになります。

最近、中川政七商店でもメディアを作っていて思うのですが、いいメディアにはいいタグラインがありますよね。

例えば、ライフハッカーのタグラインは「消費ではなく投資になる情報を」。

これがあることによって、ひとつの記事を出すときにみんなが「これは消費じゃなくて投資になっているかな?」と考えることができます。

このように、ビジョンをもとにすべてを判断することがブランドを育てるのだと思います。

SEOは意識しない、広告はやらない。逆説のマーケティングで、誰も真似できないブランドへ。

中川政七商店オンラインショップのトップには、ブランド「らしい」バナーが並ぶ。

吉岡氏:Webという観点でみたときのブランディングはいかがでしょうか?

オンラインショップのブランディングで気をつけている点はありますか?

緒方氏:Webでも自分たちらしさを意識するようにしています。

例えば、現在のトップ画面のバナーは「夏のご挨拶のすすめ」です。

Webマーケーティングのセオリーでいけば、「お中元」「夏ギフト」といったワードをいれて検索でひっかけるというのが定石だと思います。

しかし、私たちはあえてSEOは意識せず、そもそもお中元とは何のためにあるのかを考えた結果、「夏のご挨拶のすすめ」という表現になりました。

吉岡氏:では、ショップへの流入で検索はあまりない?

緒方氏:比較的、SNSの比率は高い方だと思います。

ゆくゆくはSNSがオーガニックを抜いてほしいですね。

というのも、中川政七商店の主力商品のひとつに布巾(ふきん)があるんですが、普段の生活で「布巾」って検索することありますか?ほとんどないですよね。なので、そもそも検索というフィールドで戦いづらいという背景もあります。

それはともかくとして、SNSを通して写真やわたしたちの生の言葉をきっかけに流入して、共感してもらいたいと考えています。

吉岡氏:SNSを含め、Web上のコンテンツを作る上で意識されていることはありますか?

緒方氏:写真や動画などを通して、商品の使い方がパッと見てすぐにわかるコンテンツを置いておくことは意識しています。

例えば鍋は店頭では実際にその場で料理をして見せることはできないので、実演の様子をWEBにおいておくことで、WEBならではのコンテンツになり、さらにリアル店舗での接客の補助になるという意味があります。

また、言葉づかいのルールはかなり細かく決めています。

使う言葉は送り仮名まで定義していますし、自分たちの感覚に合う言葉がなければ自分たちで言葉を作ります。

例えば、中川政七商店では「接客」ではなく「接心好感」という言葉を使います。

店舗で最も重要な活動とは接客だと我々は考えているので、店舗スタッフには「もっと接客をがんばりましょう!」と言ってきました。

しかし、「接客って何だろう?」と改めて考え直した時、「接客」という言葉を見直してみると「お客様に接する」という意味は汲み取れるものの、それだけじゃないですよね、本来的な意味での「接客」って。

なので、「お客様の心に接し、好感(信頼)を得る活動こそが私たちの考える “接客”である」という考えのもと、「接心好感」という言葉を作りました。

ビジョンとは言葉を共通で持つことなので、このように、重要な価値観はひとつひとつ言葉に落とすことが重要だと考えています。

吉岡氏:ここまで厳密に定義されているのですね。

一方で、あえて言葉に落とさずに議論するべき領域もあると思うのですが、中川政七商店ではどのように線引きされていますか?

緒方氏:「〜っぽい」という感覚は言葉にできない部分だと思っています。これがまさに今日のテーマに繋がる、らしさの話です。

デザインにおける「中川政七商店らしさ」は、ビジュアルイメージをチームみんなで集めて議論を重ね、ひとつのアウトプットを出しています。

たくさんの案やラフ、他の会社の商品や、映画のパンフレット、自動車のカタログ、ポストカードなど色々集めて「これは政七っぽい」「これは政七っぽくない」というのを死ぬほど積み上げて、言葉化できない「っぽさ」「らしさ」というのをみんなの脳内ですり合わせることで、美意識を整え続けるということですね。

議論の量がブランドの深さを作るので、こういった「っぽさ」の共有には時間をかけます。

こうした議論を重ねてチームとして出来上がってくると、議論をせずとも勝手に「らしい」ものが出てくるようになります。

吉岡氏:では、ここからは参加者の方からの質問を受け付けたいと思います。

質問①:Web広告についての考え方を教えてください。

緒方氏:現状、Web広告は一切やっていません。

というのも、リターゲティングも含め、Web広告はこちら側で表示される媒体をコントロールできない部分もまだまだ多いんですよね。

出てほしくない面や並びに自分たちの広告が出てしまうのを防ぐという意味で、今のところはWeb広告はやらないという方針をとっています。

「らしくない」ところに出ることでブランドイメージを毀損したくないのです。

さらに言うと、Web広告はどちらかといえば刈り取り型のものの方がいい数字が出がちなんですが、「このブランドいいな」と思ってもらうような、潜在層へのアプローチにはあまり向いていないと思うんですね。

弊社が「さんち」というメディアでコンテンツマーケティングを行っているのはまさにこの話です。工芸に関心を持ってくださる潜在顧客を育てようということですね。

質問②:広告はやらないとのことでしたが、広報の面で工夫されていることはありますか?

緒方氏:広報に関しては、弊社の場合は来た問い合わせに対応するのがメインの業務ですね。

というのも、誰も真似できないブランドを確立できていれば、媒体側から取材申し込みがくるので、その対応だけで十分という世界をつくることができます。

誰もいないマーケットを自ら作り、真似できないブランドを作ることが重要だと思います。

強いブランドは、明確なビジョンからはじまる

トーク中に印象的だったのは、緒方氏の口から高頻度で「ビジョン」という単語が発せられていたことです。

Web施策は目先のKPIに気をとられがちですが、そもそも何を実現するためにこの活動を行うのかを明確にし、LTVを増大させる視点こそが強いブランドを作るのだと改めて感じました。

「ブランディング」というとロゴやバナーなどのデザインにばかり気をとられがちですが、ビジョンを明確な言葉に落とし込み、常に立ち返る指針として全員の意識を揃えることで、そのブランド「らしさ」は自然に作られていくのではないでしょうか。

【START-UPのためのBRANDING×BUSINESSとは】

株式会社 TO NINEが主催する、スタートアップのためのブランディングを軸にしたトークイベントです。

時間と手間がかかるイメージの強い「ブランディング」ですが、Webを活用することで短期間で成長を遂げた企業も数多く存在しています。

ファッションはもちろん、食やインテリア、雑貨など様々な企業のブランディングのコツを知り、お客様に選ばれるブランドを増やすことを目的として2ヶ月に1度開催しています。

[過去実績]

START-UPのためのBRANDING × BUSINESS #1

START-UPのためのBRANDING×BUSINESS #特別編

【株式会社 TO NINE について】

世界に通じるブランドをつくる仕組みの体系化を目指し、2014年に設立。株式会社KnotのWebサポートをはじめ、様々な企業のブランディング×マーケティングを手掛ける。自社事業として2016年8月にリリースしたオーダシャツ「KEI」は、クラウドファンディングで目標金額の5倍を達成。

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