なんという混沌とした、それでいてエレガントなイメージの喚起力なのだろう。海の底の奇譚『海神別荘』、奥深い山中の怪談『高野聖』†、もしくは春の昼下がりに起こる夢の交差録『春昼』†を読む時、まるでジャン・ピエール・ジュネのファンタジー映画かミシェル・ゴンドリーのミ…
これは登場人物たちが時間と空間を超越し、彼らの人格もまた融解しあう、不可思議な物語だ。「不可思議」とは本来「思議すべからず」という意で、人間に備わった生来の感覚や思考では体験し得ないことを指す。『死者の書』における不可思議とは、まずもって「死…
2019年の真夏に、とある研究合宿のために、京都は妙心寺境内の禅寺、春光院を訪れた。カナダ、イギリス、サウジアラビア、韓国から心理学の研究者を招聘し、西洋圏以外の地域における幸福の捉え方を学術的に議論する会合だった。わずか3日間の日程だったが…
1929年10月のウォールストリートにおける株価の大暴落が発端となり、翌1930年には世界中に経済恐慌が伝播していった。日本では1930年に昭和恐慌が発現し、250万人以上の失業者が生まれ、さらには農産物の価格の崩落と冷害による大凶作に…
日常の他愛のない雑器の価値を積極的に見出そうとするこの短いテキストは、1926年、柳宗悦が37歳の時に書かれた。この前年には「民藝」という概念を提唱し、同26年に「日本民藝美術館設立趣意書」を発表、翌々年の1928年にはその理論モ…
大正14年(1925)、日本と中国の歴史に精通する東洋学者として知られる内藤湖南が59歳の時に、大阪毎日新聞の講演会で話した時の筆記である。表題の示す通り、18世紀前半を生きた大阪出身の町人学者、富永仲基がいかに先進…
この文章は、明治政府が推進していた神社合祀に反対する運動への協力を求めるべく、南方熊楠が植物学者の白井光太郎に宛てた書簡である。全体で3万2千字ほどもある長文であり、内容も私信のレベルを超えて大論文の威容を放っている。現…
ヒンズー教において天上と地上の世界を統べるインドラは、仏教に改宗して帝釈天と呼ばれるようになった。空海が中国より持ち帰り、発展させた華厳経では、このインドラが住む宮殿のアーキテクチャをイメージすることが、生きながらにして悟る(即身成…
インドから、中国、朝鮮、そして日本に至り、さらにはギリシャまで遡る歴史的な軌跡を、大いなる情感を湧き起こしながら、なぞりなおす。若き日の和辻の、そんな視線を辿っていくと、古都の寺社仏閣が建立当時の彩りを帯び直し、仏像たちが彫塑される様子が目に見えてくるよう…
九鬼周造(1888−1941)は、岡倉天心を精神的な父親として慕いながら、ハイデッガーのもとで現象学を学び、同時にベルクソンの強い影響も受けた思想家である。ヨーロッパ留学を終えて帰国してから1930年に書かれた『「いき」の構造』は、そんな九鬼…