ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その9)

ブロックチェーンは電力業界をdisruptするか?

「ブロックチェーンは破壊的技術」「ブロックチェーンは金融をdisrupt(破壊)する」などという触れ込みは聞いたことありますが、本当でしょうか。今回はブロックチェーンが電力業界をdisrupt(破壊)するかを考えてみます。

Disruptive(破壊的)とは

まずイノベーションの文脈で破壊的(disruptive)とはどういう意味かを確認します。古典的ではありますが、クレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」を参考にします。同書ではイノベーションは、市場に顕著な影響を与えない持続的(sustaining)イノベーションと、破壊的(disruptive)イノベーションに2分類されています。破壊的(disruptive)イノベーションとは以下の通り、今までになかった価値で新しい市場を作り、既存の市場に取って代わると定義されています。

An innovation that creates a new market by providing a different set of values, which ultimately (and unexpectedly) overtakes an existing market (e.g., the lower-priced, affordable Ford Model T, which displaced horse-drawn carriages)

ブロックチェーンが電力業界を破壊するとしたら、可能性としては、需要家間のP2P取引などにより、電気の流通構造が変わることと考えます。これによる市場への影響は、既存のプレイヤーが中抜きされる、電力流通の価値形成のポイントが変わるなどの影響が想定されます。その結果、今までにない価値が創出され、既存の市場に取って代わる新市場が生まれれば電力業界はdisruptされるということになると考えます。

既存のプレイヤーが中抜きされるか?

これはすでにその1で議論した論点になります。既存プレイヤー、すなわち電力会社(小売電気事業者、送配電事業者)が中抜きとは、DERを持つ需要家間の取引により電力供給が成立することを意味します。

下記のような図をよく見ますが、私はこのような変化は短期間(10–20年)では起こらず、P2Pネットワークができたとしても従来の電力情報ネットワークと併存する形になると考えています。理由は、すでにその1で述べた通りですが、P2Pネットワークの持つ供給力(発電容量)は限定されており、またP2Pネットワークは系統運用に必要な調整力等を持たないためです。

図7 電力P2P取引(日経エネルギーNEXT「電力会社が中抜きされる時代がやってくる」http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/031400075/092100006/?P=4より)

従って、既存のプレイヤーが中抜きされて新しい市場が既存の市場に置き換えられることは短期では起こりにくいと考えます。

電力流通の価値形成ポイントは変わるか

これもすでにその7の民主化の議論で網羅したポイントとなります。送配電システムの運用・制御の付加価値がP2P電力取引により従来のプレイヤーにとどまらないのであれば価値形成ポイントが変わり、破壊(disruption)が起こるところですが、私の見方は以下であり、価値形成のポイントの変化は限定的と考えています。電力流通の物理的なシステムは自営線を設営しない限り既存のシステムに依存しますし、P2P取引のみで24時間365日供給を行うのでなければ、取引に関わる情報システムにしても2本立てとなり、価値形成のポイントを完全に移行させることは難しいと考えています。

送配電システムの価値のシフト(その7から再掲)

他の新しい価値

他に、既存の市場に取って代わる新市場を形成する新しい価値が電力取引から生まれてくるでしょうか。あるとすれば、以下でしょうか。

  1. 取引の正当性の担保:ブロックチェーン技術の特徴は取引の正当性を担保し、後に検証可能とすることです。しかし、既存のシステムの情報信頼性が著しく低くなければこの価値は限定的かもしれません。
  2. 属性を考慮した電力取引:ブロックチェーン技術により、電気の定性的な属性(例えば、発電源、発電地点、発電所のオーナーなど)の情報も取引の際に参照することができます。言い換えると、電気に色をつけて販売することが可能となります。RE100等目標達成のために再エネ由来の電気をプレミアムを払って購入する企業がおり、今後このニーズは広がりそうです。これは新しい価値になり得ると考えます。

検証とまとめ

再度、ブロックチェーン技術がエネルギーシステムを破壊すると主張するRenewable Internationalの記事の記述を検証することで本記事のまとめとしたいと思います。引用が長くなりますがご容赦ください。

「エネルギー転換」に揺り動かされる「古いエネルギーの世界」…次はブロックチェーンがこれを破壊するのか?

(中略)

エネルギー分野に関して言えば、ブロックチェーンは分散型の取引管理とエネルギー供給システムを可能にします。これは、「発電-TSO-DSO-電力小売り-消費者」という現在の多層システムを劇的に変えるでしょう。ブロックチェーンは、(再生可能)電力を消費者に直接つなげ、電力会社、ブローカー、取引業者、取引所、銀行による仲介を不要にしてしまいます。いわゆる「スマートコントラクト」を通した直接的で自動化された相互作用が、量、品質、価格を個別に定義し、小規模なPVやコージェネと一般消費者をつなぎ、取引コストの低下とより効率的なプロセスがプロシューマーにとって将来有望なビジネスモデルを創り出すのです。

他の分野では、これはすでに現実になっています。ホテル、レンタカー、タクシーなどの中央集権的なビジネスモデルは、AirBnB、Uberなどの分散型で(個人的な)サービスを仲介するプラットフォームを提供する企業による圧力にさらされています。サービスは分散型で提供されるものの、仲介、取引、支払いはいまだプラットフォームによって集中的に管理されています。それが、簡単に言えば、自分の太陽光パネルの電気をお隣のトースターに供給することができるとすればどうでしょう。

エネルギー分野におけるブロックチェーン技術の可能性

エネルギー分野におけるブロックチェーン技術は、まだまだ設計段階です。しかし、エネルギーシステムのすべてを破壊するポテンシャルを持っています。電力、ガス、地域熱の供給、(再生可能)エネルギーの取引、電気自動車、系統運営、検針、請求書、伝統的なエネルギー会社の業務のすべて、または一部をブロックチェーンに任せることもできるでしょう。

仲介のない分散型取引と供給システム

伝統的な多層的エネルギーシステムの内部で中央集権的につくられる電力は、送配電網を通って産業消費者や各家庭に配られます。取引業者は電力卸市場で売買し、すべての関係者のすべての取引が金融サービスプロバイダー(銀行など)を通じて行われます。ブロックチェーン技術を使った異なるアプリケーションの統合は、分散的に管理される取引と供給システムを可能にし、仲介業者や電力会社は無用のものになる可能性があります。

ここまで、ブロックチェーンにより「仲介がなくなる」ことが強調されています。これに対しては以下のように考えます。

・直接電力取引を行うにしても送配電事業者は取引した電気を流通させるインフラの提供者であり、仲介者の位置付けではないと考えます。したがって、自営線を設置する場合以外は依然として必要になると考えます。

・小売電気事業者は確かに仲介的な位置付けかもしれませんが、需給管理や課金請求業務を行っており、いままでその7などで議論したように情報システムが2本立てになると想定すれば、小売電気事業者が「無用」になる可能性は低いと考えます。

・上記文章では卸売市場が不要なレイヤーであるかのように示唆されていますが、直接取引をするとしても発電事業者と需要家のマッチングのためには何らかの市場の機能が必要なのではないでしょうか。従来の卸売市場に代わるものかもしれませんし、小規模な地域市場かもしれません。

・金融サービスプロバイダー(銀行など)については取引した電気と引き換えに手数料が安価または不要なデジタル通貨で支払う仕組みができれば不要になるかもしれません。

コスト削減、スピード、柔軟性

仲介業者を通さない取引を可能にするブロックチェーンは、劇的なコスト削減効果をもたらします。

仲介業者の取り分がなくなることによるコスト削減もしくは無料化

検針、請求書発行などの運営コストの削減もしくは無料化

銀行による取引手数料の無料化

託送料金の削減

グリーン電力証書調達コストの削減もしくは無料化

手作業でこなさなければならなかった個々の手続きもスマートコントラクトで自動化され、手続きははるかに速くなり、すべてのシステムの柔軟性が増すでしょう。

・「仲介業者の取り分がなくなることによるコスト削減もしくは無料化」誰が仲介業者で何のコストが削減されるかが明らかでないためなんとも言えませんが、ブロックチェーンのみによりこれが可能になるのではなく、市場の設計や制度の変更が伴うと理解します。まず、その4で議論しましたが、現行の電気事業法では需要家同士の電気の直接取引が認められておらず、これを認める法が必要です。また、小売電気事業者なしに取引するとしても誰が需給管理を行うのかルールを定める必要があります。

・「検針、請求書発行などの運営コストの削減もしくは無料化」すでに議論しましたが、ブロックチェーンを使った取引システムと既存の情報システムの2本立てになると考えており、既存のシステムが置き換わる可能性は低いと考えます。そのため、ブロックチェーンによる既存システムの運営コスト削減は起こりにくいと考えます。

・「銀行による取引手数料の無料化」上述の通り、電気と引き換えに取引手数料がかからない、または安価なデジタル通貨で決済する仕組みができれば銀行は不要となります。

・「託送料金の削減」これはブロックチェーンにより達成するのではなく、低圧配電網内の託送料金の区分を設ける、託送料金を距離別にするなど制度設計の問題ではないかと思います。

・「グリーン電力証書調達コストの削減もしくは無料化」ブロックチェーンが定性的属性を保存し、取引に利用できることから、これは可能性あるのではないかと考えます。

・「手作業でこなさなければならなかった個々の手続きもスマートコントラクトで自動化され、手続きははるかに速くなり、すべてのシステムの柔軟性が増すでしょう。」スマートコントラクトである必要性がよく理解できません。手作業を自動化するのはRPA (Robotic Process Automation)の方が可能性あるのではないかと思います。

すべてのエネルギーフローと商業取引を改ざんできないように分散型に記録する

ブロックチェーンによる分散型の取引記録のデータは、すべてのエネルギーフローとビジネス活動を、安全で改ざんできない形で保存することができ、これがブロックチェーンのもっとも重要な利点となります。取引は参加するすべてのユーザーのコンピューターに分散保存されるため、ユーザーたちは供給者と消費者の間でおこなわれる取引を「目撃」することになります。そのため、(改ざんされた)新しいデータは、分散保存されたオリジナルデータと合致しないため、公認された取引を後日改ざんすることはできないのです。

・同意します。ただし前述した通り、既存のシステムの情報信頼性がすでに高い場合はこの価値は限定的かと思います。

系統管理、アンシラリーサービス市場、バーチャル発電所

ブロックチェーン技術を用いた「スマートコントラクト」により、系統管理はより楽になります。スマートコントラクトは、需給をバランスさせるためにエネルギーのフローと蓄電について厳格に定められたルールに基づき、どの取引がいつ行われるかについてのシグナルをシステムに送ります。例えば、もし電力供給過剰の場合、「スマートコントラクト」によって余剰電力の蓄電が自動的に開始されます。逆に、需要が供給容量を上回る時は自動的に蓄えた電力を放出します。それゆえ、ブロックチェーン技術は、系統管理と蓄電に直接的な影響があるのです。「スマートコントラクト」は、アンシラリーサービス市場やバーチャル発電所でも用いるこができます。

・私の理解不足かもしれませんが、スマートコントラクトである必然性がよく分かりません。通常のプログラムではできないのでしょうか。

以上、ブロックチェーンが電力業界を破壊する可能性に関して思いつく要素について考えてみました。いまのところ破壊の度合いは限定的ということになりそうですが、ここで考えられていない破壊の要素や側面があればぜひ今後も議論したいと思います。

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