解題─都市〈学〉の構築

松田達/Annotated bibliography — The Construction of Urban “Science” / Tatsu Matsuda

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本特集「計量的アーバニズムの最前線」では3人の論者にご寄稿頂いた。本稿では、これらの論考の内容を整理するとともに、本特集を含め、筆者が本媒体『建築討論』にて担当したいくつかの特集をあらためて振り返ってみたい。というのも、たまたま4年連続で同時期に特集を組ませて頂いたが、これらの特集は各特集で完結していると同時に、実は継続したテーマがあったといえるためである。また、楽屋話的で恐縮であるが、建築討論委員会の委員長交替とともに、本年、建築討論委員会委員の任期を終えたため、特集としての担当は今回が最後となるためでもある。最初から明確なテーマがあったというより、特集をいくつか担当するうちに、そのテーマが鮮明に浮かび上がってきたというようにもいえる。そのテーマとは「都市〈学〉の構築」ということがいえるのではないかと思う。

本特集「計量的アーバニズムの最前線」の構成について

まずは本特集の構成を概観しておきたい。内容的には、各論考中の本文中にはほとんど現れていないが、いずれもかなり複雑な数式や理論モデルを前提にしているため、本文とは別に解題を書くことによって、読者の理解がより深まると思われた。

矢野桂司氏(立命館大学文学部)、新井崇俊氏(東京大学生産技術研究所/hclab.)、吉本憲生氏(日建設計総合研究所NSRI)による3つの論考には、それぞれ「計量革命と都市論」「計量と設計の接続について」「人文社会都市論と数理的都市論の接続」というラベルを付けさせて頂いた。各論考の趣旨や内容は、より広い範囲を射程におさめていると思うので、こうしたラベリングはどうしてもテキストの一面的な見方となってしまう点についてはご了承頂きたい。とはいえ、あらためて振り返ると、「計量」というテーマを軸に、かなりバランスが取れた構成にはなっていると思う。

矢野桂司「数理・計量地理学の過去、現在、未来:計量革命、GIS革命、空間ビッグデータ革命」

矢野氏は、地理情報システムを活用した地理学や、学際的な地理情報科学を専門としているベテランの研究者である。ここでは「計量革命」以降の地理学の展開及びGISやビッグデータによるさらなる都市地理学の革命とその新たな展開可能性について、著者自身によるジオデモグラフィクス研究や歴史GIS研究にも触れながら概説して頂いた。

地理学は建築という分野から見ると、やや距離があるように思われるが、都市計画や都市論にとっては隣接分野であるといえる。特に同心円モデルで知られるアーネスト・バージェス(1886–1966)やアーバニズム論で知られるルイス・ワース(1897–1952)をはじめとした1920年代から1930年代のシカゴ学派は、都市社会学や都市地理学が広く発展した母体のひとつとなっており、現代の都市研究の流れをたどっていくと必ず行き着く社会学者のグループである。矢野氏の論考では、このシカゴ学派以降、現在までの地理学の発展の計量的な側面を中心に、非常に分かりやすい流れで追って頂いている。

1960年代に地理学における計量革命を牽引し、地理データを地理行列によって多変量解析へと結びつけたブライアン・J・L・ベリー(1934-)や、万有引力のアナロジーによって都市や地域間の流動量を定式化した重力モデルの問題点を、統計力学におけるエントロピー概念を用いて発展的に解消し「エントロピー最大化モデル」を定式化したアラン・G・ウィルソン(1939-)らの輝かしい業績をはじめ、相対空間を取り扱った認知地図・メンタルマップ、空間的意思決定の離散的選択モデルである多項ロジットモデル、対象物の関係を地図的に可視化する多次元尺度構成法(MDS)、可変単位地区問題(MAUP)、地理学的加重回帰分析(GWR)といった計量地理学における重要な問題や手法が、一気に触れられている。

それらが1980年代後半のGIS革命、1990年代の地理情報科学の展開、現在の空間ビッグデータ革命へとつながる状況や、AIに着目しつつこうした発展を予見した先駆者のひとりのスタン・オープンショー(1946-)が紹介されるとともに、矢野氏自身の専門であるジオデモグラフィクス(地理学と人口統計学を組み合わせてつくられた造語)や、こうしたGISやコンピューティングを再び人文学に応用する空間人文学といった新たな可能性も提示される。こうした計量化による地理学の展開は、都市研究の発展とも重なると同時に、都市・建築の分野が積極的に参照していく軌跡だと思われる。

新井崇俊「視覚・距離情報を有する点群に建築空間の分析と設計を接続することは可能か?」

新井氏は、都市解析と建築設計の両者を専門としており、既存の都市・建築を分析することと新たな都市・建築を設計することという両者を接続することの意義とその方法論について、自身が設計に携わった「東京大学目白台インターナショナルビレッジ」にも触れつつ議論を展開して頂いた。新井氏は、吉川弘之による「一般設計学」をもとに、都市・建築空間の「分析」と「設計」の接続可能性を試みる。法則を見つけることによって自然の現象を理解することと同じように、空間もその定量的な側面に光をあてることによって、法則の発見と抽象化による記述が可能になるという。なお、その例として挙げられているA. G. ウィルソンのエントロピーモデルは、まさに矢野氏が挙げていたものと同一のものであり、都市解析と地理学の共通点がここに垣間見られる。

新井氏は、さらに空間における分析と設計をつなげるため、いわば抽象化と具体化を接続するため、その非対称性を明らかにした上で、設計のために必要となるいくつかの領域を束ねる共通の視点を獲得する必要性を述べる。その共通の視点として、定量化が可能な(計量可能な)空間の視覚情報と距離情報に注目し、ケーススタディを通して両情報量のコントロールが設計につながる可能性が議論される。

ここで特に注目されるのは、空間の「設計」を「逆問題」として再定義していることである。この場合の順問題は、既存の空間におこる現象を、そこから得られる情報によって理解することである。つまり、この空間があれば、このような現象が起こるだろう、このような機能が得られるだろうと予測することが、通常の順問題であるということである。逆に、こうした現象を起こすために、またこのような機能を得るために、どのような空間を設計したら良いかと考えることが、設計を逆問題として捉える視点であるといえよう。もちろん、この場合は解が必ずしもひとつではなくなるが、複数の最適解から個人の好みも考慮しながら「実行解」を選択することが可能になるという。

ケーススタディにおいては、実際には設計後に事後的に行われた分析だということであるが、こうした前提を考えてみると、設計を逆問題として解くというかたちで、自然科学と応用科学を自然なかたちで接続することができるだろう(新井氏はこのようなプロセスによる設計を「エンジニアドデザイン」と呼ぶ)。こうして、「計量」と「設計」が接続される。

吉本憲生「概念から「パラメータ」へ」

吉本氏は、近代都市史や都市イメージといったテキスト解釈による人文科学的なアプローチから、都市評価や都市空間解析といった数理的アプローチへと至った異色の研究者である。ここでは、自身の方法論の変化や最新の「感覚語スコア」の研究も含め、人文社会的な都市論の限界と、数理的な都市論によるその突破の可能性について触れて頂いた。

吉本氏が特に注目するのは、複数の学問分野から多面的に語られる都市論における、人文社会学的な言説への偏りである。例えば、1970年代から80年代にかけての日本における都市論ブームは、基本的にテクスト解釈をベースとしており、そこでは「オモテ/ウラ」のような記号的「概念」を設定することによって、都市空間の意味を分析していた。しかし、こうした「概念」による都市分析は、SNSの台頭によるメディアの変容とデータ社会の到来によって、限界を迎えているという。SNS時代以降の都市が、小説や映像などの作品となった代表的なテクストによって表象されるのではなく、個人による無数の小さな記述の集合体となってしまったことに加え、こうしたネット上の都市に関する膨大な記述が、すでにビッグデータとして数理的なアプローチにより分析可能な情報となり得ているためである。

こうした情報環境の変化を背景として、吉本氏は田村光平の文化進化学を援用しながら、現象からデータを抽出し、またそのパターンを認識し、さらにプロセスを推定するという、数理的手法による文化現象の分析可能性を示唆する。こうしていったん現象を説明する数式化が出来上がれば、未知の条件においてもどのような現象が起こるのかという推定がシミュレーション可能となる。なお、この流れは前述の新井氏が紹介した吉川弘之の「一般設計学」における法則を発見するまで流れと、まさにパラレルである。

こうした数理的アプローチを都市論に応用しようとするとき、従来の非定量的な「概念」は扱いづらく、定量的な「パラメータ」が分析の中心となってくる。例えば都市における「感情」を定量的に抽出するなど、このようにパラメータを新しく発見することが、今後の新しい「都市論」を展開する可能性があるのではないかとし、例えば島原万丈による「官能都市」も参考例のひとつにあげつつ★1、著者自身による「感覚語スコア」の試みなどを「都市論」の新たな可能性のひとつとして位置づける。

「計量的アーバニズムの最前線」という本特集のテーマに対し、3つの論考は、それぞれの新たな地平を照射している。その可能性については、ぜひ各論考を直接ご参照頂きたい。

特集の横断テーマと「都市学」樹立の遅れ

さて、ここで冒頭に挙げた本特集も含めたいくつかの特集号を横断するテーマについて触れておきたい。筆者は2018年から2021年にかけて、たまたま毎年同時期の特集を担当していた。タイトルを順に挙げていくと、2018年7月号は「AIと都市──人工知能は都市をどう変えるのか?」、2019年9月号は「都市と政治──「壁」と「広場」から見えるもの」、2020年9月号は「感染症と都市地理学 ──コロナ危機以降の「再-距離化世界」」、そしてこの2021年9月号が「計量的アーバニズムの最前線──数理的・統計的な空間分析は、都市論に何をもたらすか?」である。「都市」を焦点においていたことが特集の共通点であり、順に「AI」「政治」「感染症と地理学」「計量」という各テーマと組み合わせた内容であった。

こうした特集を組んできた前提には、「都市学」というものが、日本においてより明確に組み立てられる必要があると感じてきたことがあった。「都市学」はもちろんこれまでに使われてこなかった言葉ではない。もっとも代表的な例としては、都市社会学者磯村英一による『都市学』(1976)の出版がある★2。磯村はまさに総合科学としての「都市学」の確立を目指したが、それから半世紀近くが過ぎようとしている現在、依然として「都市学」というタームは一般的にはなっていないように思われる。

東京大学では1962年に都市工学科が生まれるが、ここで生まれた学科名が「都市工学」であったことは、「都市学」の確立が遅れることを象徴的に示していたように思われる。日本で最初の都市に関する学科は、あくまで工学のなかで設立されようとしたのであり、当時、高山英華とともに学科の設立に奔走した丹下健三が目指そうとしていた、より学際的な都市に関する学科の設置は見送られることになった。

「都市学」という用語の欠如と、未来の都市学部に向けて

図1:柯比意著・葉朝憲訳『都市學』(田園城市出版、2002、台湾)

筆者が最初に日本における「都市学」という用語の欠如に気づいたのは、ル・コルビュジエの”Urbanisme”の台湾における繁体字中国語訳が『都市學』★3(図1)として出版されたことを知ったときであった。2005年前後のことであったと記憶している。周知の通り、日本語においてはル・コルビュジエのこの書籍は『ユルバニスム』として訳され、原語の響きがそのまま残されている。一方、フランス語の「ユルバニスム」や英語の「アーバニズム」といった言葉の適切な訳語が何であるか、度々考えてきた自分にとって、この台湾における書籍のタイトルは、かなり衝撃であった。「都市計画」でも「都市論」でもない。もっともシンプルなこの3字の言葉は、自分にとってはなぜか様々な訳語の可能性からぽっかり抜け落ちてしまっていた単語であったからである。「地理学」「社会学」「経済学」「建築学」など、日本語における3文字の学問名は、学問領域としての一定の確立の度合いを感じさせる。そうした領域のなかに「都市学」は少なくとも一般的に認知されるタームとしてはなかった。筆者自身の経験でしかないが、建築や都市の専門家らと話しているなかでも、「都市学」という言葉が意識的に用いられたことはほとんどなかったように思える。

図2:横浜国立大学都市科学部編『都市科学事典』(春風社、2021)

横浜国立大学は2017年に都市科学部を設置した。「都市を科学的に学ぶ学部」との表現があり、文理を超えた4つの学科が設置されるなど★4、まさに都市学の樹立に近いものを感じさせる。2021年には横浜国立大学都市科学部編による1052ページの大著『都市科学事典』が出版され(図2)、科学的に都市を研究する広範な視点も提示された★5。また、個別の言及は避けるが、公開されている近年の大学の授業の中には「都市学」という名前を冠しているものもあり、この単語自体は、すでにアカデミックな領域に取り込まれはじめているともいえる。

2011年に日本で初めて工学院大学と近畿大学に「建築学部」に設置されたことは記憶に新しい。その後、全国的に建築学部が増えつつある状況である。しかしながら「都市学部」なる名称は、驚くべきことに2020年現在の文部科学省のデータベースを見る限り、日本の大学にはひとつも存在していない★6。これは意外な事実かもしれない。とはいえ、だからこそいずれどこかで都市学部が生まれてもおかしくはないだろう。

諸領域を横断する学としての、都市〈学〉の構築

日本において「都市学」は、学問分野としては構築途上にあるといえるのではないだろうか。しかしながら、この状況は世界的にはやはり極めて遅れているのではないかと思われる。

例えばフランスでは、都市に関する中心的な研究機関としてパリ大学ユルバニスム研究所(IUUP: Institut d’urbanisme de l’Université de Paris)★7が、1960年代半ばに都市教育の再構築を試みていた。おそらくその際に描かれたと見られる研究所の教育スキームには、建築家、社会学者、経済学者、地理学者、人口統計学者、エンジニアらのグループが専門分野を組織し、人口統計学、歴史学、社会学、哲学、地理学、そして複数の法律などの講義によって理論を構成するという明確なダイアグラムがすでに示されており、さらには理論と実践が補完的に機能する方向性が目指されていた★8。

筆者自身もこの研究所を前身とするパリ・ユルバニスム研究所(IUP: Institut d’urbanisme de Paris)で学んだ経験があり、実際そのような多様な領域の教員による相互に連携するような講義が行われていた。それからすでに1世紀以上が経過している。しかしながら、翻って日本で都市について学ぼうとしても、学問領域としては細分化されており、都市に関する複数の専門領域を同時かつ総合的に学べる教育機関は、少なくともフランスにおけるそれと同様の視点に基づくものは、存在していなかったといえる。

2018年から2021年にかけて、本媒体において都市と他領域を掛け合わせたような特集を組んできた理由は、こうした背景にある。「AI」「政治」「感染症と地理学」「計量」というテーマをそれぞれ選んだのは、少なくとも100年前のフランスにおいてすでに名前が上がっていた分野とは、別の分野を選ぼうとしたからである。日本では決してまだ一般的ではないかもしれない「都市〈学〉」が、確固とした領域として今後構築されてほしいという思いが、本誌の編集を行いながら次第に明確になってきたのである。

★1 『建築討論』2021年7月号特集「感情都市」(https://medium.com/kenchikutouron/e27fb798b4a1

★2 他には黒川紀章『都市学入門―この東京,この列島を蘇生させる術』(祥伝社、1973)がある。

★3 柯比意著、葉朝憲訳『都市學』(田園城市出版、2002、台湾)。「柯比意」は「コルビュジエ」の中国語表記のひとつ。

★4 https://www.cus.ynu.ac.jp/academic/about/index.html(2021年8月30日閲覧)

★5 筆者自身も一項目の執筆を担当させて頂いた。

★6 「令和2年度 全国大学一覧」(文部科学省高等教育局大学振興課、https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ichiran/daigaku_r02.html)で確認した(2021年8月31日閲覧)。ここでは文部科学省に登録されているすべての大学の学部・学科のデータが確認できる。なお、「都市学科」は大阪市立大学にのみ存在している。

★7 1919年に設置されたEHEU: École des Hautes Études Urbaines(都市高等研究所)が1924年に改組されたもの。その後、1972年にInstitut d’urbanisme de Parisと名前を変え、さらに2015年にはInstitut français d’urbanismeと統合されて、École d’urbanisme de Parisに再編された。

★8 Grégory Busquet, Claire Carriou, Laurent Coudroy de Lille, Un ancien Institut… Une histoire de l’Institut d’urbanisme de Paris, Université de Paris XII-Val-de-Marne, Institut d’urbanisme de Pairs, 2005, pp.26–27

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松田達 / Tatsu Matsuda
建築討論

まつだ・たつ/1975年石川県生まれ。建築学・都市学。建築家。静岡文化芸術大学デザイン学部准教授/1999年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所を経て、パリ第12大学パリ・ユルバニスム研究所にてDEA課程修了。東京大学先端科学技術研究センター助教等を経て現職。