生きつづける建築への道 ―使い手の関わりが生み出す愛着と許容―

072│2024.01–03│季間テーマ:生きつづける建築への道

山田宮土理
建築討論
Jan 12, 2024

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「ここに収納があると便利ね」と私の母は口癖のように言っている。そして次に会った時にはちょっとした棚ができあがっている。棚づくりの専門家でない母のつくる棚は洗練されていないかも知れないが、母なりの使い勝手にぴったりとフィットし、手に入りやすい材料を使って容易な方法で作られており、改変も簡単である。なぜ母は作るのだろう。安価にニーズに合ったものが作れることを発端とし、それ自体が楽しみになっているようにも見える。ただそれ以上に、暮らすことや生きることと渾然一体となった人間的で自然な営みだから理由などないようにも感じる。

本テーマでは、こうした誰の中にもある、ものを作ったり手入れしたりする精神や態度が、これからの建築にどのような可能性を与えるのかを考えていきたい。専門技能者でないふつうの使い手が関わることによって、機能や美観に少々の不完全性があっても“許容”できる感覚や、醸成されるであろう“愛着”に着目し、建築を長く柔軟に使いつづけることについて考えていく。

使い手の関わりは程度にもよるが、労力と時間を要するのでハードルが低いわけではない。ただその効果は多様なようである。例えば、引き渡しの段階ではあえて半分しかつくらないアレハンドロ・アラヴェナのソーシャル・ハウジングの事例では、人々は作りながら住みつづけ、資産価値が向上している★1。日本でも施主参加型の施工を積極的に取り入れる設計者や工務店があり、話によるとコストメリットのほかにも、好みに合った唯一無二のものができる喜び、更には施工体験を通じて生まれる職人への尊敬や理解もあるという★2。深刻化する建設業界の人手不足や技能継承の問題にも寄与し得ることを意味する。そして、容易に入手できる材料で容易にできる方法を結びつき、ストック活用や、解体材・古材・自然素材の活用に繋がる可能性も秘める。

使い手の関わりはかつて当たり前であったが、住まいもその手入れも購入するものとなって久しい。消費材としての建築には完璧が求められ、欠点にはクレームがつくので、素材の個性を受け入れ楽しむ余地が少ない。部位の成り立ちや手入れの方法を理解する術もなく、使い手からの距離は遠く離れている。
ナポリの人の話、しかも自動車に対する話なのだが、こうした完璧なものに嫌悪感を抱く感覚があるらしい★3。壊れたもののほうが自分に近く、壊れたものの修理を通してそのメカニズムを体で理解して、ようやくものとの深い関係が築けるというのである。不完全なものを“許容”しているというよりむしろ、その方が良いという興味深い話である。生物である人間にも個性があり欠点があるように、画一的でなく完璧でないことは生きている証であり、その方が心地よいという感覚はどこかに潜んでいるのかも知れない。こうした感覚をヒントに、生きつづける建築への道を探る。

4つの記事を予定している。まず、暮らしと一体となり手を入れつづけてきた伝統民家のあり方を俯瞰する。次に具体事例として、災害復興の際に自主修繕を選択した人たちの事例を取り上げる。さらに、建築外のものづくりに飛距離を伸ばし、不完全性のある“弱いロボット”を例に、不完全性と愛着の関係を紐解く。そして、現代とこれからのDIYの担い手や動機について社会学的視点からみていく。
最後に記事の執筆者で討論を行い、過去から現在、未来への時間軸と、建築外の視点を交えた議論を展開したい。

寄稿

1.2024.1.12公開|中村琢巳「 終わりなき民家普請」

2.2024.1.26公開|宮西夏里武「家を繕う人々 -令和元年東日本台風被災地区・長沼に見られる自主修繕の報告- 」

3.2024.2.9公開|岡田美智男「〈弱いロボット〉とコンヴィヴィアリティ」

4.2024.2.23公開|溝尻真也「DIYの現在地 」

★1 Alejandro Aravena; ALEJANDRO ARAVENA THE FORCES IN ARCHITECTURE,2011,TOTO出版

★2 河野直+河野桃子+つみき設計施工社; ともにつくるDIYワークショップ リノベーション空間と8つのメソッド, 2018, ユウブックス

★3 藤原辰史; 分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考,2019,青土社

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民家リノベーションの様子|写真:池田太朗|

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山田宮土理
建築討論

やまだみどり/早稲田大学理工学術院准教授、博士(工学)。専門は建築構法・材料。1985年神奈川県生まれ、2008年早稲田大学理工学部建築学科卒業。土や左官の建築や土着小屋の調査、自然素材を使った循環型建築に関する研究などに取り組む。受賞にSDレビュー2019入選、2023 SD賞、日本建築仕上学会論文奨励賞など。