1.1.2 日本の「地方」の限界、「都市」の限界、国家の限界

オホーツク島
7 min readJan 31, 2017

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そうした世界の状況に対し、日本においても、人々が思考を停止しているという状況は例外ではない。

日本における経済格差に関して、前述の世界平和研究所のレポートは、子ども貧困率やひとり親家庭の貧困率、25歳〜34歳の雇用の不安定化などに触れ、現状の指標では可視化されにくい、若年層の経済格差や機会の不平等の進行を指摘している。

日本における「地方」について考えると、人口の半分以上が65歳以上の高齢者となっている「限界集落」が急増していると言われて久しいが、著しい人口減少により消滅する自治体が今後多数現れるといった見込みもあり、日本の「地方」は非常に厳しい状況に置かれている。

2014年5月に日本創生会議より発表された「成長を続ける21世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』」、いわゆる『増田レポート』において、地方からの若年層の流出が地方の人口減少の最大の要因であり、このままの状況が続けば多くの地域は消滅する可能性があると述べ、2040年までの間に「20~39歳の女性人口」が5割以下に減少する自治体(全体の49.8%)を「消滅可能性自治体」と呼んだことが大きな話題になった。しかし、地方からの若年層の流出に関する具体的・根本的な原因についてはレポート内では追求されておらず、あくまで現状認識と対策の方向設定に留まっており、具体的な解決策の提示には至っていない。

総務省は平成27年版情報通信白書において、全国の地方公共団体の約9割が、地方から都市への人口流出の原因を「良質な雇用機会の不足」であると捉えていると報告した。地方において若者は「雇用不足」を、企業は「人手不足」を感じているという一見矛盾した現象の背後に、地方における「雇用の質」の問題、すなわち賃金や安定性、やりがい等の点で良質な雇用が不足しているという問題があるため、若者が相対的に良質な雇用を求めて東京圏に流出するとまとめている。また2014年7月にみずほ総研から発表されたレポートは、企業城下町である岩手県釜石市、観光振興を狙った北海道夕張市や北海道小樽市がそれぞれの産業の衰退、失敗に伴って人口が急減している例を挙げ、工場誘致や観光振興など従来の地域活性化策では人口減少に歯止めをかける効果は疑わしいことを指摘している。

前出の『増田レポート』においては、地方からの若者の「流出」を「食い止める」「呼び戻す」ための具体的な方策として、雇用保険からの所得支援や、地元自治体からの若者への投資、異業種間交流コミュニティの形成などが挙げられているが、あくまで雇用機会の相対的な質の低下を防ぐためのものでしかなく、情報通信白書が人口流出の原因として指摘している「良質な雇用機会の不足」に対し、これを創出することにつながるとはいえない。

こうしたことから、地方自治体が従来通りのやり方を続けても人口流出に歯止めをかけることは難しく、現状掲げられている主な対策も有効なものとはいえない。

こうした問題は非常に複雑に絡み合っており、地域によって置かれている状況、人口減少の原因も異なっている。2014年12月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生『長期ビジョン』『総合戦略』」においても「人口減少問題は地域によって状況や原因が異なる」「地域特性に応じた処方せんが必要」であると記されている。地域特性に応じた処方せんとしての対応策として、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が2015年度から実施している「地方創生人材派遣制度」などの取り組みが挙げられるが、全国すべての自治体に「地方創生人材」を行き渡らせることは到底難しく、依然地方は「限界」とも言える厳しい状況に置かれている。

また一方で、都市圏、特に東京圏においては人口の集積が進み、一部の公共サービスの提供が追いついていない。特に子育て支援に関して顕著であり、例えば東京で子育てをしながら働いて暮らすことは非常に困難である。

2016年、東京で保育園の審査に落ちた母親が、インターネット上に匿名でアップロードした文章が大きな話題になった。2015年10月に発足した第3次安倍内閣の「一億総活躍社会」プランを揶揄し、政府が少子化や出生率低下への対策を掲げ続ける一方で、子どもが保育園の審査に落ちたため会社をやめなくてはならない相反した現実があることを激しい口調で伝えている。

また経済学者の松谷明彦(2015)は、今後東京が直面するであろう急激な人口減少が起こった場合、現在の人口規模に最適化された都市状況から急激な劣化が起こるであろうと述べており、地方の未来が絶望的である一方で、都市の未来にも非常に大きな課題が山積みになっている。

このように、地方と同様に都市部が抱えている問題も非常に大きく、日本の地方と都市にはそれぞれ別の原因で絶望的な状況がある。ここには前述の通り、あらゆる場所で別々の原因による問題が発生しており、国や行政というトップダウン方式だけではとてもカバーしきれない、それでもなんとかしなくてはいけないという国家にとっての絶望的な状況、そして国家が対応できることの限界があると考えられる。

そうした絶望的な状況の中でも、世界の状況と同様に、日本に暮らす人々、特に若者は、思考を止め、絶望的な状況の中でも幸福を感じて生きている。

社会学者の古市憲寿(2011)は、内閣府の「国民生活に関する世論調査」において、現在の生活に「満足」していると答えた20代の割合が2010年には70.5%にのぼることを指摘した上で、日本に暮らす若者の多くは、さほどお金をかけなくても手に入る身近な幸せを大事にするようになっており、現在の暮らしに満足し、幸福を感じて生きていると述べている。

また博報堂生活総合研究所が2016年10月に発表した生活者調査報告は、「日本の行方は、現状のまま特に変化はないと思う」といった項目や「身の回りで楽しいことが多い」といった項目が、2010年代に入って大きく上昇していること、社会にとって良いことよりも自分にとって必要なことを重視する指標が高まっていることを示し、生活者はこの先良くも悪くもならない世の中をポジティブな意識で、自分自身の今を楽しみ、現実的で自立した生き方をしているとまとめている。

一方で哲学研究者の内田樹(2014)は、今後成長が見込めない現実の中でも「経済成長」を唱え続ける日本の政治家、エコノミスト、そしてそれをそのまま繰り返すメディアを批判し、成長以外の選択肢を提起したり、耳を傾けたりすることのないメディア、そして誰も異を唱えない日本社会を「集団的な思考停止状態」と指摘し、この現実に深い絶望感があると述べている。身近な人たちと目先の現実を楽しむという態度は、裏返せば「まやかしの幸せ」「見せかけの豊かさ」に囚われている結果とも言えるのではないだろうか。

このように日本に関してみると、1.1.1で述べた経済、企業の領域と同様に、政治、行政の領域もまた様々な面で行き詰まりを見せていると考えられる。

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