「場所」をつくる建築家

連載:後期近代と変容する建築家像(その4)

松村淳
建築討論
Sep 9, 2022

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連載第三回では、古くからの木造アパートが取り壊され、ワンルーム・マンションに立て替わっていく下宿街の様子をスケッチしながら、それを「生活世界」=「場所」が失われていく後期近代的な風景として記述した。

ここで、後期近代という時代枠組みを復習しておきたい。後期近代論の代表的な論者であるギデンズは後期近代(再帰的近代)という時代区分を使用し、現代をモダニティが徹底された時代であると述べ、モダニティの徹底には時間と空間の分離が必要不可欠であると指摘した。時間と空間が分離し、それらが標準化された「空白な」な次元を形作っていくことで、社会活動は目の前の特定の脈絡への「埋め込み」から解き放たれるというのである。そして、脱埋め込みという概念を「社会関係を相互行為のローカルな脈略から『引き離し』、時空間の無限の拡がりのなかに再構築することを意味している」(Giddens 1990=1993)と述べるのである。

こうした特徴を持つ後期近代という時代であるが、それは特有の風景を生み出した。その特徴を端的に言えば、リスクヘッジと資本主義の徹底したロジックに則って生み出されていく「空間」が織りなす風景だ。たとえば、ショッピングモールや高層マンションや、遊具のほとんどない公園である。「場所」と「空間」をめぐる議論は、ポストモダン地理学の文脈で盛んに議論されてきた。ポストモダン地理学の文脈で、両者の違いについて簡単に定義しておけば、前者が(自分自身の)身体を中心に認識された空間の広がりであるのに対して、後者では、任意の点を中心にして、そこから広がりを持つ抽象的なものとして定義できる。さらに言い換えれば、「場所」が個人のアイデンティティに紐付いたかけがえのないものであるのに対して、後者は、個人のアイデンティティとは無関係で、取替可能なものである。

また街のなかにも「場所」は必要とされている。レイ・オルデンバーグは「サードプレイス」という概念を唱え、近年は日本でも人口に膾炙するようになった。サードプレイスとは、ファースプレイス(自宅)、セカンドプレイス(職場)などと対比されたネーミングである。「地域社会のなかにあるかもしれない楽しい集いの場。関係のない人どうしが関わり合う『もう一つのわが家』」(オルデンバーグ 2013:9)であると述べる。

オルデンバーグは、街の中に、個人のアイデンティティに紐付いた場所の必要性を説いた。日本にも数多くの店舗を持ち、人気を博しているスターバックスコーヒーは、そうしたサードプレイスのコンセプトに基づいて店をつくっている。

脱埋め込みフェーズで招聘される建築家は、「顔の見える専門家」として「場所」をつくることをサポートすることを期待されている。しかし、「場所」づくりは「空間」づくりよりも難しい面がある。それは、先程述べたように「場所」が個人のアイデンティティに結びついているからである。

それゆえ、全国区の建築家は「場所」づくりには招聘されにくい。招聘されるのは圧倒的に地元の建築家である。対象となる「場所」の近所に住んでいればなお良し、といった具合だ。そうなれば、これまでのように東京の建築家が地方の建築家よりも地位が高いというヒエラルキーも消失する。むしろ地方に拠点を持つほうが、空き家も多く、結果として「場所」づくりの仕事が多く舞い込む可能性が高いとさえ言えるだろう。

「空間」に侵食される「場所」

「場所」づくりの仕事について述べていく前に、「場所」が「空間」によって侵食されていく過程について簡単に振り返っておきたい。全国的な「空間化」を加速化するとなったのは、2000年の大規模小売店舗立地法(以下、大店立地法)の施行である。大店法成立以降、地方都市の郊外には巨大なショッピングモールが出現した。

巨大ショッピングモールは、一般的には、自社が展開するショップとテナントから構成されている。しかし、入居しているテナントも地域ごとの特色はほぼ無く、アパレルから雑貨屋、飲食店に至るまで全国展開されている店で占められている。もちろん、こうしたショッピングモールが地域の人々の消費生活を豊かなものにしたという事実は否定できない。ショッピングモールを、全国あまねく場所で同じような消費生活を送るためのインフラとしてみた場合、十分すぎるほどその役割を果たしているといえる。

しかし、こうした郊外型の巨大なショッピングモールが整備される一方で、中心市街地は衰退の一途をたどっている。県庁所在地ならばまだマシな方だが、人口が二番手、三番手の都市における中心市街地の衰退ぶりは目を覆うばかりだ。なかでも商店街は壊滅状態である。いわゆるシャッター商店街も多いが、分譲マンションや駐車場となり、かつての商店街の名残りが消えてしまっているところも少なくない。

地方都市の中心市街地や商店街は、いわゆる「場所」としての性格を色濃く持っている。子どもであれば駄菓子屋、大人であれば個人商店や、老舗の喫茶店、あるいは飲み屋などが、「場所」としての機能を持った。筆者の経験で言えば、小学校の前にあった駄菓子屋、自宅があった団地の近くにあった、個人商店(小規模スーパー)、お好み焼き屋、文具店などが「場所」であった。それぞれの店の店主たちは、筆者のことを認知しており、店主とコミュニケーションがとれるのが楽しみで店に通ったという側面もある。お好み焼き屋では、100円で買えるソフトクリームを店内で舐めながら、手が空いた店主とおしゃべりしながら時間を過ごすこともよくあった。しかし、2000年頃を境に、個人商店はコンビニエンスストアに変わり、他の店はすべて閉店した。こうした状況は、全国津々浦々で生じていると推測される。

また、消費の中心の郊外シフトは、住空間の郊外シフトも加速させる。郊外のショッピングモールの周辺にあった田畑は造成され、分譲地となり、そこに多くの住宅が建てられた。幹線道路も整備され、その道沿いには全国チェーンの商店が軒を連ねる。こうしてますます消費の郊外シフトが加速するのである。その結果、中心市街地は、もはや消費の中心地ではなくなり、商店は続々と撤退している。まとまった広さを持つ商店の跡地には、高層マンションが建設されるというのが最近の傾向である。駅や会社に近いという利便性と、かつての一等地に建っているというということを前景化することで、マンションにプレミア感を付加している。商店街に場所性を抱いていた者からみれば、「場所」が「空間」に侵食されていく、という強い危機感を抱くだろう。

「場所」づくりの仕事とはどのようなものか

こうした状況を受けて、「場所」をつくっていく動きが活発化している。その中心にいるのが地域の建築家である。その理由については、すでに述べたとおりだ。再埋め込みフェーズである、「場所」づくりにおいては、顔の見える専門家が必要とされるからだ。建築家自らが事業の担い手のなっているケースも少なくない。

それでは、ここで「場所」づくりの仕事とはどのようなものか、そして建築家はどのような役割を果たしているのかについて、具体例を挙げながらみていきたい。

兵庫県宝塚市在住の建築家・奥田達朗(奥田達朗建築舎)は、「場所を育てる建築家」をもって自任する。清荒神地区は、阪急電鉄宝塚線の清荒神駅から、清荒神清澄寺に至る参道に発展した門前町である。参道沿いにはたくさんの商店が軒を連ねたが、現在では営業している店舗は大幅に減ってしまっている。奥田はそうした現状を憂いつつも、そこを新しいライフスタイルを打ち立てる場としてのポテンシャルを見出している。このように、衰退する街の有様にむしろ好機を見出しているのが、「場所」づくりを担う建築家の特徴である。リノベーションを主戦場とする彼らにとっては、住宅地として人気ランキングの上位を占める街よりも、衰退し、空き家が目立つ街を主戦場とする方がむしろ都合が良いのである。

さて、奥田の話に戻ろう。奥田は自身もそこに住居と職場を構えている。彼は、清荒神の文化住宅を夫婦二人の住居として借りた際、内装を自分たちの好みにリノベーションした。そこを月に一度だけ、カフェとして「住み開き」を行うことにした。

奥田達郎建築舎「INCLINE」[撮影:奥田達朗]
奥田達郎建築舎「清荒神の長屋」[撮影:奥田達朗]

結果は予想を上回る来客があり、人々の住空間への関心の高さを思い知った。建築家自ら、住まい方を見せることによって、漠然とした「住まい方へイメージ」しか持ってない者たちに、具体的な「住まい方のイメージ」を訴求することができたのである。その結果、一人、また一人と、清荒神に購入した物件のリノベーションを奥田に依頼するクライアントが現れるようになった。現在では、住宅だけでなく商店主からの依頼も増えている。

次回は、さらに具体的な事例を紹介・検討しながら清荒神という街の魅力に迫ってみたい。

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参考文献
Giddens, Anthony, 1990, The Consequences of Modernity, Polity Press(=1993、松尾精文・小幡正敏訳『近代とはいかなる時代か?─―モダニティの帰結』而立書房)。
オルデンバーグ・レイ、2013『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり心地よい場所」』みすず書房。

松村淳 連載「後期近代と変容する建築家像」
・その1 後期近代と 建築家の「解体」
・その2 システムの綻びと建築家
・その3 「生活世界」の崩壊と再建のアポリア
・その4「場所」をつくる建築家

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松村淳
建築討論

まつむら・じゅん/1973年香川県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。京都造形芸術大学通信教育部建築デザインコース卒業。関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程(単位取得満期退学)。博士(社会学)・二級建築士・専門社会調査士。専門は労働社会学、都市社会学、建築社会学。関西学院大学社会学部准教授。