トランザクティブエネルギー(2)

TEとP2P電力取引の親和性

前回のトランザクティブエネルギー(1)の記事では、 バラガー&カザレットのTransactive Energy: A Sustainable Business and Regulatory Model for Electricityの第1章の内容をまとめました。

P2P電力取引の課題(再掲)

今回はブロックチェーン技術を使ったpeer-to-peer(P2P)取引の話題に戻り、トランザクティブエネルギーの観点から考察を加えます。ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その3)「需要家間取引システムと既存の情報システムの連携」およびブロックチェーン技術の電力取引への応用(その4)「P2P電力取引と法制度」で書きましたが、P2P電力取引の技術的な大きな課題の一つは、需給管理および課金請求のために既存の電力情報システムと連携が必要であることと考えます。

P2P電力取引と既存システムの連携、およびその前提

まずP2Pと既存システムの連携の問題をもう一度見ていきます。前提としては、ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その1)「電力ネットワークの分散化とは何を意味するか」に書いた通り、DERが普及した世界でも、従来の中央集中型のアーキテクチャーの一部にDERおよびその情報システム(取引等のための電力情報システム)が併存する形を想定します。

繰り返しとなりますが、DER(特に太陽光発電の余剰電力)からの供給だけでは到底全需要を満たすことができず、DERを使った取引システムは従来のシステムと併存にならざるを得ないと考えます。しつこいようですが、日経エネルギーNEXT記事の図3みずほ銀行資料の図表6日本ユニシス作成の図などにある、取引形態が中央集中型から分散型に変わるという図(以下に例を図示)は、取引される余剰電力「のみ」の話であり、議論としては限定的と言わざるを得ません。実際は、太陽光からの電力供給が行われないときもあるので二本立てで考えざるを得ません。P2P取引システムが従来のシステムとどのように連携するべきかの検討は必須だと考えます。

図1 電力システムが中央集中型から分散型へ移行するイメージの例(著者作成)

また、P2P電力取引に関しては既存システムとは独立したプラットフォームで行われると想定します。

需給管理と課金請求は小売ごとに行うという枠組み

前述の2つの記事(その3その4)で説明したことを、今回は違う角度から説明を試みます。P2P電力取引を行うときに需給管理と課金請求のために既存の電力情報システムとの連携が必要であることの背景として、需給管理と課金請求のどちらも小売電気事業者が実施主体となっていることが挙げられます。需給管理に関してイメージを描くと以下のようになります。

図2小売電気事業者が同時同量達成の主体となっているイメージ

各小売事業者が契約している需要家の需要に合わせ、30分単位で供給を合わせにいくイメージです。これは、自社電源および契約電源の調整、バランシンググループ(BG)内での調整、JEPXとの取引によって達成されます。これによって、各小売事業者単位で、契約している需要家の需要と調達した電気の供給量との同時同量が達成されます。

この枠組みでP2P電力取引を行うとします。これを図3に図示します。P2P電力取引には同一の小売事業者の需要家間で行う場合と、異なる小売事業者の需要家間で行う場合がありますが、前者を小売事業者Bの需要家間に、後者を小売事業者Eから小売事業者Bの需要家間として示しました。

図3小売電気事業者が同時同量達成の主体となっているイメージにP2P電力取引を含めた場合

ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その4)「P2P電力取引と法制度」で書いたことは、以下の通りです。P2P取引が実施されるとき、P2P取引の供給分に関しては同時同量オペレーションを行う小売事業者が電源として考慮する必要があります。または、需要から差し引く必要があります。

これを行わないと、供給が需要を上回り、小売事業者単位で達成すべき同時同量が達成できない可能性があります。もちろん、住宅用の太陽光発電のみを考えた場合、量的には微々たるものなので(ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その4)「P2P電力取引と市場規模」で説明)実質的には問題ないでしょうが、同時同量をきちんと達成するための仕組みの考え方として議論をしています。

上記から、小売事業者単位で需給管理を行うときには、別のプラットフォームで行われるP2P取引の情報を連携する必要があります。(どのように連携するかについては、事後に実績データを連携する、事前に市場で約定した分を連携するなど複数の方法がありますが、詳細はここでは割愛します)

課金請求に関しても同様で、通常小売事業者単位で課金請求を行うため、コンシューマーの2重支払いやプロシューマーの2重受け取りを防ぐために、別のプラットフォームで行われるP2P取引の情報を既存システムに連携し、調整を行う必要があります。

ここで見てきたように、需給管理と課金請求が小売電気事業者単位で行われるという枠組みでは、P2P取引と既存のシステムの間の情報連携が必要と考えます。

TEでP2P取引を行うと

それでは、前回概要を見てきたトランザクティブエネルギー(TE)の仕組みを使うとP2P電力取引はどのように行うことができるのか、考えていきます。TEの枠組みでは市場は卸売と小売の区別がなく、一つの市場であり(「TE市場」とします)、供給者も需要家(プロシューマー含む)もこの市場に参加できるということでしたので、次のようになるかと思います。

図4TE市場での取引イメージ

このTE市場での想定としては以下の通りとなります。(バラガー&カザレット本を基に考えていますが、本に明示されていない項目もあり、正確でないかもしれませんことをお断りしておきます。)

  1. 各市場参加者は先渡市場でポジションを持ち、取引対象の時間までにより優位性のある取引を目指し市場での売買を行う。
  2. 市場参加者は予測等を基にして自動入札エージェントを使い取引を行う。そのため小規模需要家も自動入札エージェントのサービスを受けることができれば専門知識なしに、また時間を費やすこともなく取引に参加できる。
  3. 需要家が直接市場に参加できるため、小売事業者の役割は不明。思いつくことは、需要家が持つ入札エージェントよりも賢いアルゴリズムを備えたエージェントを持ち、価格やその他の優位性を提供すること。ひょっとしたら、このような市場が実現すれば、「電力会社が中抜きされる」「エネルギー市場は真に民主化された状況になる」「 仲介業者や電力会社は無用のものになる」という状況が実現するのかもしれない。(これらの議論は、ブロックチェーン技術の電力取引への応用(その7)ブロックチェーンはエネルギーを民主化するか?(その2)およびブロックチェーン技術の電力取引への応用(その9)「ブロックチェーンは電力業界をdisruptするか?」で行ったが、現状の枠組みでは起こらないと私は考える。)
  4. (ここはやや自信がないが)TE市場での約定成立に基づく電気の供給が行われれば、自動的に同時同量が達成される。現状の小売事業者ごとの需給管理を行う必要はなくなる。
  5. 課金請求の方法については不明だが、TE市場での約定および実際の供給に基づいた課金請求システムがあるべきであり、現状の小売事業者ごとに課金請求を行う必然性がなくなる。

結論:TEの枠組みとP2P電力取引の親和性

従って、結論としては、以下の通りとなるのではないでしょうか。

  1. 現在の小売事業者単位で需給管理および課金請求を行う枠組みでは、P2P電力取引が既存のシステムとは別のプラットフォームで行われる場合、需給管理と課金請求のためにP2P電力取引プラットフォームと既存のシステム間で情報連携を行う必要があった。TEの枠組みが実現したとして、P2P電力取引を行うとすると、プロシューマーは他の供給者同様、売りたい電気をTE市場(卸売・小売の区別がない単一市場)で売ることができる。また需要家はTE市場を通じて電気を調達する。現状のシステムで必要だったP2Pプラットフォームと小売電気事業者の情報連携は不要となる。
  2. 別の書き方をすると、現状のシステムではこの情報連携が面倒であり大きな技術的課題となる可能性があるが、TEはこれを解決する枠組みである。(しかし、市場構造・流通構造を大きく変更しなければいけないためこれはこれで非常に大変であるが)
  3. 上記2.からは、P2P電力取引とTEの親和性が示唆されるだけではなく、DERが増えた世界で市場参加者が多様化する中でTEの枠組みの有効性が示唆される。

思考実験の域を出てませんが、考えをまとめておきました。ご意見はyasuhiko.ogushi@gmail.comまでお願いします。

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