EW-DOSで実現する再エネトレーサビリティー(2)
第五回 エネルギー・ブロックチェーン入門
第4回の記事では、再生可能エネルギー(以降「再エネ」)のトレーサビリティーに関して、その背景、仕組み、世界の制度、EWF(Energy Web Foundation)の取り組みの概要を紹介しました。今回の第5回の記事ではEWFの会員企業による事例を紹介します。
************** 目次 ****************
【E7】EWFの再エネトレーサビリティーの事例概要
【E7.1】タイPTT
【E7.2】シンガポールSP Group
【E7.3】フランス engie
【E7.4】米国PJM-ESI
【E7.5】Flexidao
【E7.6】その他
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【E7】EWFの再エネトレーサビリティーの事例概要
EWFのツールキット「EW Origin」を使用した再エネトレーサビリティーの事例は以下があります。これらの中には商用運用に入ったものもあり、ブロックチェーン技術のエネルギー分野における応用の中では、おそらく最も商用化が進んでいる領域ではないかと考えます。
各事例のブロックチェーン技術の使用目的としては、記録保存が主となります。記録保存の対象は、後に証書発行の基になる電源のデータ(再エネの種別、性能など)や電力データ、発行後の証書の取引記録や状態(販売前、償還済など)となります。これらの重要なデータを改ざん不可なブロックチェーン上に記録することで再エネトレーサビリティーの信頼が増すという考え方が主な使用動機のようです。もちろん、これに伴い、データ収集と証書発行手続を自動化し、人力による確認作業が不要となり効率化が期待できる側面もありそうです。
※データそのものをブロックチェーン上に記録保存しているかは不明です。暗号学的ハッシュ関数のダイジェストを記録し、データの真正性を検証できるようにしているだけかもしれません。
以下、EWFの年次イベント「Event Horizon 2019」での発表およびその他の公開情報を基に、各事例について簡潔にまとめます。
※2020年のEvent Horizonは当初9月に開催される予定でしたが、COVID-19の影響で中止となっております。
【E7.1】タイPTT
PTT社は、石油・天然ガス・石炭のサプライチェーンを持つ、タイに本社を置く多国籍総合エネルギー企業です。年間売上は715億USドル(約7.2兆円、タイのGDPの10%以上)にのぼり、米国フォーチューン誌が毎年発表する「フォーチューン・グローバル500」の140位(2020年)にもランクされる巨大企業です。
PTT社は子会社のGPSC (Global Power Synergy Public Company)を通じ、世界中に発電所(火力および再エネ)の投資を行っており、岩手県にも25.9MWの太陽光発電所を建設し、2017年に運転開始した実績があります。
Event Horizon 2019で発表したSupharat Ridthichai氏によると、全世界で発行された再エネ証書は12億MWhのうち、東南アジアで発行されたものはわずか500万MWhであり、伸びしろは大いにあるということでした(2016年時点の東南アジアのポテンシャルは2.2億MWh)。また、PPA(発電事業者と需要家の直接の電力購入契約)の組成が難しい地域では、再エネ証書が企業の再エネの購入の目標達成を助ける重要なツールになると考えています。
PTT社としては、再エネ証書を普及させながら、GPSC社を通じて行っている再エネ発電所への投資も拡大してゆきたいという思惑で、EWFとパートナーを組んで再エネ証書のプラットフォームに取り組んでいます。PTT社が開発するデジタルプラットフォームは、Green Certificate Companyが管理するI-REC(第4回参照)のデータベースと連動し、設備登録、ユーザー登録、証書取引管理を行えるようになっています。(詳細は第4回記事【E6.5参照】)
PTTは2019年前半までに米国の証書ブローカー3Degreesと試験取引を実施し、2020年にプラットフォームを本格運用する予定です。
【E7.2】シンガポールSP Group
SP Groupはシンガポール唯一のユーティリティー企業で、シンガポール・オーストラリアにおいて電気とガスの送配電部門や地域冷房などの事業を持ちます。(シンガポールの小売電気事業は2018年から完全自由化)SP Groupとしては、顧客の脱炭素の目標達成の手段を提供するために、証書取引プラットフォームに取り組んでいます。
SP Groupは2018年に、同社顧客、証書の買い手でありRE100のメンバーでもあるDBS BankとEW Originの最初のバージョンの試験を行った後、10月にREC (Renewable Energy Certificate)プラットフォームの運用開始を行いました。準拠する証書制度はPTTと同様、I-RECであり、I-RECと連携しながら証書の発行、取引から償還まですべての手続をワンストップで行えるプラットフォームの構築を目指しています。
ウェブサイトの情報によると、プラットフォームの利点としては以下を挙げています。
・利便性(販売されている証書適用希望の需要を自動的にマッチングする)
・再エネ証書調達にかかるコスト低減(ブローカーとのやり取りを含む複雑な調達プロセスを簡素化する)
・セキュリティー(取引はブロックチェーン技術を基にしたプラットフォーム上で行われる)
・エンパワーメント(売り手・買い手が証書販売や購入の条件の変更柔軟性を持つ)
・選択肢(地元または海外で発行された証書を選択可能)
また、当RECプラットフォームにおけるブロックチェーン技術の役割としては、プラットフォームを可能にする技術(enabler)という位置づけで、再エネ電力証書を発行から償還までのライフライクルに渡り追跡し、トレーサビリティー、透明性、セキュリティーを確保することです。
SP Groupの再エネ証書取引に参加する企業は、2019年6月時点で、買い手としてDBS Bank、City Development Limited(不動産開発)、売り手として、Kateon Natie(倉庫・物流)、Cleantech Solar、Southpole、YS Energyなどが参加しています。
SP Groupの本取り組みは、企業だけでなく、家庭や電気自動車(EV)のオーナーもターゲットにしています。SP Groupが顧客に提供する既存のアプリに証書取引機能を追加し、証書の市場を活性化しようとしています。家庭の電力消費を再エネ化したいと考える需要家や、EVをクリーンなエネルギーで走らせたいEVオーナーがターゲットになります。
【E7.3】フランス engie
engieはフランスに本社を置く多国籍電気事業者で、売上高ではイタリアのEnel、フランスのEDFに次ぎ、世界第3位の大規模な事業者となっています。engieがブロックチェーン技術に着目したのは早く、2016年でした。当時はビットコインの拡張技術で、独自のトークンの生成が可能なColored Coinを使用し、実証実験を実施しました。その後2017年のEWF設立時からEWFのメンバーとなっています。
2018年には、engieの顧客であるAir Products社が産業ガス製造に用いる電気を、風力発電および水力発電による電気で、かつ由来証明付で供給する契約を締結しました。また、同年、SP Groupと同様、EW Originの最初のバージョンの試験に参加しました。このときの証書の買い手はマイクロソフトでした。
その後2018年9月には、再エネトレーサビリティーのプラットフォーム開発・提供をThe Energy Origin(TEO)というengie出資の別会社に移し、再エネトレーサビリティーのサービスを継続しています。主な顧客ユーザーはengieですが、engie以外の電力会社にもホワイトラベル(相手のブランドを使用)のソリューションを提供する意図があるようです。TEOはEW Chainのメインネットを使用した最初のアプリケーションでした。
engie/TEOの狙いとしては、顧客の需要家に24時間365日、地元の再エネの電気を届ける手段の確立であり、これを以下の3段階で達成しようとしています。
1段階目:再エネ証書の発行と適用
2段階目:リアルタイムで再エネ証書の発行と消費のマッチングを実施
3段階目:24時間365日の再エネ調達
PTTおよびSP GroupはI-RECに準拠した再エネ証書の発行および取引機能に重点を置いていますが、engie/TEOは再エネ証書という手段にとどまらず、トレーサビリティーを確保した再エネの供給手段を提供し、需要家の再エネ調達目標達成を助けるのが狙いです。特に、TEOプラットフォームにより透明性を確保し、信頼性の高い再エネ調達が可能になると考えています。
【E7.4】米国PJM-EIS (PJM Environmental Information Services)
PJM Interconnection(「PJM」)は米国東部の13州およびワシントンDCを対象に送電網の運用管理を実施する中立的な独立系統運用機関(Independent System Operator/Regional Transmission Operator)です。今回の事例の対象のPJM Environmental Information Services(「PJM-EIS」)はPJMの子会社PJM Connext, L.L.C.の子会社になります。
PJM-EISはGeneration Attribute Tracking System (GATS)という、1MWごとの再エネ発電源由来の証書を提供するサービスを提供しています。2020年9月現在で、PJM管内の26万件以上の再エネ発電設備が登録されています。これらの証書はRenewable Portfolio Standard(RPS、再エネ由来の電気を一定割合で供給することが義務づけられている法)の遵守のために電力会社が購入する他、証書ブローカー、アグリゲータ、需要家が買い手となっています。
EWFとPJM-EISは2018年10月に、EW OriginをGATSに適用する実験の実施を発表しました。顧客が再エネを調達するプロセスを簡素化し、セキュリティーと透明性を向上させ、GATSの事務コスト・証書取引コストを下げる狙いがあります。特に、Austrian Power Gridの事例(第2回記事参照)と同様、屋根置きの太陽光発電など小型も含む大量の分散型再エネが普及しつつある今、大量の分散型再エネの登録・認証や証書の取引をコストをかけずに行えることを期待しています。
【E7.5】Flexidao
Flexidaoは2017年に創業したスペインのスタートアップ企業で、報告機能を持ち、マーケティングツールともなる再エネトラッキングツール「RE-Spring」を電力会社向けに提供しています。すでに実証実験の段階を終え、本ツールは実運用の段階に入っています。
同社ウェブサイトによると、2020年9月現在、8社の顧客を持ち、毎日113の発電源から92.6GWhの再エネをトラッキングしています。2019年6月時点では50発電源、4.2GWhだったので、トラッキング対象の再エネの量は1年で20倍に伸びたことになります。
下図はスペインの垂直統合の電力会社Accionaに提供したソリューションの概要で、風力と水力の5つの再エネ電源で発電した電気の由来証明を5つの需要家施設に提供しています(2019年6月現在)。供給と需要の照合(マッチング)は日次で行われます。
右上は電力会社Accionaの担当者のコメントで、Accionaとしては単なるエネルギーサプライヤーではなく、顧客需要家のCSR(Corporate Social Responsibility)パートナーとなることで、既存法人顧客のつなぎ止めと新規顧客獲得を目指しています。右下はAccionaの顧客需要家(繊維産業)の担当者のコメントで、Flexidaoのプラットフォームをマーケティング目的にも使用する意図があることがわかります。
FlexidaoはEWFのメンバーであり、記録のためにEW Chainを使用しています。
【E7.6】その他の事例
2019年1月にはスペインの大手電力IberdrolaがEW Originを使用して、再エネ電源の由来証明を顧客需要家である銀行、Kutxabankに提供していることを発表しました。本案件は後に上記FlexidaoのRE-Springに引き継がれたようです(下図の通り、Flexidaoから案件の紹介あり)。
EWFは2020年2月には日本のみんな電力(EWF非会員)と試験を行ったことを発表しています。また、2020年6月には、メキシコ・中米の小売電気事業者Mercados Eléctricos S.A de C.V (MERELEC)と、中米のI-REC市場プラットフォームの開発の第1段階を完了したと発表しました。
以上がEWFが関わる再エネトレーサビリティーの事例です。世界中で再エネ由来の電気へのニーズ、また、それに応えようとする事業者のソリューション開発の勢いが増していることが分かります。
最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
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info@kaula-lab.com
カウラ株式会社HP: kaula.jp
■EWF, EW-DOS, EW Chainの最新の詳細については、以下のサイトをご参照ください。
Energy Web Foundation
EW-DOS White Paper Part 1, Vision & Purpose
EW-DOS White Paper Part 2, Technology Details
EW Chain White Paper
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・第一回 エネルギー・ブロックチェーン入門:EWF概要 / ブロックチェーンの基本概念
・第二回 エネルギー・ブロックチェーン入門:EW-DOSのユースケース概観と事例紹介
・第三回 エネルギー・ブロックチェーン入門:EW-DOSとデジタルアイデンティティ
・第四回エネルギー・ブロックチェーン入門:EW-DOSで実現する再エネトレーサビリティー(1)