夢がかなうコミュニケーション。人と人がつながる絵本づくり。 ~千倉書房~
連載「素敵な本が生まれる時」Vol.1 前編
ウェブマガジン『フレーズクレーズ』の連載「素敵な本が生まれる時」では、海外の建築・デザインを日本に伝えたり、日本の建築・デザインを海外に発信している出版社さんで素敵な本が生まれる瞬間のストーリーを、“建てたがらない建築士”いしまるあきこが伝えます。
はじめて取り組んだ翻訳絵本『まってる。』が大ヒットし、その後も人と人をつなぐ「プレゼントブック」を次々と世に送りだしている千倉書房の千倉真理さん。千倉さんの高いコミュニケーション能力・行動力が生み出す絵本の物語をお楽しみください。
文・写真:いしまるあきこ
いしまるあきこ(以後、いしまる):ごぶさたしております。
千倉真理さん(以後、千倉):お会いしたのは5〜6年前くらいですかね。
いしまる:結構前ですね。2007年頃でしょうか。
千倉:乃木坂の会社でお会いして。
いしまる:はい。お会いしたのは、私がラジオ・テレビ番組の企画・営業をしていた制作会社のイー・エー・ユーの忘年会でしたね。
千倉:すごく楽しい会社で、いろんな人が出入りしていて。イー・エー・ユーの林(安二)さんからは、いしまるさんが一級建築士の方で、いろいろとやっている方と伺っていたので。お会いできた時も嬉しかったし。
いしまる:ありがとうございます。今日は、ライターとカメラマンのカメライターとして、千倉さんが手がけている人と人をつなぐ絵本のお話しを伺いに参りました。
早速ですが、絵本を生みだそうと思うようになったのはなぜですか?
千倉:まず、千倉書房のご説明からしないといけないかもしれませんね。創業86年の会社なのですが、会計、経営とか、最近では政治、歴史などの学術書の堅い本ばかりやっている出版社です。
私は、この実家の会社で働くイメージをもったことはなかったのですが、父が10年前に亡くなった時にマーケティングの絵本を手伝ったことが、キッカケになりました。『ドクター・オガワに会いにいこう。―はじめてのマーケティング』(2005年)といって、神戸大学の小川進教授の〈絵本で教科書を〉という発想が面白くて、手伝わせてもらいました。
その頃、主人が大使館勤めでパリに赴任していたので、パリと東京を行ったり来たりの生活だったんです。そして、この『まってる。』の原書をパリの書店で見つけたのも、その頃でした。
絵本屋さんのレジで見つけたこの細長い絵本に、文字通り一目惚れで、「あ、これ、千倉書房で出したい!」と思って。その1冊が汚れていたので「新しいのを買いたいのですが」と言ったら、「この1冊しかお店にない」と。もう、大事に大事にかかえて帰ってきました。
原作のタイトルは『MOI, J’ATTENDS…(まってる。)』。とにかく、かわいいし、素敵だし。その時は、その原書に会えただけでも嬉しいわけですよね。ただ、当時、千倉書房では、純粋な〈絵本〉という分野は、やってなかったので、実際に出せるのかどうかとか、全然わかりませんでした。
私の性格として、こういう時はまず、直接この出版社を訪ねてしまおうと思って。インターネットで調べて、メールを書いて、地図を見ながら行ってしまいました。パリに住んでいた時にあまり行かなかった11区にその出版社はありました。11区はアーティストが多く住む場所で、日本で言うと下北沢とか吉祥寺とか荻窪とか阿佐ヶ谷になるのかもしれないですね。
そのサルバカン(Éditions Sarbacane)という出版社は、大きな版元から独立した夫婦が2003年に始めた新しい会社でした。先方にとっても、この『まってる。』は意欲作で、日本でも大きい版元と版権契約をしたいということで「君の出版社で、たくさん売れるのか?」と聞かれ、「いや、この分野は、やったことないので正直わかりません」と答えたら、あっさり断られてしまいました(笑)。
でもまあ、しょうがないかなとあきらめていたら、半年くらいたった時に「日本の大きな会社とやろうと思っていたけれど、そこが降りたので、まだやってみる気はあるか?」という連絡があって。すぐに「やりますやります!」と言って、契約にたどりつきました。
いしまる:『まってる。』では、放送作家の小山薫堂さんがフランス語から日本語への訳をされていますよね。なぜ、小山さんに頼まれたのでしょうか?
千倉:私は、20代の頃、文化放送でラジオ番組をやっていました。女子大生DJで私が大学3年生の時に、小山さんは大学1年生でADのアルバイトで放送局に来ていたので、顔は知っていました。
ただ、すでに20年たっていたので、覚えていてくれるかどうかもわからなかったのですが、「小山薫堂」で検索して、事務所宛に「20年前の千倉ですが、覚えてますか?見ていただきたい絵本原作があるのですが」というメールを送りました。
小山さんは、ちょうど映画『おくりびと』の脚本を書き終わった時期で、とてもお忙しくされていたのですが、引き受けていただいて、本当にうれしかったです。
普段、小山さんは原稿を書いたらメールで送るそうですが、この時は、「会って渡したい」と言われて、神谷町にあるN35という放送作家事務所に行きました。そうしたら、秘書さんが作ったという、原作のカラーコピーを赤のリボンで綴じてある原稿を渡してくれました。
そこに小山さんの字で「“おにいちゃん”ってよばれる日をまってる。」など訳文が書きこまれていたんです。
原書がとっても素敵な本だったので、フランス語の文字の代わりに日本語のフォントが入ると、このしゃれたフランス語本の持ち味が消えてしまうのかな、と心配していたのですが、小山さんの書き文字を見た時に、全てが解決しました。
小山さんの文字とセルジュの絵がとても合っていて、この手書きの文字のまま本にしたいと言ったんです。
小山さんからは「そのまま本になるんだったらきれいに書き直します」と言われたのですが、「このままでいいです」と持って帰って。ちょっとナナメっぽくなっている文字も全てそのまま本にいただきました。
この本は20カ国以上で翻訳されて、結果的には日本語版が一番売れています。
いしまる:千倉書房さんでは絵本を「プレゼントブック」という言い方をされていますが、これは?
千倉:本屋さんに行く人以外にも手にとってもらえたら、と思ったんです。自分が読むだけではなく、人から人へのちょっとしたプレゼントになる。ネクタイやスカーフの代わりに、ラッピングすると素敵なプレゼントになります。お値段も手ごろだし。
今、小山薫堂さんは京都の下鴨茶寮の亭主もされているのですが、そこでは、和装のウエディングが沢山行われていて。その方達には小山さんが『まってる。』に直々にメッセージを書いてさしあげられていて、とても喜ばれているようです。
結婚式の引き出物にもなるし、素敵なラブレター代わりにもなるし、バレンタインとかで『まってる。』をプレゼントすると、相手がもし自分のことが好きだったら「真剣な告白プレゼント」にもなるし、でも、相手が自分が想ってるほどこちらを好きじゃなかったりしても、その時は、「いや、ただの本のプレゼントよ」と、逃げることもできる。そうやって、この本をうまく使ってもらえるといいなと思っています。
小山さんが当時、フリーペーパーの『R25』のインタビューで「最後の白いページに “君からのメールを待っている” と書きこんで、メールアドレスも書いて渡すといい」って読者にお勧めをしたんですよ。そして、実際に読者で、その通りのことをして、結婚までたどりついた人もいたんですよ。
フランス発祥の本だけれども、ここまでうまく使いこなしているのは日本だけだと思っています。絵本はもっともっと使い道があると思います。
『まってる。』は、本当に沢山の人に手にとってもらうことができて、イラストレーターのセルジュ・ブロックさんに小山薫堂さんを紹介することもできました。2冊目は、小山さんの訳とセルジュの絵で『キスしたいって言ってみて』を出して、3冊目は松尾スズキさんの訳とセルジュの絵で『ボクの穴、彼の穴。』を送りだすことができました。
そのあと、オリジナルでも1冊作ろうということで、小山薫堂さん原作でセルジュに絵を描いてもらって『いのちのかぞえかた』を出版しました。
これは、フランスを始め、7カ国に翻訳され、世界でも広がっています。セルジュも2010年に初来日して、日仏学院で小山さんとのトークイベントもしました。
今は出版が苦しい時代だと言われてますが、ウチのように小さい出版社は、Amazonやネットの口コミで広がるのはありがたいです。アートをやる方達とか、デザインをやる方達とかにとっても、TwitterやInstagramで伝わるってうれしいことですよね。
いしまる:そうですね。とても励みになりますし、どんどんつながっていきますよね。
『まってる。』とは絵柄が少し違う『ママのスカート』とは、どういう出会い方をされたんですか?
(2015年10月30日、千倉書房にて)