This Week’s Insight:BitcoinとLightning Network — Utreexo、Watch Tower、Nayutaによる実証実験、資金決済法の改正など

Satoshi Miyazaki
Ginco Research
Published in
16 min readJun 10, 2019

Ginco Researchチームです。今週から、Ginco Researchでは、話題になっているテーマを深掘りする記事を出していきたいと思います!

先週話題になったニュースの一覧は、こちらのWeekly Reportよりご覧いただけます。

https://medium.com/ginco-research/blockchain-weekly-report-week1-jun-2019-b17a8084ca15

今週のピックアップニュース3選

  1. MIT Digital Currency LabがBitcoinネットワークのスケーラビリティ問題解決に向けた提案をする論文「Utreexo」を公開
  2. Lightning Networkの安全性向上に貢献する「Watch Tower」:初期バージョンが公開される
  3. 仮想通貨の名称、「暗号資産」に 改正資金決済法が成立

注目すべき理由

今週は、Bitcoinのスケーラビリティ問題改善と、Lightning Networkの安全性の向上、資金決済法の改正の大きく3つのトピックに注目して、深掘りしていきたいと思います。

Bitcoinでは、ネットワークやトランザクションのスケーラビリティに関する問題について長らく議論がされていましたが、近年、2nd Layerにおけるソリューションの開発も進みつつあり、今後のさらなる発展が望まれています。

一方で、日本では世界に先駆けて、暗号資産(仮想通貨)に対する法律や規制の整備も着々と進められています。日本の金融庁を始めとする、国内外のレギュレーションレイヤーからの要請が、今後ブロックチェーンプロトコルの開発にどのような影響を与えていくかについて、私たちは理解を深めていく必要性があると考えています。

本記事では、Bitcoin開発で注目されている新技術と、レギュレーションレイヤーの視点を理解するために欠かせない、最新の論文やニュースをピックアップし、解説していきたいと思います。

1. MIT Digital Currency Labが「Utreexo」の論文を公開。Bitcoinノードのデータサイズを対数的に軽量化する試みについて

2019年6月3日、MIT Digital Currency Lab上にTadge Dryja氏が、Bitcoinノードがダウンロードする必要のあるデータサイズを対数的に圧縮するための提案である、「Utreexo」を公開しました。Tadge氏は、Lightning Networkの原論文を共著した人物として知られています。

論文はこちら:https://eprint.iacr.org/2019/611.pdf

Bitcoinのデータサイズ問題

Bitcoinでは、ユーザーが増えれば増えるほど、システム内を流通するUTXOの量が増えていきます。それに伴い、ノード運用にかかるコストは増大していくため、ネットワークは常に、スケーラビリティの課題を抱えることになります。例えば、フルノード立ち上げ時に行うIBD(Initial Block Download)に必要なストレージは、2019年初頭の時点で、200GBを超えています。
このように、フルノードの機材要件が高くなることで、第三者の立てたフルノードに依存するSPV(Simple Payment Verification)クライアントの割合は、近年増加傾向にありました。SPVクライアントは、軽量なため利便性が高いものの、依存先のフルノードにverification作業を依存してしまうため、ネットワーク全体でみた際に、構造的な脆弱性(カウンターパーティーリスクを許容するノード)が発生してしまいます。

データサイズの削減案「Utreexo」

今回発表された「Utreexo」では、「Compact State Node」という新しいタイプのノードが登場します。Utreexoでは、ハッシュを用いた暗号アキュムレータが使用されていて、セキュリティを犠牲にせずにノードが必要とするストレージの量を削減する試みとなっています。論文中では、フルノードと比較して、対数的に小さいサイズのUTXOデータセットを保持するだけで良いため、IBDに必要なストレージスペースとシークタイム(ディスクを読み込む時間)を大幅に削減することができる、と紹介されています。

実際に様々な環境で開発者がテストできるように、コードがGitHubで公開されています。

Utreexoの活用により、Bitcoinブロックチェーンのノード数が増え、ネットワークのスケーラビリティが改善することが期待されます。

2. Lightning Networkの安全性向上に貢献する「Watch Tower」:初期バージョンが公開される

2019年6月3日、Lightning Networkの研究機関であるLightning LabsでCTOを務める、Olaoluwa Osuntokun氏 (通称 roasbeef)の提出した、Watch Towersのプル・リクエストが、Lightning NetworkのGitHub上でマージされました。

Watch Towersのプル・リクエスト:

Lightning Networkの隠れた問題

現在のLightning Networkには、チャネルのメンバーの一方が非協力的クローズを選択した場合に備えるため、HTLC(Hashed Timelocked Contract)が導入されています。HTLCとは、チャネルの最終ステートにメンバーが合意していない状態で一定時間が経過すると、チャネルにデポジットされている金額が元のウォレットに戻ることで、チャネルの非協力的クローズが完了する仕組みのことです。しかし、HTLCが非協力的クローズを成功させるには「双方のウォレットがオンライン状態のまま、一定時間が経過する」という条件が含まれていました。

これはすなわち、何らかの事情で突如、ウォレットが長時間オフライン(数十時間~数日間)になってしまった場合、オンラインになっているメンバーが、古い状態のステートをオンチェーン上に記録して、不正にチャネルをクローズすることが可能であることを意味しています。一般的に、メンバーが送金を実行する前の自己ウォレットの残高の方が、受け取り相手よりも多かった場合に、このようなケースが発生するリスクがあります。

例えば、AliceとBobの間でペイメントチャネルを開設し、それぞれ10000 satoshiずつを、チャネル上にデポジットしたとします。ここで、Aliceはサービス代として、5000satoshiをBobに支払うことに合意して、送金を実行します。
しかし送金を実行した直後、Bobが何らかの事情で数日間、オフライン状態になってしまったとします(ウォレットの入っていたPCの故障、離島への旅行、etc…)。ここでAliceが悪意を持っていた場合、5000satoshi分の送金をなかったものにするため、チャネル開設時のステートをブロックチェーンに記録して、チャネルをクローズします。これで、AliceがBobを欺く攻撃が成立します。

監視塔の役目を果たすWatch Tower

今回発表されたWatch Towerは、文字通り、ペイメントチャネルに対する「監視塔」のような役目を果たすことで、このような不正を防ぐことが可能になっています。Watch towerを実装したLightning Networkでは、各チャネルのステートがアップデートされるたびに、暗号化された文字の「塊(blob)」を、ペイメントチャネルの各ユーザーごとに生成します。この「塊」はユーザーの公開鍵から作られた秘密の署名であり、生成後、Watch Towerに向けて送信されます。

このとき、Watch Towerは、チャネル開設時のステートを持つトランザクションIDの半分を、同時に受け取ります。この半分になったトランザクションIDは、この「塊」を解読する復号キーとして用いられます。Watch Towerは、これら全ての「塊」と、半分になったトランザクションIDをデータベース内に保管します。これにより、Watch Towerは、mempoolに送信した人のもつトランザクションIDの残り半分と、自身の持つ半分のトランザクションID同士を突き合わせることで、チャネルが古いステートのままになっていないかどうか、照合することができます。

悪意をもったユーザーがチャネルをクローズしたとき、Watch towerは、トランザクションIDを使って「塊」を解読することで、悪意をもったユーザーのウォレットから誠実なユーザーのウォレットに送金することで、結果として、悪意のあるユーザーは資産を失います。

現在公開されているWatch Towerは初期型で、「Altruist(利他的)」という冠が名前につけられているようです。現在のWatch Towerは、まだメインネットでテストできるようになった段階であるため、完全に無収入で運営することになります。現時点では、ユーザー側から能動的にWatch Towerを探し出して利用する必要があり、まだまだこれから普及する可能性がある段階に差し掛かったところであると考えられます。

Watch Towerが攻撃者のインセンティブをなくすことで、今後はより安心してLightning Networkが利用できるようになっていくでしょう。

日本ではNayutaがLightning Network決済の実証実験を開始

Bitcoinブロックチェーンは、上述したネットワークのスケーラビリティに加えて、手数料のボラティリティが高いという問題を抱えており、日常的な決済手段としてBitcoinを利用するには、まだまだ課題が山積しています。Lightning Networkは、これらの課題を解決するソリューションとして期待されながら、日々R&Dが進められており、近年では国内でも盛んにLightning Networkの開発が行われています。

2019年5月30日、株式会社Nayutaは、Lightning Networkを使った決済システムを実店舗に導入する実証実験を行うことを発表しました。プレスリリースによると、2019年5月31日~6月30日までの間、awabar fukuoka(http://fukuoka.awabar.jp/) にて、Lightning Networkを使った即時決済を体験できるそうです。こちらではNayutaが開発を進めている、PtarminganというLightning Networkソフトウェアが用いられているそうです。

Ptarmigan:

awabarで実際にLN決済の動画:

ご覧の通り、動画内ではものの数秒で決済が完了しており、通常のBitcoin送金とは比べ物にならないスピードであることがわかります。また、Lightning Networkを支えるプロトコルレイヤーでは、ハブノードやウォレットサービスの普及が課題となっていますが、こちらの問題に取り組んでいる事業者も存在しています。国内事業者のひとつであるHashHubでは「Denryu Hub & API」や「Denryu Wallet」といったソリューションを提供することで、Lightningノードなしでも、手軽にLapp(Lightning Networkのトラストレスな即時決済性を活かした、アプリケーション)の開発環境の整備に向けて、国内外の開発者に向けた支援を進めています。

国内事業者のLightning Network普及に向けた実証実験や開発の動きに、今後も引き続き注目です。

3. 2019年5月31日 改正資金決済法が成立

2019年5月31日、改正資金決済法が成立し、2020年までに施行される見通しとなりました。今回の法改正により、仮想通貨は「暗号資産」へと名称が変更され、暗号資産交換業に対する規制の厳格化が行われ、暗号資産カストディ事業者(利用者の暗号資産の売買を行わずに、管理する事業者)に対する規制が追加されるなど、投資者保護に向けた法律の施行が進められていく予定となりました。

また、この法改正を受けて、掲示板やTwitter上で仮想通貨を投げ銭できるサービスが、相次いで提供終了を発表したことが、ニュースでも取り上げられ話題となりました。

コンプライアンス体制の構築が課題となる

投資家保護の観点から、暗号資産カストディ業には、コールドウォレットを用いた暗号資産の管理体制構築や、履行保証用暗号資産の準備、犯罪収益移転防止法に準拠したコンプライアンス体制の構築など、多大な負担がかかることが見込まれているため、新規事業者の参入障壁が上がっていくことが予想されます。

一方で、今回の法改正では、ノンカストディアルなサービスを提供する事業者に対しては、活路が残された形となります。

当局による規制が進められていく中、国内事業者によるビジネスをどのように発展させていくか、バランスを取っていくことが求められています

今週のインサイト

最後に今週を振り返って、本記事を締めくくりたいと思います。

今回はこのように、大きく3つのニュースを取り上げてみました。Bitcoinブロックチェーンでは、このようにレイヤーごとにそれぞれ課題解決が進められている一方で、国内ではブロックチェーン/暗号資産に対するレギュレーションレイヤーからの要請も、徐々に強まりつつあることがわかりました。

Lightning Network、課題はユーザー体験

Lightning Networkでは、送受金にペイメントチャネルを開設する必要があるため、利用には高いユーザーリテラシーが求められます。このユーザー体験の課題を解決するために、カストディ型のLightning Network対応ウォレットが登場し、一時ユーザーの間で、話題になりました。

Lightning Network対応のカストディ型ウォレットでは、ハブとなるノードにBTCをデポジットすることで、同量のBTCがユーザーのLightning Network用アドレスに割り振られて、送金できる状態になります。Blue Walletというモバイルウォレットは、このようにしてチャネルを開設する手間を疑似的に省略し、高いユーザー体験を実現したことで人気を博しました。

しかし、改正資金決済法・改正金融商品取引法が可決された現在、こちらのモデルは、暗号資産カストディ業に該当する可能性があります。今後、国内事業者による同様の事業展開が難しくなることが考えられます

Bitcoinに集められる期待

一方で、Lightning Networkでの店舗決済の実証実験が開始されたというニュースもあり、今後の決済利用の可能性も見え始めてきました。また、Bitcoinのスケーラビリティを向上させる提案論文も登場するなど、明るいニュースも多く登場したように思います。

暗号資産関連の事業者は今後、金融領域における一プレイヤーとして、どのように立ち振る舞っていくかが改めて問われたかのような1週間だったかと思います。

Ginco Researchでは今後も引き続き、技術と規制の動向について、ウォッチし続けていきたいと思います。

ブログを移転しました!(2019/08/15追記)

最後までお読みいただきありがとうございます。Ginco Researchはブログを以下に移転しております。引き続きブロックチェーン業界の動向や週次・四半期ごとのレポートを公開しておりますので、ぜひこちらもご覧ください!

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