なぜこの特集か?

これからの図書館はどのようなものになっていくのか?そこに建築家/建築従事者としてどのように貢献できるか?

個人的な話になりますが、今年2021年夏オープン予定で大阪は泉大津市の新図書館にプロポーザルから関わっています。市民意見聴取や機運醸成、開館までの情報発信などの観点から、設計者・行政・市民の間に立って並走する中で、常に考えていることは冒頭の疑問です。答えのない、問い続けるべき問いだと思いますが、今回の特集はそうした背景のなかで取り組んだものです。

公共図書館は、無料で静かに本が読め自由に本が借りられるだけではない、いわば「無料貸本屋」モデルの乗り越えを目指して、提供するサービスを常に変化させてきました。もちろん、「無料で静かに本が読め自由に本が借りられる」という図書館の機能もはじめから当然のものだったわけではなく、閉架書庫が一般だった戦前から、1950年の図書館法制定以降、多様な試行錯誤がおこなわれています。

後の日野市立中央図書館館長である前川恒雄さんが中心となってつくられた1963年の通称『中小レポート』正式名称『中小都市における公共図書館の運営』は、「公共図書館の本質的な機能は、資料を求めるあらゆる人々やグループに対し、効率的かつ無料で資料を提供するとともに、住民の資料要求を増大させるのが目的である」と、図書館の果たすべき機能を明確に定義づけ、その改訂版である1970年『市民の図書館』とあわせて、戦後日本の公共図書館のあり方に大きな影響を与えています。設計者として各地の図書館を設計する鬼頭梓さんとの出会いも含め、前川館長による著書『移動図書館ひまわり号』は、戦後日本の公共図書館を知る上での重要な一冊として参考にさせていただきました。

そんな図書館には近年、市民が理由なく自由に利用できる集客公共施設であるという点から、都市における機能として、より多様な役割が期待されているように感じられます。

建築の観点から見ると、1990年代以降はプロポーザルで設計者を選定し、ワークショップを経て住民の意見を聞きながらつくられる図書館の数も増えてきています。この点について、岡本真さんらによる『未来の図書館、はじめませんか?』『未来の図書館、はじめます』はいまどのように図書館はつくられている/つくられるべきかを知る上で極めて有効な情報源となり、私自身大変参考にさせていただいています。
そんなプロポーザルとワークショップによって図書館がつくられるようになって以降、それが原因ではないですが、独立型の図書館はその数を減らし、新築複合施設のコア機能になったり、既存複合施設の活性化の求心力になったりする一方で、図書館内部で許容されるアクティビティの多様性も高まっているように感じられます。

図書館が、プロポーザルとワークショップによってつくられ、都市における多様な役割を期待され、複合化もするこれからの時代、「無料で静かに本が読め自由に本が借りられる」という一般的な図書館像がどう変わっていくのか?そもそも変わらないのか?そこに建築家/建築関係者として貢献できることは何か?
こうした疑問から編集された本特集は、ひとつの対談、2つの取材記事、2つの寄稿、そしてひとつのリサーチという6本の記事からなります。図書館を計画する/設計する/運営する/支援するというさまざまな立場からの声によって、図書館というビルディングタイプを再考し、運営と結びついた図書館のイメージをうみだしていく手がかりが得られるのではないかと思います。

どんな記事があるか

【対談】藤原徹平・山崎泰寛対談|鬼頭梓と前川恒雄から考える、図書館と建築家
図書館をつくるにあたり、自治体が主催するプロポーザルで共同企業体(JV)を組んだ建築家が設計者として選ばれ、ワークショップで市民の意見を反映しながら設計が進んでいくというプロセスがしばしば見られるようになっています。
今後これがより一般的になっていくとしたら、これからの図書館に対する建築家の貢献がどのように可能かを考えてみたいと思います。現在時点だけで話を完結するのではなく、過去の建築家と図書館との関わりから見ていきましょう。前川國男事務所に在籍し、独立後も全国各地の図書館を手掛けた鬼頭梓という建築家をひとつの導きにして、過去から現在までを語り、これからについて検討してみたいと思います。

【取材】インタビュー:図書館総合支援企業〈株式会社図書館流通センター(TRC)〉|流通をベースに、多様なサービスへと展開する
図書館の指定管理業務を全国で担当し、書籍管理システムの提供で各地の図書館の立ち上げにも関わる、図書館総合支援企業である図書館流通センター(TRC)。書籍の流通をベースにしながら、運営の現場に多様な支援を提供するお立場から、「これからの図書館」に向けた運営のあり方などについておうかがいしました。

【取材】インタビュー:図書館家具・設備・用品の提供企業〈キハラ株式会社〉|『半歩先』の商品を提案していくこと
図書館を専門に家具・設備・用品を開発販売して100年以上の歴史を持つキハラ株式会社。図書館運営者と丁寧に話をしながら、専門機関と共同で実験をおこなって開発するという、ものづくりへの強い意識をお持ちです。設計者とも運営者とも異なる、家具・設備・用品の開発という視点から見る図書館のこれまでについておうかがいし、「これからの図書館」を考えるきっかけとしていきたいと思います。

【寄稿】乾聰一郎(奈良県立図書情報館)|「場」としての図書館の可能性―図書館の現場から、奈良県立図書情報館編
奈良県教育委員会事務局に在籍し奈良県立図書情報館の建設に携わる乾聰一郎さん、開館後は情報館職員の立場から企画展示、フォーラム、コンサートなどのイベント企画・運営に携わられています。図書館運営の現場から見えてくる、「これからの公共図書館」のすがたを考える上での提言をいただきます。

【寄稿】三矢勝司(NPO法人岡崎まち育てセンター・りた)|図書館をつくり、運営を継続する — — 岡崎市図書館交流プラザ りぶらを事例として
愛知県岡崎市の岡崎まち育てセンター・りたの三矢勝司さんは、岡崎市図書館交流プラザりぶらの計画、設計、運営段階に関わり、現在でもサポーターズクラブ運営に協力しています。図書館を立ち上げ運営を継続することについて、そこに並走するお立場からご寄稿をいただきたいと思います。

【リサーチ】垰田ななみ|2000年代以降における図書館の複合化について
図書館の複合化そのものは最近の話ではありませんが、今後の図書館整備においても重要なトピックのひとつになるでしょう。図書館の複合化の流れを概観し、複合図書館の数が単独の図書館を超えた2000年代以降の図書館の複合化の状況を見ていきましょう。

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建築討論

建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。