オードリー・タン 台湾政府デジタル担当大臣特別インタビュー『私が考える働き方の未来』Part 3

『働き方のデジタルシフト — リモートワークからはじめる、しなやかな組織づくりの処方箋』から一部抜粋!

WCIT 2017出席時のオードリー・タン大臣(写真中央)Photo: © WCIT — Open Government: Civic Tech on Government Transparency and Citizen Participation https://flic.kr/p/YSwX14

2021年10月25日、技術評論社より発売の『働き方のデジタルシフト — リモートワークからはじめる、しなやかな組織づくりの処方箋』から、台湾政府デジタル担当大臣 オードリー・タン大臣のインタビュー及びインタビュー後の対談を全部抜粋してお届けします。対談:石井大輔・真銅正孝
Part 1 / Part 2 / Part 3 / Part 4 / Part 5)

インタビューを終えて

(対談:石井大輔・真銅正孝)

チームコラボの未来:契約から協定への進化

石井:
共感したのは「強い相互信頼」関係を強調していたところ。たしかに良い仕事をする必須条件ですよね。インタビューの中で、タン大臣が入閣したときは契約ではなく3つの協定があったと言ってます。「場所からの独立」「自発的な行動」「徹底的な透明性」の3つ。ただ、3番目は株式会社だと試しにくいなと思いました。私自身は思い切った行動を取る性格なんですが、株式会社で3番目の徹底的な透明性を本当の意味でやると経営しづらいと思いました。場合によっては炎上したり、競合に秘匿情報が漏れたりするので。

真銅:
そうですか。完璧な透明性は難しくても、徹底した透明性というものは目指せるのかなと思います。かつては従業員の給与から料理のレシピまで、あらゆるものが不透明でしたが、現代においては会社に透明性が求められます。株主や取引先、顧客から社内に至るまであらゆるステークホルダーに対して徹底した透明性を貫く企業に対するユーザーの心証は良くて、結果的にビジネスの成果につながるような時代になってきました。ちゃんと透明にできるところは徹底的に透明にしていく。ここは株式会社のほうが比較的やりやすいかもしれません。

石井:
一番問題だと思うのは、公開すると競合が増えるところですね。多くの企業が顧客のインサイトに基づいて次の一手を考えているわけです。そういった貴重な情報はかなり抽象度を上げないと公開できないはずです。透明性を謳っている多くのプロジェクトも、競合に知られないほうがいいことは言ってない気がしますね。

真銅:
おそらく、ここの話ってマネジメントの話であって、たとえばプロダクトの中身を開示するみたいな話ではないと思う。

石井:
パートナー間のコミュニケーションとコミットメントの話ですね。

真銅:
米LinkedInの創業者のリード・ホフマンさんという人が2015年に『アライアンス』(※1)という本を出しています。この本では、人と企業がそれぞれに対等な関係で契約を結ぼうという新時代の考え方を提案しています。これからの時代はそういう雇用の考え方が当たり前になっていくと思うんですよね。氏の提唱するお話はまさにこの考え方に近いのだろうと思います。

企業と人の関係で言うと、今まで雇用する側・雇用される側というふうにパワーバランスが明らかに変わっていたわけです。そこから構造が変化して、ちゃんとお互いが主張すべきことを主張して契約しようっていう考え方になってきた。これは割と新しい動きだけれど、これからの当たり前になっていくと思っています。

これはまさにタン氏が実行したことです。内閣という、これまた明らかにパワーバランスが異なるところに対して、「私は場所の独立を目指し、自発的な行動をします。徹底的な透明性を出すために動きます」と主張をしたわけじゃないですか。これは革新的だけれども、今後当たり前になってほしい考え方ですよね。協業するからにはお互いの主張も認める必要がある。その上でお互いにお互いを聞きながら動いていきましょう、っていうのが今後の組織と人の関わり方だと思う。それは会社であろうと政府機関であろうと他の組織であろうとそうなっていくんじゃないかなと思っていて、それをすごく可視化してくれているインタビューでした。

石井:
「協定」は外交や防衛の分野で使われ、国家間でよくありますね。「契約」はご存じのとおりがんじがらめにしばるもの。「協定」はお互いのリスペクトが入り、内発的なモチベーションを大事にするニュアンスだと思います。お互いを尊重してXYZをやろうぜっていう軽い握りだけど、法律的なしばりというよりは、書いて残すけれども自由度が高いものだと思います。紳士協定という一般名称もこういったニュアンスを含んでいますよね。職場にこの概念を持ち込むところが新しい。契約より協定のほうがモチベーションが上がりそうですし。

真銅:
そうですね。企業も雇用という表現からゆるやかに業務委託や協業に変化しています。これからは、そういったニュアンスに変えていってもいいんじゃないかなっていうのは僕も考えてました。では、その会社に雇われるじゃなくて会社と提携してそれぞれに独立しながら一緒に頑張ってるんだっていうのがこれからの時代なんじゃないかなって思いますね。

石井:
極端な例ですが、私が参考にしているのはGitLabというコード管理ツール会社の働き方です。この会社は業務マニュアル2,000ページをオープンソースとして公開しており、改変して自社の業務マニュアルとして使ってよいのです。IT業界のドキュメント化するという文化の究極な形のような気がします。

真銅:
これは非常に透明ですよね。自分の前職でも社内報をオープンにするみたいな取り組みをやっていたりとか。今まで社内とかクローズドに行われたコミュニケーションを別に外に出したっていいじゃないかという流れが増えてきている実感はあります。

日本の政府機関を見ても、国会中継とかはすべて全国に放送されているわけじゃないですか。システムが良いかどうかはさておき、ああいった努力っていうのは非常に素晴らしい。あれがないとパワーバランスが崩れちゃうんですよね。国民に対して、いま内閣が何を伝えようとしているのかわからず、アクセスの仕方もわからないとなると、それは非常に国家組織の運営方法として不透明でおかしいですよね。国会での議論が中継されているということによって、国民がそれを確認することができるという透明性のある状態は必須だと思います。

社内マニュアルを公開することによるGitLabのデメリットってほぼないと思うんですよ。もちろんリスクはありますけど。ただ我々がこれを使うことはできるとか活用方法を考えられている時点で、社会のためになっている証明だと思います。

透明性を確保しつつ、きちんと公開をしたってことで自社のためにもなっているし社会のためにもなっている。我々がちゃんとそれを見つけて、これ素晴らしいじゃんと膝を打ち、自社にも活かせそうだみたいな発見もしてるので、非常に社会に有益な行動になっている。透明性が社会に有益な構造にちゃんとつながってる良い例だと思いますね。

いろんなツールがもちろんあると思うんですけど、リモートワーク化によって何が起きるかというと、自分の“机”をウェブに持っていくっていうことです。

今までの作業をオンラインに持っていく。よく考えればどのツールも、やっているのは今までオフラインでやっていたことをオンラインに持っていくというだけのシンプルな話だと思うんです。実は、やってること自体はオフラインのときの延長なんだけど、それをオンラインに持っていくことでいろんな人が同時に参加できるし、場所に関係なく参加することができるというのが一番のメリットなのかなと思います。

さらにオンライン化のメリットとして大きいのは、可視化ができる点。すべての記録を取ることができるので、相関図を作ったり統計解析したりすることができる。これは非常にメリットです。オンラインに持っていくことってそれ自体がメリットある行為なんですね。

石井:
次に完璧主義からの脱却について話しましょう。

真銅:
僕はザッカーバーグが言ったとされる「完璧を目指すよりまず終わらせろ」という言葉が好きで、完璧を目指すよりまず終わらせたほうがいいっていうのはまさにそのとおりだなと思っています。

日本で売れている『入社1年目の教科書』(※2)ってあるじゃないですか。ライフネット生命創業者の岩瀬さんの書かれた本で、岩瀬さんも「とにかく仕事は50点でいいから早く出せ」っていうのを新卒に対してアドバイスしているんです。

つまり、ミスがあってもいいし全然完璧じゃなくていいからまず早く出すっていうのが現代的な働き方だと重要だと。

これには歴史的背景もあって、やはりIT革命以降ってミスしてもいい時代になったっていうのがすごく大きいんですよね。完璧じゃなくていいっていう。それに対してIT革命以前は、当然納品物は完璧であったほうがよかったというか、理論上は完璧であるほうが絶対いいんですよ。何事も。

製造業の世界では「ミスがないこと」というのはものすごく大事なんですよね。たとえばトヨタが新しい車を作りました、納品しました、ミスありましたってなっちゃうと、修正や回収のコストが途方もない額になるんですよ。

要は、製造業の場合は修正にかかるコストが膨大になるので、なるべく完璧であることが求められるということ。それは業界によってはもちろん今でもそうだと思うんですよ。だから、ちゃんとチェック体制を敷いてミスがないようにするっていうのはかなり重要な業務ではある。

ただ、IT革命以降のITを使う作業に関して言えば、ミスしてもいいや、修正すればいいじゃんっていう話なんですよね。どんどんアップデートしていけば問題ない。要するに、納品物の修正コストが下がってきたんですよね。IT革命以降だとミスしてもいいから早く出してどんどんクオリティを上げていこうよ。正解もわかんないし、みたいな時代になってきたっていうのはすごく面白い時代変化だなと思っていますね。

石井:
そうですね。うちはStripe.comという決済システムを使っているのですが、Stripeの昨年のバージョンアップが3,000回だったんです。この回数は、1月1日にバージョン1だったものが365日後にバージョン3,000になってるという意味ですよね。ではトヨタのカローラの場合はどうなるんだろうと考えてみると、1月1日と12月31日はおそらく同じバージョンだろうと。品質の伸びそのものでいうと、ソフトウェアとハードウェアで100倍くらいの差がつくと思います。ストイックに毎日の品質改善に集中すれば。

真銅:
そうですね。本当に物事の修正コストって過去と比べると安くなりました。今の社会構造の変化スピードはものすごく速くなってるので、特にIT化以降だと当然素早く柔軟性が絶対必要になってきますね。だからこそ我々一人ひとりも、生活スタイルとかをもっと早く変える必要があるし、働き方っていうのももっともっと速く変えていく必要があると思うんですよね。

※1 リード・ホフマン/ベン・カスノーカ/クリス・イェ共著『ALLIANCE アライアンス:人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』篠田真貴子監訳、倉田幸信訳、ダイヤモンド社、2015年

※2 岩瀬大輔『入社1年目の教科書』ダイヤモンド社、2011年

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