あらゆるNGを笑いとばす、孤立無縁の人間讃奏

Wishkah Editor
WISHKAH WEB
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32 min readFeb 12, 2020

PANICSMILE《REAL LIFE》インタビュー

PANICSMILE《REAL LIFE》- LFR1(LIKE A FOOL RECORDS)2020

ルールをまったく知らない競技を観戦している状況を想像してみてほしい。フィールド上のプレイヤーは四人。何をどうしたら勝敗がつくのかは分からないものの、目の前で繰り広げられる摩訶不思議なアクロバットの数々に全身がゾッと震え、思わず声を上げてしまう。しかし、それがはたして成功しているのか失敗しているのかは一向に判じがたい。どこを見渡しても審判の影はなく、珍プレーと好プレーの境目はおろか勝敗すらあやふやなまま、やがてゲームは終了する。冷めやらぬ興奮と解けきらぬ疑問。意を決して、そそくさと去ろうとするプレイヤーをひっつかまえて「これは一体なんなのか」と尋ねても、返ってきたのは「自分たちにもまったく分かりません」という嘘偽りのない告白と不敵な笑みだけだった。

こんなふうにして、PANICSMILEの音楽は、ふれた者の胃の腑の中を、底つくことなく自由落下し続ける。2020年2月に発表した通算9作目《REAL LIFE》でも、その速度はとどまるところを知らない。前作《Informed Consent》(2013)から約7年ぶり、現編成では初のフルアルバムである。30年弱に及ぶバンドのキャリア史上、最長クラスのインターバルを経て世に問われた本作を貫くのは、制作上の「なし」を「なし」にして、お互いの出す音や偶然の導きをすべて受け入れる、二重否定の美学だ。福岡・名古屋・東京で暮らすメンバーが、ファイル交換を通じて少しずつフレーズを投げあって作曲する過程において、彼らは通常なら即座に修正されるような演奏上のミスや録音作業中のエラーを歓迎し、想定の外へと突き進むスリルを楽しんできた。超絶技巧と悶絶ボケがつねに同居する感覚は、さながらエンドロールのNGテイク集だけでつくられたジャッキー映画のようであり、出口の見えない音の迷路を七転八倒しながら全力疾走することばの端々からは、正面からではなく否定の否定でもって生を肯定せざるをえなかった切実さが、血と笑いとともに滲み出る。

アルバムの先行販売をともなう福岡UTERO公演後、こうした本作の作曲方法、市販の安価な機材を応用したレコーディング作業、そして彼らの実生活の中心にあるステージ上での演奏について、メンバー全員に話をうかがった。

PANICSMILE

吉田肇(g/vo)を中心に1992年結成。福岡を拠点として、94年に自主レーベルheadache soundsと月刊イベントCHELSEA-Qをスタートさせる。98年上京。2000年以降はより実験的な方向に舵をきり、『GRASSHOPPERS SUN』『MINIATURES』『A GIRL SUPERNOVA』などのアルバムをリリースした。2010年に大幅なメンバーチェンジを経て、ザ・シロップやGUIROなどで活躍した名古屋の松石ゲル(dr)が加入。さらに2013年には吉田が福岡に再移住し、メンバーが各地に散在した編成でアルバム『Informed Consent』を発表した。結成25周年の節目を迎える2017年には、元eastern youthで東京在住の二宮友和(b)と、前年よりサポートで参加していた久留米の雄IRIKOの中西伸暢(g)が正式加入。現編成を始動させる。

左から順に二宮友和(b)・中西伸暢(g)・松石ゲル(dr)・吉田肇(g/vo)

想定と違うことがずーっと起きてます

───前回の取材では、福岡・名古屋・東京に住むメンバーでファイルを交換しながらじわじわと曲をつくりあげていく手法についてお話をうかがいました。《REAL LIFE》の制作でも、その方法は一貫していますか?

吉田 はい。まず、吉田と中西がギターを弾いたものにクリックを足した3トラックをつくって。

中西 そのあとはドラムが先にのるパターンが多いですよね。ギターの次にベースがのる場合も、今回は……

二宮 一曲だけあったかな。

吉田 〈Personal Experiment〉ですね。

中西 スタジオでは、クリックに合わせて吉田さんが弾いているのに対して、おれもその場でフレーズを考えてます。

二宮 それはおれも知らなかった。中西くんは家では……

中西 録ってないです。

吉田 全員の演奏が返ってきてから、最後に歌をのせてプリプロ完成です。

───歌詞は事前にストックがあるわけではなく、演奏がすべて揃ってから書き始めるのでしょうか?

吉田 そうです。むちゃくちゃ難しい演奏が最後に返ってきて、それをめっちゃききながら、まずどこに歌をハメたらいいのかを探します。こことここが平歌で、ここがフック、ここは間奏でいいんじゃないかな、とか。さらに、歌詞よりは先に節回しというか、どういうリズムでのせたらいちばん合うのかを探って。ことばはそのあとにバーッとすぐ出てくるんですけど。今回は、やっぱり二宮さんのベースラインがボーカルに与える影響がすごいでかかったです。

中西 やっぱり、歌が入るとPANICSMILEになりますね。

二宮 それは本当にそうだなあ。

松石 どうにかまとまるんですよね。それまでは、「こんなもんどうすんだろう……?」って思います。歌が最終的にのるから、最後までどこがAメロかBメロかっていうのも分からないんですよ。作曲しているときに、なんとなく「ここがBメロで次がサビだな!」と思ってちょう盛り上げたのに、ぜんぜん違うところでインストパートになってたり。

吉田 でも、それは自分も違うんです。「ここがフックで、それ以外はしゃべる部分だろうな」といろいろ想定しながらギターを考えて、それに合わせて中西に弾いてもらって、「やっぱりそうだよな」と思って音源を渡して、ドラムが返ってきたら二人で大爆笑ですよ。

中西 「どういうこと!?」の連続です。ドラムの次にベースがきたら、「またこんなんなってる!」と。で、最後にボーカルがきて「またぜんぜん違うやん!」と。まっさきに新曲をきけるファンみたいな感覚もありますね。

松石 想定と違うことがずーっと起きてます。

これを演奏できるのか?

───UTERO上のUNKNOWN SOUND STUDIOで録音しているときの様子を中西さんがTwitterにアップしていて、そこでZOOMのR16を使っているのをみてびっくりしました。スタジオのシステムに頼らずに市販のレコーダーでやってしまうのか、と。

吉田 ギターアンプを隣の部屋に隔離したので、そのためのケーブルを借りた以外は、録音にはUNKNOWNのシステムは一切使ってないです。

───松石さんが運営されているゲルスタこと「GEL Sound Production」が盤石な選択肢としてあるなか、あえて市販の機材でやってしまおうと決めたのは、どういうねらいが?

中西 「せっかく集まるけん、レコーディングしとこうかな……」ぐらいですよね?

二宮 っていうのと、旅先で自分らで録るっていうのをやりたかったんです。ツアーで集まったときに地方の町で何曲か録るような。

吉田 そういうコンセプトが最初はありました。

松石 レッド・ツェッペリンのセカンドみたいな。

二宮 結局は、福岡とゲルスタで録ったのが7〜8割。

吉田 あとはRippleですね。そこでもR16で8トラック一発録りです。

松石 福岡ではモニターすらなにもない状態で録って。勘でこんなかんじで録れてるだろうな、と。おれは正直ミュートしすぎたなと思いましたね……。

二宮 それで録ったものを、コントロールルームのいい環境で確認する。ちょっと意味のわからない作業だったな……。

松石 「だったら最初から卓使えよ!」っていうことですもんね(笑)。

───マスタリングをした横山令さんの力もあるとは思いますが、デコボコ感は思った以上になかったです。

二宮 マスタリングも上手にやってもらいました。本当はデコボコではある。

吉田 60年代のローリング・ストーンズのアルバムみたいな録音がすごい好きで。「ドラムの音が一曲一曲違うやん、完全に部屋違うでしょ……」っていう。

松石 急に音がショボくなったりする。

吉田 ペラッペラになったり。ああいうの好きなんですよね。

───それはそれで、いつかPANICSMILEでもやってほしいです。R16でどうにかするメソッドを広められたら、いろんなバンドの希望になるのでは。ゲルさんからしたらお客さんが減ってしまうのでアレかもしれませんが……

松石 全然それでいいと思いますよ。リッチな音では録れないけど。そもそも、ゲルスタでもそんなに高級な機材は使ってないんで。

吉田 UNKNOWNで録ったときは、マイクやマイクプリアンプをゲルと
二宮さんに東京と名古屋から持ってきてもらってはいます。

松石 ドラムのチューニングとかはすごい変にしてるので、生できいたらとんでもない音してます。せっかくR16で録ってるから、いい音にはならないぶん、めちゃくちゃ変にしたろうと。

───レコーディングでは全員で演奏しているんですか?

吉田 しますね。

松石 それは全部そうです。演奏はみんな一緒に、クリックなしで。レコーディング前は、不安でもう……。「これを演奏できるのか?」と。

───そこでようやく初めて全員「せーの」で合わせるんですね。プリプロをつくる段階でのファイル交換をしながらの演奏から、録音する際の演奏に段階が進むと、さらに変化がありますか?

中西 きっかけ探しが多いですよね、レコーディング前は。

吉田 みんながびっちり音を足したやつを最後にきいて、演奏する前に「ところであれはどうしてああやって変えたんですか?」と確認します。あれでモヤモヤがクリアになるよね。

二宮 プリプロ音源は、完成形がみえない状態でそれぞれが音を返したものなので、やっぱりいったん集まって整えないと。

松石 ぐちゃぐちゃだったところが整理される部分もあるし。

吉田 逆にあやふやなまま放置したりも。

松石 その作業は四人が揃わないとできないです。全体のパターンは大きく変わらないんだけど、やっぱりドラムはノリがすげえ変わります。

吉田 クリックにあわせるよりは、生のほうがね。

───ギターのお二人は、最初はお互いの音とクリックだけに合わせてやっているわけですもんね。

吉田 だからこそ、生のベースとドラムが入ることによって、おれたちもそっちに寄るんです。

二宮 そういう作業はやっぱり必要ですよね。調整するっていうと事務的だけど、それぞれ最初に音を投げたときとはイメージが変わってくるでしょうから、それをもりこんでいく。本当はもっと集まってやれればいいんですけどね……。逆に、遠隔でのメリットも実感しました。音のひとつひとつがきこえるデータのなかでやっていくと、どういう構成になっているのかが細かく分かって、それなりに緻密に合わせられるんですよ。それはおもしろかったですね。今まで参加したバンドは、最初からスタジオで合わせて、そこでガーッと録ったのを家できくことが多かったので。

吉田 たぶん、多くのバンドは、ギターボーカルの人が歌メロをつくって、歌詞を書いて、「こういうコード進行になったから歌ってみるね」っていうのをスタジオで弾き語りして、みんながそれに合わせて……って進めると思うんですけど、その作業はゼロです。

───むしろそのプロセスがPANICSMILEでは反転していて、作曲の最終段階で歌がのり、それからようやく全員が揃って音を出している。

中西 しかもパニスマの場合はルートも何もない状態で曲が進むし、逆にそのズレがいい方向に転がったりとかもするから、ある意味すごい楽です。

松石 ズレがよろこばれる。「いいズレしてくれたねえ!」と。

間違えたのをそのまま送る

吉田 ファイルの交換だけで完成させちゃった曲もひとつだけ入ってます。

中西 〈I Wanna Be Strong〉ですね。プリプロの段階のやつを、アルバムでもそのまま使って。けっこう初期につくった曲やったんですよね。

吉田 うん。作業中のファイル名が〈Song No. 4〉だったので。

中西 それが三年越しぐらいでまんまCDになってるから、そのあいだ一回もライブでやってないんです。

───それを今回のツアーで初披露することに。

中西 アルバムからの先行公開曲にもなってるから「やらないと!」って思うけど……あれ、えらい複雑ですよね。吉田さんは、録ったデータをおれに送らないんですよ。一時間ぐらいのスタジオで、バーッと思いついたのを、ワーッと録って終わるんで。そこからしばらく放置すると、本当に覚えてないんですよね……。完成した曲が返ってきて、「あれをイメージしてこのフレーズ考えたな」とか、「あれ言われてこのフレーズ入れたな」みたいのがフラッシュバックする部分もあるんですけど。

松石 デモで送られてきた二人のギターが本当に分からなくて、ちょうヤケクソで叩いたやつが、そのまま採用されたので……。

二宮 そのあとは、おれがもらって、どうしていいか分からなくなって、宿題としてずーっと放置してた(笑)。

吉田 二宮さんが二〜三年ぐらい寝かしてたんですよね。ライブで会うたびに、「あの〈Song No. 4〉だけど、もうちょい待って!」ってずーっと言ってて。だんだんどの曲のこと言ってるのか、みんな分からなくなってくる。

二宮 実家の災害とかもあって忘れてたんですよ。それから「ああ、この曲やってねえ……」っていうのを思い出して、ずっと気にかかってた。いちばんメンドくさかったですね、あれは……。

中西 あの曲は、一分ちょっとのギターソロっぽいところも一発で録ったんですよね。吉田さんのギターとクリックしかない状態で、「ギターソロを弾け!それもヘンテコなギターソロを!」ってふられてるから、自分のなかのイメージで突き進むしかない。だから、おもしろいはおもしろいけど、「ゲルさんとニノさんは大変だろうな……」と思ってました。

松石 何が起きたのかと思いました。しかも、どっちが弾いてるかも分からない。

二宮 スタジオに入って「あれこっちだったの!?」ってなることもあります。

吉田 サプライズ続きです。事前にどっちが弾いてるか伝えるファイルもありますけどね。

───基本、無茶ぶりは吉田さん発なんですね。

吉田 無茶ぶりとは思ってないんですけどね……。自分のなかではふつうにポップな曲を書いてるつもりです。家で思いついたフレーズがある程度たまってきたら、中西と二人でスタジオに入って、考えてきたフレーズをもとに三〜四曲分を合わせてます。

二宮 たぶん、それを伝える段階ですでに齟齬っていうか、バグが起こってる。ギターだけで送られてきたデータで、もう十分に変なので。

松石 ちょっと見てみたいんですよね、二人のその作業を。そこにおれらが行って、やいやい言ったら、また違うものになっちゃうんだろうけど。

───伝言ゲームのような作曲プロセスなので、順番を変えて作ったらまたぜんぜん違うことになりそうな。

吉田 それもおもしろいかなあとは思ってるんだけど、たぶんこのスットコドッコイなかんじは、ギターの二人が最初によくわからないセッションをやってるからなんですよね。

───たしかに、ギターとドラム、ギターとベースのような組み合わせで最初に合わせると、別モノ同士でそれなりに寄り添った演奏になってしまうのかもしれないですね。

吉田 そうそう、そんな気がするんです、実際前作にはそういう曲もありましたし。

松石 そこで自由なキャンバスが生まれるのかもしれないです。

中西 でも、〈I Wanna Be Strong〉の元になる音源を送ったあたりから、ちょっと反省しましたよね。「ここでこうやって変わろうか」っていうのを、ある程度は吉田さんとも話すようになったというか。あれは本当にノリだけだったので……。

吉田 ちょっと複雑にしすぎましたね……。

松石 複雑どころか、間違えたのをそのまま送ってるから。五拍子で数えてたのに、途中から五拍子じゃなくなったり。

中西 頭のところも、一発目は八でとってるのに、そのあとはずっと七だし。

二宮 ライブでやってるのと、音源とでも違うんですよ。音源のやつは、拍が合わないんで、一拍だけ余計な音を入れざるをえなかった。

───吉田さんと中西さんは、「これはさすがにやばい」とは思わずに送っていたんですか?

吉田 とにかくクリックに合わせてるんだから、「絶対にこれは全部OKなはず!」っていう感覚です。

松石 ひどいなあ……。あれがクリックとギターだけで送られてきたときの衝撃はすごいですよ。なんの楽譜とかもないし。

二宮 そう。起伏をどうしたらいいか……

松石 なにが起こってるのかまったく分からないんで、曲としての盛り上がりを自分なりに決めて返すと、「ここでこんなことしやがった!」と笑われる。

二宮 そこでゲルさんがドラムをさらにひねってるから、さらにポリリズムが複雑になってる。

松石 二人のギターをきいた上で、ちょっと驚かせようみたいなのも自分の中にはあるので。あんまり寄り添ってもアレだから……っていうのをみんなやってると、最後が大変になるんですよね。

二宮 順番的におれが最後なんで、どうしたらいいんだろう……って。

吉田 ドラムだけ違う拍になってるから、もうかなり複雑ですよね。

二宮 それをなんとかそれなりにわかりやすくしないとなあ、っていう意識はあります。でも、楽しいですよ。どこにどう照準を合わせるのか考えるのは。

そのコードネームをなんというのか?

───eastern youthはコード進行がしっかりある曲がメインでしたし、PANICSMILEだと同じベースとはいえ合わせるにしてもまったく違う感覚ですか?

二宮 でも、基本は変わらないんですよ。他のパートと呼吸を合わせるっていう、大きいところでは。

───その呼吸の仕方が違うわけですね。

二宮 ぜんぜん違いますね。eastern youthのころは、ドラムに集中してやってましたが、PANICSMILEではそこをわりと端折って、ギターのリズムに寄っています。もともと全員バラバラな上に、ドラムがまず道を外れることが多くて……

松石 はははは!

二宮 ドラムにびっちりびっちり合わせると、曲がわかりにくくなっていったりするんで。

中西 きょうUTEROのPAチームが「ギターの二人は、ベースの中音きこえてますか?」って言ってて。外からはレベル的に小さく感じるらしいんですよ。でも、その違和感って、こっちはあんまりないですよね?

吉田 なかったですね。すごいきこえてる。

二宮 モニターでベースは返してない?

中西 返してないです。

吉田 おれも返してないです。でも、全然きこえてましたね。聴こえないと危ない曲がたくさんありますし。

中西 それって、ベースがギターに寄り添って、グッ!っていう瞬間を構造的におさえてくれていて、そのタイミングがききとれるからだと思うんですよね。うちらがガーッと激しくいったときには、ちゃんと低いところでバランスをとってくれてる。

───なるほど、あいだを縫うように。

松石 普通の曲のように、ベースがルートを刻んでボトムを支える構造とは違いますよね。むしろ、ギターとベースが同レベルでリズム的にからむことが多い。

二宮 たしかに。

photo: Keiko Hirakawa

───そうすると、「音を外す」みたいな概念も希薄になるのでしょうか。コードがあってルートがあると、ある程度は使っていい音とダメな音の制限が生まれると思うんですけど。

二宮 PANICSMILEにコード進行っていう概念があるのかどうか……

吉田 ゼロですかね……?

二宮 でもね、ちょっとおれは意識してる。二人のギターの不協和音というか、そんなにきっちりしていない、ふつうじゃない音の組み合わせのなかにただようコード感みたいなのをとりまとめたい。

───最後のベースの一足しで、なにかがつながってたちあがってくる。

二宮 そういうことをしたくなっちゃうんです。

吉田 ニノさんがそこを意識している曲は、おれの歌がわりとメロディアスになってます。その役目が、以前のメンバーでいうとジェイソン(・シャルトン / 2000〜2010年に在籍)だったんです。おれとやっさん(保田憲一 / 1993〜2016年に在籍)がギターとベースでめちゃくちゃやってるんだけど、ジェイソンが一滴たらすとポップになる。PANICSMILEには、めちゃくちゃやる人たちを協和的にまとめる人が常にいますね。たとえばアルバムにも入ってる〈Inst〉って曲では、AフレーズとBフレーズを繰り返してまたAにもどるんですけど、二宮さんがベースを返してくれたときに、もどってきたときのAで最初のAと違うところを弾いていて。「うおお、コード感が生まれとるわ……」と驚きました。すごいセンスです。おれと中西は全然できんけど、ゲルとニノさんは譜面書いたり読んだりできるから、めっちゃ助けられてる。あのめちゃくちゃな曲をよく譜面にするよね……。

───そもそも、譜面に起こしていることにびっくりです。

松石 そんなに厳密な譜面じゃないけど、「一応ここは何拍子で」ぐらいの。コード進行はあとづけじゃないですか。

吉田 そうそう。

二宮 加入して最初にやった新曲がまさにその〈Inst〉だったんですけど、これはゲルさんが何時間かかけて書き起こしたコード譜を送ってくれて。あれはすごい助かりましたね。

松石 そうでしたね。コードというか、そのコードにきこえるルートを書いただけかもしれないです。おれはドラムだから別だけど、ふつうのコード感はたぶんみんな意識してないっていうか、それぞれが自分のなかの協和と不協和の感覚でやってる。

───たしかに、弦楽器が同時に三本鳴っていたら、なにかを合わせた足し算の結果としての「和」音にはなる。

松石 そう、なにかしらの和音。そのコードネームをなんというのかは知らないけど。

「強くなりてえ」

───さらに、ゲルスタとUNKNOWN以外のところで、Rippleでお客さんを巻き込んでサンプリングした音声が、アルバム全編に散りばめられていますよね。しばらく未完だった〈Song No.4〉は、Rippleでお客さんが放った「強くなりてえ」を受けて〈I Wanna Be Strong〉になったのでしょうか?

吉田 そうなんですよ。

松石 そのぐらい重要なものになっちゃったね。Rippleのセッションが。

吉田 あの彼は誰なんだろうね……。若い子だったよね。大学生っぽい、ツルーンとした。めちゃくちゃおもしろかったよね。「強くなりてえ」って言った瞬間、全員大爆笑して。

松石 サンプリングされてループで何回も同じことばがくるたびにドカーンと。強面のお客さんばっかりだったから、その子の心の叫びだったんだと思う。

吉田 共演をお願いしたNOISECONCRETEx3CHI5やOneoftwoの方々が、服がみんな真っ黒で、見た目がバッキバキの強面で。お客さんも外国の方々がいっぱいいて。

二宮 ライブハウス感が本当にすごかった。

吉田 その青年はもうたぶん心底こわいと思って、ひねりだした心の叫びが「強くなりてえ」だったんでしょうね。

中西 お客さんを巻き込んで録音をする吉田さんの発想は、どこからきたんですか?その場でお客さんから録った声を使うのと、〈Inst〉と〈Hands Free〉はライブ録音した音源をスタジオテイクにくっつけてますよね。おれはあんまりそういうのきいたことがなくて。

吉田 マイルス・デイヴィスが、ライブで長尺録音したものをテオ・マセロが編集してわりとポップに仕上げたりしてるよね。ディス・ヒートも録音したフリー・セッションを編集して曲にしたりとか。いつかそういうのをやりたいと思ってたんだけど、いちばん「これだ!」って思った音源はラプチャーの《Echoes》で。あのアルバム、途中でライブテイクになるところがあるんですよ。あ、たぶんですけど。

二宮 おれはプライマスのファーストを思い出しました。ラッシュのカバーのライブ音源からいきなり始まって、そこからスタジオテイクに入る。

吉田 感覚は同じですね。途中でドキッとするローファイな瞬間みたいな。

───お客さんの声を拾うアイディアはさらに別のところから?

吉田 そっちはデ・ラ・ソウルなどのヒップホップ作品からです。オーディエンスの声まで入っちゃってるトラックがわりとあって。いつかみんなでワッショイもりあがってるのをそのままトラックで使いたいな、と思ってました。

───青年が偶然に発した「強くなりてえ」の一言が、最初期につくったデモを完成にもっていくのがドラマチックです。最後はメンバーですらない人から予想外の一手がくる。

松石 メンバー間で予想外のものを取り入れて、それにも飽き足らず、お客さんからも予想外のものを。

吉田 あのお客さんは本当に予想外だったね。

二宮 思った以上に最高のものをくれました。

吉田 ダメになるパターンも考えて、昔の曲をライブ録音して「これをボートラに入れるようか?」とか言っててたんですけど……。

松石 録れ高がとんでもなくなってしまった。

吉田 ものすごい録れ高でした。終わった瞬間、お客さんにチケット代返して、ギャラ払いたいと思ったぐらい。本当はアルバムのなかにもお客さんの声がメインの曲を入れようとしていたんですけど、あまりにもテイストが違うので、苦渋の選択で特典のCD-Rに収録しました。で、お客さんの声がルーパーでまわっているだけのトラックのデータをもらって、そこから抜粋した声をサンプラーに入れて、アルバム全体に散りばめてます。

───アルバム最後の〈Living In Wonderland〉で管楽器のアンサンブルを入れるのも新しい試みですよね。

中西 吉田さんのギターがホーンに代わるって言われて、最初は分からなかったですね。重ねるのかなと思ってたら、まるまる全部をさしかえで、吉田さんのギターがいなくなった。

二宮 ギターだけでもかっこいいのになあ……と最初は思いました。でも何かあるんだろうから、それは言わずに。

吉田 歌詞がダークだし、曲もわりかし切ないんで、明るいトーンを入れたかったんですよ。で、おれがずっと循環リフを弾いてると、きいてる人が滅入ってきそうだから、これを管楽器に変えたらスカーンと抜けるかな、と思って。Rooftopのインタビューでも言ったんだけど、明るいのと暗いのを同居させたいんですよね。複雑な不協和音の上ですっとぼけたこと歌ってたり、演奏はめっちゃ暗いんだけど明るいこと歌ってたり。それで昨年共演したMUSQISとTHE RATELの人たちにお願いしました。そしたら、なんとTHE RATELの池田若菜さんはスピッツの新譜でも吹いているという。

───四人でやっているときには譜面なしでもどうにかなるかもしれませんが、外部の方におねがいするにあたっては、どうアイディアを伝えたのでしょうか?

二宮 元になるリフをなぞるだけだと薄くなるので、打ち込みで管のアレンジをした音源をつくって、それをもとにやってもらいました。

吉田 本当に驚いたのは、アドリブのところですね。ちゃんと楽器を習ってきた人ならではのセンスが出まくってました。1番と2番のブリッジのところで、池田さんがバスフルートでリードを吹いているんですけど……

二宮 あれはおれが入れたのをそのままです!

吉田 そうなんすか……! ニノさんのデモに、あのフレーズありましたっけ?

二宮 入れました。めちゃめちゃ完璧に吹いてくれました。

吉田 エンディングのアドリブは?

二宮 入れてないです。あそこはめちゃめちゃに吹いてもらいました。

───暗いんだか明るいんだか分からないかんじは、たしかにアルバム全編に共通していると思いました。高畑勲が『かぐや姫の物語』のなかで、怒ってる顔と、悲しんでる顔と、無気力なそうなと顔と……といった具合に、いろんな表情を1コマずつ描いてたのをバーッと続けて一気にみせる、ってのをやってるんですよ。動画にすると描線がぶれまくって、見る側からはどうとも読めるようで、どうにも読めない表情になっていて。お話をうかがっていて、それを思い出しました。

吉田 たしかに、『かぐや姫の物語』は主人公が発狂してダーッと走っていくシーンの顔が、めちゃくちゃ複雑な表情しとるなあ……と思いました。喜怒哀楽が全部いっしょになったような顔をして。あれはアニメーション作品として本当にすごいですよね。

───まさにそのシーンです。コマ送りして静止画でみるとひとつひとつの感情がなんとなく読み取れるんですけど、動かすと全部がいっぺんに迫ってくるというか。それと同じで、このアルバムでも両極や多極が同じ瞬間にぜんぶ鳴ってるような。

吉田 感覚は似てるかもしれないですね。

松石 たしかに、明るい暗いっていう二元論的なことはやりたくないですね。この人はクールキャラだから、ズッコケたことはやらない、みたいな。とかく、そういうふうに今はなりがちじゃないですか。人間ってもっと多面的な存在なのに、ツルッとした世の中になってきちゃってるんで。

───ラブソングとブッ殺すソングがひとつになって同時に鳴っていてもいいわけですもんね。

松石 昭和の時代はそういうのがけっこうあったと思うんです。好きだけど殺したい。

二宮 演歌でもね。未練がたたって一歩でも違えたらぶっ殺しそうな。

吉田 ありましたねえ。大島渚の映画とか、わけわからないですもんね。この主人公はどういう感情なんだろう?って。

───つくり手も自分の喜怒哀楽がよくわからず、がっちゃがちゃのまま出している。PANICですね。

松石 そこをわかりやすく整理しすぎている気がするんですよね。ただ元気が出てきました、みたいな。

二宮 カラッとしたことばかり歌ってもめちゃくちゃつまらない。

松石 息がつまっちゃいますよ、そんなことをずっとやってたら。

───ライブだとそうしたいくつもの感情のぶつかりあいが、実際にプレイヤー感のコミュニケーションとして眼前に展開される緊張感がひしひしと伝わってきました。〈I Wanna Be Strong〉を筆頭に、ライブでは初めて演奏する曲がほとんどだったと事前にうかがっていたのですが、レコーディング以来ひさしぶりにリハをするとなると、「これはもう覚えてないぞ」みたいな事態が起こるのでは?

吉田 起こりますね。

───ということは、ライブに向けては、自分たちでアルバムをきいて耳コピするような練習方法になる……?

吉田 ……よね?

松石 それに近いですね。

吉田 ゲルとニノさんが福岡に来る前に、ギター二人もちゃんとしとかなイカンと思って、アルバムをかけて「すっげえむずいね……」って言いながら練習しました。さらにおれは、ギターのフレーズを弾きながら歌えないのがいっぱいあって。個人練で何回か入って、一人でCDかけながら、ウワーッと練習して。それでも謎だらけで。

───自分でつくったものが自分でもよく分かっていない状態に。でも、今回のライブには、事前にいただいたアルバムの音源をききこんでから臨んだのですが、そのあたりのあたふたはステージからはほとんど感じられず、むしろ再現性がしっかりキープされていて舌を巻きました。

吉田 いやあ、だいぶいろいろやりましたけどね。ねじふせてます。

中西 ごまかし方はうまくなりました。おれは〈Best Hit Kiyokawa〉で入るタイミング逃して……。

吉田 ね。どこで歌おうかな?と思いました。

この楽曲がアルバム収録時に〈Best Hit Kiyokawa〉と改題された。ちなみに吉田は《REAL LIFE》パッケージ内の写真を撮影したシンガーソングライターのイフマサカとともに、〈ベストヒット清川〉と題したトーク企画を福岡UTEROにて毎月一回のペースで主催。ミュージシャン/バンドマンに限らず、イベント主催者や常連客などライブハウスに集うひとびとを幅広くゲストに招き、音楽とともにあるふとした記憶を掘り起こしている。

───吉田さんはフレーズを確認するように冒頭のリフを試し弾きしてから、じわじわ演奏に入っていきましたよね。

吉田 うん。それで入ったら、中西のギターが鳴らないんで。

中西 みんなどこを最初の一拍としてカウントするんだろう?と思って。

松石 ああ、おれも間違えたかもしれない……

中西 吉田さんが弾いた最初の一発目はお試しやったんですよね?

吉田 そう。

中西 おれはそこからカウントしはじめちゃったもんだから、途中で何拍目か分からなくなって。そしたらドラムがインしちゃったから、さあどうしよう……と。で、開き直って、「ぼくは歌から入りますんで」っていうのを足踏みしながら構えてました。「おれは全然間違ってない」っていう。

二宮 大事だね。「間違ってない」精神。ふてぶてしくやらないと。

松石 間違えても「うわあ」って顔しない。

吉田 歌と同時に入ったもんだから、「うおお!ここで来るんや!」って思った。そういうバンドなんですね。ツッコミ合い、ボケ合いの多発。

───いちファンとしても、新曲の演奏でこれからまたそうした綱渡りっぷりにふれられると思うと楽しみで仕方ないです。作曲はこれからもしばらくは同じ方法で続けるのでしょうか?

吉田 そうですね。無限というのが分かったので。キリがない状態ですね。

松石 飽きるまでこの方法でやって、飽きたら違う方法でつくればいい。

吉田 じゃあ四人でセッションするか!ってなるかもしれないです。

中西 コツをつかんだらつかんだで、おもしろくなくなりそうな気はしてるんですよね。

松石 絶対そうだと思う。いつかは飽きると思うんで。そしたらまた考えようかな。みんな目をつぶって、耳栓して演奏したり。

───すでに新作の構想もあると小耳にはさみました。

吉田 はい。クリックとギターだけ入ったトラックがだいぶあるので。

松石 たまにききかえすと、「これ意外と好きだったやつだ!」って思い出します。けっこう気に入ってるやつもあるんですよ。

中西 ごめんなさい、もう覚えてないです……。

吉田 また完コピでおねがいします。自分のギターを。

二宮 その音源って、おれのところに送ってもらってないやつ?

松石 いや、送りましたよ!

二宮 ……もう一回送ってもらっていい?

【取材構成】WISHKAH
(2020年1月26日26時ごろ、清川とり屋台にて収録)

PANICSMILE《REAL LIFE》

1. Hattoshite Bad
2. Tonarinomachino Sokkuri Show
3. Hands Free
4. Best Hit Kiyokawa
5. Personal Experience
6. I Wanna Be Strong
7. Inst
8. A Night With Ripple
9. Circles
10. Sitting On The Fence
11. Living in Wonderland

[Bonus Track]
1. night with Ripple pt.5
2. night with Ripple pt.7

※ボーナス・トラックはバンド物販およびLIKE A FOOL RECORDSでの購入特典CD-Rに収録

label: LIKE A FOOL RECORDS / LFR10
FORMAT : CD
RELEASE : 2020年2月5日
PRICE : ¥2000+TAX

【distro】
FURTHER PLATONIC(静岡)
STIFF SLACK(名古屋)
サウンドベイ金山店 (名古屋)
HOLIDAY! RECORDS(大阪)
Pajammin Distro(大阪)
FLAKE RECORDS(大阪)
1020 distro
(新潟)
motorpool records(福岡)
UNKNOWN SOUND STUDIO(福岡)

【shop】
diskunion
TOWER RECORDS(新宿店・福岡パルコ店のみ)

PANICSMILE LIVE 2020

2020年4月3日(金)渋谷7th FLOOR
PANICSMILE “REAL LIFE” release party
w) SOSITE / THE RATEL / uri gagarn
DJ: 麺王子 (RAIF), FOOD:えるえふる
OPEN 18:30 / START 19:00
前売2,800円 / 当日3,300円(+1ドリンク)

2020年2月22日(土)京都GROWLY
「GOLDEN SOUNDS」PANICSMILE「REAL LIFE」Release Party

w) pile of hex / ikkaku / nhhmbase / キツネの嫁入り
OPEN 17:30 / START 18:00
前売3,000円 / 当日3,500円(+1ドリンク)

2020年2月21日(金)難波BEARS
PANICSMILE LIVE 2020 WINTER

w) 山本精一 + 吉田ヤスシ + senoo ricky / CARD / o’summer vacation
OPEN18:30 / START19:00
前売2,300円 / 当日2,500円(+1ドリンク)

2020年1月26日(日)福岡UTERO
DJ後藤まりこ「ゲンズブールに愛されて」リリースツアー『Je t’aime, mon amour Tour 2020』

w) DJ後藤まりこ / Bellbottom From 80’s / the camps
OPEN18:30 / START19:00
当日2,500円 / 前売3,000円(+1ドリンク)

2020年1月25日(土)熊本NAVARO
Art Blakery#51

w) shiNmm / ヒラオカテツユキ / 田中事件 / Mul-Let-Ct2 / yard rat / Doit Science
OPEN18:00 / START18:30
2,500円(+1ドリンク)

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