山本周五郎の『季節のない街』は1962年の4月から10月の半年間、朝日新聞の夕刊に連載された小説だ。周五郎が幼少期から縁を深めた横浜の伊勢佐木町近辺の貧民街に住む人々をモデルに、15編の小話が綴られている。山本周五郎といえば時代小説というイメージがあ…
1929年10月のウォールストリートにおける株価の大暴落が発端となり、翌1930年には世界中に経済恐慌が伝播していった。日本では1930年に昭和恐慌が発現し、250万人以上の失業者が生まれ、さらには農産物の価格の崩落と冷害による大凶作に…
大正14年(1925)、日本と中国の歴史に精通する東洋学者として知られる内藤湖南が59歳の時に、大阪毎日新聞の講演会で話した時の筆記である。表題の示す通り、18世紀前半を生きた大阪出身の町人学者、富永仲基がいかに先進…
ヒンズー教において天上と地上の世界を統べるインドラは、仏教に改宗して帝釈天と呼ばれるようになった。空海が中国より持ち帰り、発展させた華厳経では、このインドラが住む宮殿のアーキテクチャをイメージすることが、生きながらにして悟る(即身成…
子どもが生まれてから、寝かしつける際に絵本を読み聞かせたり、子守唄を歌うようになった。数年の間、少しずつ童話と童謡の世界に親しむうちに、絵本の物語の作られ方に興味が湧いてきた。というのも、何度も何度も経典のように同じ絵本を読み上げること…
インドから、中国、朝鮮、そして日本に至り、さらにはギリシャまで遡る歴史的な軌跡を、大いなる情感を湧き起こしながら、なぞりなおす。若き日の和辻の、そんな視線を辿っていくと、古都の寺社仏閣が建立当時の彩りを帯び直し、仏像たちが彫塑される様子が目に見えてくるよう…
日常の他愛のない雑器の価値を積極的に見出そうとするこの短いテキストは、1926年、柳宗悦が37歳の時に書かれた。この前年には「民藝」という概念を提唱し、同26年に「日本民藝美術館設立趣意書」を発表、翌々年の1928年にはその理論モ…
なんという混沌とした、それでいてエレガントなイメージの喚起力なのだろう。海の底の奇譚『海神別荘』、奥深い山中の怪談『高野聖』†、もしくは春の昼下がりに起こる夢の交差録『春昼』†を読む時、まるでジャン・ピエール・ジュネのファンタジー映画かミシェル・ゴンドリーのミ…
岡本かの子は、食べるという行為がいかに人の精神生活と密接しているかを描く名人である。その作品世界の背景には、食というモチーフと共に、常に淡い生殖の官能が滲んでいる。「いのち」という店名のどじょう屋が舞台になっている『家霊』は、そうしたかの子のエッ…
無数の死者の屍の上に生者の世界が立っているという認識のモチーフは、世界各地の宗教や民俗のなかに見出だせる。自然科学の知見が存在しなかった時代でも、人間やその他の生物の死体が腐敗していく様子は日常的に観察されただろう。むし…